5話 勇者の実力
その後のアリスが去った、午後からのランベール副騎士団長の剣術訓練では、腹いせのようにネチネチといびられる平河の姿がそこにはあった。
(くそう、相手の全てのスキルが見れるように【鑑定】レベルが上がって、【強奪】が使えるようになりさえすればこんなヤツ! それにしても赤坂のヤツめ、最初からスキルLv10ってチート過ぎだろ!)
いっぽう【剣術】スキルで騎士団員とある程度は手合わせができることが確認できた、他のメンツは訓練場の端にいた。
「せやぁっ!」
裂ぱくの気合と共に地面に突きたてられた丸太を、抜き放った日本刀で袈裟切りにして長瀬風紀委員長が真っ二つに切り飛ばす。
「うわぁ~、琳ちゃん、かっこいいー」
「基礎レベルがLv1でもこの腕前で、しかも一撃で切断までしてしまうとは」
「さすがは【勇者】リン殿、しかも凛々しくも美しい……」
パチパチと手を叩きながら喜ぶ宮野副生徒会長と、初めて【勇者】の秘められた実力を目にした王国騎士団員達がわいわいと周囲に集まって来ていた。
それに答えるように、日本刀を鞘にしまう長瀬風紀委員長が、ワンロールの入ったシフォンボブの黒髪をサッと払い上げる。その制服姿に腰の日本刀がよく栄えて見えた。
「天使にもらったこの日本刀、【妖刀・薄緑】のおかげよ。本物は確か重要文化財だったはずだから、これはそれくらい切れるってことでしょうね。
ん~、でもねぇ。私専用武器で他の人には使えないのに、絶対に手放すなって言われたのよねぇ」
そう苦笑しながら説明すると、不思議そうに【妖刀・薄緑】を抜いて、その波紋を浮かべた刃を太陽にかざしてみる。まるで、その先にある己自身の命運を見ようとでもしているように。
「んーじゃあ、俺の【魔剣・ヘグニ】は……ほいっと」
高堂恭一も同じく天使にもらった【魔剣・ヘグニ】を取り出して薄暗い色をした魔力を込めると、ふとした仕草だけで丸太を何の造作もなく断ち切っていた。
「おおー、【勇者】キョウイチ殿もすごいぞっ」
「しかも、レアスキルの【闇魔法】まで使っていたぞ!」
しかしサクッと切れた割には不満そうな顔をして、【魔剣・ヘグニ】の大きな両刃を近くの騎士に向けながら、
「この剣、生き血を吸うともっと良く切れるようになるんだけどなぁ」
と、細い目をさらに細くしながら、物騒なことをつぶやく高堂恭一。それを、ぎょっとした表情で聞いていた騎士団員が、慌ててその場を取り繕う。
「し、しばらくしたら魔物狩りに行きますので、それまでは」
「いつ行けるの?」
「少なくとも1ヵ月後ぐらいかと」
「えー、もっと早く行けないの? 血を吸いたいってこの剣が言ってるのにさあ。ねえ、別に人間でもいいんだよ?」
さらに不満そうな顔をする高堂恭一から、ビビッて逃げ出す騎士団員を見ていた沢登生徒会長が、おもむろに自分も天使からもらった【魔法剣・ゲオルギオス】を取り出すと、周囲に見えるように大上段に構える。
「みんな、俺の竜殺しの秘剣魔法切りを見ていてくれ!」
そう叫んだかと思うと、精神を統一するように魔力を込め始めるが……掲げられた【魔法剣・ゲオルギオス】が白く輝き出して、周囲にいた騎士団員が大騒ぎとなる。
「ま、【魔法剣】の範囲攻撃だ!」
「しかも大きいぞ!」
「「「わぁああああ!」」」
「「「「「逃げろおおお!」」」」
「わあ~、沢登くんもすごいね~」
巻き起こる風に濡れ羽色をした長い黒髪を揺らしながら、ぱちぱちと相変わらずのんびり手を叩く宮野副生徒会長と、それをかばうように抱きしめて怒り出した長瀬風紀委員長が声を荒げる。
「ちょっと、沢登くん! 危ないじゃない、あっち向いて撃ってよ! 香織は大丈夫?」
「大丈夫~。そうだ、私も王子様に国宝級のレア杖をもらったんだよ、ほらぁ」
と、言って見せる大きな水晶が付いた長杖は、まごうことなく王国の国宝のひとつだった。
「何というか、【勇者】リン殿にしろ、【勇者】キョウイチ殿にしろ、それから【勇者】コウタロウ殿にしても訓練初日からこれほどの実力とは」
「私がお渡しした国宝の長杖を持つ【勇者】カオリ殿もマルタン宮廷魔術師との魔法訓練では、相当な種類の魔法スペルを使いこなしているのだぞ!」
マリーアンヌ第二王女が自身が召喚した【勇者】の潜在的な戦闘能力の高さに驚いていると、忘れてなるものかとフレデリック第一王子がすかさず声を上げる。
国宝を【勇者】とは言え、異世界から来た一介の平民に渡してしまったのは、この次期国王候補で間違いないようだった。
それを遠目に見ながら、ランベール副騎士団長が一人で地面に大の字になって倒れている平河衛士に声を荒げる。
「【勇者】エイジ殿、あなたはどうして、こんなところで寝ているのですか?」
(だから、【強奪】するまで、待てって言ってんだろぉ!)
