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胎動する野心

 堅牢な城塞都市は三重の高い壁がよって、そこに住まう者の命を守護していた。

 都市の中央には白亜の城が立っており、見るものを惹きつける装飾やレリーフが施されている。


 城内の廊下には赤地に金の刺繍が入った華美な絨毯が敷かれ、その色を映えさせる煌びやかなシャンデリアが光を放っている。

 アーチ状の窓ガラスから覗くのは、夜の闇だ。静けさに包まれた時間に、一人の少年が廊下を歩いていた。


 少年はシャンデリアの光に負けないほどの綺麗な金髪を長めに伸ばし、涼やかな顔立ちをしている。

 まだ、顔にあどけなさが残っているが、あと数年も経てば優雅な雰囲気を醸し出す美形の男になるだろう。

 少年が延々と続く廊下を歩いていると、後ろから慌ただしい足音が聞こえた。

 

「ギルディス様。こんな夜更けに、どうされたのですか? 早く、お休みにならないと」


 声を掛けたのはギルディス専属のメイドの一人である。

 肩まで伸ばした赤髪で、こちらもまだあどけなさを残しており、歳はギルディスとあまり変わらないと思われる。

 メイドは息を荒げており、寝室から勝手に抜け出したギルディスを慌てて追ってきたようだ。


「ミーア、許せ。一言、声を掛けるべきだった。無性に本が読みたくなったのでな」


 言葉では詫びてはいるが、表情や雰囲気からは謝罪の念は感じられない。

 息を整えたミーアは少し呆れ顔を見せる。


「また書庫へ行かれるのですか? 明日で良いじゃありませんか?」


「そうはいかない。明日、本を読めるとは限らないであろう? 人の生など儚いものだ」


「そんなこと言っても、見逃しませんよ。早く戻りましょう」


「見逃せと言うつもりはない」


 ミーアは言葉の意味が推し量れず、小首を傾げた。

 ギルディスは片側の口角を上げる。


「一緒に行こうではないか。明かりを点けるのに難儀すると思っていたところだったのだ」


「見逃せとほとんど同じじゃないですか。メイド長に怒られるのは私なんですよ?」


 頬を膨らませて、可愛らしい怒りの表現をした。

 ギルディスは顔色を変えないが、ミーアのことは嫌っていない。

 歳が近いこともあるが、物怖じせずに話しかけてくるところに好感を抱いていた。


 身の回りの世話をするメイドの多くは、ギルディスの身分の高さにかしこまって、真正面から付き合おうとしてはくれない。

 だが、ミーアは思ったことを思ったままに伝えてくる。そこが悪い所でもあるが、ギルディスは美徳と捉えている。


「怒られるのならば、俺も一緒に怒られよう」


「ギルディス様なら、本当にやりかねないですね。お戯れは程々にしてください」


「交換条件というものだ。さて、では行くぞ。夜に城の中を散歩するのも体には良いであろう」


 また悪い笑みを見せたギルディスは止めていた足を進めだした。

 ミーアはため息を吐くと、観念したようにとぼとぼと後ろを歩く。

 後ろを見ることなく、ギルディスは声を掛ける。


「ミーア、一つ聞いて良いか?」


「どうぞ。何個でも、お答えしますよ」


「お前はどう生きたい?」


「はい?」


 素っ頓狂な声を上げた。

 唐突に重い質問をされたのだ。簡単に返せる者など少数だろう。

 答えるミーアも例外ではなく、あたふたと返す言葉を探している。


「俺はな、思いのままに生きたい」


「思いのままに……ですか?」


「ああ。人生を楽しみたいと言えば分かりやすいな。できると思うか?」


「ギルディス様なら、可能ではないでしょうか。私達とは身分が違いますし」


「身分か……」


 ギルディスは口を閉じて、会話を止めた。

 二人はただ、書庫へと向けて歩いていく。足音だけが城内に響く。

 城の中は明かりで照らされていても、長大な廊下に二人の息遣いだけが響くさまは、無人の城を徘徊しているように思える。


 誰ともすれ違うことなく、書庫へと二人は辿り着くと、重々しい扉を開けた。

 古めかしい本が醸す匂いをギルディスは嗅ぐと、扉の横に置かれている棒のような物を手にした。


 棒は透明な円柱状のもので、表面に幾つもの文字らしきものが刻まれている。

 その棒の持ち手を握ると、棒の表面が光りだし、書庫に留まっていた闇が払われていく。

 光を放つ棒を扉の横に戻すと、書庫に配置されているランプを指さした。


「ミーア、適当に明かりを点けてくれ」


「分かりました」


 ミーアは書庫の中をせわしなく歩き、一つ一つ明かりを点していく。

 書庫の中がランプの淡い光で照らされると、ギルディスは一つの本を手にした。


「何を読まれるのですか?」


六族記ろくぞくきだ。神話のような話だな」


「へぇ~」


「興味がないのか?」


「ありませんねぇ~」


 今にも、あくびをしてしまいそうな顔をしている。

 その顔を見て、ギルディスは小さく笑った。


「この時代、身分はあまり重要じゃなかった。生まれも、育ちもな。力が支配していた世界だったのだ」


「力ですかぁ~」


「そうだ。原始的で野蛮だと言う者もいるが、そこに私は引かれている。力がなければ死ぬ。この時代は特に顕著だな」


 本の表紙に目を落とす。そこには大陸の地図が掛かれており、六族の領土別に色分けされていた。

 その色は金、銀、赤、緑、紺、黒である。


「そして、今の動乱の世も力が全てになりつつある。時代は繰り返されるというものだ」


「じゃあ、ギルディス様は力を手に入れて何がしたいんですか?」


「決まっているだろう。……この大陸の王となる」


 確かな決意を感じさせる固い声色だった。

 ミーアは目を見開き、ギルディスから目を離せないでいる。

 その驚きはギルディスの地位からでは考えられないものだったからだ。


「そう。俺は手始めにこの国の、カルディネアの王となる。第三王子の俺がな」


 拳を強く握りしめ、険しい表情を見せた。

 力を手にしたいという思いの表れのように見える。


 息を呑んでいるミーアを見て軽く笑うと、握りこぶしを止めて、本を開く。

 そこには黒髪で猛々しい顔つきの人間が描かれていた。


「『ブル・ダーカ』……」


 呟いたギルディスの目は恍惚としていた。

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