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ミスリルハーツ ~サーファー、異世界へ~  作者: 珠乃 響(ゆら)
第2章 異世界旅行編
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第2章16話 ゼロ・ケルヴィン



 いつものように夜明け前から、河縁(かわべり)でまだ水かさが引かないのを見ながら剣術の朝練――なんだが、今朝は老剣士のお爺ちゃんの有難(ありがた)ぁ~い指導付きだったりする。


「ふぉふぉふぉ、若いお嬢さんが朝から元気で結構、結構。アリスちゃんは呼吸の仕方を覚えるのじゃよ。コロンちゃんとビーチェは二人で打ち合ってよいぞ。兄さんは素手で(じじい)の木剣を受けるんじゃ」


「すぅ~、はぁ~、げほげほ。お爺ちゃんってば、これって結構苦しいわよ?」


「最強の【料理人】コロンは負けましぇ~ん。とやぁー!」


「……ニヤリ」


 見た目は普通に息継ぎをしているだけのアリスが妙に苦しそうだし、コロンとビーチェは軽快な金属音を鳴らしながらお互いの【魔法シリーズ】を【二刀流】に構えて残像を打ち交わしていた。


 で、俺はというと。


「痛い、痛い、痛いぃ~」


 老剣士の繰り出す木剣を、素手の両拳で弾き返していたりする。

 いくら【身体強化】させているとはいえ、()せても()れても【剣聖】スキル持ちの繰り出す木剣の剣戟(けんげき)を、生身で受ければ(ただ)では()まない。


「ふぉふぉふぉ、兄さんは剣筋なんか考えんでええんじゃ。どうせ上手に振り回すなんて、出来んのじゃからのぉ」


「マジで痛い、痛い、痛い」


 仕方が無いので、【ライフセーバー(救命)】を常時発動して腕の怪我を自動回復しながら続けるという、(なん)だか分からないことにトライし始めていた。


「ふぉふぉふぉ、意外と器用なもんじゃの。それならこれでどうかい、まだまだじゃ。ほれ、ほれ~」


「ぎゃあ~、早い、痛い、早い、痛い、痛い」


「ハクローくん、がんばれー」


「クロセくん、がんばれ」


 もう(つか)まり立ちしなくてもよくなった歩行練習をしているルリと、『車椅子』に座ったユウナが応援をしてくれているので、(くじ)けそうだったヘタレな心を(ふる)い立たせてもう少しだけ頑張ることにする。


「フィも、がんばる~」


 飛び回っているだけのフィも朝から元気だが、そういえば朝が弱いアリスとフィが起きて来ているのは珍しかったりするのだった。




「という訳で、お子様モーニングということで二日連続ではありますが、ご好評にお(こた)えしてハチミツたっぷりの柔らかフレンチトーストになります」


「うわ~、うめえ~」

「なにこれ、やわかい~」

「あまくておいし~」

「うまうま~」

「うう、ぐすんぐすん」


 昨晩に続いて、【砂の城】の前に出した大きな白い丸テーブルには寺小屋の子供達が(くち)の周りをベタベタにしていた。

 まあ、その横で同じように(くち)いっぱい頬張(ほおば)っているのはルリ、コロン、フィ、ミラとにフランだったりするのだが。


「お前らまで、子供と同じってのはどうなんだ?」

 

「ほらほら、みなさん。まだまだ、おかわりありますからね~。姫様もね~」


 しょうがないですね、とクラリスが物凄(ものずご)いスピードでフレンチトーストを仕上げていくのだが。 


「「「「「「「「「「おかわり~」」」」」」」」」」


 十人にまでなってしまった欠食児童の全員には間に合うはずもなかったりしたので、【砂の城】のキッチンと馬車のミニキッチンの両方を使って、クラリスと二人で大車輪のように作らされる羽目となってしまった。




「うわ~ん、どうしてまた私が(ジジ)ばっかなんですかぁ~。お(じい)さんはそこにいるじゃないですかぁ、女神様~」


 朝食後の一休(ひとやす)みにと、子供達も参加してトランプを始めたのだが、まだ小さな子供達を相手にしても負け続けしまう、ぽんこつフランがとうとう泣き出してしまっていた。


