7話 波魔法って
今日の七夕は良いも天気に恵まれて、たまたまピッタリと初日の金曜日ということもあってか、街は結構なにぎわいです。
もっとも、異世界に召喚されてしまった、彼らにはあずかり知らぬことだったりしますが。
王都全体をぐるりと取り囲む城壁の門を抜けて、街道沿いにアリスと二人でトコトコとしばらく歩く。すると辺りは段々とペンペン草だけの荒野になり、さらに進むと冒険者ギルドで聞いた『薬草』が生えているという大森林の入り口までたどり着いた。
その間も前衛として任された索敵とやらについて、ぶつぶつと言いながら考えを巡らせる。
「そういえば前にトライバルをもらった『魔法使いのおばさん』が『魔法は魔素を操ること』とか言ってたな。あと、『魔素は粒子と波動』で光と似た性質を持っているだっけか。もうひとつ何かあった気がしたが。
粒子はともかく、波動ってことは波だろ? 波って光波、音波、電波あと重力波なんてのもあったか。
そう言えば海中で潜水艦を索敵するソナーって音波で、空を飛ぶ飛行機のレーダーって電波だった気がする。
確か親父の若い頃の論文で、波の合成、共振周波数、それから1/4波長の奇数倍と偶数倍で短絡したり反射したり……。
ためしに、魔素の波動の性質を使って、ソナーみたいに魔素の波を送信して、帰って来た反射波を検波したら」
「ハクロー、あんたさっきから何ぶつぶつと小難しい理科とか数学みたいなこと言ってんのよ。やめてよね、鳥肌が立つじゃないのよ。ほらぁ~」
思わず声に漏れていたようで、渋い顔をして二の腕をさすっているアリスにつつかれる。
「ああ、悪い。俺、こう見えて文系じゃなくて理系だぞ」
「連立方程式なんて、大っ嫌いだ!」
突然、拳を握りしめてアリスが叫び出す。おいおい、まさか連立方程式が解けなくて、登校拒否になったんじゃないだろうな。ちょっと確認してみるか。
「もうひとつの式のXに代入して……」
「物体のXって何よ!」
ただの数式が、地球外生命体になってしまったぞ。うう、不憫になってきたから、これ以上はやめておいてやろう。
それでも昨日の晩にアリスに教えられて【魔力制御】の練習をしていたからなのか、森の入り口に到着するころには、脳内に例のインフォメーションが流れて来ていた。
――ユニークスキル【波魔法Lv1】を生成しました。
――オリジナルスペル【ソナー(探査)】を取得しました。
「おー、ユニークスキルって、天使が言ってたヤツか? でも、マップに表示される範囲がえらく狭いな。あ、さっそく何か引っかかったぞ」
「はあ~、ハクロー。唯一の職業が【サーファー】だからって、ユニークスキルが【波魔法】って……そのまんまね。
しかもオリジナルスペルのネーミングまで、そのままなんて……少しは捻りなさいよ」
俺のステータス情報を【鑑定】したんだろうアリスが、呆れたように大きなため息をつく。
「無茶言うなよ、文系じゃないって言ったろ」
「だからって、それはあんまりじゃないの? んじゃ、私が厨二病を全開にした、キメ台詞付きの呪文詠唱を考えてあげるわ。
それじゃあ、やっぱり詠唱の出だしは『世の理を超えて、我が真名にて命ず……』。
そうだハクロー、『真名』と書いて『まな』は何にする? 眼帯はいる? その左腕のトライバルって包帯で隠したらカッコよくない?」
「いらない……お願いだから、やめてください」
「えー、カッコいいじゃん」
「そ、それよりほら、この10mぐらい先に魔物だと思うけど、【ソナー(探査)】で表示されたマップにマーカー反応があるから」
「それじゃ、さっさと片付けてから、続き考えましょうね」
弾む声でそう言うと、ふんふんと鼻歌交じりで、【遠見の魔眼】を発動させてその先にいるはずの敵を確認し始める、ご機嫌なアリスさん。
