38話 コロンの契約
17日目の気持ちの良い朝、夜明け前から剣術と歩行の朝練を健康的にこなし、消化に良い朝食をみんなで取る。
はずなのだが、気持ち良く朝食を取るはずのテーブルには、またも【魔法の小さなカップ】と【魔法の小さなスプーン】を両手に持って料理を手当たり次第に掻っ込んでいる【暴食】の妖精フィの雄姿があった。
「よかった、フィちゃん。今朝も体調は良さそうですね」
「それはいいんだが……あれは重くて飛べなくなったりしないのか?」
ホッとしたルリには悪いが、心配になってつい聞いてしまう。すると、紅い瞳を彷徨わせながら、そっぽを向いて乾いた笑いを返してくるルリさん。
「クロセくん、そんなまさかぁ」
「ハクローってば何を言って……いや、そんな、ねぇ?」
「戦う【料理人】は勝負からは決して逃げにゃーい! うおー」
誰に聞いているのか、キョドってしまったアリスの横で、雄叫びを上げて【料理人】コロンの果てしなき戦いは続く……食材が無くなるまでは。
まさか、全て食べ尽したりしないよな?
午前中の魔法教室へと向かうが、しかし――【暴食】の妖精フィさんは何と、コロンのエプロンドレスのぽっけの中から両腕を、ぶらーんと垂れ下げて運ばれていたりします。
「マジか……」
「フィ、あんたホントに飛べなくなるなんて、どうなってるのよ」
呆れた顔をしてぽっけを覗き込むアリスと、うんうん頷きながらも同じように驚いた顔を見せるルリ。
「だってアリスちゃん、ホントに食材全部無くなっちゃいましたよ」
「戦う【料理人】は負けたわけではにゃーい!」
「……げっぷ」
おおフィさん、仮にも見目麗しい人形のような金髪美少女がそのような……あられもない。お父さんは、ちょっとだけ悲しいぞ。
「きゃー、どうしたんですか、フィちゃん、その姿は?」
「いえ、姫様。これはこれで今流行りの、『たれキャラ』というヤツでは」
「はっ、美少女たれキャラ……クラリス、いいかもしれません」
青空魔法教室に着くなり、ミラとクラリスに取り囲まれる【暴食】の妖精フィ。
お姫様、お願いですからあんまり家の娘を甘やかさないでやってください。
こんな小さな妖精の美少女が成人病になっても困るし……って、あれ? 妖精の115才って成人なのか、それとも老人?
「じぃーっ。ハクロー、妖精は永遠の15才よ」
うおっ、びっくりした。【暴食】の妖精フィさんは人の心を読む【読心】スキル持ちのようです。
なんてアホなことを考えていると、侍女のクラリスがこちらに近づいてきてメガネの縁を、ツイっと上げると急にデキる敏腕秘書モードへ瞬時にジョブチェンジして小さな声でつぶやく。
「早くお伝えした方がよいかと――情報収集を頼まれていた、例の奴隷商とつながりのあるブヌトー公爵についてですが。
明日、自領騎士団を百人ほど連れて王城までやって来て、城内の屋外演習場で王国騎士団と合同模擬演習をするという情報があります」
その後の違法奴隷エロ公爵の動向を探っていてくれたクラリスから、コンプライアンスにもとづく腐敗組織の内部告発があった。
「こりゃ、演習場の隣にある別棟建屋の病室にも、間違いなく流れ弾が飛んで来るな」
「お貴族様って、ホント分かりやすいわよね」
呆れてため息しか出ないアリスに、ルリが珍しく難しい顔をしている。
「クロセくん、やはりこの国の貴族の法に照らして、まかり通ると考えているということなんでしょうね」
「いや、もう本当に。王族縁者の公爵がご迷惑をおかけします」
久しぶりに、背中を丸めて謝り始めてしまうミラレイア第一王女。
「しかし姫様、シナリオは完璧のはずです」
「今回の脚本は、王族の誰が書いたんだ?」
これだけ事前情報が漏えいしているのに、王国が公爵に手を出さないのにはいくつか理由が考えられるので、無理と分かっていても念のため有能な侍女のクラリスに問いただしてみる。
するとクラリスは、人差し指を形の良い唇の前に持って来ると、メガネの奥の片目を瞑ってニッコリ微笑むと。
「クロセ様、それはヒ・ミ・ツですよ」
「うわ、クラリスがうさんくせ~」
「まあ、失礼な。オホホ」
片手で口元を隠しながら上品に微笑む侍女の横で、うんうんと腕を組んで大袈裟に頷いている彼女の主さん。
「そうですよ、クロセ様。クラリスは少しだけ年齢不詳で、見た目の年齢が額面通りに受け取れないだけです」
「姫様の方が酷いですが!」
はぁ~、それにしても、そんな陳腐な喜劇の出演希望者オーディションに応募したつもりは無いんだがなぁ。
少なくとも、自分を守る術を持たないルリとコロンだけは、巻き込んでほしくなかったんだが。
