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曇天の下

 曇天は今にも泣きだしそうな色に、変わりつつあった。


 見上げた者の心に雲が掛かるような空を学生服を着た、一人の少年は見つめていた。

 眉に掛かる程の長さの黒髪と、端正とは言えないまでも割と整った顔立ちをしている。

 駅のホーム。乗車口の一番前に立った少年、呉井くれい 利人りひとは目を瞑ってため息を吐いた。


 重苦しい天気に気分を害されたのもあるが、それ以外にもため息を吐いてしまう理由があった。

 虚無感だ。


 利人の生活が荒んでいるのかというと、そうでもない。

 だが、満ち足りているかと言われれば、それも違う。


 学校に行けば少数だが友人はいる。勉強も得意とは言えないまでも、人並みの成績だ。

 十分だと思う人もいるだろうが、利人はそう思ってはいない。

 どれも普通であり、普通だからこその結果だと思っている。そう、この普通が利人に虚無感を与えているのだ。


 自分は何者なのか。何ができるのか。何のために生きているのか。

 自問は続くが答えは出ていない。自分に何か特別なものがあれば良いのに。と、現実から目を背けたりすることもあるが、それもまた虚しさを覚える一因でもある。

 そうして今日も行われた自問の結果がため息だった。


「俺は何のために……」


 一言、宙に投げかけた。

 その言葉に答えてくれる者などいるはずもなく、駅のホームに電車の到着を告げるベルが鳴り響く。

 いつもの電車の到着を待っていると、耳に柔らかな吐息のようなものを感じた。


『あなたの……』


「えっ?」


 美しい音色のような声が聞こえた。

 不意の言葉に首を回して、辺りに目をやる。

 横には誰もおらず、後ろにいる女子高生はスマートフォンに目を落としており、利人に声を掛けたような雰囲気はない。


『力を……』


 また聞こえた。

 不思議な声に戸惑いしか覚えず、今一度、辺りに目を向ける。

 もしかして幻聴ではないか。急に不安に襲われていると、また耳元に優しい熱が伝わる。


『貸してください』


 幻聴とは思えない程にハッキリとした声だった。

 ただ、力を貸せという言葉の意味を理解できなかった。

 何を言っているのか。そう思った瞬間、腕を掴まれたような感覚を覚えた。


「うわっ!?」


 驚きの声を上げた時、更に驚くべきことが迫っていた。

 電車が駅へと向かってきていたのだ。電車は急行であり、この駅には止まらない。

 速度は緩むことなく、駅を通過しようと進む。


 そのことを理解し、足に力を入れて踏ん張ろうとするが、思うように力が入らない。前にヨタヨタと足は進む。

 電車は利人の姿を認識したのか警笛を鳴らした。ブレーキも掛けたことで、ホームには耳をつんざくような音が響く。


「あ、あ、あ……」


 迫りくる死の恐怖の前に声を上げることができなかった。

 足は震え、腰がへたりこみそうになる。それなのに、着実に足は進む。

 遂にホームの淵に立った。


 もうダメだ。何が何だか分からないが、死を迎えようとしていることは肌で感じていた。

 死ぬ覚悟なんてできていない。生きたい。何のためかなんて関係ない。生きたいと心から願った。


「うわーーーー!」


 声を大にして吠えた。

 生への渇望が利人の中で芽生えた瞬間、体がずれる感覚を覚えた。

 体が宙に投げ出されると、甲高い金属音を鳴らす電車に目が向く。


 視界の全てを覆った電車の鈍い銀色に絶望を感じた時、目を開けることができない程の眩い光に襲われた。

 淡い光は温かく、不思議な声が聞こえた時と同じ熱に体が包まれる。先ほどまで感じていた絶望感はなく、あるのは母の腕に抱かれていた時のような安心感だった。


 死の恐怖を覚え、生の意味を知りつつあった利人は、温もりを感じたまま安らかな息を吐いた。


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