宿命の対峙
地面に大の字になって倒れたヴァーリッシュを、リヒトはじっと見つめた。
リヒトの剣が作った鎧の切れ目から、血の色が見える。流れる血の量から、深手であることが分かった。
しかし、安心はできない。リヒトは先ほどまで戦ったヴァーリッシュの力を思い出し、気を引き締める。
静かな時が流れていると、周りがどよめきだした。
ヴァーリッシュに向けた目を逸らして、辺りを見回す。
「お、おい。ヴァーリッシュ様が……」
「ま、まさか負けるなんて……。どうする、どうするよ?」
「俺に聞くなよぉ」
思いもよらぬ結末に、周りの兵士が戸惑いを覚えていた。
多くの者が顔を見合わせては、困惑し、指揮系統は機能していなかった。
これはチャンスだ。リヒトは気づき、大きく息を吸う。
「我こそはダーカ・ラーガ! 次に死にたい奴は、どいつだ!」
疲弊した体で出せる限りの大声を上げた。
今のリヒトに残っている力など大してない。
体は傷つき、魔力も枯渇している。まさに満身創痍であった。
だから、今がチャンスなのだ。今のままでは、数人に攻められれば、簡単に殺されるだろう。
こちらの脅しに乗ってもらうしか、リヒトの生きる道はないと言える。
「さぁ! どうした! 来ないなら、こちらから行くぞ!?」
更に揺さぶりをかける。首を回して、一人一人を舐めるようにして見る。次の獲物は誰かと品定めするように。
「誰も来ないのか!? ならば、俺!」
「その勝負、俺が買った」
リヒトの雄々しい叫びを、涼やかな声が遮った。
リヒトの周りを囲んでいた騎馬隊の一部が割れると、その間から白馬に乗り、白銀の絢爛とした鎧を着た男が姿を見せた。
金髪の髪を撫で上げ、声色と同様に爽やかで甘い顔。
見る者、皆を引き付ける魅力を持った男が、悠然とリヒトの前に近づいた。
「ギルディス様! 何を!?」
ギルディスと呼ばれた金髪の男は、後ろから声を掛ける騎士を振り返ることなく、手で制した。
「俺とて一軍の将だ。将が逃げ隠れしてどうする?」
「しかし!」
「まぁ、良いではないか。ダーカ・ラーガの顔を見る機会でもあるしな……。ふむ、俺と歳はさして変わらないように見えるが」
馬を進めて、リヒトの顔を食い入るように見た。
恐れという言葉を知らないのかと言いたくなるような程に、無防備に近づいている。
「ギルディス様!」
「あぁ、分かった分かった。ダーカ・ラーガよ。先ほど言った通り、俺と勝負をしようではないか」
「ギルディス様ぁ!?」
驚愕した騎士を捨て置くかのように、ギルディスは続ける。
「俺が負ければ、お前を見逃そう。お前が負ければ……お前の生殺与奪は俺のものとする」
ギルディスは言い終わると、馬から降りて剣を抜く。
剣の機能とは関係のない装飾が多いが、その刃は確かに本物だった。
鎧と同様に白銀の剣を手にしたギルディスは、静かに歩みを進める。
「どうだ? 悪い条件ではないと思うが?」
「信じられない」
「嘘は言わんさ。カルディネア王国第三王子、ギルディスの名に懸けてな」
「っ!?」
ギルディスの名乗りに、リヒトは驚愕する。
カルディネアのトップに近い人物が、今、目の前にいるのだ。
その男が、リヒトに勝負を挑み、勝てば逃すと言った。
これはリヒトに取って、僥倖と言える。
あのまま恫喝を続けていても、生き延びる可能性は低かった。
そのような時に、リヒトに好都合な条件を敵国の王子が提示してきたのだ。
この手に乗らない訳にはいかない。例え、嘘を吐かれたとしても、ギルディスを捕らえて人質にすればいい。
そう考え、リヒトの心は決まった。
「受けよう。その勝負」
「よし。では、勝負と行こうか……。ふんっ!」
ギルディスの剣に施された呪文が輝きを放つ。
その光は徐々に大きくなり、一瞬の閃光がリヒトの目を襲った。
同時に、ギルディスの力を理解した。
「まさか、武鬼操者……」
