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異世界で生きる

 利人は十五年の人生を語り終えると、静かに口を閉じた。

 リュートは利人が喋っている間、しきりに相槌を打ったが口を挟むことはなかった。

 微笑みを浮かべたリュートはゆっくりと口を開く。

 

「ありがとう、リヒト。話してくれてさ。違う世界でも大変なことは、いっぱいあるんだね」


「そうですね。俺には大変でした。でも、今の方が大変なことですけどね」


「それもそうだね。全く知らない所に来たんだから。でも、ここなら少しは落ち着けると思うよ」


「はい、すごく落ち着けています。リュートさんに出会えなかったらって思うと」


 利人は言うと、顔を曇らせた。

 口にした言葉は事実であり、もしもの事を考えると、それだけで身がすくむ思いをしたからだ。


「リヒト?」


 リュートは強張った顔の利人に向けて、不安そうに声を掛けた。

 その声に我を取り戻すと、無理やりに明るい顔を見せ、違う話に持っていく。


「そういえば、何で俺を助けてくれたんですか? 同じダーカーだからですか?」


「ん~、初めはそうだったね。不思議な物を持っていたし、話を聞いてみたかったんだ」


「それで家まで呼んでくれたんですか」


「いや、それは違うよ」


 リュートは真っ直ぐな目で、利人を見つめた。

 

「最初は警備隊に話をつけるだけのつもりだったんだ。村で過ごすことができるようにね」


「えっ? じゃあ、どうして僕を住まわそうと思ったんですか?」


「それはね」


 笑みを真面目な顔に変えると、一呼吸した。

 一体、どんな理由なのか。利人は喉を鳴らして、次の言葉を待った。


「可愛かったからさ」


 リュートの言葉に利人は度肝を抜かれて、全身が硬直した。

 言葉の意味は理解できるが、その意図が理解できないでいる。

 いや、利人は考えないようにして、嫌な想像から逃げようとしていた。


「あれ? 面白くなかった?」


「いやぁ、そのぉ、ちょっと笑えないですね」


「あぁ、ごめんごめん。そっちの趣味はないよ。安心して」


 本当に安心してよいものなのか、利人は少しだけ身構えた。

 その利人の様子がおかしかったのか、リュートは笑いを堪えている。

 それが面白くない利人は、憮然とした表情で話を戻す。


「で、本当は何なんですか?」


「本当は……か。自分でもよく分からないんだ。強いて言えば、一緒にいて楽しかったからかな」


「ゲームをしたからですか?」


「あ、それはあるかも。僕は人と一緒に何かを楽しんだことが少なくてね。ほんの少しの時間だったけど、誰かと一緒に楽しめたことが嬉しかったんだろうね」


 利人はリュートの言葉を聞いて、少しだけうつむいた。

 ダーカーは世界の忌み子だとリュートから聞いており、本人も周りから避けられた人生を送ったと言った。

 誰かと一緒に遊ぶことなんて、無かったのだろう。


 普通の生まれであれば、人と一緒に楽しい時間を過ごすことなんて難しいことではない。

 それがダーカーであるリュートには経験できなかったのだ。

 そのような者にとって、利人との時間は輝きに満ちた時間だったに違いない。


「そうでしたか。俺も楽しかったです。ゲームはバッテリーが持たないと思うのでできませんが、他の遊びなら付き合います」


「本当かい? 嬉しいな。楽しみにしているよ」


 少年のように屈託のない笑顔を見せているリュートと、何をして遊ぶのが良いのか。

 利人は前の世界での遊びを思い出していると、メラルダの声がした。


「ご飯がそろそろできるから、いらっしゃい」


「ああ、もうそんな時間か。母さんの料理は美味しいよ。楽しみにしてて」


 椅子から立ち上がり、ダイニングへと向かうリュートに続いて、利人も動き出した。

 ダイニングに入ると、食欲をそそる良い匂いが鼻を刺激する。

 テーブルの上に目を向けると、パンとビーフシチューらしき物が四つ並べられており、ボルカノスとメラルダは椅子に座っていた。


「リュート、リヒトくん、食べましょう」


 メラルダの言葉に従って椅子に座ると、食事を始めた。

 利人はパンもシチューも前の世界と大きく変わらなかった事に安心し、その味に頬を緩めた。


「リヒトくん、美味しい?」


「あ、とても美味しいです。本当に美味しいです」


「良かった。まだあるから、いっぱい食べてね」


「はい、ありがとうございます」


 今日の出来事を話しながら、食事を進めるとボルカノスが手を止め、口をナプキンで拭く。

 

