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兄の背中を追って

 家を後にし、森へと向かうために街道を歩きだした。


 リヒトがリュートのことを兄さんと呼び出したのは、ボルカノス達の世話になる際に決めたことだった。

 どこぞのダーカーが増えたというよりは、ダーカーの兄弟である方が村の人間も幾分か安心するだろう。

 ボルカノスはそう言うと、早々に村長に報告し、生き別れた兄弟の再会を大袈裟に伝えたという。


 普通の人間が言えば一蹴されそうなことも、元将軍の言葉であれば信ぴょう性も高く、身元が保証されていると言える。

 ボルカノスのお陰で、リヒトは村での生活を許されたが、ダーカーであることは覆せなかった。


 住んで二年以上経過しているが、リヒトを見る村人の目は懐疑的なままだった。

 長年住んでいたリュートも同様であるが、女性から向けられる目は悪いものだけではない。

 リュートはダーカーにも関わらずモテていたのだ。爽やかな顔立ち、柔らかな物腰は一部の女性の心を捕えていた。


 それに引き替え、リヒトは女性からの評判はいまいちである。

 それは本人も理解しており、不細工ではないが、端正とも言えない顔立ちではダーカーという身分をひっくり返すことはできない。


 街道を歩くリヒトを村人が冷めた目で見る。

 そんなことには慣れているリヒトは、視線を感じながらもそのまま歩き、道をそれて森の中へと向かった。


 剣の修行は人の目に付かない場所で行っている。

 これはリヒトなりの気遣いで、村の人達に変な不安を与えないようにするためであった。

 刃引きしているとはいえ、見た目は普通の剣である。傍目からは物騒な物にしか見えない。


 そんな物を人前で振るうわけにはいかない。

 そのため、日々、人のいない森の中まで足を伸ばしているのだ。


「さてと」


 いつもの練習場所に立つと、剣を鞘から抜く。

 少し長めの剣も、成長して体格の良くなった利人の体には丁度良い大きさである。

 最初は小ぶりな剣でも体が振られていたが、今では全力を出しても体の芯がブレることはない。


 たった二年でここまで成長するとは、とリュートも舌を巻くほどに、リヒトの上達速度は速いものだった。

 何も才能だけで得た力ではない。リュートの助けとなりたいという信念を振るう剣に乗せて、ひたすらに練習に打ち込んだ成果である。


 リヒトが構えた剣の刀身の中心には、柄から切っ先へ長々と文字が刻まれている。

 この世界の文字、シーク文字で書かれた呪文であった。


 この文字は、生活用品の至る所で見受けられる。

 それらは魔道具と呼ばれ、生きていく上で便利な道具であった。


 火を上げる石、氷のように冷たくなる水晶、強い光を放つ宝石。

 用途に応じたシーク文字で構成された呪文が刻まれており、魔道具に魔力を込めることでその力を発揮する。


 リヒトの剣に刻まれた呪文は剣を硬化させるものだ。

 その力のお陰で剣を木に打ち込んでも、壊れるようなことはない。

 傷の入っていない剣にリヒトは魔力を込める。


 魔力は人が持つ基本的な力であり、この世界に住む人間全員が持っている力である。

 リヒトも例外ではなかったが、魔力を使う練習に苦労はした。

 前の世界では存在しないと言っても良い力だったのだ。使い方など、知る由もなかった。


 だが、そこはリュートやメラルダに根気強く教わった結果、習得することができたのだ。

 体の中を流れる力を手に集める感覚。言うは易しで、コツを掴むまでは苦労をした。一度感覚を掴めれば、できなかった頃が嘘のように容易に魔道具を使えるようになった。


 それは武器も同じで、魔力を込める量は魔道具に比べて多めだが、リヒトには何ら問題はなかった。

 リヒトの魔力が呪文を輝かせる。剣にこれといって変わった様子はないが、放つ力が強まっているのは確かだ。

 剣を軽やかに一度振ると、大木の前に立つ。


「ぜええあぁぁぁぁ!」


 大声を上げると、剣を全力で大木へと叩きつける。

 何度も何度も打ち付ける。横から、縦から、下から、斜めから。振るえる角度全てから、全力で斬撃を繰り出す。

 固い木とぶつかり合うことで生まれる反動は、リヒトの手に容赦なく襲い掛かる。


 それでも止めない。

 型を変えても振るい続ける。声を上げ続け、気が狂ったかのように剣を振り続けた。

 息が切れて、声を上げれなくなると、やっと剣を止めた。


