スマートフォンを通じて
利人はリュートの顔色を伺いながら声を掛けた。
「えっと、隊長さん?」
「ん? あぁ、リュートで良いよ。君は軍人じゃないんだし」
「それじゃあ……リュートさん、ここって、どこなんですか?」
辺りに目を向けると森が広がっているだけであり、人工物の類は後方に微かに見える駐屯地の壁だけだった。
リュートとの会話から知ったのは、モーリスの駐屯地と、カルディネアというどこかの場所のような名前だ。
それ以外に場所らしきものは分からない。そもそも、この世界について、利人は何も知らないと言って良い。
「ここはモーリス地方だよ。リヒト、さっきは細かく聞けなかったけど、君はカルディネアから来たんじゃないのかい?」
言うとリュートは目を鋭くした。
その目に利人の心臓が一つ大きく鳴った。
不審に思われている。返答に窮した利人は、静かに目を逸らした。
本当の事を話せばどうだろうか。信じてもらえるだろうか。いや、信じてはもらえないだろう。
返す言葉が見つからず、足を止めて、口をきつく結んだ。
「そうか……。これ、君が持っていた物だ。鏡のように見えたけど、違う気がするんだ。これは?」
利人の視界にリュートの手が現れた。その手には利人のスマートフォンが握られていた。
利人は目を大きく開いた。更に不信感を募らせる物が見つかってしまったのだ。
黙れば自分を追い詰めることに繋がってしまうのではないか。言っても言わなくても同じような結末ならばと、真実を言う決意をした。
「そ、それは、スマートフォンです」
「スマートフォン? 聞いたことないな」
「だと思います。ちょっと貸してもらっても良いですか?」
「あぁ」
リュートの手からスマートフォンを受け取ると、電源ボタンを押した。
ディスプレイに壁紙が映し出される。通常の反応に安堵の息を吐いたが、圏外の文字に少しだけ気を落とした。
利人はパスワードを入力する姿を、リュートは興味深そうに見ていた。
「それって、魔道具かい?」
「いえ、機械です。ほら、こうすると」
ディスプレイに指を当ててアプリを起動させる。起動させたアプリは買い切り型のゲームだった。
音楽に合わせて流れる音符をタッチする音ゲーを、リュートの前で見せる。
リュートは目を丸くして、食い入るようにディスプレイを見つめていた。
その姿がどこか面白く感じたリュートは、実際にプレイして見せる。
スマートフォンから軽快なメロディが流れ、利人がタッチする音符によって更に彩りが増していく。
演奏が終わると利人はスマートフォンをリュートに渡した。
「上から流れる音符を、この場所で触ってみてください」
違う曲を選択すると、ディスプレイの上から音符が流れ出す。
リュートはスマートフォンと利人を何度も交互に見て、慌ててディスプレイを触りだした。
「あ、まだ早いです。あ、ちょっと遅かったですね」
「あっ! あれっ!? ちょっと!」
「惜しい! もうちょっと……そこ!」
利人の声に合わせ、リュートは音符を触った。それによって、メロディに乗った音が鳴る。
「おお!」
「やりましたね! あ、次が来ます!」
二人は体でリズムを取りながら、ゲームに熱中しだした。
しばらくゲームに興じていると、バッテリーが50%まで下がっていることに利人は気づいた。
「リュートさん、ゲームはこのぐらいにしませんか? バッテリーが切れちゃうと使えなくなっちゃうんです」
「そうなのかい? 魔力で何とかならないかな?」
「えっと、多分、無理かと」
「そっか……。って、これは一体!?」
しょぼくれた顔が一瞬で驚愕の表情に変わった。
リュートの問いかけに、言うべきだったことを思い出し、言葉を慎重に選ぶ。
「これはスマートフォンって機械です。今、遊んだのはゲームです」
「そうなのか。スマートフォン……聞いたことのない名前だ。それに、こんな風に遊べる物も聞いたことがない。利人はどこでこれを?」
リュートの問いは利人が待ち構えていた言葉であった。
誤解を生まないように細心の注意を払いながら口を開く。
「俺の世界です」
「俺の?」
「はい。俺はこの世界の人間じゃないと思います」
「ここの世界じゃない? 違う世界とでも言いたいのかい?」
利人は大きく頷き、リュートの目を真っ直ぐに見つめる。
まだ納得いかないのか、リュートは腕組みをして軽く唸りだした。
「違う世界から……か。その不思議な格好も、その世界の服だから?」
「はい。学校の制服です」
「そうか。信じがたいけど、スマートフォン? を見せられたなら、信じない訳にもいけない気もする」
目を閉じて眉間にしわを寄せている。余程、悩んでいるのだろう。
首を捻ってまで考え込んでいる。
それを見て利人は嬉しく思った。
信じようとしてくれていることにだ。たとえ、摩訶不思議な物を持っていても怪しい人物であることには変わりない。
頭がおかしい奴だと断じることの方が簡単だ。だが、リュートはそうしようとはしていない。
真剣に悩み抜いている姿に、利人はそれだけで心が満たされそうになった。
「……リヒト、聞いて良いかい?」
「……はい」
「君は僕と同じダーカーだ。君の世界でもダーカーは疎んじられているのかい?」
リュートの言葉で忘れかけていた単語を思い出した。
ダーカー。リュートが利人を同族だと言った時に使った言葉だ。
「あの、ごめんなさい。ダーカーって言葉の意味が……」
「そうか、知らないのか……。ダーカーは黒髪の人間。世界の忌み子さ……」
寂しく言うリュートの顔を、利人は呆けて見ていた。