第2章17話 剣聖の老剣士
「すごぉ~い、お姉ちゃん達って強いんだねー」
「しかもケガもしてないよ」
「お肉がこんなにいっぱいだー」
「やっぱり、こんなに強いのってすごいな」
「【けんじゃ】で【せいじょ】ってかっこいいよねー」
約三十匹ほどの魔物を殲滅して村の広場に戻ると、純真な目をキラキラさせた寺小屋の子供達に囲まれてしまう。
こんなに純粋に喜ばれるのは初めてのことなのでちょっと照れくさくて困っていると、最も派手に活躍したアリスは満更でもないようで、すっかいり目尻を下げてデレデレしてしまっている。
「え、そう? いやー、そんなことも……あるかなぁ。そうよ、これよね。こうじゃなくっちゃ嘘よね~」
とても王都で【紅の魔女】の二つ名を轟かせていたとは思えないほどトロけた笑みで、子供達にもみくちゃにされて幸せいっぱいのアリスだった。
「ハクロー、見なさい。ここから私の本当の異世界での、チートな子供ハーレムが始まるのよ!」
「アリスちゃん、うらやましいです! 夢のチーレムってヤツですね」
なぜかルリまで紅い瞳をキラキラさせて拳を握りしめているが、ちょっと違くないか。まあ、日本で入院していた頃から子供好きだったらしいから、仕方ないのか。
唯一人で村に残っていた騎士団の駐在員が、アリス達に向かってペコペコと頭を下げている――平民出身者、なんだろうな。
「いや、本当に一時はどうなることかと思いましたが、冒険者の皆様のおかげで助かりました」
「村に被害が無くてよかったです。しかし、ここは防壁もありませんが、普段から魔物がよく出るのですか?」
今回はたまたま冒険者がいたから良かったものの、少し心配になったのかミラが代表して騎士団員に問いかける。
「いえ、王都の近くの大きな大森林からも遠いですし、霊峰に連なる山々からも離れていますので、普段は魔物がこの村に来ることなど、私が駐在してここ数年で記憶にありませんね」
「それにしては、騎士団が常時駐在しているようですが」
不思議に思ったらしいクラリスが、更に問いただす。
「ああ、それはこの舟渡し河を超えると聖域セルヴァンの霊峰ラトモスへと続くジュネヴァン連邦国との国境が見えてきますので、【純潔の女神】アルティミス様を守護するために兵を動かす上で、重要な戦略拠点と位置付けられているからですよ」
「人間が女神を守護するのか?」
言葉のニュアンスがずっと気になっていたので聞いてみると、若い騎士は笑って手を振る。
「我々が【純潔の女神】アルティミス様がおられる聖域セルヴァンの地を守護することで、女神様には憂い無く人々への守護いただけるようにする――それが延いては、この世の平和につながるのです」
「女神様の御身の周りが騒がしいと、人々の守護をするどころでは無くなってしまいますからね」
ふんふんと物知り顔で頷くへっぽこフランが何かムカつくが、半神の【神人】ということは半分は人間なんだろうから、現界の影響も受けるということになるのか。
女神が現実に存在している世界ならではの事だとは思うが、何だか距離感が掴めなくなってしまう。
子供達と喜びあっているルリをジッと見ていると、後ろから車椅子に座ったユウナが心配そうに声をかけてくる。
「クロセくん……安心して、女神様は【神殺しの剣】でもない限り、傷ひとつ付けることはできない」
自分が追われる原因となったはずの女神を、何故そのように淡々と語ることができるのか――『車椅子』に座って紫の瞳で見上げてくる綺麗な顔を黙って見つめてしまうと、コテンと小首を傾げて見せる。
ふと我に返って、そんなエルフ耳の少女に向かって苦笑するように、そのプラチナブロンドの髪をそっと撫でてから、おっとりとやって来た村長に振り返って。
「魔物の装備は大した物が無いけど、鋳つぶせば多少の金にはなると思うから広場の端にでも積み上げておくよ。
