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生きる意味

 唖然としている者達を前にしても、ギルディスは微塵も顔色を変えなかった。

 事態を把握したのか、アルタリカの我を取り戻した。


「こ、こいつを部下にすると言うのか!?」


「はい、その通りです。我が軍を手こずらせた者です。優秀な将となるでしょう」


「て、敵であろう!? そんな奴を引き入れるというのか!?」


「ええ。ダーカ・ラーガを引き入れたのですから、驚くほどのことでもないと思いますが?」


「ぐぬぬ……」


 きっぱりと言い切ったギルディスの迫力に、アルタリカはやや押され気味だ。

 頬の筋肉を引きつらせながら、苦々しい顔をしている。


「有能な者を殺すのは勿体ないことです。人は宝です。その宝を黙って引き渡すことはできません」


「くっ……。ならば、ここで力づくで奪ってやっても良いが? それでも良いか!?」


「それは困ります」


「ならば渡せ! でなければ、同盟を解消するぞ!?」


「それも困ります」


「あれもダメ、これもダメか!? 貴様は僕を馬鹿にしているのか!?」


 アルタリカは神輿の上で立ち上がると、拳を振り上げて幼稚な怒りを見せている。

 その醜態に誰もが呆れ返っていた。いや、ギルディスだけは顔色を崩していない。


「馬鹿になどしてはおりません。エイガーはやれぬ。それだけです」


「それが僕を馬鹿に!」


「ならば、この砦を献上しましょう」


 ギルディスの言葉でアルタリカは固まった。

 振り上げた拳を下げて、神輿に腰を下ろした。

 一人でぶつぶつと呟いている。


「本当に、この砦をくれるのか?」


「えぇ、もちろんです。お互い、下手な波風を立てぬに越したことはありません」


「……よし! 良いだろう! 約束は守れよ!」


「はい。今後とも、良き関係を続けましょう」


「ふんっ! 帰るぞっ!」


 不機嫌そうに言うと、神輿はゆっくりと回り、グラドニア軍に向けて動き出した。

 アルタリカを乗せた神輿が軍勢の中に消え、しばらく経つと兵士達が動き、山を下り始めた。

 グラドニア軍が遠ざかっていくにつれて、カルディネア軍に張り詰めていた空気が緩んでいく。


「エイガーよ、早く武装解除させろ」


「えっ? あっ? しょ、承知した」


 慌ただしく駆け出したエイガーの背中を見て、リヒトはやっと事態を把握した。


 グラドニアの皇子がギルディスにエイガーを渡すように恫喝したのだ。

 だが、それをギルディスは突っぱねた。エイガーを自分の部下にすると言って。

 事の真相を確かめるために、リヒトはギルディスに問う。


「なぁ、さっきの」


「初めて見たが、気持ちが悪いものだったな」


 ギルディスの言葉に、リヒトは思い当たることがあり答える。


「アルタリカのことか?」


「それは言うに及ばずだ。奴が従えていた兵士だ」


 その言葉でリヒトの脳裏に、兵士の姿が鮮明に思い出された。

 体中に文字がある、生気を感じない兵士。思い出すだけで身震いをした。

 

「あれはラクシャだ。呪文を体に刻まれ、意のままに操られる兵士。グラドニアの非道さの一面だ」


「ラクシャ……。あの人達は一体?」


「ルクス共和国軍。もしくは、その民だろう」


「そんな……。そんなことをするのか!?」


「あぁ、それがグラドニアだ。あの呪法は俺達も知らない外法を用いているらしい。まぁ、知っていても使う気にはなれんがな」


 ギルディスは唾棄するかのように言った。

 微かに顔を渋くしていることから、かなり嫌悪していることが伺える。


 ラクシャの存在にリヒトは怒りを覚えると同時に、恐ろしい想像が頭に浮かんだ。


「ギルディス、捕まった人、みんながああなるのか?」


「いや、全員ではないだろう。武具に呪文を刻む時のように魔力を消費するのかもしれん。でなければ、捕らえた将兵すべてが自軍にできるのだからな」


「そうか……。それでも、恐ろしいな」


 ルクスの首都ゼペリンで見た光景をリヒトは思い出した。

 死体が転がる中庭。虚ろな目の少年。どれもが暗く、薄ら寒いものだった。

 

