意志と意思
槍斧を突き出した、エイガーは吠える。
「うおおぉぉぉぉ! 邪魔を! するなぁ!」
エイガーは獣のように荒々しく飛び掛かると、手にした槍斧をリヒトに振り下ろした。
大地を切断せんばかりの強烈な斬撃がリヒトに迫った時、その姿が消える。
疾風の如き素早さで、リヒトはエイガーの横に回っていた。
その動きにエイガーが目を剥き、リヒトは驚きを覚えていた。
鎧に目を下ろす。黒を基調に、一部に金色の装飾を施した鎧はリヒトの想像を超えた代物だった。
物自体に施された呪文が同じであっても、その精度が低ければ、魔力は上手く伝わらず、力を発揮できない。
リヒトの鎧は、呪文の精度がすこぶる良いと言える。
エイガーの攻撃を避けた動きは、リヒトの魔力を鎧が十二分に活かし、体を強化した結果であった。
「くぅっ……。ぬおぉぉ!」
エイガーは声を上げ、槍斧を高々と掲げて風車のように回した。
威勢の良さに衰えは見えない。息を吐きだし、槍斧で空気を斬った。
「こしゃくな……」
エイガーが苦い顔をし、口からこぼした。
「お前も剣を抜けぃ!」
エイガーの声に応じて、リヒトはゆっくりと剣を抜きつつ、剣に魔力を込めていく。
抜ききった剣は赤い刃を持った黒剣へと変化していた。
リヒトの武鬼を見たエイガーが固まる。
「その剣に、その形……。お前は一体……」
「剣は兄さんのレグムントだ。武鬼は分からない。けど、兄さんのに似ている」
「なるほど。ダーカ・ラーガを騙るには十分な見てくれだな。だが、力では!」
エイガーが地を踏みしめ、リヒトに迫る。
槍斧を横に構え、力を込めた。
「劣る!」
旋風を巻き起こす程の斬撃が、リヒトを両断しようと迫る。
「ふっ!」
リヒトは息を吐き、素早く後ろに下がった。
その早さに、リヒトはまた舌を巻いた。自分の体とは思えない程の早さで動いている。
魔力を込めた分だけ、その見返りを与える鎧を撫でて、その作りの良さを確かめた。
このような物をギルディスはリヒトに渡した。
これはダーカ・ラーガとして活躍させるための物だろう。
その力を引き出すことができるだろうか。いや、引き出さなければならない。
リュートを救うために。前にいる、かつての自分と重なるエイガーを救うためにも。
「避けてばかりか!」
距離を詰めていたエイガーが、槍斧の切っ先でリヒトを突く。
迫る切っ先をリヒトは凝視し、見切った。ギリギリで横に飛ぶと、剣を槍斧に落とす。
「はっ!」
リヒトの剣がエイガーの槍斧を斬りつけた。
金属同士が強烈にぶつかり合い、甲高い音を響かせた。
「くっ!? 硬化型か!?」
リヒトは距離を取りつつ、斬りつけた槍斧を見る。そこには微かに斬りつけた跡があるだけだった。
リヒトの剣、レグムントは剛化型であり、武器の攻撃力を上昇させるものだ。
対して、エイガーの持つ槍斧に刻まれていた呪文は硬化型であった。
切れ味の増した剣が、堅固な槍斧に弾かれた。
リヒトの魔力では、エイガーの槍斧を切断できる程の力の差はないということだ。
「良い剣筋だ。が、俺の武鬼を断つことはできないようだな」
「あぁ、そうみたいだな」
「ならば、来い! 攻めねば勝てないぞ!」
「……っ」
リヒトは歯を食いしばり、剣を握る手に力を入れた。
エイガーは勝っても負けても死を望んでいる。
そのような人に、生きる意義をどう伝えるのか。
「来ないのか!? ダーカ・ラーガの名を継いだのではないのか?」