それから、後で地下冷蔵庫を作って、食べきれない余ったオーク肉を入れておくから、邪魔にならない場所があれば――ああ、寺小屋の露天風呂とは反対側ね、分かった」
「わあ~い、お肉だよぉ~」
「こんな大きな肉、見たことないぞ」
「うう、おいしいよ~」
「肉、肉、肉~」
「一生分の肉を食うよぉ~」
昨日同様に【砂の城】の前に出された大きな白い丸テーブルに座り、子供達を含めて今日は焼肉大会だ。オーク肉だが、新鮮な豚肉だと思えばどうということも無い。
急遽、『釣り糸(タングステン合金ワイヤー)』で錬成して作った、|焼き網で大量の肉と野菜を焼いてくれているのは、コロンとミラにクラリスだ。
「シャキーン、戦う【料理人】のコロンに焼き加減はおまかしぇ~」
「さあみんな、お野菜も一緒に食べないとダメですよ~」
「はい、姫様も好き嫌いをして、嫌いなピーマンを残しては駄目ですよ」
「う……そういえば、私はちょっと急用が」
肉が山盛りの皿を持ったミラがコソコソと逃亡を計るが、すぐさまクラリスに捕まってしまう。
「……姫様、子供では無いのですから逃げても駄目です。それに、子供達はどんな野菜も食べていますよ」
「うう~。だって、だってぇ~」
ミラは切れ長の翠瞳に大粒の涙を浮かべて、大きなピーマンを前歯でチマチマかじっている。一国を代表するお姫様が、まるで小さな子供のようだ……。
「しょうがないなぁ、ほらこのドレッシングを使ったら、生野菜でも少しは食べやすくなるんじゃないか?」
そう言って、【時空錬金】で錬成した『和風』、『フレンチ』、『中華』、『サウザンアイランド』、『シーザー』などの各種ドレッシングを出してやる。
「わーい。クロセ様、ありがとう。あ、この『サウザン』がおいしい。これなら食べれるかも」
「よかったですね、姫様。私はこの『わふう』というのが気に入りました」
何とかミラも残さず食べれるようにはなったようで、子供のようで本当世話が焼ける。
ついでに、焼き肉のたれも、『甘口』、『辛口』、『塩だれ』、『白ゴマ』、『ぽん酢』など各種出してみる。あ、それから『ハーブ入り味付け塩コショウ』も。
「あ~、私はやっぱり日本人な『白ゴマだれ』よね~」
「私は『醤油ポン酢』がおいしいです~。あ、でもでもこの『ハーブ入り味付け塩コショウ』も、シンプルでおいしいですね~」
アリスもルリも何だか渋い好みだったりするようで、久しぶりに純粋な日本の味付けを堪能しているようだった。
【時空錬金】のスキルレベルがLv4になったから可能になったんだけど、こんなことならもっと早くから錬成に繰り返しトライしれレベルアップしておけば良かったかも。
「これは、クロセくんの故郷の味なの?」
「そうだよ。ユウナさんも気に入るといいんだけど」
「そう……うん、おいしい」
「そうか、よかったな。お肉以外にも、もう少し消化の良い物がよかったら、ちゃんと言うんだぞ」
「うん、わかった。ありがと」
ユウナもだいぶ顔色が良くなってきているし、周囲に対する当初の硬さも取れてきて――まあ、無表情がデフォであることは今も変わらないようだけど、ちょっとは安心というものだ。
「ふぉ~っ! ハク様、この『どれっしんぐ』も『たれ』もどれも、凄くおいしいでしゅ!」
「フィも大好き~」
おお、コロンとフィのお子様のお口にも合ったようだ。この機会に、色々調味料関連を出してキッチンにまとめて置いておくとするか。
「ハクローさん、この赤いの何ですか? くんくん……、ぎゃああああ! 辛い! 辛い~!」
ありゃ、『タバスコソース』の蓋を開けて直接激臭を嗅いでしまったフランが、両手で鼻を押さえて地面を転げ回っている。
ああ、とうとうピクピクと痙攣して、白目を剥いてしまったぞ。
「わあ、フランちゃんが大変なことに~」
