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命を燃やす場所

 リヒトは視界を遮る布地から透けて見える明かりを、ぼんやりと眺めていた。


 頭に布袋を被せられ、輸送用の鉄箱の馬車に乗せられていた。

 今日は、処刑執行の日である。先日、ギルディスが言った通り、一度、牢から出され、湯で体を洗うことを許された。


 手枷はされたままで、周りを兵士に囲まれた状態ではあったが、久しぶりに被る湯の心地よさにため息を何度も吐いた。

 髪やヒゲを切ることはできなかったが、薄汚かった顔の汚れが落ちると、凛々しくなった面構えを見せていた。


 綺麗な体で処刑を待つ身になったリヒトは、その時を今か今かと待っている。

 死を黙って迎えるのではなく、死に抗う時を。


 暴れるならば、この布袋を外されるときか、処刑をするために、更に体を拘束しようとするときか。

 いずれにせよ、大勢の前で暴れる方が楽しいだろう。リヒトは暗い感情で口を歪めた。


 しばらく馬車で揺られていると、振動が止む。鉄の扉が開く金属音がリヒトの耳に入った。

 ゆっくりと近づく足音の方に顔を向ける。


「随分、遠かったな」


「喋るな。立て」


 男の声に従いリヒトは立つと、手にロープを結ばれ、ゆっくりと引かれていく。

 馬車の荷台から降り、引っ張る力に身を任せたまま、歩みを進めた。


 裸足が伝える地面の感触は砂地ではなく、石畳みだ。

 郊外での処刑ではなく、整備された場所での処刑だろう。それならば、より多くの人が集まるのではないか。

 暴れるには絶好の舞台かもしれない。また黒い感情がリヒトの中でうごめいた。


 歩いていると、布地に映る光が薄くなっていく。

 地面も冷たくなり、周りの空気もどこか寒々しくなる。

 目に入る光が橙色になった。炎の揺らめき。リヒトは、牢屋で眺めた光を思い出した。


 地面を踏みしめる足は止まることなく進む。

 視界に映る光の色がまた変わった。黄色い光が一点を差し、その光がどんどん広がっていく。

 その光が視界を覆った時、歓声がリヒトの耳を震わした。


 遂に処刑場に到着か。

 リヒトは指の関節を鳴らし、周りに牙を剥く瞬間を待ちわびた。

 歓声は止まることを知らず、更に過熱していく。


 地鳴りを起こすような声をリヒトは聞き、引かれる力に従っていると、その力がなくなった。

 その時が遂に来る。その瞬間を待とうとしているとリヒトの手枷と足枷が外され、更にその場から遠ざかっていく足音を耳にした。


 近くに誰もいない。気配を感じ取れなくなったリヒトは被せられた布袋を外すと、周りの状況に唖然とした。

 半径五十メートルはあろう平坦な地面の広場。その円を囲むように何重もの観客席が取り囲んでいた。

 リヒトはこの場所が何かを悟った。


「闘技場……」


 呟くリヒトの声をかき消すブーイングが響く。

 聞くに堪えない罵声をリヒトの耳は伝えなかった。

 それはリヒトが一点を集中して見ていたからだ。


「ギルディス……」


 射貫くような視線を向けた先には、リヒトのことを真っ直ぐに見つめるギルディスがいた。

 罵声を浴びせるのでもなく、嘲るわけでもない。ただ、リヒトを見ている。

 その目を更に強く睨みつけようとした時、大きな銅鑼の音が響いた。


 音の発信元に目を向けると、赤いローブをまとった男がいた。


「本日のメーンイベント! ルクス共和国のダーカ・ラーガ対、カルナ国の大牛ゴリュウのベストマッチを開催します!」


 声高らかに上げた男の横に置かれた銅鑼が盛大に鳴らされた。

 楽団が吹奏楽器を吹き、場内を更ににぎやかにさせる。

 思わぬ事態に唖然としたリヒトは場内を見回す。


 その目が一つの穴の前で止まった。

 出入り口と思われる穴には鉄格子がはめられており、それがゆっくりと上がっていく。

 ぼっかりと開いた穴から、ゆっくりと姿を見せたのは、燃えるような赤髪の大男だった。


 身長は百八十を余裕で超えている。年のころは三十より上だろうか。

 横幅も広く、盛り上がった胸筋と上腕二頭筋から、大男の屈強さが見て取れる。

 太い眉毛に角ばった険しい顔。顔立ちから猛々しさを感じる。


 大男は地面を踏みつけるように、その巨体でゆっくりと歩く。

 その手には一振りの剣と、メイスを持っていた。

 のそのそと近づいた大男は、リヒトに向けて剣を放った。


 その剣をリヒトは手に取り鞘から抜くと呪文が彫られていた。また場内に声が響く。


「皆様、ご存じでしょうが、ご紹介をいたします! まずは大牛のゴリュウ! 北方に位置するカルナ国の戦士で、その力は千人の兵にも匹敵するほどと言われております! 先の戦いでゴリュウを捕らえるのに百人以上も殺されたのは記憶に新しいでしょう!」


 大男、ゴリュウの紹介が終わると、大きな歓声が響いた。


「対する男は、亡国となったルクス共和国の将。カルディネア王国、最悪の敵でありました、ダーカ・ラーガッ!」


 ブーイングが場内を席巻した。

 鳴りやまぬ罵声を銅鑼の音が遮った。


「その力は周知の通り、まさに鬼。我が国の将を幾人も殺し、その血で身を染めた男であります。そんな鬼も、我が国の王子ギルディス様によって捕らえられました」


 場内に歓声が響く。

 ギルディスを称えるように、何度もその名を呼び、場内を震えさせた。

 観衆の期待に応えるように、ギルディスは立ち上がると、大きく手を振った。


 赤いローブを着た男の声が続ける。


「捕らえられた鬼と大牛。果たして、どちらが強いでしょうか? 鬼の牙か、大牛の角か? 血で汚れた者同士の一騎打ち! 更に体を血で汚すのは誰だ!?」


 叫んだローブの男の声に触発されたのか、観衆も叫びだす。

 ダーカ・ラーガ。ゴリュウ。二人の名を呼び、罵声を混ぜた。

 場内が熱気に包まれている中、二人の男は冷静にお互いを見ていた。


 ゴリュウが片方の眉を上げた。


「お前、大人気じゃねぇか。妬けるぜ」


「あんたもな。人気者は辛いな」


「だな。オッズはどっちが上だろうな?」


「どっちでもいい。俺達がすべきことは……」


 銅鑼が三度、鳴らされた。

 ローブの男が大きく息を吸う。


「その答えが今、明らかに!」


 ゴリュウは顔を引き締めた。


 リヒトは思う。生きるために抗って、この先に何があるのか。

 すぐにその思考を捨てた。


 ただ生きるだけだ。生きた先に何があるかなんて、考えるだけ無駄だ。

 迫る死に屈せず、無様に抗い続ける。そうして生きていく。リヒトが牢屋で心に決めた信念を思い出した。


 リヒトはゴリュウの目を見据える。

 殺意を抱いた目をしている。自分も同じ目をしているのだろうか。

 それがどことなく面白かったリヒトは口を歪めた。


 ゴリュウは怪訝な顔をして、リヒトに問いかける。


「何か、面白いことでもあるのか?」


 ゴリュウの問いに、リヒトはしっかりと頷く。


「あぁ。生きるのって楽しいんだな」


 爽やかな笑みで語る。

 この場に相応しくない笑みが浮かんだ時、大きな声が響き渡る。


「始めぇっ!」


 銅鑼が大きく鳴ると、二人の男の目が大きく見開いた。


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