6話 冒険者ギルド
異世界に来て3日目の夜明け前から、病室の窓の外で一人、酷い筋肉痛に耐えながらも剣術の朝練をしていたりする。
筋肉痛なんてホントいつ以来だろうと考えて、そういえばサーフィンってあんまり腕力使わない気がしてきた。サッカー部の平河衛士のこと言えないかも。
身体中の筋肉が悲鳴を上げる中、昨日アリスから言われたとおりに素振りを繰り返していると、病室の窓からはベッドに座っている藍川さんが紅い瞳を細めてこちらを見ていた。もたれていればだいぶ座るのも安定してきたし、視力も戻りつつあるようだ。
すると風にのって、かすかに聞こえる小さな声。
「クロセくん、がんばれー」
どうやら応援してくれているようなので、辛い筋肉痛をこらえてもう少しがんばることにする。声は擦れた感じが無くなって、涼し気な朝の風の中で小さな鈴をコロコロと転がすようだった。
朝食のお粥を藍川さんに、あーん、と食べさせていると寝起き顔のアリスやってが来た。今朝は溶き卵を入れて、ちょっと栄養度アップの進化メニューだが、やらんぞ。
「何よ、その目は。せっかく、ルリのために作った朝食を取ったりしないわよ」
う、なぜかバレてる――そうだ、ちょうどいいとこに来た、聞きたいことがあったんだ。
「そういえばさっき【解析】で俺のステータスを見たら、見慣れなモノのがあったんだが」
名前;ハクロー・クロセ(黒瀬白狼)
人種;人族
性別;男
年齢;15才
レベル;Lv1
職業;【サーファー】
スキル;【解析Lv1】【時空収納Lv1】【時空錬金Lv1】【剣術Lv1】(New!)
守護;【女神■■■■■■■の加護】(New!)
「ああ、その守護って項目は【女神の祝福】とか【女神の加護】とかのことで、HPとかMPとかの私達が見ることができない、隠しパラメーターを何割か上昇させてくれるのよ」
物知り顔をしたアリスが人差し指をピンと立てて、自慢気にあっさりと答える。
「よく知ってるな」
「そりゃ、私は天使から『異世界召喚者マニュアル基礎編』のデータをもぎ取って――もらってる、からね」
「あるんだ、取扱説明書」
しかも、何か不穏な単語が聞こえたぞ。
「導入編の操作マニュアルなんて基本でしょ?」
「それ全員に配られてなきゃ、ダメなやつじゃ……」
「何言ってんのよ。マニュアル読んでからゲーム始めるなんて、つまんないじゃない」
「おい」
「だから何でも聞いてって言ったじゃない」
「そういえば、そんなこと言ってたな」
「でも、【女神■■■■■■■の加護】って、いつもらったのか分からない上に、文字化けして読めないなんてねぇ。
ハクロー、あんたどっかで女神にちょっかい出さなかった?」
アリスが紅と蒼のオッドアイを細めて、立てた人差し指を振りながら覗き込んでくる。
「天使には会ったけど、女神ってどこにいるのさ。そういえば藍川さんのファーストジョブなんか同じように文字化けしていて【■■■■■】、一文字も読めないしな。
やっぱり、【解析】のスキルレベルが足らないってことなのかな?」
「まあ、どこかの【女神の加護】なんだから悪いもんじゃないし、隠しパラメータはそもそも見れない仕様なんだから、ほっとけばいいのよ」
言われてみれば確かにその通りなので、肩をすくめて見せる。
「へいへい」
「というわけで今日はいよいよ、冒険者ギルドに行きます!」
動けない藍川瑠璃は病室でお留守番で、アリスが連れて来た部屋付き侍女がその間は面倒をみることになった。
ちょっと心配だが、王城内で昼間っから【勇者】に何かしてくる馬鹿がいるとも思えないので、彼女には体調の回復を優先させて無理はさせないことにした。
「午後には戻るからな。おみあげ買って来るから、いい子で待ってるんだぞ」
ベッドに座って、少し寂しそうに見えてしまう藍川さんの頭を、さすりさすりと撫でていると、揺れる紅い瞳をわずかに細めて、
「クロセくん、アカサカさん、いってらっしゃい」
と、小さな声でつっかえながらも微笑んで見せる。おお、けなげだ。
「はっ! ルリがしゃべった! あ、ハクローは知ってたな、ずるいぞ!