もう、お願いだから忘れてください。
そうしている内に、森の入り口から出て来てしまった魔物達を【解析】でそのステータス情報を見ると、目の前にはブラックハウンドという魔物がざっと十匹ぐらいで唸りながらこっちを睨んでいる。
「うわ、大型犬ぐらいあるぞ」と思う間も無く、すぐさまアリスが後方から【無詠唱】で魔法をぶっぱなす。
「【ウィンドカッター】! 取りこぼしはまかせた!」
盛大な風切音を鳴り響かせて空気の刃が、大量に魔物の群れ目がけて飛んで行く。
あわてて言われるがまま【時空収納】からアリスに借りた片手剣を取り出し、飛んで行く魔法を追いかけるように駆け出す。
砂煙の中で手足を魔法で斬り飛ばされて動けず牙を向けてくるブラックハウンドの首の血管があるだろう位置をめがけて、片っ端から殴るように剣を振るっていく。
あっという間に十一匹の死体だけが残った。ほとんどアリスの絨毯爆撃のような情け容赦のない範囲攻撃で動きが止まった、半死半生の魔物の止めをひとつづつ刺していくという事務的な作業となっていた。
しかしアリスさん、マジでチートってヤツですね。
「あ、剥ぎ取りは俺にまかせて。【解析】、ほら『分解』の機能で必要な部位だけ、一瞬でバラしてそのまま【時空収納】にしまうことができるんだ」
「それ便利ね。時間も手間もかからないし、手が汚れなくていいじゃない」
【解析】スキルは鑑定の上位互換スキルだが、分解しての解析や非破壊の解析ができる。ただ、生き物は分解不可能らしい。
討伐部位と魔物の体内から出てきた【魔石】や毛皮も、十一匹分を【時空収納】に突っ込んでいよいよ森に入る。
のだが、手で剥ぎ取らなくても、生き物を斬ったときの手の感覚と共に血の臭いがこびりつく……くそ、思っていたよりも酷く気持ち悪い。
何とヘタレな、自分でも正直キモくて嫌になってくる。
弾幕を張って【剣杖】は使用していないアリスの顔色は悪くはないようで、それだけでもよかった。
その後も『薬草』をちょこちょこ採取しながら、一度に最大でも三匹から五匹ぐらいまでを上限にブラックハウンド、角のある兎のようなホーンラビット、大きな豚のにしか見えないビックピッグなどとの遭遇戦を慎重に索敵しながら繰り返す。
「もう少し回避も考えないと、かすり傷だらけじゃない」
休憩を兼ねてアリスが【ヒール】を使いながら、お説教タイムだ。
「悪い、どうしても近接戦闘では身体がぶつからない訳にはいかないし……回避って言っても、俊敏性が上がるスキルとかないのかなぁ」
「【加速】とかその上位スキルの【神速】とかあるけど。【サーファー】ってスピード競技なの?」
「あー、サーファーじゃないけど、浜辺で寝転んだ姿勢から走って旗を取るビーチフラッグって言う競技はあるなぁ。ライフセーバーのバイトのときに、準備運動代わりにやらされたっけ。
それにしても、随分と自分で持っていないスキルについても詳しいんだな」
「そりゃ、天使から下位と上位の基本スキルリスト一覧をふんだくって――げふんげふん、もらってるからよ。レアとかユニークとか、あと超位魔法とかは載ってないけどね」
当然でしょ、とばかりに白銀プレートにひっそりと隠された胸を張るアリスさん。それにしても、小さな天使達とのネゴシエーションは熾烈を極めたようだ。
再び波を意識して、今度は目標地点をめがけて自分の魔力の波長で強制短絡させて、そこに向かって引き付けるイメージを作ってみる。
あ、これ身体を魔力で強制的に引っ張るから、骨が結構軋むぞ。
なんて考えがら突進と加速を繰り返していたからか、お昼過ぎには【ビーチフラッグ(加速)】というオリジナルスペルを取得していた。