 噴き出した汗をタオルで拭うと、しばし息を整えるために、地べたに座りこむ。

 リヒトは視線を大木に向けた。無数の傷を負っている大木の表皮が痛々しい。申し訳ない気持ちはあれど、リヒトはこの大木にこだわった。


 表皮に刻まれた傷とは違うものを見つめる。そこは一つの穴が穿たれており、大木の後ろの景色が覗いている。

 この穴はリュートが入れたものだ。剣に因る軽やかな突きで、大木を貫いたのだ。圧巻の光景で、その様にリヒトは憧れを抱いた。

 それがあり、この大木を選んで修行を続けている。


 修行を再開しようと立ち上がった時、視線を感じた。横目で視線の元を見る。

 茂みの陰から、三人の少年がリヒトを見ていた。


「やっぱ、ダーカーって怖えな」


「鬼みたいだったよなぁ。やっべぇ」


「おい、気づかれるだろ。静かにしろ」


 少年達が声を潜めて、リヒトのことを話している。

 その光景は珍しいものであった。子供達は森に入らないように、きつくしつけをされているはずだ。

 それはリヒトが森の中にいるからというものではなく、単純に森の中は危険だからというものだ。


 危険な行為を犯してまでリヒトの修行の光景を見たかったのか、ただ遊んでいたらこの場に遭遇したのかは分からないが、リヒトは黙って修行に戻ることにした。

 素振りを続けていると、感じていた視線がなくなったことに気づく。

 もう、飽きたのだろう。リヒトは変に気を遣う必要がなくなったことに、少し安堵した。


 静かな森の中に、リヒトの息遣いと剣が空を切る音が響く。

 いつもの練習風景が流れていると、森の奥から声が聞こえた。


「助けてーーーーー!」


 悲鳴だ。子供の声。リヒトの修行を覗き見ていた少年の声か。

 一瞬の思考の後、剣を片手に声の聞こえた方に駆け出した。


「誰かー! 助けっ!?」


 悲鳴が止んだ。森がまた静かになると、草木が風で揺れる音しか聞こえなくなった。

 悲鳴の正体が分からないリヒトは、とりあえず声のした方向へと駆け続ける。

 下草を踏みつけ、木の間を抜けていくと、木の陰に人影を見つけた。


「たくっ。手間取らせやがって」


 一人の男が、呆れ顔で言った。

 紺色の髪に薄汚れた服。声までも、どこか汚らしいものを感じる。

 リヒトは足を止めて、物陰からそっと覗きこむ。


「まさか、こんな森の中でガキを見つけるたぁな」


「ああ、俺達はツイているぜ。さて、楽しい場所におじちゃん達が連れて行ってあげよう」


 そういうと、男たちは高笑いをした。

 男達の会話から察せたのは、子供達が捕まったことと、男達は三人ということだ。

 男達が何者なのか。少し気にはなったが、子供を捕まえるなど不審な輩に違いない。


 リヒトは心を決めると、深呼吸をした。

 ここから出たら、おそらくやり合いになだろう。自分は斬れないが剣を持っている。

 剣での戦い方はリュートから教わっている。しかし、戦いとなると過去に脱走した罪人とやり合って以降したことがない。

 だが、ここで出なければ、子供を見捨てることになってしまう。


 大人を呼びに行く暇はない。

 今の自分ならば戦えるか。自分に問いかける。己の体から返ってきたのは、熱い闘志であった。

 思いに突き動かされるように、木の陰から飛び出した。


「おおおおあああああぁぁぁぁぁ!」


 気炎を上げて、近くにいた紺色の髪の男に向けて剣を振り下ろした。


「ぐっ!? があぁ! いってぇぇぇぇ!」


 男の肩に剣がめり込んだ。

 鎖骨を砕いたことにより、男が悲痛な声を上げた。

 リヒトはすぐさま剣を戻して、横に構える。


 踏み出した右足から生まれる回転の力が、剣を握る手に伝わり、男に襲い掛かる力へと変わった。

 右横から振るわれた剣が、男の左腕を折る。


「ぐぇげぇ! あああぁぁぁぁ!」


 痛みに悶え、地面に転がった男から目を離すと、二人の男に目を向ける。

 片方は小柄で、もう片方は長身だが細い。どちらも不揃いのヒゲを生やしている。

 清潔感の漂わない男達が一瞬、怯んだ。


「だ、誰だ、お前!?」


 漫画などで聞いたセリフを現実で言われたことで、リヒトは少し恥ずかしくなった。

 問われたのならば、返すのが礼儀。リヒトは思いついた、カッコいい返しをする。


「通りすがりのダーカーさ」


 すかした物言いをすると、軽く鼻を鳴らした。

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