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理想と共に

 夜が明けると、山の頂上に築かれた砦から、白旗を持った兵士が続々と下りてきていた。

 多くの兵士は包帯を体に巻いており、顔を苦痛で歪めている。重い足取りで、坂の下に布陣するカルディネア軍に近づく。


 降伏した兵士の受け入れを行うために、前線に衛生兵が待機している。

 その後方で、リヒトはギルディスと共にルクス軍残党の姿を眺めていた。


「多いな」


 ギルディスが呟く。リヒトは頷くと、先日の夜のやり取りを思い出した。

 砦を出たリヒトはカルディネア軍に帰還すると、すぐにギルディスの下に呼び出され、砦のやり取りの報告を行った。


 ギルディスは、リヒトがエイガーに提案した、戦う意志のない者の降伏の受け入れを早々に承諾した。

 ロシュが止めようとしたが、ギルディスは考えを変えなかったことに、リヒトは頭を下げ感謝した。

 無駄な戦いがなくなる。少しでも犠牲が減ったことに対する、お礼である。


 戦う意志がなく、生きたいと願う人に、生きる道を示したい。

 リヒトの思いはギルディスによって叶えられた。


「ありがとう。受け入れを許可してくれて」


「礼などいらん。損害を減らすことができるのだ。歓迎すべきだな」


「このまま、降伏の勧告を続けるのはダメか?」


 リヒトは横目でギルディスに問いかける。

 ギルディスはその顔を一片も変えることはなく、ルクス軍の残党を見たまま言う。


「ダメだな。先の戦は負け戦だ。絶対的な勝利を収める必要がある」


「絶対的……」


「貴様の働きはまだまだこれからだぞ? 力を示せ、ダーカ・ラーガ」


 ギルディスはリヒトを一瞥すると、砦に背を向け、幕舎へと向かった。

 その背中から目を外し、朝日に照らされた砦を見る。あそこにエイガー達がいる。

 理想に殉じる覚悟を持った者達が、あの砦に籠っているのだ。


 その者達を殺すしかないのか。降伏した兵のように、生きることを受け入れてはくれないだろうか。

 何度考えても、答えが出せないでいた。


 迫る足音を聞き、リヒトは振り向く。そこにはシームがいた。


「悩んでいる……のか?」


 シームは細い目に血の気の薄い顔のまま、リヒトに問いかけた。


「あぁ。シーム、これ以上、戦う必要があるのか? 俺には分からない。死ぬこと以外の道があるのに」


「死ぬ……か。生きたいのだろう……理想と共に。そして……死にたいのだろう……理想と共に」


「分かる……。いや、分かっていない。言葉の意味は分かっても」


「ダーカ・ラーガ……お前は、戦うのが好きか?」


 シームの問いにリヒトは目を丸くする。

 質問の意図を読み取れず、返す言葉がないままシームを見ていた。

 シームの細い目が、優しく弧を描いた。


「俺は好きだ……。命を燃やして……戦うこと以外……考えずに済む」


「俺も……好きだ。シームと一緒だ。生きることに必死になれる。その事だけを考えていれば、その先に辿り着けると信じて」


「敵も……そうだろう。死ぬこと以外……考えない。考えないようにしている」


「死ぬこと以外、考えないか」


 リヒトはかつての自分を思い出す。

 リュートの命を救うために身代わりになって、敵と戦った。

 あの時は何を考えていただろうか。戦っている最中は何を考えていたのだろうか。


 理想を信じて、戦いに没頭していたのではないか。

 リュートの身代わりになる。それが死を意味していることを知りながら、考えないようにして戦っていたのではないか。

 死を理想としているエイガー達と自分が重なって見えることに、リヒトは気が付く。


 だが、そんなリヒトも変わった。

 一つの言葉で。一つの敗北で知ったのだ。

 リヒトが特別な訳ではない。他の者も変わることができるはずだ。

 ならば、自分の言葉を伝えよう。心に届くような言葉で。

 リヒトは決めた。


「シーム、ありがとう。お陰で、何をすべきか分かった」


「そうか……。お前の勇ましい姿……楽しみにしている」


「いいのか? 俺が活躍したら、戦えないぞ?」


「それは……困る。ほどほどに……頑張れ」


 微かに笑みを見せると、シームはリヒトの傍を離れた。

 リヒトは改めて、砦に目を向ける。あそこにいるのはかつての自分だ。

 自分と戦う。どう戦えば良いのか。思いついた手段は一つしかなく、気づいた時にはすでに駆けていた。


 受け入れられる負傷兵を横目で見て、砦に繋がる斜面を登った。

 一人で駆け登るリヒトを見て、砦の兵が弓を構える。

 引き絞られた弓から矢が放たれようとした時、リヒトの足が止まった。


「エイガー! 話を聞いてくれ!」


 リヒトは叫んだ。

 その叫び声に砦の兵士は固まり、坂の下にいるカルディネア軍も凍り付いた。

 両陣営にどよめきが広がる。言ったリヒトは、砦を見たまま動かない。


 ここで引く気はない。地を踏む足に力を入れ、砦を凝視した。

 その砦の門がゆっくりと上がる。開け放たれた門から姿を見せたのは、馬に乗ったエイガーであった。

 エイガーは一歩進むと、リヒトを睨みつけた。


「これ以上、話すことはない! 我々はこれより、最後の攻撃を仕掛ける! そこから去れ!」


「ダメだ! そんなことはさせない! ここであなた達を死なせない!」


「死んで咲く花もある! 負け犬のまま死ぬつもりはない!」


「死なせない! 生きるんだ! 生きて、死ぬんだ! 死ぬために生きちゃダメだ!」


「ごちゃごちゃと、うるさいぞ! ならば、お前から殺してやる!」


 エイガーは気炎を上げると、斜面を下り、リヒトの下へと突撃する。

 リヒトを踏みつぶそうとする馬の脚は、更に加速をした。

 迫るエイガーと対したリヒトは、剣を抜き魔力を込めると、レグムントが武鬼へと変わる。


「うおおぉぉぉぉぉ!」


 重戦車のような圧力がリヒトに襲い掛かる。

 肌でその力をひしひしと感じ取ったリヒトは身構え、馬の勢いを見定める。

 リヒトの目が見開く。


「はあっ!」


 駆ける馬の横を抜けざまに放った斬撃が、馬の腹部を切り裂いた。

 馬の悲鳴が轟き、次に地面に人が叩きつけられる音が響いた。

 エイガーが馬から放り出されて、地面に転がっている。


 倒れた体をエイガーはすぐさま起こすと、手にした槍斧に魔力を込めた。

 槍斧は光り、武鬼へと変わる。一回り大きく、猛々しいレリーフが施された武鬼だった。

 一角の武将であることを、発する圧力で物語っている。


 リヒトの肌がひりつく。

 離れているだけで感じる熱気に、リヒトは押されまいと必死に堪えている。

 襲い掛かられれば、熱風の如く、リヒトを焼き尽くそうとするだろう。

 だが、ここで引く訳にはいかない。


 理想を胸に死のうとしている男を救う。

 リヒトはかつての自分と対峙した。

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