私はアリスでいいわ、その代わり、ルリって呼ぶからね」
ちょと顔を赤くしたアリスがすごい勢いで、藍川瑠璃さんの手を取る。白髪の少女は薄く微笑んで、鈴をコロがすような小さな声で呼び返す。
「うん、アリスちゃん」
「うひょー! キター、何これ! この可愛いの、お持ち帰りしてえーっ!」
「落ち着けアリス。じゃあ藍川さん、行って来るから」
「はい。それから、クロセくんは、女神さんに守ってもらえるなんて、凄いんですね」
うなずく藍川瑠璃は、さっきの話を我がことのように、ニコニコと微笑みながら小さな声で、言葉を途切れ途切れにしながらも喜んでくれているようだった。
だったら良く分からない女神の加護でもいいか、と真っ白な長髪の少女の頭を撫でる。なでなで、ニコニコ。なでなで、ニコニコ。
「いつまでやってんのよ、行くわよ」
首根っこを掴まれてアリスに連行されてい行く俺達に向けて、藍川さんはニコニコと薄い笑顔のままで、持ち上がらない細い手のひらをシーツの上に置いた腰の高さでひらひらと振ってくれていた。
引きずるように連れ去られながらも何とか振り返ると、彼女の美しい長い白髪が窓の外からのそよ風にあおられて、さやさやと揺れているのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
王城の正門は最敬礼する騎士団員の横を【賢者】で【聖女】なアリスの顔パスだけで通り抜けてしまって、王都のいわゆる城下街に入る。
そこは流石に王都で一番大きな中央通りということもあってか、石畳で舗装されて街路樹で車道と歩道を分けられていた。
王都だからか、結構、人は多いようでぶつからないように歩くのが大変なぐらいだ。が、それを気にする様子も無く、アリスは手に持った地図を頼りに馬車も多く走る大通りを横切りながら、どんどん進んで行く。
冒険者ギルドが入るギルド会館は入り口が西部劇の酒場みたいな、それでいて石造り三階建ての王都では巨大な建物だった。中に入ると市役所のような窓口があって、その横に待合所みたいな飲食スペース――というか、そのまんま酒場だな――が鎮座していた。
「おー、RPGみたいだわ」
光沢のある真紅の布地に輝く白銀の胸プレートを付けた、ちょうど膝が隠れるミディ丈スカートのドレスアーマーに身を包み、左腰には80cmぐらいの純白に透き通る【剣杖】をひっさげたアリスが、腰まである長い紅髪をなびかせて、ロングブーツを響かせながら颯爽と歩いて行く。
もう、声をかけてくださいと言わんばかりだ。
するとやっぱり受付窓口の一番待ち人数の少ない列の後ろに並んでいる間にも、声をかけてくるガラの悪い連中が二人ほどいた。
「どこの貴族のお嬢様か知らないが、そんな丸腰のボウズを連れてると危ないぜ」
「こいつ、短パンだぜ。なぁ、嬢ちゃん、俺達が護衛してやるよ、何なら夜の護衛の方も? なんてな、へへへ」
言われてみれば、俺はロゴ入りマリンブルーのTシャツに、ホワイトとブルーのギンガムチェックの膝丈サーフパンツ、首にドッグタグ、右手の指にリング、左手首にはクロスチョーカーの二重巻き、腰にはウォレットチェーンで、レインボーカラーのビーチサンダル履きという格好で――確かに冒険者にはちぃ~っとも見えなかった。
そういえば、アリスに借りている片手剣も今は【時空収納】にしまっていて、完全に手ぶらのままだ。
それでもアリスは辺りを見回しながら、ふんふんと鼻歌交じりに、順番が来るまで二人を無視していて、ようやく窓口受付の順番が来ると。
「冒険者ギルドに登録したいんだけど、その前に正当防衛を証言してね。
ふん、テンプレ大歓迎よ、抜きなさいよヤラれモブキャラのクセに」
カウンターに座る受付女性に声をかけるアリスは返事も聞かずに振り向きざま、ガラの悪い冒険者二人に向かうと、紅と蒼のオッドアイで睨みつける。
