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戦が終わりて

 煌びやかなシャンデリアがダンスホールを照らし、楽団の奏でる優雅な調べが踊る者達を虜にしていた。


 カルディネア王国首都に築かれたニルヴァウヌ城では今、戦勝祝賀会が催されていた。

 着飾った紳士淑女が集う場で語られるのは、ルクス共和国との戦争について、そして戦後の統治についてだ。

 ルクス共和国はカルディネア王国との戦争に敗れ、亡国となった。


 その処理をどうするか。国の上層部や貴族の話題の中心はそれであった。

 ルクス共和国との戦争について語るのは、もっぱら軍人達で、貴婦人達に自分の武功を自慢している者が散見される。

 その中、一番の注目の的は、ギルディスであった。


 ギルディスはダンスを一曲終えると、中央から離れ、テーブルに置かれたワイングラスを手に取り、口をつける。

 芳醇な香りを堪能していると、ギルディスとそう歳の変わらない貴族の子女が駆け寄ってきた。


「ギルディス様、次は私と踊って下さいませ」


「ギルディス様、私もお願いしますわ」


「私も、私もです」


 集まった子女はこぞってギルディスの踊りのパートナーに立候補している。


「申し訳ありません。少々、酔いが回ってきまして。踊りは控えさせてください」


 優しい笑みを浮かべ、面倒な事態からギルディスは遠ざかろうとした。

 ギルディスの対応に不満げな声を上げる子女がいる中、別の子女がギルディスに問いかける。


「ギルディス様、ダーカ・ラーガをお捕まえになられたのでしょう? やっぱり醜悪な顔をしていましたの?」


 目を爛々とさせる子女にギルディスはゆっくりと首を横に振った。


「醜悪ではありませんでしたよ。人間味のある顔をしています。そこら辺にいてもおかしくない程に」


「そうなのですか~。もっと怖い者かと思って、見るのを楽しみにしていたのですのに」


「ただの黒髪の人間です。見ても面白いものではないでしょう」


「ちょっと残念です。あ、やっぱり強かったのですか? 何人も討たれたって」


 子女は途中で口をつぐんだ。周りの目を気にしている。

 一部の軍人は眉間にしわを寄せて、しかめっ面をしていた。

 ルクス共和国との戦いで、ダーカ・ラーガに討たれた将は、アーデックとレーディック兄弟。

 そして、大けがを負ったヴァーリッシュだ。


 いずれもカルディネア王国で優秀な将校であり、失ったことは痛手であった。

 そのことはすでに国中に知れ渡っており、ダーカ・ラーガを捕らえたギルディスは英雄視されている。


「強かった……間違いなく。ヴァーリッシュ殿が、命がけで戦っても負けた相手です。私が勝てたのは、すべて彼のお陰です」


 言って、過去に思いを馳せた。


 リヒトとギルディスが対峙した日から、三ヶ月が過ぎていた。

 二人の戦いはリヒトの渾身の一撃をギルディスが受け止め、剣の腹でリヒトの側頭部を叩き気絶させたことにより決着した。

 呆気ない幕切れだったが、リヒトの剣を受け止めたギルディスの手はしびれ、剣を握るのがやっとな状態にまで追い込まれていた。


 あのまま戦えば負けていた。

 ボロボロで、立つことすらままならない体から繰り出された一撃にやられかけたのだ。

 ギルディスは悔しいという気持ちより、ダーカ・ラーガの名に相応しいことに感心した。


 グラスを持つ手を見つめていると、また別の子女が話しかける。


「ギルディス様は、初陣だったのでしょう? 怖くなかったのですか?」


「怖かったですよ。ですが、私はヒューリー兄様を信じておりましたので、戦えました。今回の勝利もヒューリー兄様のお陰ですし」


 ギルディスは視線をカルディネア王国第二王子のヒューリオンに向けた。

 金髪を真ん中で分け、引き締まった顔に大きな目。整った顔立ちをしているが、腹黒い一面があるせいか、表情は薄っぺらい。


 この会の中心であるヒューリオンは、ギルディスと違い紳士と軍人に囲まれていた。

 むさくるしい雰囲気の中、すました顔をし、周りの者達の言葉に耳を傾けている。

 この男こそが、ルクス共和国陥落の功労者であり、最大の戦犯と言えた。


 ルクス共和国との大規模な戦闘はアドリア砦を囲んだ時のみであり、あとは撤退する兵を追撃したくらいである。

 逃げたルクス軍を叩いたのは、カルディネア王国の者ではない。

 ルクス共和国の西国で同盟国でもある、グラドニア帝国であった。


 今回の戦争はカルディネア王国がルクス軍を引き付け、手薄になったところをグラドニア帝国が攻めるという、挟撃作戦であったのだ。

 カルディネア王国は自力でルクス共和国を落とすことができず、ルクス共和国の同盟国をそそのかして戦争に勝った。と言う者達も少なからずいる。


 だが、ギルディスはそこまでは思っていなかった。

 むしろ、よくぞ動いたと思っている。結果的に、ルクス共和国を分割ではあるが手にすることができ、西との戦争に一端の区切りがついたのだ。

 北と南にも戦を抱える中、だらだらと戦いを続けている余裕はなかった。


 最小の犠牲で得ることのできた最大の成果だ。腰抜けと呼びたい奴には呼ばせておけばいい。ギルディスは目があったヒューリオンに目礼した。


「ギルディス様、ギルディス様。ダーカ・ラーガは処刑にするのですよね? いつ、するのですか?」


 こちらも鼻息を荒くした子女が問いかけた。

 その問いに、ギルディスは微笑みをたたえたまま答える。


「さぁ、いつでしょうか。明日か、明後日か、来週か。それとも……」


 ワイングラスに目を落とし、暗い声で呟く。


「戦場か……」


 冷めた表情を浮かべたギルディスの顔を見て、子女達が不安気な表情を見せた。

 心配し、声を掛けた者に向けて、ギルディスはまた柔和な顔を見せる。


「酔いが落ち着いてまいりました。どうでしょうか、一曲?」


 子女の黄色い声が上がり、ダンスホールの空気が彩を増した。

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