 意のままに操られる存在、ラクシャ。

 非道な行いを重ねるグラドニア帝国に対して、リヒトは更に怒りを覚えた。

 

 リヒトの住んでいた村を焼き、ボルカノスやメラルダを殺した者達を治める者の顔を思い出す。

 下品や野蛮などではない。冷酷さが滲み出た顔。硬く冷たい、鉄仮面のようであった。

 グァンドール。リヒトの敵である者の名を、心の中で呟いた。


「ギルディス様! 本気ですか!? あの者を召し抱えるというのは!?」


 ロシュがギルディスに激しい勢いで問いただした。

 その言葉でリヒトは浮かんでいた疑問を思い出す。ギルディスの次の言葉を固唾を呑んで待つ。


「あぁ、本当だ」


「何故ですか!? これ以上、敵国の将兵を引き入れいるようでは、ギルディス様のお立場が」


「言いたい奴には言わせればいい。俺の評判は揺らごうとも、俺自身は揺るがん」


「そうだとしても……」


 ロシュの語気が衰えた。

 ロシュが言いたいことはリヒトにも分かっていた。


 敵国の中でも特に敵視していたダーカ・ラーガを引き込んだ。

 それだけでも問題視されたのに、その上、更に敵国の将を従える。

 そうなれば、ギルディスは自分で将校を見出すことができぬ、不出来な王子との烙印を押されることになってしまう。


 ロシュは自分の主君の行く末を素直に案じているのだ。

 暗い表情のロシュにギルディスが優しく声を掛ける。


「お前の忠告、ありがたく受け取る。だが、俺は決めているのだ。使える者は従える、と。そこの男のようにな」


 首だけを回して、ギルディスはリヒトを見る。


「そういうことだ。奴が使えないようであれば、俺は容赦なく切り捨てる。それは貴様もだぞ、ダーカ・ラーガ」


「あぁ、俺は戦う。俺の願いのためにな」


 リヒトは改めて、自分の生きる意味を思い出す。

 リュートの身の安全を確保するために、ギルディスの下で戦う。

 たとえ、この手が汚れようとも。


「あと、貴様に言っておくことがある」


「何だ?」


「今日みたいな、ちんたらした戦は金輪際するな。敵は殺せ。以上だ」


 ギルディスは向けた首を戻すと、ロシュを従えて軍勢の中に消えた。

 今回の戦いはギルディスの意向に従わないものであった。それを許してくれたギルディスにリヒトは深々と頭を下げた。

 

 下げた頭を上げ、そのまま空を見る。

 一羽の鳥が頭上を舞っていた。あの鳥には、この騒動がどのように見えたのだろうか。

 大きな空から見れば些末な戦だったかもしれない。


 だが、リヒトにとっては大きな戦だった。

 死を美徳と捉えた者との戦い。かつての自分と向き合う時間であった。

 エイガーに向けた言葉をリヒトは思い出す。


 生きることも綺麗だ。


 今の自分はどうだろうか。

 敵国だった者に従い、兵士となって戦場を駆ける身となった自分は綺麗なものなのだろうか。

 それは、やはり分からない。


 だが、その先は綺麗かもしれない。

 命は続く。まだ見えぬ光かもしれないが、それを求めて彷徨うのも生きることなのだ。

 失わずに済んだ命に目を向ける。


 砦から続々と坂を下る兵士達がいた。

 彼らに生きる意味を見つけて欲しい。それが綺麗なものであって欲しい。

 リヒトは願い、慌ただしく動く軍勢の中へと向かった。


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