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黒髪鬼と大牛

 青の世界は確実な死が迫る時に現れる。

 その事を確信し、次に現れる文字を待つ。

 

『後ろに下がりますか?」


 選択肢は一つしかない。これで取れる行動は一つだけだ。後ろに飛び退く。

 下がるということに異論はなかったが、何故、下がらなければならないのか。頭の中で疑問が浮かんだ。

 リヒトの剣とゴリュウのメイスがぶつかり合えば、止めることが可能なのではないか。


 文字の動向を見極めながら、飛び退いた。


 リヒトは飛び退くと、豪快に風を切る音が響き、強風がリヒトを吹き抜けた。

 あまりにも強烈な一撃。ゴリュウの一振りで理解できた。ゴリュウの全力での一撃を受け止めることができないことに。

 

 ゴリュウの攻撃に反応ができたとしても、青の世界が現れた。

 これは受け止めても、避けることができない死であることを伝えていた。

 まともにぶつかりあえば、リヒトの剣が負ける。そのことを知り、リヒトは悪寒を感じた。


 後ろに飛び退いたリヒトをゴリュウは呆れ顔で見ている。


「なんだなんだ? やる気かと思えば、また逃げるのか? せわしない奴だな」


 ゴリュウは面白くなさそうに言った。

 リヒトは心を静めて、落ち着いた口調で言う。


「避けるのも戦いだろう?」


「違いないな。だが、もうちょっとやり合わないと、観客は喜ばないぜ?」


 ゴリュウは首を回して、コロシアムに集まった観客のことをじっくりと見た。

 誰もが熱狂し、物騒で過激な言葉を並べている。


 リヒトも観客席に目を向ける。その先は自然と、ある一点に集中していた。

 見つめた先にはギルディスがいた。そのギルディスは、じっとリヒトの目を見据えている。

 周りの興奮が届いていないのか、どこまでも冷たく、この戦いを静観しているように思える。


「どうかしたか? 好みの女でもいたか?」


 ゴリュウは顔をニヤつかせて、リヒトに問いかけた。


「いや、気に食わない視線を感じていただけだ」


「お前は俺より敵が多そうだからな。……さて、戦いを再開するか」


 ゆったりと体を動かすゴリュウの動きに気負いもなければ、迷いもない。

 死ぬなどと考えていないのか、死ぬことを受け入れているのか。

 リヒトはどちらの考えも否定するために、剣を握る手に力を込めた。


「あぁ、今度は俺から行く」


 リヒトが動く。

 素早く動き、ゴリュウの懐に潜り込もうとした。

 その動きにたまらずゴリュウは飛び退き、メイスを振りかぶる。


 視界の端でその動きを捕らえたリヒトは、更に詰め寄った。

 ゴリュウがメイスを持つ手を横に伸ばした。


「なろぉぉぉぉぉ!」


 ゴリュウが振るうメイスが、リヒトに迫る。


「ふっ!」


 リヒトは息を吐き、剣を振るう。

 メイスと剣がぶつかり合うと、鈍く重い音が聞こえた。

 お互い引くことなく、得物同士を押し当てているままだ。


「やるじゃねぇかぁぁぁ!」


 ゴリュウが声を上げて、腕に力を込める。

 リヒトも歯を食いしばり、必死に堪える。


「くぅぅぅぅぅっ!」


 体格的に勝るゴリュウが優勢であった。

 じわじわと押されるリヒトは顔を歪めながら耐える。

 まだ、青の世界は訪れてはいない。死の目前に現れるのであれば、ここは死に場所ではない。

 のけ反りそうな体を無理やり前に出して、声を荒げる。


「くっそぉぉぉぉ!」


「良いぞ! さすがはダーカ・ラーガだ! おらぁぁぁぁぁ!」


「くっ!? くぅぅぅぅ……」


「そろそろ終わらせるぜ、ダーカ・ラー……?」


 ゴリュウが目を点にして、ある一点を見ていた。

 剣とメイスがぶつかり合う箇所である。


 ゴリュウの表情が変わる。手にしたメイスにリヒトの剣が斬りこんでいたからだ。

 武鬼で覆われたメイスが斬られて、本体を露出し、更には本体までも断とうとしている。

 自身の獲物が失われる恐怖に屈したゴリュウは、慌てて飛び退いた。


「な、なんだってんだ?」


 メイスに刻まれた傷を見る。今までこのような事態になったことはないのだろう。

 目を大きくして、斬られかけたメイスを色々な角度から見ていた。


「こんなの聞いたことがないぞ。いや、まれに呪文で施した以外の力が現れる武鬼があると聞く……。まさか、貴様が」


 ゴリュウはリヒトの剣を見つめると、剣の赤い刃の光に目が向く。

 