まあ、避けられないのなら前面に押し出て、後衛の被害をゼロに、前衛の被害を最小限度に抑え込むだけなんだが。
そのための相手の被害なんて、当然の如く手加減無しの度外視だ。
今日の昼食は久しぶりに、ミラの部屋で取ることになった。なんでも、ミラとクラリスが【暴食】の妖精フィが降臨するところを見たいそうだ。
「「おおぉ~~」」
「いい加減、止めた方がよくないか?」
流石に見かねてつぶやくが、なぜか翠瞳をキラキラさせて見つめるミラが。
「いえ、クロセ様……でもこれは、これで」
「姫様、『かわいいは正義』ですよ」
「クラリスが私と同じこと言ってるのを聞くと、何だか複雑ね」
凄く嫌そうな顔をして首を振るアリスに、ハンカチを噛み締めながら泣いたふりをするクラリス。
「ぐすん。姫様、アリス様が酷いです」
「そうだ。今日の午後はせっかくなので、私の部屋で新作のお洋服の試着をしましょう」
「あー、姫様まで流すなんて酷いです~」
問題のエロ公爵が来る明日までは、王城の外に出かけるのは何かと危険らしいので、どうやらミラとクラリスが気を使ってくれたようだった。
「実は可愛いのが、いーっぱいあったので、みなさんの分もご用意してあるのですよ~」
「姫様の可愛い物――裁縫コレクションは無駄に王国随一を誇っていますからね」
「クラリス、あなたも十分酷いですよ」
勉強熱心なコロンもお手伝いしてクラリスが用意したお茶を、みんなで飲みながらのブランド・ミラ監修のオートクチュール・ファッションショーになった。
アリスも先日、お気に入りの服屋で完成したという、新作オーバーニーソックスを初お披露目することにしたようだ。
まず、普段はミディ丈エプロンスカートをミニ丈に変えた、黒メイド服のコロンには、黒と白のシンプルなボーダーニーソを合わせている。
一方、今日は純白ドレスアーマーを装備したアリスは、ミニ丈ベルスカートにガーターベルトで吊った、幅広白フリルに中通し黒リボン付きの黒タイツニーソをチョイス。
「ぎゃ――っ、何これ。ちょー可愛い!」
「これは、姫様。た、たまりませんね。じゅるり」
既に何かが飛んだ状態のミラと、メガネの奥の瞳が危ないクラリスが怖い。
すると、その横で『車椅子』に座ったルリが、寂しそうに指を咥えて、ボソリとつぶやく。
「いいなぁ~。おねーちゃんも早く歩けるようになって、お色気満点の大人なシースルー網タイツのガーターニーソを履いて」
「ルリは止めとけ」
「いやーぁ! クロセくんがひっどーい」
つい、ズバッと遮るように斬ってしまった俺に、縋りつくように泣きつくルリさん。
せめて最初は、フリル付き白ニーソでサイドに白ボンボン付きぐらいに――しておいてくださいって、おお~。
今度、こっそりアリスにオーダー頼んでおこうかな。うん、そうしよう。
「ん? クロセくん、何ですか?」
「い、いや……」
「ん? んん?」
見えない白く長いウサ耳を傾けたルリが、澄みきった紅い瞳を、クリクリさせて下から覗き込んでくる……いかん、顔が熱くなってきたぞ。
「ルリ、ハクローが何かやらしいこと考えている顔をしてるけど、どうしたの?」
「お、おまっ!」
ファッションショーからいつの間にか帰って来ていた、アリスからの不意のツッコミに、手の甲を口に当てて素で返してしまっていた。
「あれ? ハクローにしては珍しく図星? よかったわねルリ、あんたであんなことや、こんなことを妄想していたみたいよ」
「ええー! わわわ、どうしよう~。アリスちゃん、私どうすればいいの?」
ああ~、ルリさんが薄く桃色に染めた頬に両手を当てて、クネクネしてしまっています。
「アリスさん、ホント勘弁してください」
まるで年季の入った刑事のように俺の首に腕を回すと、耳にさんくらんぼのような唇を近づけて、これ以上は無いという悪い顔をして小声でつぶやくアリスさん。
「だったら、素直に吐け」
「はぁ~、今度ルリにもニーソをオーダーしてやってほしんだが」
「ふう~ん…………わかったわ。後でどんなデザインにするのか教えなさいね」
「へいへい」
したり顔をしたアリスに肩をポンポンと叩かれて、すっかり疲れ切った顔をしてルリに視線を向ける。
「クロセくんったら、あんなことや、こんなことなんてぇ――――いや~ん。
ん? クロセくん、なになに?」
「……いえ、何でも無いです」
「え? そう? えへへ~」
あ~。そんなルリさんはフニャフニャの笑顔です。
もちろん見えないはずの白くて長いウサ耳もフワフワで、白い丸しっぽはフリフリしています。
こりゃあ、早めにオーダーしてあげた方がいいかもなぁ。
そこに小さなコロンが嬉しそうな顔をして、パタパタとやって来た。
「ハク様~。コロン、にあってましゅか?」