「……兄さん。そうだな。俺はダーカ・ラーガだ」
「そうだ。ならば、俺を殺しに掛かれ。さぁ、い?」
一瞬で距離を詰めたリヒトの剣が下から跳ねた。
「ぬおっ!?」
「しっ!」
リヒトは何度も体をねじって、斬撃を繰り出す。
鎧に剣が奔った跡がつく。だが、それも深いものではなかった。
鎧の表面を切り刻んだリヒトは、大きく後ろに下がる。
エイガーの鎧にはリヒトの労力の跡が見えた。そして、それが無駄であることも伝えている。
エイガーの鎧は武器と同じく、硬化型だった。
「どうした? その程度か? 俺の鎧くらい貫けずに、ダーカ・ラーガを名乗るのか?」
「あぁ、まだだ。まだ、あなたと戦う。あなたに勝つまで、俺は戦う」
「良い返事だ。楽しくなってきたぞ!」
エイガーが地を鳴らし、リヒトへ向け猛進した。
重厚な圧力がリヒトに押し寄せた時、軽やか風のように圧力を避けた。
エイガーの後ろに回ったリヒトが体をねじって、全力の声を上げた。
「はあああぁぁぁぁぁっ!」
エイガーの背に一筋の傷が入った。
一本の線は今迄と違い深く入った傷であった。
後ろに回ったリヒトにすぐに反応したエイガーは、体をひるがえして槍斧で突きを放つ。
その突きをリヒトは難なく避けると、エイガーの脇を抜け、また背中に向かった。
「ぬっ!?」
リヒトの動きにエイガーの目が反応した。
だが、見たのはリヒトが剣を振りかぶった時であった。
「おああぁぁぁぁ!」
リヒトの剣が煌く。
星が流れるように曲線を描いた剣が、エイガーの背中を斬りつけた。
エイガーの鎧に大きな×印が刻まれた。
その傷から覗くのは、エイガーの背中だった。
薄皮一枚だが傷を入れており、血がにじんでいる。
「まっ! まさか、俺の鎧を!?」
「あぁ。どうやら、俺の方が強いみたいだな。それに」
「なっ!?」
エイガーが驚愕の声を上げた。
顔を青くして、焦りを見せている。
「どうやら、呪文を断ったようだな」
リヒトは一歩、エイガーに近づく。
エイガーが顔を苦くして、リヒトを睨みつけた。
「これで勝った気でいるのか! 俺はまだ、負けてはいないぞ」
「あぁ、まだだ。まだ、あなたは負けていない」
リヒトは駆け出すと剣を振るう。
襲い掛かる剣をエイガーの槍斧がすんでのところで遮った。
二人の武器の押し合いが始まる。
「くうぅぅぅぅ」
「ぬうううううう」
純粋な力の押し合いはリヒトが押される形となる。
リヒトは押し切られそうな体を必死に堪えると、一つの事象が起きたことに口を歪めた。
「何がおかしい!?」
「面白いというよりもっ! 待っていたっ! からなっ!」
「何をいっ!?」
リヒトの剣と自分の槍斧がぶつかっている個所が溶けている。
火で金属を溶かしたように、粘ついたものが垂れていた。
それは魔力が変化したものであり、武器に込められた魔力まで溶け出していた。
武器から魔力という血液を抜かれた槍斧の硬度が、見る見るうちに下がっていく。
エイガーの槍斧に亀裂が入った。
「くっ!? この力はっ!?」
「この力は!」
リヒトは懸命に体を起こすために力を入れる。
エイガーが掛けていた力を跳ね除けつつあったリヒトは、腹から叫ぶ。
「あなたを倒す! 力だっ!」
リヒトの剣がエイガーの槍斧を断った。
槍斧を両断した剣はエイガーの鎧を斬りつけ、地面を裂いて止まる。
断たれた槍斧が宙から地に落ちると、リヒトとエイガーの時が止まった。




