野心、たぎる
仰々しいシャンデリアが部屋を優しく照らし、華美なカーペットが敷かれた玉座の間には、カルディネア王国を象徴する青いマントやローブを羽織った者達が整然と並んでいた。
皆、一様に顔を引き締めて、玉座をじっと見つめている。
その最前列にギルディスはいた。
金髪を撫で上げ、優雅な顔立ちへと変わったギルディスは十九歳を迎えていた。
一端の大人となったギルディスは、周りと同様に真面目な顔をしているが、内心ではあくびをしそうな程に退屈していた。
これから出てくる者の言葉のがおおよそ把握できている。
儀礼としての色が強いのだろう。剛毅な男の割には、細かなことに気にするのだな、とギルディスは心の中で嘲る。
突如、ファンファーレが鳴り響いた。
その音に全員が頭を下げる。音が静まると、玉座の間に足音が一つ聞こえた。
音は玉座の前で止まると、装飾品の金属が触れ合い音を奏でる。
「面を上げよ」
低く重みのある声が響く。
顔を上げると、玉座に座る王の姿があった。金髪を長く伸ばした中年の男が胸を張り、威風堂々とした空気を発していた。
カルディネア十世の険しい顔には優しさなど微塵も感じない。そもそも笑うことができるのだろうかと、ギルディスは心で悪態をついた。王の硬い顔がゆっくりと口を開けた。
「ルクスを攻める。指揮官は合議で決めよ。以上だ」
カルディネア十世は玉座からおもむろに立つと、玉座の脇にある扉に消えていった。
話を丸投げにされて、全員が困惑していると、一人の男が声を上げた。
「みんな、とりあえず落ち着こう。父上が合議で決めよと言ったのだ。さっそく広間に行って、決めようじゃないか」
穏やかな物言いの男はカルディネア王国第一王子のラドクルスであった。
名前は猛々しく聞こえるが、優しくやや気弱な性格である。
七三に分けた金髪と、顎だけに生やしたヒゲ。性格通りの柔和な顔を見て、ギルディスはそっと玉座の間を後にした。
玉座の間を出ると、その足で書庫へと向かった。
合議を聞くまでもない。ギルディスは大体のことを予測しており、結果だけ聞ければよいと判断した。
廊下を歩いていると、後ろから小走りに駆け寄る音が聞こえ、ギルディスはゆっくりと振り返る。
近づいて来ていたのは、メイドのミーアであった。
「ギルディス様。皆さん、ギルディス様をお探しでしたよ? 行かなくて良いのですか?」
「気にするな。時間の無駄だ。どうだ、一緒に書庫で語らぬか? お前と話す方が何倍も有意義だ」
「えぇ? 良いですけど……。怒られないかなぁ?」
「その時は、また一緒に謝ってやる。行くぞ」
「あれはあれで大変だったんですけどぉ……」
ミーアは肩を落として、ギルディスの後ろを歩き出した。
今頃、広間ではラドクルスが周りの意見を色々と聞いているだろう。
だが、聞くだけで決断はできない。生来の人の好さと弱気さが、決断力を無くしているのだ。
ギルディスは皆の意見に振り回されているであろうラドクルスが、少し可哀そうに思えた。
書庫の扉を開けると、昼間ということもあり、ガラスから温かな日差しが入り込んでいた。
ギルディスは本棚にはしごを掛けると、適当に本を手にする。
椅子に座り本を読みだすと、ミーアも倣って椅子に座った。
話すと言ったギルディスであったが、言葉を交わすことなく本を読みふける。
気づけばミーアは机に突っ伏して、寝息を立てていた。
ギルディスはその姿を見ると、自分が身に着けていたマントをミーアの肩にそっと掛ける。
穏やかな寝息を聞きながら本を読み進めていると、書庫の扉がゆっくりと開いた。
中に入ってきたのはラドクルスだった。
「まったく……。また、ここにいたのか、ギル」
「兄上ではありませんか。思ったより、早く終わったようですね」
「お前がいない間に、色々決まってしまったぞ」
「俺がいなくても、結果は変わらないと思いますが?」
「お前という奴は……。まあ、いい。攻めるのは冬、指揮官はヒューリーで、副官がゴルダンだ」
「ほぉ」
一応は驚きの顔を見せたギルディスであったが、想定通りだった。
ヒューリーこと、カルディネア王国第二王子ヒューリオンが指揮官として戦場に立つ。
戦と調略が好きな兄はおそらく立候補したのだろうと、その場を想像して小さく笑った。
「それと、これはビッグニュースだ」
「これ以上、俺を驚かせるのですか?」
「ああ、驚いてほしいな。ギル、お前も戦場に出てもらうことが決定した。とは言っても、戦場の端の方だがな」
「なんと」
これにはギルディスも驚いた。戦場に出るのは、まだ先だと思っていたからだ。
自分が軍を率いることができる。これはギルディスの夢への大きな一歩となる。
思わず、歪な笑みを浮かべそうになるのを堪えた。
「それは光栄なことですね。兄上の推薦ですか?」
「いや、父上の言伝だ。一人前の男として認めてくれたのだろう」
「父上でしたか。お礼を言わねばなりませんね」
「言うのならば、早めが良いぞ。また南に向かうようだからな」
南に向かう。それはカルディネアの国王にとって悲願の地に向かうことである。
南北の戦争に加えて、西でも戦をするカルディネアの今後について、少しだけ思案をした。
「ルクスさえ手に入れれば、わが国も安定しますね」
「そうだな。ギル、頑張れよ」
「ええ。武功を上げてみせます」
ラドクルスは会話を終えると、書庫を後にした。
ギルディスは待ちわびていた機会が到来したことに、拳を強く握りしめ、口角を上げた。
「う~ん……。あれ? ギルディス様ぁ? わっ!? 私!」
「ミーア、始まるぞ」
「えっ? 何がですか?」
「俺の国盗りだ」
餓狼の如く、鋭い眼光を見せたギルディスは静かに笑った。




