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追撃者

 ルクス共和国の青い旗が、戦場から遠ざかっていくのを、リヒトは戦場の真っただ中で眺めていた。

 先ほどまで歓喜していたリュート隊の面々は事態を飲み込めておらず、ただ口を開けてその光景を見ている。

 

 時の流れの中に置き去りにされたリヒト達に大きな雄たけびが響く。


「ここから引くぞぉ! 全員、駆けろぉぉぉぉ!」


 エイガーが吠えると、リュート隊とエイガー隊の全員が我を取り戻し、一斉に駆け出した。

 突き崩された敵はまだ立ち直ってはおらず、追撃の様子はなかった。

 馬で走るリヒトの横をリュートが並走する。


「リヒトはそのまま、みんなを率いて撤退を。僕は殿しんがりに回る」


「じょっ、冗談でしょ!? そんなことしたら死んじゃうよ!」


「そうしなければ、みんなが死ぬ! ……僕なら、ある程度は敵と渡り合える」


「それなら、俺も!」


「ダメだ。リヒト、君が生き残れる可能性は低い」


「それでも……」


 返す言葉がなくなると、口を強く結びリュートから目を逸らした。

 リヒトを拒絶するまっすぐな目に耐えられなくなったからだ。


 リュートは自分の身を犠牲にしてでも、みんなを守ろうとしている。

 リュートらしいといえば、そうであるが、自殺行為とも取れることにリヒトは納得ができないでいた。


 視界の端でリュートの動きを見る。馬の速度を緩め始めていた。


「隊長ー! 右から敵が!」


 ビルタスの声に突き動かされ、顔を右に向けた。

 真っ直ぐこちらに向けて、猛進している敵の騎馬隊の姿が見えると、逃げる兵士達から悲鳴が上がる。

 敵の騎馬隊の数は千を超えていた。

 

「くそっ!」


 リュートは忌々しそうに吐いた。

 後ろに下がろうとしたリュートは一旦、速度を上げる。振り返って逃げる兵士を見ると、顔をしかめた。

 

「騎馬隊! 隊列を整えろ! 敵軍に突っ込むぞ!」


 リュートの号令に、騎馬隊の面々が隊列を組んだ。リヒトも違うことなく、自分の位置に着いた。

 統率の取れた動きで、次の指示を待つ。


「よしっ! 一度だ……。この一度だけ、乗り切ってくれ!」


 その声に全員が大声で応じた。

 リュートが馬首を敵軍に向けると、他の兵士も同様に動き、敵軍へと突き進む。


 遠くにいた敵が傍まで迫る。リヒトは恐怖を振り払うに、大声を上げた。

 その声を皮切りに、他の兵士も口々に声を上げ、自分達の五倍以上の敵に挑んだ。


 迫る敵は数を頼りにしているのか、真っ直ぐにリュート隊を目掛け突進する。

 対してリュート隊はリュートを先頭にし、槍のような形で突撃した。


 リュートが敵の先頭に触れた瞬間、敵軍の兵士に悲鳴が上がる。

 ダーカ・ラーガであることに気が付いたのか、それともその振るう剣の迫力に怯んだのか。

 いずれにせよ、リュートの剣は確実に敵を殺していた。


 リヒトはリュートが討ち漏らした敵と戦う。勢いの付いた馬同士のぶつかり合いの中、懸命に剣を振るい続けた。

 リュート隊の馬の勢いが衰え始める。圧倒的に少ない数では、敵の波を乗り切ることができない。馬が止まってしまえば、それは死に直結する。


「全員、左だ!」


 リュートが左側に剣を向けると、馬を左側に寄せだした。

 止まりそうな馬を叱咤して、リュートが作り出す人波の裂け目を抜けていく。

 蛇の腹を裂くように、リュート隊は敵騎馬隊の中央から抜け出ることに成功した。


「よし! 敵の勢いを削ぐことができた! あとは」


「ダーカ・ラーガ!」


 リュートの声を、雄たけびのような大声で遮った。

 声の方に振り向くと、丸みを帯びた全身甲冑の騎士が、騎馬隊の中央から姿を見せた。

 軽やかな足取りでこちらに向かってくると、戦斧を頭の上で振り回し、気炎を上げた。


「我が弟、レーディックが世話になったな」


「知らない名だな。誰だい、それは」


「忘れたとは言わせんぞ! この戦場で貴様に斬られた者の名だ!」


「じゃあ、逆に問おう。僕の部下を斬ったなら、その名を覚えているのか?」


「貴様! ならば、俺の名を知って死ねぃ! 我が名はアーデックだ!」


 馬を全力で駆けさせると、戦斧を大きく構える。

 その戦斧が姿を変質させた。ただの斧が、装飾され、一段と大きくなっていた。敵は武鬼操者アグニスだ。

 迫力のある戦斧を掲げたアーデックはリュートに迫った。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 全力で斬り下ろす。

 地面を両断せんばかりの勢いをつけた戦斧がリュートに襲い掛かる。

 リュートは剣をすっと上げると、戦斧の行く手を阻んだ。


 剣と斧が打ち合い、甲高い金属音が響く。

 アーデックは力を込め、必死にリュートの顔に戦斧の刃先を当てようとしている。

 それに対して、リュートは涼しい顔をして受け止めていた。


「くっ! ぬうぅぅぅぅ!」


 アーデックは腹に力を入れて、渾身の力を込めていく。

 腕が振るえる程、力を入れた戦斧を押し込むことができない。むしろ、押し返されていた。


「くぬぅ!」


「その程度で、僕に勝てる訳がないだろう。終わりだ」


「何っ!? がっ!?」


 リュートは剣で斧を払うと、目にも留らぬ速さでアーデックの胸を貫いていた。

 その剣も次の瞬間には抜かれており、何が起きたのか理解できていない者もいた。

 馬から崩れ落ちたアーデックを見て、また歓声と悲鳴が上がる。


「兄さん、やったね!」


 リヒトは声を上げて称賛した。

 隊のみんなも歓声を上げ、戻ってくるリュートを褒め称える。

 それにリュートは笑顔で答えると、剣を鞘に戻した。


 近づくリュートを出迎えようと手綱を振るおうとした時、目がリュートの先に映る者を捉えた。

 アーデックが口から血を吐きながら、戦斧を振り上げている。


「に!」


「ぬがぁぁ!」


 リヒトの声がアーデックの絞り出した声にかき消された。

 声と同時に戦斧が放たれる。風を切る音を発しながら、戦斧は飛ぶ。リュートを目掛けて。


「ぐあっ!?」


 戦斧はその威力でリュートの鎧を破ると、背中に戦斧の刃が入った。リュートは苦痛の声を上げ、ゆっくりと馬の背に倒れこんだ。


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