普通の【加速】と違うところは、どんな体勢からでも初速から強引に最大加速ができるらしい。重ね掛けもできるが、身体というか、筋肉と骨がついていかないのが難点か。
「ハクローのネーミングセンスって、本当にゼロね。捻りもゼロだし」
「ひどい言いぐさだな、確かにダメダメなのは言い訳はしないけどさ」
だからと言って高校一年にもなって、スペル詠唱する度に三回転半捻って厨二病が大暴走ってのもなぁ。どっちにしても、チキンなグラスハートが割れそうなので勘弁してください。
遅い昼食は下町で買った、何の肉か分からない焼肉サンドを木陰に座って食べてから、『薬草』を採取しつつ、とことこと森の入り口に戻る。『薬草』は一度現物を【時空収納】に入れると、【ソナー(探査)】のマップに分布がマーカー表示されるようになったのは、思わぬ便利機能だ。
帰りも同じように魔物との遭遇戦を繰り返しつつ、藍川さんにおみあげも買わないといけないので少し速足で森を抜けた。
戦闘の度に軋む骨に耐えて【ビーチフラッグ(加速)】で加速し続けていたからか、森の入り口に到達する頃には【身体強化Lv1】を習得していた。
これで加速しても、骨がミシミシ言わなくなるといいのだが。
◆◇◆◇◆◇◆◇
そんなわけで意外と早く冒険者ギルドに戻り、受付の女性に『薬草』を渡してクエスト完了報告。報酬は1500Gで銅貨15枚。貨幣の単位はギルで『G』で表示されるらしい。
受付の女性が少し意外だと言うように、銅貨をカウンター越しに渡してくれながら業務用スマイルを見せる。
「ギルド登録して、初日でよく見つけられましたね」
「魔物とのエンカウントが多かったから、『薬草』の数が足りなくなるんじゃないか心配になったわよ」
アリスの言う通り、エンカウント率ってこんなに多いもんなのかな。
続いて魔物からの剥ぎ取りを討伐部位を除いて、買取カウンターの方に持って行く。最終的に討伐数はブラックハウンド23匹、ホーンラビット16匹、ビックピッグ12匹になっていた。
「仲間が溜めてたのか? 一度に持って来るには、ずいぶんと多いな。それに綺麗な剥ぎ取りだから、高く買い取れるぞ」
初日に二人で狩ったとは知らないカウンターのオヤジには驚かれたが、買取報酬だけで約23万5千Gになった。多いのかどうかすら、さっぱり分からんのでアリスに聞いてみる。
「おー、もしかしなくても店長がくれるバイト代よりも、遥かに稼ぎがいいんじゃないのか? 時々、店長は現物支給もあったしなぁ」
「硬貨ばっかりで重いわよ。コインゲームじゃないんだから」
言うに事欠いて、それか。
「【収納】に入れるんだから大丈夫だろ。それにギルドカードで貯金もできるって言ってたぞ。
それに本来の目的の基礎レベルも、今日一日でLv6まで一気に上がったしさ」
「隠しパレメータが【鑑定】や【解析】で見れないのは、やっぱり不便よね。ゲーム仕様なんだろうけど、せめてHPとMPぐらいは見ておきたいわよねぇ」
「ゲームじゃないからだろ。現実――逃げられない、リアルってことだ」
自分達で稼いだお金で藍川さんにおみあげを買って帰るために大通りの商店街へ向かうが、どこも古着の店が多い中でアリスは新品の着替えにこだわった。
高そうな店に入ると、真っ先に下着を買い始める。
「ルリの勝負パンツは……やっぱりパープル? 年上だから、大人っぽくクロ?」
「いや、マリンブルーだろ」
色とりどりの女性下着に囲まれてちょっとだけ目が泳ぐが、店員や客の年上女性の蔑視には六人の姉貴にきたえられた、極めてうれしくも無い高耐性スキルがあるのだ。
表面のいい女の裏の顔にいちいち幻想なんて、必要ない。
「えっ、ハクロー。あ、あんたが見てどーすんのよ!」