「リュート、こいつを家に置けと言ったな?」


「うん。ダメかい?」


「ふ~む……。メラルダを助けてもらった恩はあるが……」


 ボルカノスは顔を渋くし、腕組みをすると考え込みだした。

 無茶な要求だとは利人も分かっていた。何者かも分からない。更に黒髪の男を養うなんて普通では考えられない。

 メラルダは二つ返事で了承してくれたが、それは例外中の例外である。


「あなた、良いじゃない。リュートが巣立ってから、寂しかったでしょう?」


「寂しくなんてないわい! ごくつぶしが出て行って、家計が楽になったぐらいにしか思っておらん」


「はいはい。何度もリュートの名前を呼ぼうとしたのを覚えてますよぉ」


「ぐっ!? む~……。リヒトと言ったな」


 鋭い眼光を利人に向ける。

 向けられた視線から目を逸らしたくなるほどに、強烈な力が発せられていた。

 利人は逃げたくなる気持ちを必死に堪えて、ゆっくりと頷いた。


「リヒト、お前は何がしたい? どうなりたい? どう生きたい? ダーカーであるお前に選択肢は限られているのだ。何も考えなしのような奴を、ずっと置く訳にはいかん」


「父さん! 急にそんなことを言ったって、決められる訳がないだろう!」


「黙れ! お前には聞いていない。リヒト、お前は人生をどのように過ごすのだ?」


 ボルカノスの問いに、利人は口を開くことができなかった。

 自分が何をしたいか。そんなこと、今の今まで考えたことがなかった。

 前の世界でも考えていなかったことを、異世界で急に思いつくはずがない。


 利人は弱気な答えをしようと口を開きかけた。だが、その度に拳を強く握りしめて踏ん張った。

 今日起きたことを思い出す。何度も命の危機に立ち向かった。昔の自分からでは想像もできないほどに、一日で成長したのだ。


 考えてこなかったのならば、今、思ったままのことを言おう。利人は心を決めた。


「俺は……俺は、リュートさんの助けになりたいです。俺は助けてくれた人を、助けられるようになりたいです!」


 利人は思いの丈を、すべてボルカノスにぶつけた。

 口にした言葉に嘘はない。今、この場所にいるのはリュートが助けてくれたお陰なのだ。

 掛けられた恩に報いたい。この世界で利人が最初に思った生き方であった。


「そうか……。分かった。こいつはへらへらしているから、誰かが傍にいた方が良いだろう」


「父さん、それはあんまりじゃ……。てことは、リヒトをここに置いてもらえるんだね」


「あぁ、良いだろう。ま、ごくつぶしが戻ってきたと考えれば、そう大きな問題じゃない。リヒト、しっかりと励めよ」


 石のような硬さを見せていた顔が、すっと柔らかなものへと変わり、目じりを少しだけ下げた。

 これがボルカノスの本当の顔なのだろうか。利人には分からなかったが、メラルダとリュートには分かったのか、必死に笑いを堪えている。

 利人はボルカノスの言葉と熱い思いを心で受け止めて、力強く頷く。


「はい! 頑張ります!」


 何の目標もなく、虚無感を覚えていた少年は、異世界に来て生きる目標を見出した。

 たった一日。されど、一日である。いくつもの経験が、少年を大きく変えた。もう、空を見てため息を吐くようなことはない。

 真っ直ぐに前を見つめ生きていく。その第一歩を踏み出した。


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