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暗き檻

 格子が付いた小さな窓から射す光が、石造りの冷めた牢屋を照らしていた。

 薄明かりの中、リヒトはベッドに足を乗せ、床に手を置いて片腕立て伏せをしていた。

 蓬髪に伸ばしたままの口髭が、リヒトの顔を精悍に見せている。


「ふっ……ふっ……」


 小さく息を吐き、腕を上下させる。

 体に浮いた汗がリヒトのたくましい筋肉を伝い、床に落ちていた。

 限界まで自分の体に負荷を掛けていると、足音が牢屋に響く。


「おい、飯だ」


 看守がトレーに乗せたパンと野菜スープをリヒトの牢屋の前に置いた。

 リヒトは鉄格子の下からトレーを受け取ると、黙ってパンをひとかじりする。


 牢屋に入れられて、半年が過ぎていた。

 その間、似たような食事が毎日二回提供されていた。

 時々、スープに肉が入っている事もあり、栄養面は割と悪くない。


 リヒトはスープの器を手に取ると、スプーンで野菜をすくい、口に運ぶ。

 質素な食事を続けていると、看守が声を掛けた。


「まったく、いつまでお前をここに入れておくんだろうな。とっとと処刑すればいいのに。なぁ、そう思わないか?」


 看守は言うと、一人で笑い声を上げた。

 楽しそうに笑う看守に、リヒトは目を向ける。


「いつだろうな……」


 呟くと、また食事を続けた。

 リヒトの反応が面白くないのか、看守は顔を歪めて頭を掻く。


「ダーカ・ラーガも捕まってしまえば、可愛いもんだな」


「俺は男だぞ?」


「そういう意味じゃねぇ。鬼のようだと言われていた割には、普通の男だからな。あ、今は山賊みたいだけどな」


 言うと、また一人で笑い出した。

 リヒトは毎日この看守と同じようなやり取りをしていた。

 そのせいか言葉遣いがやや冷たくなっている。


 生来の優しさは失っていないまでも、暗い牢獄の暮らしでは荒んでしまうのも無理もないことだ。

 パンを食べ終わり、スープを飲み干すと、トレーを看守に返す。


「相変わらず、飯がはええなぁ」


「やることが多いんだ。悪いが一人にしてもらえるか?」


「けっ! どうせ、筋トレだろうが。死ぬ人間が何やってんだって話だよ」


「死ぬまでは汗にまみれて生きるさ。みじめに死なないように、だ」


「何言ってか分かんねぇんだけど」


 口をへの字にした看守はリヒトの牢屋から離れていった。

 リヒトは立って、ゆっくりとスクワットを始める。

 一日の大半をリヒトは筋肉を鍛えることにしていた。


 牢屋の中で与えられるのは時間と、日に二度の食事だけで、それ以外は自分で何かを作り出さなければならない。

 持て余した時間をリヒトはただ、じっくりと体を鍛えることに使っていた。


 一通りのトレーニングを終えて、火照った体を冷たい牢屋の空気で冷やしていると、ゆっくりとした足取りで近づく音を耳にした。

 次いで、ばたついた足音が二つ聞こえた。声が廊下から響き、リヒトは耳を澄ませた。


「ちょっ!? ダメですって! 貴方様がこんな所に!」


「そうですよぉ。何かあれば、自分達がやりますので」


 二人の看守が必死に誰かを止めようとしている。

 その声は止まることなく続くことから、話しかけられている人物は歩みを止めていないことが分かった。


「悪いな。どうしても顔が見たくてな」


 その声にリヒトは反応した。

 忘れるはずがない声だった。その者の顔を思い出し、身構える。

 ゆっくりと廊下の曲がり角から姿を見せたのは、リヒトを倒したギルディスであった。


 ギルディスがゆっくりと牢屋に近づく。

 リヒトも鉄格子の傍に立ち、ギルディスを見つめる。


「ほぉ……。思ったより、腐ってはいないようだな」


「臭い飯は食わされたが、腐ることはなかった」


「減らず口を叩ける元気もあるか。その面構え、立ち会った時よりも良いものだぞ」


「そうか。で、何の用だ? 処刑の日取りでも伝えに来たのか?」


 怪訝な顔をしたリヒトが問うと、看守がつかつかと近寄り、牢屋の鉄格子に蹴りを入れる。


「貴様ぁ! 誰にものを言っているか分かってるのか! このお方は!」


「カルディネア王国、第三王子のギルディス……だろ?」


「様を付けんか、様を!」


 顔を赤くさせた看守は、更に口角泡を飛ばす。

 聞くに堪えない言葉が続くと、ギルディスが看守の前に手を伸ばした。


「もうよい。さて、お前の処刑だが……。明日、行う。その前に身を清めるが良い」


「処刑をされる身で綺麗になる必要があるのか?」


「見映えは大事であろう? 後ほど、牢から出してやる。たまった汚れを落として、明日を迎えよ」


 そう言うと、ギルディスは背中を見せて去って行った。

 その姿を呆けて見ていた看守は慌てて、ギルディスを追っていく。

 牢屋に一人取り残されたリヒトは、ベッドに腰を下ろした。


 遂に処刑される。リヒトは少しだけ安心していた。

 今のところ、リュートがダーカ・ラーガとして捕まったという報告は受けてはいない。

 リヒトが処刑されれば、ダーカ・ラーガはこの世からいなくなる。


 リュートの身の安全が更に良くなることは望ましいことだ。

 リヒトはリュートとの約束を違えることに、一抹の罪悪感を覚えてはいたが、それよりもリュートの無事を祈っている思いの方が勝っていた。


 綺麗な思いのまま死ぬ。ギルディスに否定されたことを思い出した。

 リヒトは今、綺麗なままなのだろうか。その自問にリヒトは否、と答えた。


 死を受け入れ諦めていれば、体を鍛えたりしていない。生き延びるために鍛えてきた。

 鍛えられた体は均整の取れたもので、美しい線を描いている。これはリヒトが生きるために作った筋肉だ。

 いつ、何が起きても対応できるように。もし、機会さえあれば、脱獄も試みただろう。


 それができず、処刑を迎えてしまうことを残念に思ってもいる。

 無様な程に足掻いて死を迎える。それができたのだろうか。体を鍛えるだけでは足りないのではないか。


 それならば、明日、ひと暴れしてやろう。ただ処刑されるぐらいなら、ダーカ・ラーガらしく人々を恐怖させよう。

 暗い牢屋の中で黒い思いを抱いた獅子は、静かに爪を研ぎ、時が来るのを待った。


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