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語らい

 利人はメラルダに付いて行き、先ほどまでお茶をしていたダイニングへと通された。

 酔いが回ったボルカノスを椅子に座らせる。


「ありがとう。重かったでしょう?」


「いえ、大丈夫です。ボルカノスさんはベッドに運ばなくて良いんですか?」


「寝て、吐かれでもしたら、大変になるじゃない。お仕置きみたいなものよ」


 微笑みながら厳しいことをメラルダは言うと、透明なグラスを手に取って水瓶から水を注いだ。

 グラスをテーブルに置くと、透明な水晶のような球を手に取る。

 それが何なのかと興味をしめしている利人の横で、ボルカノスがか細い声を上げた。


「うう……水……水をくれ」


「はいはい。冷たい水ですよね。ちょっと待っていてください」


 メラルダは言うと、手にした球を見つめた。

 球をよく見ると、何かが彫られていることが分かる。それを見て、先ほどの石を利人は思い出した。

 球は先ほどの石同様に何かを彫った場所が光りだす。


 光が満ちたところで、グラスの中に球を入れた。

 グラスをじっと見ていると、グラスの外側に薄っすらと細かな水滴が現れた。

 結露したグラスは、中の水が冷え冷えとしている事を伝えている。


 メラルダはグラスを手にして、ボルカノスの前に置く。

 そのグラスをよろよろとふらつく手で掴むと、口に持っていき喉へと流し込んだ。

 飲み干した後に置いたグラスの中にある球は、氷のように表面が白くなっていた。


「メラルダさん、それって冷たくなるんですか?」


「えっ? そうだけど。見たことがないの?」


「は、はい。ド田舎の出身なものでして。あ! さっきはお怪我がなくて良かったです」


 慌てて話題を逸らした。

 メラルダは顔を明るくして、大きくお辞儀をした。


「助けてくれて、ありがとう。この通り、かすり傷一つないわ」


「安心しました。もし、何かあったらリュートさんが悲しみますから」


「そうね。年甲斐もなく無理をしちゃったわね。そういえば、リュートとお知り合いなの?」


 利人は返す言葉に窮した。

 お知り合いではあるが、どのような関係かと聞かれると困る。

 利人は目を泳がせて返す言葉を探っていると、横にいたボルカノスが呻き声を上げた。


「うう……水ぅ……」


「はいはい、注ぎますからちょっと待っていてくださいね」


 ボルカノスの思わぬ助け舟のお陰で、話が中断したことに胸を撫で下ろした。

 先ほどと同じように石を手に取ってグラスに入れ、水を注いだ。


 一旦は難を逃れた利人だが、次に問われたらどう返答するかを鬼気迫る顔で思案しだす。

 的確な言葉を選んでいると、廊下から足音が聞こえた。

 ドアを開けて入ってきたのはリュートであった。


「ただいま。リヒト、母さんを助けてくれて、ありがとう。本当に助かったよ。あと、ついでに父さんを運んでくれて、ありがとう」


 リュートは笑顔を浮かべ軽くお辞儀をした。

 利人はお礼を辞するように、首を横に振った。

 

「いえいえ、そんなに大したことは」


「そんなことないわよ。刃物を持った大の大人に立ち向かうなんて、早々できることじゃないわ。とっても良い子なのね」


「あ、いえ、そこまで良い子ではないと」


「謙遜することはないわよ。若い頃のボルカノスさんのようで、カッコよかったわぁ」


 メラルダは目を遠くして、過去に思いを馳せている。

 その顔をリュートは半笑いで見つめていると、思い出したかのように声を上げた。


「そうそう。さっきの奴らは街に輸送されていた罪人だったらしいよ」


「罪人だったんですか? そうだったんですか……」


 リュートの発した罪人という言葉に、利人は思わず怯んでしまった。

 立ち向かった時は怖い人ぐらいにしか思っていなかったが、本当に危険な人物だと知って今更、恐怖が湧いてきたのだ。


「リヒト、大丈夫かい?」


「あ! はい、大丈夫です。リュートさんも無事で良かったです。すごく強いんですね」


「言ったろ? 力だけは強いってね」


 腕を上げて力こぶを見せると、笑い声を上げた。

 それにつられてメラルダも手で口を隠しながら笑う。

 利人もおどけたリュートの仕草で思わず顔がほころんだ。


「あ、そうだ。母さん、お願いがあるんだけど」


「何?」


「リヒトをしばらくの間、預かってもらえないかな?」


「あら、急な話ねぇ。ええ、良いわよ。命の恩人だしね。リヒトくん? よろしくね」


 急な展開に思考が追い付いていなかった利人は、慌てて頭を下げた。


「あの、よろしくお願いします。リュートさん、ありがとうございます」


「良いんだよ。そうだ、リヒト。僕の部屋を見せるよ。おいで」


 リュートは言うと、ゆっくりとダイニングを後にした。

 利人はメラルダに頭を下げて、リュートの後を追う。

 廊下に並ぶ、一つの部屋の前にリュートは立っており、手招きをしている。


 リュートは開け放たれたドアを通って、部屋に入った。

 その部屋には木造りのベッドと簡素な机。本がぎっしり詰まった高い棚があった。


「リヒトはベッドの上に座って」


「はい、失礼します」


 ベッドの上に腰かけると、リュートは机の椅子に座って利人をじっと見つめた。


「リヒト、色々と話を聞かせてもらえないかな? 君の世界に興味があるんだ。もちろん、僕の世界で知りたいことは教えるからさ」


「分かりました。じゃあ、僕の今までの人生の話からで良いですか?」


「あぁ、それは興味があるね。じゃあ、お願いするよ」


「あんまり面白くはないと思いますけど。それじゃあ……」


 人に語る程のことでない過去を振り返り、言葉を選びながらリュートに伝えていく。

 自分の生がどのようなものであったのか。自分が何者なのか。世界の中で、どのように生きていたのか。

 一つ一つを語っていくにつれて、虚無感を覚えていた自分にも輝いていた思い出があることに利人は気づき、少しだけ心が温かくなった。


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