「ふぉふぉふぉ、(ジジ)抜きなんじゃから、(じじい)が勝っちゃまずかろうって。しかし、綺麗なお嬢さんと言えど、負けはせんのじゃ」


 言ってることは分からないが、【剣聖】スキル持ちの(じい)さんはゲームといえど、勝負事には手加減抜きのようだった。


「もうぅ~、フランお姉ちゃんにひどいこと言わないの」


「フランお姉ちゃん、次はがんばって」

「フラン姉ちゃん、顔丸分かりなんだもんよ~」

「たしかに、顔が分かりやすいもんね」

「フランお姉ちゃん、ぽんこつ過ぎ~」


 一番年長らしい女の子が【剣聖】の老剣士を、やれやれといった風に(しか)る。確か、アンリエッタと言ったか。

 その他の子供達からの厳しいダメ出しを受けて、しょんぼり項垂(うなだ)れてしまった、へっぽこフラン。


「うえ~ん、こんな小さな子供達にまで、勝てません。なぜですか、女神様~」


「それに比べて表情が全くと言っていいほど変わらないユウナさんは、初めてトランプをする割には全く手札が読めないな」


「クロセくんこそ、その人を引っかけるような――いかにも悪だくみをしているような顔は、どうなの」


 ちょっとだけ唇を(とが)らせながらソッポを向くユウナに、ルリが口元を押さえてクスクスと笑いながら、立てた人差し指をフルフルと振る。


「ハクローくんの目付きが悪いのは、いつものことです。でも、悪いことはあんまり考えていないので安心していいですよ」


「ヘタレなハクローの考える悪さなんて、たかが知れてるから(なん)てことは無いわよ」


「おい、そこまで言うか?」


 そりゃあどっちかと言うと俺の場合、悪役商会だと思うんだが。それでも、アリスの(ひど)い言い(ぐさ)に、ムッとしてプチやさぐれながらも言い返してみる。


「まあ、クロセ様の場合、公爵の屋敷を吹き飛ばしたかと思うと、【魔王】を黙って逃がしたり、純粋な悪者(ヒール)役とはちょっと違いますね」


「はい、姫様。クロセ様の善悪の基準は、我々からすると非常に分かり難く、曖昧(あいまい)にさえ見えてしまいます」


 ミラとクラリスの大人な視線による駄目(ダメ)出しが、ガラスのチキンハートに突き刺さる。しかし、小さなコロンは両手の拳を握りしめると。


「でもでも、コロンはそんなチョイ(ワル)なハク様が大好きでしゅ!」


「フィもチョイ好き~」


 妖精のフィを肩にのせたまま、白銀の狐耳をピンと立てて懸命に優柔不断な俺を(かば)ってくれる。


「ふぉふぉふぉ、兄さんは美しいお嬢さん達に、案外と好かれておるのぉ。そうじゃな、後でもちっと鍛え直してやるとするかなぁ」


「ええ? また痛いヤツかよ~」


 何が面白いのか【剣聖】の老剣士が要らん事を言い始めて、一気に雲行きが怪しくなって来たぞ。


「ふぉふぉふぉ、これだけ綺麗なお嬢さん達に囲まれておるんじゃ、剣を持つ男子ならそれぐらいで弱音なんぞ()くんで無いぞ」


「いやいや、さっき俺は素手だったよね? どこに剣なんか持ってたのさ」


「細かい奴じゃなぁ、そんなんじゃからモテないんじゃぞ。ふぉふぉふぉっ」


「ぐうっ、今それは関係無いだろうに――わかったよ。やればいいんだろ、やれば」


 このぉ、(なん)でこうなった。




「ぐあああ、(なん)だって二本に増えてんだよ! 痛い、痛い、痛い」


 結局、上半身裸で汗まみれになって、老剣士が繰り出す二本の木剣を【身体強化】と【ライフセーバー(救命)】をかけながら素手の拳で受け続けることになっていたりする。


「ふぉふぉふぉ、綺麗なお嬢さん達にチヤホヤされとる兄さんが、ムカついた――(ワケ)じゃあ、勿論(モチロン)ないぞぅ?」


「今、チラッと本音が漏れなかったか? って、痛い、痛い、痛い」


「ハクローったら、五月蝿(うるさ)いわねぇ。呼吸が乱れるじゃないのよ」


 すぐ横で【剣杖】を目の高さに両手で水平に持ち上げて、朝の呼吸法を続けて繰り返しているアリスが、精神統一の邪魔だと言わんばかりに吐き捨てる。