「え? 家には姉貴達の勝負パンツが、階段や廊下にいっぱい落ちていたから、今さら珍しくも無いしなぁ」
「どんなダンジョンよ」
「アリスは真っ紅か。その綺麗な長髪と言い、ドレスアーマーと言い、イメージカラーにこだわる流石のキャラメイクだな」
ボカッ
「あいた!」
「こっちのも見ないの!」
いたいです。結局、藍川さんの淡い桜色のパジャマ以外は何を買ったのか、ナイショにされた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夕暮れ前に王城の正門を、また最敬礼の騎士団員へ軽く片手を上げるだけのアリスの顔パスで通り抜けて病室に戻る。
すると、ちょこんとベッドに座った藍川さんの涼やかで鈴をコロがすような小さな、でも朝よりはしっかりした声が聞こえてくる。
「クロセくん、アリスちゃん、おかえりなさい」
「ただいま~」
「ああ、ただいま。大丈夫だったか?」
しかし、紅い瞳を少し細めると、眉を寄せながら顔を見上げるように覗き込んでくる。目の方も大分と見えるようになったようだ。
「クロセくんの方が大丈夫じゃないです、少し顔色が悪いですよ。もしかして初めての狩りに疲れましたか?」
「あ、ああ。……そうかもな」
どこまでのことを言っているのか分からず、曖昧に返事をする。
「おそらく、この世界の命は日本人の私達が考えているよりも、ずっと軽いと思います。それは、私達の命も例外ではありません。
それから、元の世界でも家畜を殺して食べていましたよ。クロセくんは弱く動けない私の分もがんばってくれたんだから、魔物さんの命の重みは一緒に背負いましょうね」
ああ、全部バレていたのかと、見透かされていた自分に苦笑してしまう。
「こんなに細すぎる腕で何言ってんだ。もっと筋肉を付けないと、箸も持てないぞ」
「えへへ、いっぱい食べて、よい子でお留守番をして、早く元気になりますね」
薄っすらと、それでも前向きに微笑む綺麗な真っ白い長髪の少女。
そうだ、元の世界では他人任せにしていた、自分が生きるために命を奪うという行為を、ようやく自らの手で実行するようになった。ただ、それだけのことだ。
取り立ててどうこう言うほどの大したことをしている訳では、決して無い。むしろ、自分の力で生きていくなら、当然のことなんだろう。
そんな当たり前のことを、ベットにもたれて座る少女の方が、ずっとしっかりと覚悟を決めていたのだった。
「ははは、たくさん喋って疲れたろう。心配かけて悪かったな」
「そうよ、ルリの元気が出るようにって、たくさん魔物を狩って、稼いだお金でおみあげ買ってきたんだから」
ふふん、とアリスがちょっと自慢するように、藍川さんに【収納】から取り出した、おみあげを手渡す。
「可愛いパジャマでしょ? 客室に用意されていた貴族用の寝間着ってスースーするから、お腹が冷えそうでダメなのよね。
やっぱりお腹がキチンとしまえないと。ホントは冬場にはキャラ物の腹巻が欲しいぐらいよねぇ」
「うふふ。アリスちゃん、ありがと」
澄んだ紅い瞳を細めながら淡い桜色のパジャマを抱えて喜ぶ藍川さんに、アリスがこしょこしょと内緒話をする。
「(勝負パンツはマリンブルーにしたからね)」
「え?」
「ぐー!」
「ええ?」
ガールズトークの内容までは聞こえないが、親指を立ててドヤ顔のアリスに、藍川さんが紅い瞳を丸くし、あろうことか頬まで赤くしてぷるぷる震えている。
そんな珍しい光景の、でもほのぼのとした二人の様子を、ぼやっと見ていると、はっ、と気がついたアリスがビシッと俺を指差す。
「あ、ハクローは見ちゃダメ!」
「ダメ」
薄い桃色に染まった唇を尖らせながら、おみあげを両手でシーツの中に隠してしまう藍川さん。
おおう……お父さんは悲しいよ。