出会い
黒衣の男が発した言葉の意味が理解できず、目を点にしていた。
呆然としている利人を見て、黒衣の男が心配そうな顔をした。
「大丈夫かい? 思いっきり叩かれたんだ。ゆっくり休まないとね」
男の声で我に返ると、首を横に振った。
「いえ、もう大丈夫です。……あの、ここは?」
「あぁ、ここはモーリスの駐屯地だよ。君はどこから来たんだい? カルディネアから?」
「えっと、多分、違います」
「多分?」
不審気味な声に、利人は言葉を間違ったかと思い、次の言葉を探り出した。
何か喋らないと思えば思う程、次の言葉が出てこない。
そんな利人を見てか、黒衣の男が軽く笑った。
「まあ、どこから来たかは追々で良いだろう。とりあえずはここから出て、ゆっくりと休める所に行こう」
利人の不安を取り除く言葉を口にすると、ヒゲの男が慌てだした。
「ちょっ! 隊長、それは不味いですって。将軍にバレたらどうするんですか?」
「責任は僕が取るよ。ダーカーと出会うなんて滅多にあるものじゃないからね。色々と苦労話を聞きたいんだよ。さ、牢を開けてくれ」
「もう……。どうなっても知りませんからね」
ヒゲの男が渋々、鉄格子に取り付けられていた鍵を外し、扉を開けた。
利人は開いた扉と黒衣の男を交互に見る。どうしたら良いのか困惑していると、黒衣の男が右手で手招きをした。
それの意味を理解して、扉をくぐって牢から出る。
「あの、俺を出して大丈夫なんですか?」
「ああ。不審人物の引き渡しってことで、この駐屯地から出よう。近くの村まで行って、ゆっくりしようじゃないか」
「はあ……。分かりました」
軽快な言葉に困惑気味で答えると、ヒゲの男が利人の腕に手枷をはめた。
ヒゲの男は手枷の閉まり具合を確かめると、利人の体に縄を巻いて、その締まり具合を確かめる。
「隊長、これでいいですか?」
「ああ、ありがとう。よし、じゃあ、行こうか。……そういえば、名前を聞いていなかったね。僕はリュート。君の名前は?」
「え!? 俺は利人です。呉井 利人」
「クレイリヒト? 少し長いな。リヒトって呼んで良いかな?」
「あ、はい。どうぞ」
利人の言葉を聞いて、リュートは満足げな顔を見せる。
その顔を見ると、とてもではないが悪い人には見えない。
ほんの少しの語らいで、すでに信用しようとしている自分に少しだけ驚いた。
リュートは先に建物の外に出ると、それに続いてヒゲの男が出ていく。
利人は縄に繋がれたまま、その後を付いていく。
薄暗い牢屋から外に出ると、一瞬目が眩んだ。薄目で周りを見ると、いくつも建物が見えた。
石造りの建物で、橙色の屋根をしている。同じようなものがいくつも並んでおり、中から人が出てきていた。
外にいる人が利人達に気づいたのか、目を向けて声を潜めて話をしている。
向けられた目の色は気持ちの良いものではなかった。好奇な目に晒されている。それを目だけでなく肌でも感じ取った。
その状況から逃れるために目を伏せていると、リュートが肩に手を置いた。
「気にしないで。僕達は珍しいからね。さ、行こうか」
そういうと、リュートは利人の肩に置いた手で、ゆっくりと促すように歩き出した。
慌ててヒゲの男と利人は付いていく。
駐屯地の中を歩き、石が積まれた壁にある門を抜けて整備された道を歩いていると、リュートが振り返った。
「ビルタス、もう帰っていいよ」
「うえっ!? 本気ですか? こいつ、何者か分からないんですよ?」
「僕に何かがあると思っているのかい? 十分注意するさ。安心してくれていいよ」
ヒゲの男、ビルタスは驚愕の声を上げた。
それに対し、自信満々な顔をしたリュートはビルタスに無言で手を差し出す。
ビルタスは肩を落とすと、リュートに鍵を渡して去って行った。
リュートは利人の手枷を外し、縄を解いた。
「さ、行こうか」
「えっ? あの、本当にこんなことして大丈夫なんですか? あの、罰を受けたりとかは?」
「大丈夫だって。僕は村に顔が利くからね。引き渡しって言っても、牢屋で過ごすことはないよ」
ウィンクしたリュートはまた振り返って、道を進みだした。
本当に安全なのか。一抹の不安を感じながら、リュートの横に並んで村を目指した。