「ほおほお、紅髪のお嬢さんは大分(だいぶん)と呼吸のブレが無くなって来たようじゃな。それで【魔力制御】を使ってみるんじゃ」


「え? こ、こう……」


 おお、普段は(あふ)れるように四方に放射されていた紅い魔力が、アリスの身体の周囲を(おお)うように揺れている。


「ふぉふぉふぉ、前よりも随分とよくなっておるようじゃの。こりゃ、どこみとるんじゃ」


「あ痛ぁ! 痛い、痛い、マジ痛い――――はっ、アリスっ! フィ!」


 ボコボコに叩かれていると、【ソナー(探査)】の端に引っかかるアラートが発報される。バシッと二本の木剣を掴み取ると同時に、二人に向かって叫ぶ。


「フィも感じた! 街道の横からかなりの魔物が来てる!」


「【遠見の魔眼】! 見えた、ゴブリンとオークの混成集団だわね。ルリは広場中央に魔術結界、高位六精霊にも街道入り口に出てもらって。ミラとクラリスは騎士団の駐在員に連絡を」


 そう言い放つと村の入り口に向かって【加速】をかけて走り始めたアリスを見送ると、ルリはフランに(つか)まってから立ち上がると両手を祈るように握り締めていた。


「わかった! んとんと、えいっ……魔術結界できたよ、でも村全体は無理みたい。後は、六精霊さんお願い!」


「子供達はルリお姉ちゃんの(そば)にいるのですよ。ではクラリス、私達は騎士団の方々に話をしに行きます」


「はい、姫様。お(とも)いたします」


 突然のことにオロオロする子供達にミラが優しく話しかけると、クラリスを伴って騎士団の駐在所に向かって足早に歩き始める。


「えー、なに?」

「なんか来るの?」

「ここに、いろってさ」

「あぶないの?」

「ううっ、こわいの?」


「は~い、みんな~。私のとこに集まって~。お兄ちゃんとお姉ちゃん達が魔物退治をしてくれるからねぇ。怖くなんか無いし、大丈夫だよ~」 


「そうですよ、女神様が見守っていてくださいます」


 ルリとフランが子供達の不安を払うようにと、抱きしめながら(さと)すように()く。


「女神様って、あのお山の?」

「こんな遠くまで守ってくれるの?」

「そんなことあるもんか」

「そうだそうだ」

「父ちゃんと母ちゃんは殺されちゃったもん」


「うっ、それは……」


 純真無垢(じゅんしんむく)な瞳の子供達から寄って(たか)って問い詰められて、とうとう言葉に(きゅう)してしまう、ぽんこつフラン。

 すると、ルリが(ひざ)を地面に着いて子供達と目の高さを合わせると、その紅い瞳を細めて自信を持って微笑む。


「実はここだけの秘密なんですが、私は【勇者】で紅い髪のアリスお姉ちゃんは【賢者】で【聖女】なんです。だから絶対に負けたりしませんから、安心してくださいね」


「「「「「おおー!」」」」」


「ふぉふぉふぉ、これはたまげたわい。どら、儂もちょっくら行ってくるかの」


 目をキラキラさせてルリの周りに集まった子供達の後ろで、カラカラと笑うと老剣士は腰に下げた剣をプラプラさせながら村の入り(ぐち)に向かって飄々(ひょうひょう)と歩いて行く。


「コロンとフィはアリスの直援(ちょくえん)を頼むな、一度俺は(うえ)へ上がる。【波乗り(重力)】、【ビーチフラッグ(加速)】!」


「はいでしゅ、ハク様」


「フィも~」


 バフンッ、と砂煙(すなけむり)を上げると、片足の引っかけたサーフボードごと垂直に上空に向けて飛び上がる。

 村の向こうの街道が見えるぐらいまで上がると、ぐるっと見回してゴブリンとオークらしき姿を見つける。三十匹ぐらいの集団が、ゾロゾロと歩いて向かって来ているようだ。


「ルリ、数は三十ぐらい。距離は1kmぐらいか。じゃ、俺はアリスの(とこ)に行ってくる」


 下にいるルリに声をかけてから、そのまま蒼い軌跡を残しながら風を切って村の入り(ぐち)に飛ぶ。

 同じくあっという間に村の入り口までやって来て、【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】を構えたコロンが振り返って、横に立つアリスに小首(こくび)(かし)げて見せる。


