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王子と皇子

 リヒトはエイガーを連れて坂を下り、カルディネア軍の傍で足を止めた。

 この場の者達の視線が集中する。リヒトは声を上げた。


「ダーカ・ラーガが、ルクス共和国軍、エイガーを降した! この戦い、俺達の勝利だ!」


 天に向けて拳を突き上げた。

 リヒトの声が山に木霊する。音が響いて帰ってくる程に、場は静まり返っていた。

 上げた腕をリヒトは下げることができないでいると、一つ拍手が鳴った。


 音を辿ると、シームがゆっくりと手を叩いている。

 それにつられて、拍手の輪は次第に広がり、歓声が上がった。

 カルディネア軍が勝利の喜びに沸いていると、兵士達が二つに割れ、ゆっくりとギルディスが歩いて来ていた。


 リヒトを見る目には喜びもなければ、怒りもない。

 平静とした目にリヒトは少しだけ体が強張った。


「これが俺の初勝利か。随分と、味気ないものだな」


 少し棘のある言い草だが、リヒトは顔色を変えず返す。


「大勝利じゃないか。お前の部下が、猛将を一騎打ちで降した。宣伝材料としては十分過ぎると思うが?」


「なるほど。物は言いようだな」


 ギルディスは鼻で笑うと、リヒトからエイガーに目を移す。


「ルクス共和国軍残党を率いたエイガーよ。ここに来たという事は分かっているな?」


 ギルディスの冷たい視線がエイガーに突き刺さる。

 鋭い眼光を受けたエイガーは、一つ大きく息をすると顔を引き締めた。


「部下の命は助けて欲しい」


「ほぉ……。ならば、貴様の命はどうする?」


「……部下の命と引き換えならば、喜んで差し出そう」


 苦い顔をしたエイガーが絞り出すように言った。

 リヒトはエイガーの言葉を遮ろうとしたが、ギルディスの無言の圧力の前に言葉を発することができなかった。


「良いだろう。貴様の命の代わりに、部下の命までは取らないでおいてやろう」


「感謝する。部下をよろしく頼む。……リヒトよ。俺は生きるぞ。最後の最後まで生きてみせる。その最後がみじめな死であってもな」


 エイガーは優しく微笑んだ。

 その瞳は澄んでおり、全てを受け入れていることが分かる。

 生きることを諦めなかった。その結果が死ではあるが、部下の命を救うことができた。

 エイガーは自分が導き出した答えに満足するように、リヒトに頷いた。


 返す言葉がリヒトには見つからなかった。

 リヒトの願いを汲んでくれた以上、その行動を否定することはできない。


「よし。では、貴様が残党に武装解除を呼びかけろ。それを確認後、我が軍に受け入れる」


「分かった。指示に従おう。ん?」


 エイガーが怪訝な顔をする。

 その時、遠くから微かに地鳴りが響いてきた。

 近づいているのか、徐々に大きくなっている。


「ギルディス様!」


 ロシュが馬に乗って颯爽と現れると、ギルディスに近づき小声で話しだした。

 話を聞いたギルディスが小さく舌打ちした。


 鳴り響く音の正体が徐々に見えてくる。

 迫ってきていたのは、鎧に身を包んだ軍団だった。

 山道を埋め尽くす軍団がカルディネア軍に迫る。


 赤地に黒の刺繍が施されている。刺繍は体が獅子で、尾が竜という奇怪なものであった。

 これが何かを知っているカルディネア軍は動揺した。

 グラドニア帝国軍がカルディネア軍の前で止まり、列を正した。


 先頭の騎馬隊が二つに分かれると、神輿に乗った肌が少し黒い青年の姿が見えた。

 金髪でやや長めの癖っ毛。恰幅が良く、頬が肉で盛り上がっているせいか、目が細い。

 神輿に揺られ、こちらに近づいて来る。


「アルタリカ……」


 ギルディスは呟く。

 神輿はゆっくりと近づき、ギルディスの前で止まった。

 青年は神輿に乗ったまま、ギルディスを見下ろしている。


「カルディネア第三王子、ギルディス殿であるかな?」


「はい、その通りです。あなた様は、グァンドール皇帝の第一皇子アルタリカ様ですね」


「はっ。さすがは賢しいと言われる王子だな。すぐに僕が誰か分かるなんてな」


「ありがとうございます。漂う気品の良さは隠せませんので、すぐに分かりました」


「はんっ。まぁ、いい。そこの黒髪がダーカ・ラーガか。名前の割には、頼りなさそうだなぁ」


 アルタリカは言うと笑い出す。

 神輿の上でゲラゲラと笑い、リヒトを見下している。


 不快な視線をリヒトは避けて、神輿を担ぐ兵士を見る。

 その兵士を見て、リヒトは息を呑んだ。上半身裸で、その体に幾つもの文字が刻まれていたからだ。

 入れ墨なのか、肌にしっかりと文字が浮かんでいる。


 兵士は目が虚ろで、口も半開きだ。

 魂が抜けているのかと思う程に生気がない。

 リヒトは寒気を覚えて、渋々アルタリカに目を戻す。


 向けた先の男は笑いを終えたのか、顔を引きつらせていた


「いやぁ、面白いな。しかし、敵国の将を従えるなんて、カルディネアは人材不足のようだな」


「返す言葉もございません。若輩者の私には、敵国の将と言えど、頼らざるを得ませんので」


「……つまらん。で、そこの男が残党軍のエイガーか?」


 アルタリカの視線がエイガーに向いた。


「その通りです」


 ギルディスが答えると、アルタリカが腕組みをし、鼻を鳴らした。


「よし、ギルディス殿。そいつは僕が貰って行ってやる。お父様に献上しよう。エイガーよ、父の前で泣き叫ぶが良いぞ」


 また、声を上げて笑い出した。

 あまりにも汚い笑顔にリヒトは怒りを堪えきれなくなってきていた。

 怒りに身を任せそうになった時、ギルディスが口を開ける。


「それは聞けぬ、お話です」


 場の空気が冷めた。アルタリカの顔色が変わる。

 眉間にしわを寄せ、機嫌の悪さをあらわにしている。


「僕の話が聞けないと? グラドニア帝国の皇子である僕の話が?」


「はい、聞けません」


「ほ~……。楯突く気か? ルクスを滅ぼすために、我が国に頼った分際で」


「お互いに対等な関係だったと思いますが? グァンドール皇帝もルクスの首都ゼペリンに移られたのでしょう? 元より欲していた場所だったのでは?」


「うっ、うるさい!」


 アルタリカは声を荒げた。

 顔を上気させると、口角泡を飛ばした。


「殺す奴ならいらないだろう!? 見せしめに殺してやると言っているのだ! 黙って渡せ!」


「お渡しすることはできかねます。グァンドール皇帝との約束は、この砦を落とすことです。エイガーを渡せとは言われておりません」


「その息子の僕が言うんだから渡せ!」


「できません。何故なら……」


 ギルディスは顔をエイガーに向ける。


「この男を私の配下に加えるからです」


 ギルディスははっきりと言い切ると、アルタリカに目を向ける。

 突然の宣言にアルタリカのみならず、リヒトも、エイガーも口をあんぐりと開けた。

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