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武鬼

 森に静けさが戻った。

 リュートは軍をまとめると、斥候を放った。

 自国内であるにも関わらず敵と遭遇したことで、想定より侵攻が早いと考えて手を打ったのだ。


 リュート率いる軍は隊列を組んで、森の中を進み、ノーランド地方の平原へと向かう。

 この森を抜ければ、本当の戦争が待っている。リヒトは先ほどまでに感じていた緊張とは別のものを感じていた。

 馬に揺られて森の奥を進み続けると、斥候に出した兵士が血相を変えて駆けてきた。

 

「隊長っ! 敵が! カルディネアが、アドリア砦を! か、囲んでおります!」


「くっ!やはり 思った以上に侵攻が早いな……。よし、こちらも戦場に駆けつけるぞ! 全員、駆けるぞ!」


 リュートは声を上げると、馬の腹を蹴って駆け出した。

 遅れてリヒトも馬を走らせ、リュートの後を付いていく。

 それに騎兵と歩兵が続き、平原を目指して進軍した。


 森を抜け、丘陵地帯に出た。普段であれば牧歌的な風景が広がるはずが、今は慌ただしい地鳴りがしている。

 丘の先に待ち受ける光景にリヒトは緊張で喉を鳴らした。

 騎馬隊が整列すると、リュートはゆっくりと動き、丘を登る。それにリヒト達も続いた。


「これは……」


 息を呑んだリュートは立ち尽くした。

 リヒトはリュートの横に並んで、平原に目を向ける。

 緑の平原を埋め尽くすほどの人がひしめき合っていた。


「これって……」


 リヒトも息を呑んで、リュートの顔を見る。

 顔を強張らせたリュートは小さく頷く。


「カルディネアは本気で、この国を攻め落とそうとしている。二万……いや、三万はいるか」


「兄さん、俺達だと」


「歩兵が五百.騎兵が二百。突っ込めば、全滅は必至だろうね」


 うごめくカルディネアの軍を見据えたままリュートは続ける。


「まずは他の軍と合流しないと話にならないな。幸い、アドリア砦は堅牢だ。あの壁を乗り越えるのは、そう簡単じゃない」


 リュートの顔を見て、リヒトは何度も頷く。

 今の状態では何もできないことは、軍隊経験の浅いリヒトにも分かる。

 平原に築かれたアドリア砦の四方を固めている軍から目を離して、他の動きを探る。


 囲まれたアドリア砦から西側にルクス共和国軍の旗が見えた。

 対してカルディネア王国軍はアドリア砦の近くに布陣している。

 アドリア砦への救援を阻止しようとしているのか、砦を攻める軍以外はどっしりと構えている。


「気付かれる前に、ここを去ろう」


「うん。そうしよう」


「よし、歩兵も揃い始めた。行く……ぞ?」


「兄さん?」


 問いかけたリヒトの視線が、リュートの目が向く先へと動いた。

 視線は離れた場所にある、丘の上に向いていた。そこには隊列を組んだ自国の軍隊が掲げる旗が見えた。

 数は二千を超えているようである。


「まさか……。ここで仕掛けるつもりなのか!?」


 リュートの懸念が現実のものとなった。

 カルディネア軍の側面を突ける位置ではあったが、そこに行くまでに距離がある。

 それを見たリュートの動きは速かった。


「味方が包囲される可能性がある。逃げ場を失わないように、一度だけ突く! 駆けろ!」


 リヒトはリュートの声を聞き、馬を動かした。

 横目で、先手を打った味方の軍を捉えつつ、リュートの背中を追う。

 兵士が上げる声が響く。味方の軍が敵軍と接触した。圧力は味方の軍の方が強いように見えた。


 押し続ける味方の軍が敵軍を押していく。

 組んでいた陣形が押されることで潰れていき、染みのように広がっていった。

 勝っているのではないか。リヒトはそう思った時、その考えが甘かったことを知った。