驚いた様子の男達が思わずといった感じで、アリスの言葉につられるように剣に手を触れて抜きかけたのを見るなり、
「【ガストバズーカ】」
と、小さくつぶやく。
その直後、爆音と共に強烈な突風に直撃された男達二人は、抜きかけた剣と一緒に入り口の扉ごと外の大通りまでぶっ飛ばされて行ってしまった。
突然のことに静まり返るギルドホールを見回すと、俺は大きなため息をつく。
「テンプレに時間をかける必要は確かに無いけどさ、もう少し控え目な魔法は無かったのか?」
「えへん、私のオリジナル呪文よ。火事にも、水浸しにも、砂まみれにもならない二重掛けした上位風魔法の優れモノ、……埃はちょっと我慢ね」
アリスが酒場スペースの冒険者達にひらひらと手を振っていると、受付の女性がわざわざカウンターの向こうから出て来た。
「ほほほ……、ゴンザレスさん達がご迷惑をおかけしました。そ、それでは登録についての注意事項から」
ひきつる笑いを顔に貼り付けながらも、受付の女性は努めて事務的に説明を始める。
しかし俺達は当面、レベル上げしか考えておらず、ギルドでの冒険者ランクを上げる気が全くないので、受付の女性の話もすべて聞き流してしまっていた。
そして王城でも触ったことのある【鑑定水晶】を使ってその場でカードを作ってもらったのだが、アリスは俺の鼻先に嬉しそうにギルドカードをピラピラと振って見せると。
「わーい、ギルドカードだ~。えっと、冒険者見習いのランクFだよ。
じゃあ、さっそく常時依頼の『採取クエスト』か『討伐クエスト』を見てくるからね」
どうも依頼主からの個別ターゲットの決まっている『採取』や『討伐』は時間に余裕の無い俺達には向かないらしい。『護衛』はレベル的にも時間的にも藍川さんが王城で待っていることからも、そもそもが無理だ。
とにかく出会う魔物を手当たりしだいに狩っていって、経験値を稼いでレベルアップ、その間に常時依頼を拾っていくという方針のようだった。
現在の常時依頼は『薬草』を何種類かだけだったので、受付の女性にその『薬草』数種の姿絵を見せてもらい、スマホで写真を撮っておく。
それを見たアリスが不思議そうに聞いてくる。
「ハクロー、スマホのバッテリーって、そろそろ切れるんじゃないの?」
「ソーラー充電式蓄電池を別に持っているから、ヘーキ」
「……用意がいいわね」
「サーファーは基本的にアウトドア派だからね」
「(私はどうせ引き篭もりよ)」
「え?」
最後にアリスが言った小さな声は、聞こえなかった――フリをした。
そりゃそうだ、中学三年生といえばこの時期は受験勉強、真っ盛りのはずだった。とても本人が言うように、毎日ゲーム三昧だったとは思えない――はずなんだ、が。
「それでも今日はいい天気で狩り日和だ。おでかけした甲斐があったというもんだな。帰りには稼いだお金で藍川さんにおみあげを買っていってやろう、な?」
「そ、そうね。
あぁ、私の【遠見の魔眼】はピンポイント専用で広範囲の索敵に向かないから、ハクローが前衛ね。そのうち【気配】とか【探査】とかの便利スキルが取れるはずよ。たぶん、きっとね」
「じぃー、……そういえばその紅と蒼の瞳のオッドアイ、【遠見の魔眼】と【未来視の魔眼】だっけ?」
「わ、私はもう中学三年生で、厨二病は卒業したのよ、……引き篭もって一度も行ってないけど」
後半は声が小さくなるアリスの紅髪の頭を、小さくため息をつきながら、なでり、なでりとさすってみる。
「そういう意味じゃないから、気にするな。長距離ピンポイント爆撃と超近接戦闘の両方に最適化してるんだな、と思っただけだ。
それに今は外に俺と二人だ。俺が前衛で、アリスが後衛の二人組なんだろ?
さあ、そろそろいくぞ」
「うん」
元気のしぼんだ年相応のアリスは、どこに地雷があるのか分からないので非常に扱いが難しいみたいだ。まあ、学校で何かあったんだろう……な。