「アリスおねーちゃんどうしゅる?」


一気(いっき)殲滅(せんめつ)するのは簡単なんだけどねぇ。けど、それだと」


「ふぉふぉふぉ、ゴブリンはともかく、オークの肉は美味(うま)いし高く売れるからのぉ。ここは上手く綺麗に狩って、今日は焼肉パーティとしゃれこむかのう」


 後ろからトコトコやって来た老剣士が、そんなことを平気な顔をしてのたまう。

 ちらっと後ろを振り返ったアリスが、腰から抜いた透明な神話級【剣杖】をヒラヒラとさせながら、小さなため息をつく。


「だってさハクロー、爆裂魔法で粉微塵(こなみじん)なミンチ肉は無しよ」


「へいへい、アリスもこんがり黒焦(くろこ)げな丸焼きなのに中だけレアとか無しな」


「み、皆さん! 今は駐在の騎士団員は私一人しかいませんので、村の中央広場に集まってください!」


 ガシャガシャと鎧を鳴らしながら、息を切らせて走って来た居残り駐在騎士団員が叫ぶ。そういえば、駐在騎士団員のほとんどは盗賊達を引き連れて隣街まで行ってるんだった。

 その後ろには困ったような顔をしたミラとクラリスの姿も見えるが、アリスは流し目で俺を(にら)んで、さくらんぼ色した唇を尖らせたまま、透き通った神話級【剣杖】を目の高さに(かか)げると。


「ふん、お肉の鮮度と長期保存も考慮に入れた、この【賢者】で【聖女】な私の洗練された魔法を、ちょっと見てなさいよ。

 すぅ~、はぁ~……超位氷魔法【ゼロ・ケルヴィン】!」


「「「うわおっ!」」」


 街道の先の草原に米粒のように見えていた魔物の集団が真っ白な霧に包まれたかと思うと、爆風のような極寒の冷気が吹き寄せて来た。

 足元を見ると液体窒素が出すのようなスモーク状の空気の層がピシピシと音を立てている。


「上手く呼吸が整えられたから、絶対零度の限定空間も結構収束できてるわね。その周りの奴等は気温が引きずられて下がって(こご)えているだけだから、キッチリ狩るわよ!」


 そんなことを言いながら、シャリシャリ音をたてる街道をスタスタと歩いて行くアリス。その後ろを足音もさせずについていく【剣聖】の老剣士が、たまげたように笑う。


「ふぉふぉふぉ。なんじゃ、儂の出番は無いのかのぅ?」


「そんなことは無いわ。思ったより収束率がよかったから周りの魔物は残っているし。

 それに呼吸方法を教えてもらったおかげて、今まで危なくて使えなかったこの超位魔法が遠距離範囲爆撃の限定的にでも使用できるようになったんだから上出来よ」


 振り向きもせずに透き通った【剣杖】を腰に戻した手のひらを老剣士にヒラヒラと振りながら、なんでも無いことのように歩みを進めるアリス。しかし、少し空を見上げながらチョットだけ小首を(かし)げる。


「もう少し上手く一瞬で空間を切り取らないと、周りに人がいると使えないわね。でも呼吸方法を練習してブレをもっと少なくできれば、どんな状況下でもピンポイントで氷像にしてやれるわ」


「ふぉふぉふぉ。じゃったら、そうじゃのお。綺麗な紅髪のお嬢さんは、瞑想(めいそう)に挑戦してみるかの」


「おおアリス、(なん)か上級の玄人(クロウト)っぽいじゃないか」


「兄さんは素手の乱取りがまだ出来とらんじゃろ」


「ええー、あれまだやるのか~?」


 とか、老剣士から駄目(ダメ)出しを受けながら、霜が降りて動きが鈍ったゴブリンとオークの首の頸動脈(けいどうみゃく)を切って、できるだけ血抜きをしておく。

 ところでアリスの魔法が直撃した爆心部の魔物達は瞬間的に絶対零度(ゼロ・ケルヴィン)まで持って()かれたようで、歩いている姿勢のままで氷の彫像と化していた。


「とりあえず、【解析】で『分解』して【時空収納】に仕舞って村まで持って帰って――ああ、それじゃあ地面を『分解』で穴を掘って地下冷蔵庫でも作って入れておくとするか~」


 ふぅ~、と小さなため息をつきながら、『分解』した約三十体の魔物の死体を長期保存することにするのだった。


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