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家族

 呉井 利人が異世界に転移してから二年以上が経過していた。

 リヒトとして異世界で生きていくことを決めた少年は、十八歳となり、青年の仲間入り間近である。


 体も一回り大きくなり、服の上から見える体つきはたくましく、顔つきも引き締まっている。

 立派な男に育ったリヒトは、日課の勉強に勤しんでいた。


 異世界に来てから早々に分かったことは、言葉は通じても、文字が読めず、書けないことであった。

 人とのコミュニケーションは取れても、知識の習得には文字の読み書きは必須である。

 加えて問題だったのが、リヒトの体力面であった。


 部活もろくにしていなかったせいか、体力は人並みしかなく、機械のない世界で生きていくには苦労することが容易に察せる。

 読み書きもできず、力もない。生きていくために重要なものを、リヒトは一から手にする必要があった。


 幸い、ボルカノスもメラルダも文字の読み書きはできるため、苦労するのは勉強量だけで済んだ。

 そして、体を鍛えるための先生も身近にいた。リュートである。


 リュートは軍人であり、その名は多くの者達に知られている剣技の達人でもあった。

 だが、最初はリヒトに剣を教えることをリュートは拒んでいた。


 リヒトの身を案じて、色々と理由をつけて剣からは遠ざけようとしたのだ。

 それでも、剣を教えることになったのはリヒトの決意に因るものだった。


 リュートの助けになりたい。軍人として生きるリュートの助けになりたいとの思いは、ぶれることはなかった。

 その決意と熱意にリュートは折れ、剣技を教えることになったのだ。


 二年間、文字を学び、体を磨き上げたリヒトは立派な男へと成長していた。


「ん~……」


 勉強で強張った体を伸ばして、一息つく。

 一通りの文字が読めるようになっており、今は小難しい戦記物に目を通している。

 『六族記』という本だ。


 神話のような話で、大昔にこの国の覇権を争った部族の物語である。

 金髪のレイル。銀髪のランロード。赤髪のガシュ。緑髪のユーピッグ。紺髪のリジュー。

 そして、黒髪のダーカー。


 六つの髪の色に分かれた部族の話で、最終的にはレイルがダーカーを除く部族の上に立つことにより、争いは終わったというものだ。

 その名残が今もある。金髪が上位の階級におり、次に銀髪、その下が、赤、緑、紺の順となっている。

 髪の色に因って必ずしも優劣がつくわけではないが、概ね序列通りの能力である。


 ただ、髪の色に因って全てが決まる訳じゃないように、髪の色も決まっている訳ではない。

 親が金髪同士でも、生まれてくる子の髪の色が違う場合が稀にある。

 これを不貞の結果と捉える者もいるが、天の恵み、もしくは怒りと呼ぶ者もいる。


 金髪が生まれれば、その家にとっては天からの恵みと言えよう。その逆は怒りと呼んで差し支えない。

 そんな中で、天の怒りどころではなく、不吉の前兆とまで言われるのは、ダーカーの誕生である。


 世界から嫌われているダーカー。

 『六族記』では、ダーカーは一時は最大勢力をほこったが、最終的にはレイル率いる大連合の前に敗北したと書かれている。

 そこに至るまでのダーカーの扱いも鬼畜生おにちくしょうの所業が多く記述されており、これが嫌われる要素となっていた。


「ダーカー……か」


 めくったページに記載されているのは、鬼のような形相のダーカーだった。

 『ダーカ・ラーガ』と書かれており、ダーカーの中でもより強いものを指す言葉だ。


「こんなのと一緒にされたくないなぁ……」


 イラストの『ダーカ・ラーガ』と、リヒトの知っている『ダーカ・ラーガ』は大きく違う。

 リヒトが知っているのは、優しいリュートのことであった。


 リヒトが転移する前の年に、カルディネアとルクス共和国で武力衝突が発生した。

 その時、前線に立ち、武功を上げたリュートは、その強さと風貌から『ダーカ・ラーガ』と呼ばれるようになった。

 敵には恐怖を与え、味方の戦意を向上させる存在。


 その名を陰で揶揄する者もいるが、リュートは嫌っている素振りはなかった。

 誇らしいことなのか、リヒトには判別できなかったが、悪いことではないのだろうと思っている。


 本を閉じて、窓から外を眺める。

 穏やかな村には温かな日差しが良く似合っており、外を闊歩する人達もどこか上機嫌に見えた。

 

「そろそろ、剣の練習をしなくちゃ」


 ベッドの横にもたれ掛けていた、刃引きした長剣を手にして部屋を後にした。

 廊下を歩いていると、開いたドアからリビングのソファに横たわるボルカノスの姿があった。


「ボルカノスさん、こんな所で寝ていたら風邪を引いちゃいますよ?」


「ん? 寝とらんぞ。目を瞑っていただけだ」


「それを寝ているっていうんじゃ……」


 呆れたリヒトは、テーブルの上に置かれている透明な酒瓶に目を向ける。

 瓶の中に琥珀色の液体が半分ほど入っていた。

 リヒトは酒瓶を手にすると、背中の陰に隠した。


「これは没収です」


「おまっ!? まだ、半分しか飲んどらんぞ!?」


「メラルダさんからきつく言われているでしょ? 今日の分はここまでです」


「ぐぅっ……」


 ボルカノスは苦々しい顔をして引き下がると、またソファの上に寝転がって目を閉じた。


「また寝るんですか?」


「酒がないんだ。寝るしかあるまい」


「すねないでくださいよ。そういえば、今日は兄さんが帰ってくる日ですよね?」


「あぁ、そうだったな。なんだかカルディネアと、きな臭くなってきたようだが、帰ってきて大丈夫なのか。本当に」


 ボルカノスは寝返りを打つと、リヒトに目を向けた。


「お前、戦争になったら、どうする?」


 低く重い声で問いかけた。

 真っ直ぐで澄んだ瞳から、リヒトの真意を知りたいことが伺える。

 ボルカノスの問いに、リヒトは揺るぎない信念を語る。


「戦います。一緒に」


「そうか……。あいつは反対するだろうな」


「兄さんは嫌がりそうですね」


「当り前だろうが。あいつは過保護過ぎるんだ。ま、それでなきゃ、あいつじゃないがな」


 もう一度寝返りを打つと、目と口を閉じて会話を終えた。

 リヒトは手に持った酒瓶をダイニングに戻しに行くと、メラルダが料理をしていた。

 せわしなく動く姿から、立て込んでいることが分かる。


「メラルダさん、酒瓶、棚に戻しておきますね」


「ありがとう、リヒトくん」


 メラルダは背中を向けたまま言った。


「何か手伝いましょうか?」


「大丈夫よ。リヒトくん、今日は早く帰ってきてね」


「はい。兄さんと会うのも久しぶりなので」


「そうねぇ。リュートも楽しみにしていると思うわ」


 リュートのための食事を作るメラルダに頷いて、改めて剣の修行へと向かった。

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