平河衛士のもはや声にならない叫びが、彼の脳内でだけで虚しく響き渡る。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「やっぱ【勇者】って、チートなんだなぁ」
昼食を取った後、俺は隣の騎士団訓練場の騒ぎを横目で見ながら、アリスと病室の前の空き地スペースに出てきている。
「ハクロー、それじゃこの剣を持ってみて」
どこから持ってきたのか剣を一本放って寄こすと、アリス先生が剣の持ち方から振りの型まで教え始める。そう、昨日言ってた二人だけの青空道場だ。
アリスは熱血教師の竹刀よろしく、腰に下げていた見た目が透き通るような白い杖――あれは刃を仕込んだ【剣杖】とのことで、どうやら神話級武器のソードステックになるらしい――を、ことのほか元気に振り回している。
すぐ横には藍川瑠璃の病室の窓があり、ベッドのクッションにもたれる白髪の少女がここからでも見える。先ほど昼食を取ったからか、今は眠くなったようでウトウトとしている。アリスが来る前にトイレにも抱いて連れて行ったので、しばらくは大丈夫だろう。
下手くそなりに言われたとおり、文句も言わずにひたすら素振りを繰り返す。
「握りがあまい、顎を引いて。そう、肘をたたんで」
「何だか道場の『師範代』みたいだな。スキルがあるとそんなこともできるのか?」
「スキルレベル限界値の【剣術Lv10】って、上級の『師範代』を通り越して、一番上手な『達人級』ってヤツだからねぇ。力技は基礎レベルが足りないけど、剣の基本を教えるぐらい何てことないわよ。
それにしても、やっぱりハクローは剣を握るのは初めてなのよね?」
「ああ、姉貴の一人が家の中で木刀振り回していたがな」
「ふーん、お姉さんがいるの。私、一人っ子だから、ちょっと羨ましいかも。あ、そこで素早く引き戻して」
「家に六人も姉がいると、文字通り地獄だぞ。一人と言わず何人でも、のしを付けてくれてやるよ」
「ははは、年中六人の年上の女性に囲まれているのは、流石にちょっと大変そうだねぇ。今度は後ろに下がりながらね」
「そんな生易しいもんじゃない。外向けのかぶりモノを脱ぎ去った家の中の姉貴達を見ていると、世の中の女に余計な幻想を抱かなくなる」
「あはは、トラウマにでもなったの? 重症のようね。よし、今度は片手で」
つぶれた手のひらのマメはアリスが【ヒール】で皮だけを回復して、午後いっぱいアリス・ソード・ブートキャンプで素振りだけをひたすらのように繰り返す。
「はっ、はっ、はっ……。普段使わない筋肉を酷使するから、きっついなぁ」
地面に手足を投げ出し、一休み中だ。
「筋肉を作り込む必要があるから、そっちには【ヒール】をかけないけど、それでもスキルのサポートがあるから、ひたすら繰り返しするだけで、だんだん剣が同じ軌道を描くようになるでしょう?」
実際、日暮れ前には【勇者】達が持っていたのと同じ【剣術Lv1】を習得していた。アリスは【教導Lv1】を習得したようだ。
普通、こんなに早い物なのか、それともアリスのチート能力のおかげなのか。
「ああ、それもお鬼教官のおかげだけどね」
「こんなに可愛い【賢者】で【聖女】な私に何てこと言うのよ」
「はいはい、可愛い、可愛い」
「む、感謝の念が足りんのでは?」
「あはは、感謝してるって。ただの【サーファー】じゃ、この世界は生きて行けそうに無いからな」
「あんたも何で、そんな色物ジョブにしたのかな。もうちょっと、マシなのあったでしょうに」