「なるほど。その刃が俺の武鬼を喰ったって訳か。武鬼を喰らう武鬼か……。すげぇよ、お前」


「褒めても何も出ないぞ?」


「いや、もっと力を出してくれるだけでいい。それで俺はもっと楽しめるからな。うおぉぉぉぉ!」


 ゴリュウが吠え、メイスを高々と振り上げた。

 強烈な飛び込みからの、渾身の一撃。当たれば死は免れないだろう。

 だが、リヒトは死から逃れる術を持っていた。


『左に避けますか? 右に避けますか?』


 二つの選択肢。どちらを選んでもよい状況で、リヒトは一瞬だけ身構えた。

 右に避けるの文字が急速にブレだし、霧散する。右に避ける選択は消えた。あとは左に避けるのみだ。

 左足に重心を掛けようとした時、文字がにじむ。


『後ろに避けますか?』


 リヒトは瞬時にこの選択を選び、飛び退いた。

 青の世界が晴れると同時に、ゴリュウの左足が空を蹴った。


「何っ!?」


 驚愕の声をゴリュウは上げると、地に降り立った。

 体勢を整えようとしたゴリュウの動きが一瞬止まる。その一瞬で、リヒトはゴリュウに肉薄していた。


「はぁぁぁぁっ!」


 寝かせた剣を跳ね上げると、ゴリュウの顔目掛けて剣が走る。


 横目で捉えた剣の刀身に映る自分の瞳を見たゴリュウは、目を見開いた。

 リヒトの剣の腹がゴリュウの頬に叩き込まれると、その巨体が軽く浮かび、地面に崩れ落ちた。


 ゴリュウに動きがなくなった時、場内が静けさに包まれた。


「おっ……大牛ゴリュウが負けたぁぁぁぁぁぁ!」


 赤いローブを着た男が、大声で叫んだ。

 その声で観客たちが忘れていた熱狂が再燃した。今まで罵詈雑言を浴びせられていたリヒトのことを称える声が、ちらほら聞こえる。

 静まらない場内の空気が少しずつ変わるのをリヒトは肌で感じた。


 誰かの手拍子と声が、場内に蔓延しだす。


「殺~せ。殺~せ。殺~せ。殺~せ。殺~せ。殺~せ。殺~せ」


 乱れることのない言葉達にリヒトは寒気を覚えた。

 観客の目は血を求めている。誰もが目を輝かせて、鮮血が浮かぶ瞬間を楽しみに待っているのだ。

 薄気味悪い空気の中、リヒトは違う視線を感じた。


 視線を辿ると、相も変わらず真っ直ぐな目をしているギルディスがいた。

 この場内に響くコールに微塵も感化されていないのか、瞳の色は透き通っていた。

 濁りのない瞳から目を離すと、地に倒れたゴリュウに目を向ける。


 唸り声を上げて、苦悶の表情を浮かべている。

 今なら難なく命を取ることは可能だろう。勝負は決した。リヒトは切っ先を下に向け、剣を上げた。

 その動作に観客が沸いた。コールは更に早くなり、狂乱といえる熱が場内に満ちる。


 リヒトは剣を下ろした。


「寝てる場合じゃないぞ? 起きろ、早く」


 リヒトは切っ先で、ゴリュウの頬を軽く突く。

 次いで、剣の腹で頬を何度か叩くと、ゴリュウが不機嫌そうに目を開けた。


「んあっ? 何だ? ……そうか。俺は負けたのか。じゃあ、殺してくれ。敗者は死ぬのみだ」


 ゴリュウは開けた目を閉じて、深いため息を吐いた。

 同時にリヒトもため息を吐く。


「綺麗なままで死ぬのか。随分とみじめな死に方だな」


 暗い目をしたリヒトが、ゴリュウに言う。

 目を開けたゴリュウは、リヒトを睨みつけた。


「何だと?」


「みじめだって言ったんだよ。まだ死んでないのに、死を受け入れるのか? 生きることを放棄する。情けない死に方じゃないか?」


「舐めた口、聞いてんじゃねぇ!」


「否定したいなら、否定するといい。立ち上がって、俺を倒して見ろ。……いや、どうせなら、もっと面白い話がある」


 リヒトは言うと、手をゴリュウに差し出した。

 怪訝な顔をしたゴリュウはしばらく、リヒトの手を見ると、その手を握る。

 リヒトの力で立ち上がったゴリュウに、リヒトは笑顔を見せ、耳元に口を近づけた。


「お前、マジか?」


「あぁ、マジだ。どうせなら、そっちの方が面白くないか?」


「……いいね。命の幕切れには最高かもな」


 ゴリュウは落ちたメイスを拾い上げ、肩に乗せた。

 リヒトも同じく、肩に剣を乗せた。二人は顔をニヤつかせて、観客席にいるギルディスに得物を向ける。


「お前らぁぁぁ! 聞けぇぇぇぇぇ! 俺達は! 今からお前達を!」


 大声を上げたゴリュウの後に、リヒトは静かに口を開いた。


「殺すっ!」


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