表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/62

選択肢

 利人は固い何かの上で寝転んでいるのを感じ、薄っすらと目を開けた。


 目に入ったのは、駅で見上げた曇天と変わらない。

 雲が流れるのを嫌がっているのか、時間が止まったかのように雲が留まっている。

 変わらぬ景色を呆けて見ていると、急に現実に引き戻された。


 自分は死んだのではないか。目の前に迫っていた電車のことを思い出すと、大きく身震いをし、慌てて体を起こした。

 利人は体中に手を当てて、身の無事を確認し、何事もないことが分かったところで、安堵の息を吐く。

 次いで、足を見つめる。そこには当たり前だが、足があった。


 足がなければ死んでいるという発想であったが、それが確認できたお陰で更に安心する。

 下げた視線をゆっくりと上げると、見知らぬ光景に目をしばたたいた。


「ここ……どこ……」


 目に映ったのは、うっそうと茂る木々だった。

 辺りに目を向けると、同じように木がいくつも並んでいる。何度、周りを見ても、その景色は変わらない。

 あまりの変わらなさに、利人は頬を摘まんで力強くひねった。


「いたっ!」


 痛みを覚えた。

 生身の感覚であれば痛いのは当たり前のことである。だが、そうでもしないと今の状況を受け入れることはできなかった。

 何故、自分はここにいるのか。ここに来る前に何があったのか。何かの力に引っ張られて、駅を通過しようとした電車の前に出たことは覚えている。


 その前はどうだったか。あの声を思い出した。優しい声色で力を貸せと言われ、その後に引っ張られたのだ。

 全ての始まりは、あの声ではないか。考えた結果、利人はそう思うしかなかった。

 ただ、そう思っても状況は変わらない。思っても仕方がないのなら、立って動いてみよう。


 気分が重いと体も重いのか、ゆっくりと立ち上がって背を伸ばす。

 大きく息を吸うと、森の爽やかな匂いがした。改めて、自分は森にいるのだということを理解して、ゆっくりと歩みだした。


「誰かいないのか?」


 なだらかな傾斜を下りながら言った。

 言葉の通り、誰もおらず、動物の姿もない。聞こえるのは鳥のさえずりだけだった。

 しばらく鳥の会話を聞きながら森の中を歩くと、枯れ木の折れる音が響いた。


 利人は足を止めて耳を澄ませる。鼓動が耳に伝わる程に静かにしていると、別の音が聞こえた。

 金属の食器を重ねた時のような音だ。人工的に聞こえる音に興味と不安を覚えるが、興味が勝り、静かに音の下へと向かう。


 歩くにつれて金属の音が近くなってきた。

 利人が近づいたのもあるが、音を鳴らす側も近づいてきている。

 それが分かると、近くの木の陰に隠れて息を潜める。


 音は次第に大きくなり、金属音だけでなく、草を踏みしめる音も聞こえた。

 何かが近くまで来ていることを悟り、そっと木陰から顔を覗かせる。

 そこに映ったのは、茶色の頭巾に青い服を着た人だった。


 鼻の下に生やしたヒゲから、男性であろう。

 その男性はゆっくりとした足取りで、利人の方に向かってきていた。

 この森に来て孤独を味わっていた利人は、何の考えもなしに男性の前に立つ。


「良かった! ここはど」


「何者だ! 貴様!」


 男性の怒声が響く。

 利人はその声に驚き、呆気に取られると、すぐに恐怖に身が縛られた。

 男性は利人に向けて、槍を突き付けていたからだ。


「ちょっ!? えっ!?」


「貴様、ここで何を……。ダーカー!?」


「えっ? ダーカー?」


 問いかけた利人を男性は見つめて、目を尖らせた。


「貴様! カルディネアの者か!?」


「カッ!? カルディネア!?」


「いや、どっちでもいい。抵抗するなよ。大人しく捕まれ。でないと、ここで」


 突き付けた槍を更に前に出す。

 槍の切っ先が鈍い鋼色を見せ、利人の目の前で止まった。

 恐怖が目の前に迫り、利人は大きく息を呑んだ。


 何故、自分は槍を向けられているのか。自分が何をしたというのか。こんな事態に何でなってしまったのか。

 捕まれとこの男は言った。殺すではないにしろ、それに近いことが待っているかもしれない。


「おい! 後ろを向け! ゆっくりとだ!」


 男の声で現実に引き戻された。

 このまま捕まってしまえば何をされるか分からない。逃げたい。生きたい。死にたくない。生きてやる。

 身がすくみ、歯が噛み合わないほどの恐怖に襲われながらも、どこかでそれに抗おうとする力が湧いてきていた。


「うおーーー!」


 突如振り返ると、全力で駆けだした。

 咆哮を上げながら走る足は止まらない。後ろから利人を制止する声が聞こえるが、それを無視して走り続ける。

 男を引き離しつつあった時、木の陰から何かが姿を見せた。


「うっ!?」


 前に進もうとした足を踏ん張って、無理やり体を止める。

 利人に立ちはだかったのは、先ほどの男と同じ格好をした男だ。

 ヒゲのない顔つきから、先ほどの男に比べて若く見える。


「怪しいヤツめ!」


 若い男は次の言葉はなく、槍を突き出した。

 容赦なく向かう切っ先に利人は目を向ける。


 また死が迫ってきていた。ここで死ぬのか。やっと恐怖から逃れるかと思った利人の脳裏に、その言葉が過る。

 死の恐怖を思い出した。だが、頭と違って心は恐怖に染まってはいなかった。

 胸の内から湧き上がるのは、また抗うための熱い闘志だ。


 利人の怯えた顔を映した切っ先に今写るのは、熱い目をしたおとこだった。

 生きる意志が心を満たした時、利人の見る世界が変わった。


 すべての光景に青みが掛かる。

 変わったのは色だけではない。目の前の男の動きが変わっていた。

 ひどく緩慢なのだ。ゆっくりではなく、止まっているのかと思う程だった。


 何が起きているのか理解が追い付かないでいると、視界に別のものが浮かぶ。


『右に避けますか? 左に避けますか?』


 二つの文字が利人の前に突如として現れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