「そんなアホの子は水でもぶっかけて、放っときゃ帰って来るわよ」
アワアワと慌てるルリに、アリスの厳しい一言が飛ぶ。まあ、へっぽこフランは、そっとしておくとするか。
「ふぉふぉふぉ、こりゃあどれも変わった味じゃのお。長生きはしてみるもんじゃのお」
「こっちのすっごいおいしいよ!」
「ほら、先生もこのあじも」
「こっちがサッパリしておいしいよ」
「先生はからいのも好きだよね」
「先生はおとなだからね~」
寺小屋の老剣士も子供達にも味がそれぞれ変わっていて、どれも好評のようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夕食後に子供達と女性陣が先に入り終わってから、露天風呂に浸かって湯気の向こうに輝く星空を見上げていた。
ゆっくりと肩まで保湿効果のある白濁した温泉の素を入れた湯に浸っていると、随分と久しぶりにゆったりとした気分になっていることに気がつく。
一体いつ以来だろうか、こんなに開放的なのは。どうも、露天風呂に入っているからだけでは無いような気がする。
なぜだろう――などと考え事をしていると、ガラガラと引き戸が開けられて老騎士が入って来た。
「ふぉふぉふぉ、ご一緒して良いですかな」
「ああ、男は俺と爺さんだけだから、かまわないさ」
「ふぉふぉふぉ、それじゃ遠慮なく」
そう言って身体にお湯をかけてから湯船に浸かると、すぐ隣まで来た老剣士の上半身には大量の刀傷が見て取れる。
「ん? ふぉふぉふぉ、これはお見苦しい物を見せしてしまったのお。これらの傷は古すぎて、回復魔法では傷痕を消せないんじゃよ」
「達人のような剣士でも、傷は負うんだな」
「ふぉふぉふぉ、無論じゃ。おぬしらは【鑑定】スキル持ちじゃから分かっておるだろうが、【剣聖】となっても傷だらけじゃったよ。
今日は素手で剣を受ける鍛練をやったが、どうじゃった?
傷を負ってなお、一瞬たりとも怯むことなく剣を振るわなくては、大切なものは守ることはできん。それを身体で理解するきっかけだけでも、掴むことができれば良しということじゃ。
まあ、兄さんは頭では理解しているようじゃったからな、後は身体で覚えることじゃ」
「そうか」
唯、無手でボコられていた訳では無いようだった。でも、普通の人間なら、打撲ぐらいでは済まないはずなんだがなぁ。
「わしは、それを理解するのが遅すぎた」
「……」
老剣士は傷痕の残る右腕を夜空に浮かぶ月に向けると、暫くして苦笑するように下ろしてそのまま頭を掻くと、「独り言なんじゃがのお」と前置きしてから。
「先代【剣聖】として――王国最強と呼ばれて剣を振るっておったとき、滅多に顔を合わせることのなかった一人息子が、平民の娘を嫁にもらって――そのまま騎士団を辞めて田舎で医者をやると言いおった。
無論、爵位を叙爵したこの身ではそれを許すことができるはずもなく、結局は駆け落ち同然で出て行ってしまったんじゃがのぉ。
しばらくして、息子の村が魔物に襲われて、息子夫婦が死んだと聞いた。そして、残された一人娘がいることも。まあ、わしの孫娘じゃな」
そうして、寺小屋のある方向を露天風呂の土壁を見透かすように見ると、酷く苦しそうに、そしてどこまでも優しく笑う。
「わしは【剣聖】を辞めたよ。次の【剣聖】には、散々迷惑がられたがの。そしてこの村に来て、寺小屋を始めたんじゃ。残りの人生はその全てを使って、我が孫娘を一人でも生きていけるように強く育てるだけじゃ。
兄さんはどんな傷を負うことになっても、決して怯むことなく、そして躊躇うことなく大切なものを守るんじゃよ」
「ああ、わかったよ」
「そうかそうか、ふぉふぉふぉ。いやぁ、年を取ると説教臭くなっていかんのぉ」
そうカラカラと笑いながら身体を洗おうと湯船から出て行こうとする老剣士の刀傷だらけの大きな背中を見つめて。