「セカンドジョブで選択可能な職業リストが出るまでは、しばらくこのままで頑張ってみるよ」
「しかもセカンドジョブに、ひとつの候補もリストアップが無いなんて。普通、【村人】ぐらいあるでしょうにさ。ともかく、【サーファー】に必要な生成スキルを覚えるんなら、目的に向かってイメージを具体化していく必要があるハズだから普段からよく考えておくのね」
「分かったよ、サンキューな」
「や、やけに素直じゃない。明日は冒険者ギルドに行って、魔物のザコとの戦闘で実戦経験を積みながら、経験値稼ぎをしてサッサとレベルアップするわよ」
アリスが腰から抜いたままの綺麗な【剣杖】をブンブンと振り回しながら、そっぽを向いて明日の予定を説明する。
「りょーかい」
「それじゃ、夕食後に【魔力制御】の練習をするから、後でね」
「ああ。俺も藍川さんの晩飯を作くらなくっちゃな」
アリスとそう言いながら病室に帰ろうと歩き出し、ふと隣の騎士団訓練場を見てみると平河衛士がまだ地面に寝転がってへばっていた。あいつサッカー部って言ってたから、手を使うのは得意じゃないってことかな。
まあ、【強奪】し始めたら、あっという間なんだろうけど。
◆◇◆◇◆◇◆◇
藍川さんにおかゆを、あーんと食べさせてから、トイレにも抱いていって済ませてある。
そういえばと、今日は結構汗をかいたので、濡れタオルで汗を拭くことを思いつく。
お風呂場の火の【魔石】と水の【魔石】とかいう物でお湯は出せるようなので、お風呂の手桶に入れてタオルと一緒にベッドの横まで持って来る。
まずは、ぬるめのお湯で温めたタオルをよく絞ってから、藍川さんの小さな顔をゆっくりと優しく拭いていく。昨日よりはだいぶ血色も良くなってきているようで、温かいタオルで拭くとちょっとだけ頬が染まる。
白く長い髪の毛もできるだけ優しく拭いてから、替えたお湯で手から腕も拭いていく。肩から首を拭き終わり、病院着の後ろを開けて背中を拭いていると、
「やめんかこらぁー!」
ドカンッ
「あいたぁ!」
後ろから病室に入って来たアリスに蹴り飛ばされた。いつもは薄目の藍川さんが珍しく、紅い瞳を丸くしている。小さな唇も半分開いてるぞ。ちょっとかわいい。
動くことができない少女の身体を拭くのは、アリスが連れて来た侍女にまかせることになった。勿論、俺はその間は病室から叩き出されているわけだ。
それでも綺麗に身体を拭いてもらって、ベッドに横たわる藍川さんの手を取っていつものマッサージをしながら、アリスの【魔力制御】の講義に耳を傾ける。
「どんな魔法を使うにも、魔力は多すぎても少なすぎてもうまくいかないのよ。ちょうど適量に微調整できるようにイメージする努力をしなさい」
「ぽわぽわした魔力のイメージは分かるんだけど、多いとか少ないとかは……こうか?」
白い髪の少女の細過ぎる指をさすりながら、魔力を少しづつ流すようにマッサージを続ける。ときどきその指がピクッ、ピクッと動くので、ほんわり気持ちいいのかもしれない。
気のせいか触れている肌の体温も上昇しているようだ。紅い瞳を覗き込むと、長い睫毛がプルプルと小さく震えている。
「なんか急に、やらしい感じがしてきたわね。ハクロー、あんた変なこと考えてないでしょうね」
「えー」
もう片方の手も両手で包み、魔力を少しだけ流しながらマッサージを続ける。理不尽なアリスの物言いに、何か言い返そうとも思ったが。まあ、動くこともままならない藍川さんが気持ちよさそうなら、いいか。