消えた光から現れたのは、全てが金色に染まった剣であった。
柄も鍔も刀身も刃も。その全てが黄金の輝きを放っていた。
「どうかな? 少々、嫌みな剣であろう? 俺自身、あまり好みではないが、こうなってしまうのだ。さて、始めようか」
「くっ!?」
「どうした? 来ぬのならば、こちらから!」
一気に距離を縮めた、ギルディスは金色の剣で突きを放つ。
迫る剣をリヒトは咄嗟に、自身の剣の腹で受け止める。その時、ある事態に気が付いた。
すでに武鬼が解除されていたのだ。
もはや、リヒトには武鬼を維持するだけの力がなかった。
その状態で武鬼操者とどう戦えば良いのか。襲い来る斬撃を必死に捌き続ける。
連戦を重ねたリヒトの体は思うように動かず、後ろにふらつきながら必死に身を守り続けた。
避ければ足をもつれさせ、剣を振るえば、その力に体が持っていかれる。
誰の目から見ても、リヒトに勝ち目はなく、ギルディスの勝ちは目前に迫っていると誰もが確信していた。
リヒトを追い詰めていたギルディスは突如、手を止めた。
「どうした? もう少しで俺が勝つぞ? まともに剣を振るってはおらんではないか。せめて、一撃ぐらいまともなものを出したらどうだ?」
真っ直ぐな目がリヒトに向く。
戯れで言っている訳ではない。真剣な目であることから、本当に勝負をしていることを理解した。
だが、リヒトはギルディスの要望に答える程の体力を持ち合わせてはいなかった。
先ほどの攻撃を捌くだけでも精いっぱいだった。
今も立っているだけで、限界を感じている。リヒトは歯を食いしばり、膝を折りそうになるのを必死に堪えていた。
「そうか。それで終わりか。ならば、良い。お前の首を刎ねよう。そして、お前に関わった全ての者の首も刎ねよう。簡単には殺さん。じわじわとなぶり殺しだ」
「貴様っ」
「お前に家族を殺された者は大勢いる。戦争だからと割り切ってもらえると思うなよ」
冷徹な目が、リヒトに向けられている。
冷めた表情で冷酷な言葉を放ったギルディスからは、微塵も温かみを感じない。
これ程、冷たい男ならやりかねない。リヒトは恐怖した。
自分の命が取られる。それだけでなく、ボルカノスやメラルダ、場合によっては村のみんなも殺されてしまうかもしれない。
その事がリヒトを恐怖に陥れている。
「お、俺の命はやる。だから、他の」
「負ければ、全てが奪われる。これが戦争というものだ」
「そんな……諦めろっていうのか……」
「そうだな、諦めれば終わる。……足掻くことなく死ぬか。それは残された者達に、そして命を奪われた者達への冒涜だな。自分だけ綺麗に死のうとするな。一番、みじめな死に方だ」
「俺、俺がみじめ……」
頭を振ったリヒトは、ギルディスの言葉を必死に否定した。
リュートを守るために戦って死ぬ。それをどこか崇高なものだと思っていた。
だから、無茶なことをやってきたのではないか。綺麗な信念を貫いて死にたい。そんなことを心のどこかで考え、自分に酔っていたのではないか。
そんなリヒトの生き方をギルディスは真っ向から否定したのだ。
体だけでなく、心までもリヒトは追い詰められていた。
「俺は……違う……俺は……」
「お前は自己陶酔の末に、ここで死ぬ。礼を言おう、ダーカ・ラーガ。この世で一番汚らわしい死を見せてくれることへのな」
「俺は……俺は……死にたくない。死んでたまるか!」
細胞に残った力を絞り出して、咆哮を上げた。
「お前を殺して! 俺は……生きる!」
「良い顔になったな。さて、仕切り直しといこうか」
互いが剣を構えて対峙する。
燃えたぎる目のリヒトと、リヒトを映し出す鏡のような目をしているギルディス。
視線で押し合い、発する気で相手を抑え込もうとする。
剣での戦いが全てではない。一撃を放つまでの攻防戦が二人の間で続く。
同時に二人の目が見開く。
「らぁぁぁぁ!」
「ふっ!」
鋼の剣と金色の剣が交差し、火花を散らした。