「お孫さんには、ちゃんと爺さんだってことを名乗るんだぞ。たった一人の肉親が近くにいるんだから、二度と会えなくなる前に――取り返しがつかなくなって、お孫さんに後悔だけを残さないようにしてやってくれよな」
そう、声をかける。すると、湯煙の向こうに消えてしまいそうな背中は振り返ることなく。
「ふぉふぉふぉ、これは一本取られたわい」
分かってくれれば、それでいいさ。それで未来に残す後悔がひとつでも無くなれば、その方がいいに決まってるのだから。
そうして、身体を洗う先代【剣聖】の後ろを通り過ぎながら、お孫さんと上手くいくことを願いつつ、露天風呂を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
【砂の城】の屋上に風呂上がりのルリとユウナが二人で、ベンチに腰掛け夜風にあたって涼んでいた。
さっきまではアリスもいたのだが、「ちょっと、ね」と言って下に降りて、今はいなかった。
無言の時間がしばらく続いて、星が降るような夜空を仰ぎながらルリが、ユウナにやっと聞こえるかという小さな声でつぶやく。
「ユウナちゃんは女神のところに行った後、どうするつもりなの?」
「え?」
突然の思いもしない質問に、それでもビックリした様子の無いユウナはガラス玉のような透き通った紫の瞳で、ルリをジッと見据える。
「私は忌み子なので、もう一度、【純潔の女神】アルティミス様に生きていてもよいか、お聞きして――お願いしたい、と思います」
「それで、どっちにしても私達の傍から離れるのよね」
表情を消したルリの紅い瞳の奥が、妖しくゆらゆらと揺れる。
「そうなると思います」
「なんで?」
「私は……穢れているから」
その冷え冷えとした言葉を遮るように、ルリが少し強い口調で言葉を被せる。
「多分、ハクローくんはそんなこと気にしないと思いますよ。もちろん、私達もです」
「クロセくんは多分、この世界の有り様を理解されていないのだと思います。私もまだ生後3年しか生きていませんが、女神様の器として不足の無い基礎情報を既に脳内に焼き付けてありますので、彼の異常さが良く分かるのです」
珍しく間髪入れずにユウナが言い返す。
「ハクローくんは私達が元いた日本でも多分、普通では無いと言われると思います。でも、そんな彼の――唯の小さな家族である私達は、決して彼を一人にすることはありません」
「それは……なぜ?」
その不条理な物言いに、初めてユウナの紫の瞳にわずかな動揺が浮かぶ。
「この異世界で本当の家族を持たない私達が、集まって作った小さな家族だからです」
「だって、それは家族では」
「私達はこの異世界でおそらくは一番ちっぽけで小さな、でも間違いなく家族です」
再び、ユウナの揺れる言葉をすっぱりと遮るルリ。
「でも、だったら尚更、私はここにはいれない……こと、になる」
紫の瞳を動揺で揺らしながら、まるで子供が泣き出すように震える声で、ユウナは小さな唇から言葉を零す。
「だいじょうぶですよ。家族は増えてはいけない、なんてことは無いのだから。おねーちゃんにまかせなさい!」
「で、でも……だって、私はけがれ……てしまって……いる……から」
両手のひらでその小さな顔を覆い、零れる涙を隠すように俯いてしまう、ユウナのプラチナブロンドの長髪をやさしく包み込むように抱きしめるルリは。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから」
いつかハクローがそうしたように、ユウナの震える肩をやさしく擦りながら、ルリが屋上の階段の出口を見ると、そこには暗がりに隠れるようにアリスとコロンそしてフィの姿があった。
扉に隠れて見えない階段の途中にはミラとクラリス、そしてフランまでもハンカチを手にそこにいるのだった。