 広がった敵軍が二つの塊に変わると、陣形を組んで側面から押し始めたのだ。

 突出した味方の軍の逃げ場は正面にしかなかった。だが、その行く先には別の敵軍が待ち構えている。

 丘を下ったリヒトはそれ以上の光景が見えなくなった。


 戦の経験がないリヒトでもわかる。このままでは苦戦する。

 突撃した状態では、すぐに陣形を組みなおせないだろう。じわじわと締め上げられる中で、どのような対応ができるか。

 リヒトは考えながら、馬の手綱を何度も振るう。


 リュートが向かうのは味方を包囲した一つの塊だ。

 今ならば後方を突ける形となっていた。


「全員、このまま突っ込むぞ!」


 リュートの声に全員が呼応すると、次々に武器を構えだした。

 リヒトも剣を抜き、魔力を込める。強化されていく剣から目を離して、剣を高々と掲げたリュートを見た。


 リュートの剣が一瞬輝くと、剣の形と色が変化していた。

 黒い刀身に金の装飾。鮮血のように赤い刃。今までただの鋼色の剣だったものが、芸術品のような美しさを見せた。

 これがリュートの力。魔力が限界を超えて顕現した『武鬼アグニ』だ。


 剣を変質させたリュートは吠えながら、敵軍に突っ込んだ。

 リヒトも続き、背を向けていた兵士達に馬で突撃した。

 馬で敵を蹴散らし、一心不乱に剣を振るう。リュートが作った道を塞がれないように、必死に追いかけた。


「我こそは、ダーカ・ラーガ! この名剣レグムントで死にたい奴は掛かってこい!」


 リュートは雄たけびの如く声を上げ、敵軍を穿っていく。

 リヒト達に今まで掛かっていた圧力が途端に弱まった。敵が明らかに狼狽している。

 誰が自分たちを狙っているのか分かったのだ。


 恐怖の存在、ダーカ・ラーガが命を取りに来た。

 誰もが震えあがり、逃げ出そうとしている。それが分かったのか、リュートは更に声を上げる。


「ダーカ・ラーガの首を取らんとする者はいないのか!?」


 剣で敵の首を断ちつつ、声を荒げる。

 その様から、更に敵は混乱していく。リヒトは及び腰になった兵士達に剣を振り続け、リュートが作った隙を活用し続けた。

 敵軍から悲鳴が上がり続ける中、リュート達の隊は、味方の軍の下へとたどり着いた。


 味方のための道を作ったリュートは反転しようとした時、怒声が響いた。

 敵軍が二つに割かれたように道ができた。道の先から現れたのは、勇ましい装飾の施された全身甲冑の一人の騎兵だった。

 ゆったりとした歩調でリュートに近づくと、槍を振った。


「ダーカ・ラーガ。その命、貰ったぁ!」


 突如、加速し、リュートに向けて突進した。

 リーチの長い槍と剣での戦いは不利である。リュートの攻撃範囲外から槍が襲い掛かった。

 突き出された槍がリュートの胸を捉えた。


「兄さん!」


 リヒトが声を上げた時、リュートの剣が一閃した。

 騎兵の持っていた槍の穂先が宙を舞う。

 騎兵は事態が理解できないのか、手にした槍の穂先を見て首を捻った。


 その首も宙を舞った。

 傍まで近づいていたリュートの剣によって命を絶たれて騎兵は、ゆっくりと馬から落ちた。

 一瞬、場が静まり変える。すぐに歓声と悲鳴が起こった。


 打ちひしがれた敵兵に対して、リュートは止めの言葉を放つ。


「さあ! 次はどいつだ!? 何人だろうと殺してやるぞ!」


 鬼の咆哮に敵は我先にと、リュートの周りから去りだす。

 味方の危機を救ったリュートはリヒトの顔を見て微笑むと、剣を高々と掲げた。


「味方と合流するぞ! 進め!」


 味方の軍を引き連れて、リュートは最前線を後にした。


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