「あ、ああ。勿論、コロンにも良く似合っていて可愛いぞ」
「わーい、えへへ」
そう笑いながら片手で俺の腕を取って、もう片方の手でエプロンドレスのスカートをチラチラと上げて、フサフサの白銀しっぽとお気に入りボーダーニーソから見える太ももを見せるコロン。
「ああっ、コロン。あんまりチラチラすると黒白ボーダーニーソと、おそろいの黒白ボーダーのパンツが見えてるって。
あ、こら、アリスまで。それでなくても、超ミニのスカートをチラチラすんなよ」
「ハクロー、うれしい? 今日はドロワースじゃなくて、ニーソとおそろいの黒の見せパンツよ?」
「うわっ、見えてないけど想像してしまったじゃないか」
「ムッ、まるで見たくないみたいじゃない。それも何かムカつくわね」
理不尽にも頬を膨らませて、唇を尖らせるアリス。すると、うらやましそうにしていたミラが、形のいい唇で人差し指を咥えてしまう。
「いーなー、いーなー。私もほしくなっちゃったなー」
「姫様には、溢れる大人の色気を見せつけるエロ可愛いニーソを、このクラリスが万難を排してご用意して差し上げますとも」
「わーい。じゃあ、今度クラリスの勝負下着とガーターニーソも、一緒にセットで買いに行こうね」
途端に子供のように喜ぶミラだが、クラリスは珍しく顔を赤くしてソッポを向いてしまっていた。
「ひ、姫様、私は、し、勝負なんか……」
「いーから、いーから、ね。それから、フィちゃんのも買おうねー」
クラリスの腕を胸に挟むと、ミラはフィに片目を瞑って見せるのだった。
「わかった」
結局、夕食も一緒に取ることになり、そこでも【暴食】の妖精フィは【魔法の小さなカップ】と【魔法の小さなスプーン】を両手に出される大盛りの料理を相手に、手当たり次第に果敢に食らい尽くして行くのだった。
「本格的な大食い選手権みたいになってきたな」
「本人は小さいけどね」
すっかり諦めた様子のアリス。それでも、拳を握りしめて切れ長の翠瞳をキラキラさせているミラは、とっても嬉しそうだ。
「それでも、可愛いさを損なわないのは罪です」
「その通りです、姫様。妖精フィ様の美しさは、笛を吹きながら子供達を集めるような」
クラリスがハーメルンの笛吹のような危ないことを言い出すので、釘を刺す。
「クラリス、それやったら犯罪だからな」
「うえーん、もうおねーちゃんでは全然太刀打ちできましぇ~ん」
「うおー! 戦う【料理人】は絶対に負けにゃーい!」
「もう、今日は一日こんなんばっかりね」
とうとう半泣きになったルリに、不屈の闘志を燃やすコロン、そして達観してしまったアリス。
何だかワイワイガヤガヤと騒がしいけど、でもみんなの笑顔がとても印象に残る、そんな楽しい夕食の風景がそこにはあった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
気持ちいい風が吹く夜の病室の窓の外、お風呂上がりのコロンが妖精フィを肩に乗せて、仲良く月を見上げながら涼んでいる。
「うふふ~。フィは今日、たくさんのおいしいものをお腹いっぱい食べれて幸せ~」
「コロンも、お【料理】のスキルが上がってうれしいでしゅ。でもまだまだ、がんばるぞー」
「そんなに上手になったのに?」
「こんなのはまだまだ……全然足りてないでしゅ――――実はこの前まで、コロンも奴隷だったのでちた」
急に夜空を見上げてそんなことを言うコロンに、そよ風に揺れる長い白銀の髪の隙間から、その横顔をそっと覗くフィ。
「耳としっぽを切られて殺されるところを、ハク様に助けてもらいまちた」
「そう」
「だから、コロンはがんばって恩返しをするんでしゅ」
「コロンはまだ小さいのに偉いわね」
「コロンもちょっとだけ大きくなってきたのでふ」
「確かに、フィよりずっと大きいわね」
「でも、コロンはあんまりハク様のお役に立っていないのでしゅ」
「ごはんおいしいよ?」
「もっと、お役に立ちたいのでしゅ。
もっと、もっともっと……ずっと、もっと」
コロンは何かを掴むように、握り拳を月に向かって掲げる。そんな姿を見ていた、妖精のフィは薄く微笑むと。
「じゃ、フィが協力してあげる」
「え?」
「手のひらを出して」
「こうでしゅか?」
妖精のフィはゆっくりと広げて出された、コロンのふたつの手のひらの上にちょこんと座る。
と、突然、淡く光り出す妖精フィ。
「わわ」
「これで『契約』は完了よ」
「おー、びっくりしまちた」
「フィも一緒に手伝ってあげるからね」
そう言うと、手のひらに座ったまま、両手を伸ばしてコロンの頬に手を添える妖精のフィ。すると、泣きそうな顔で、でも嬉しそうに微笑んで見せるコロン。
「えへへ、ありがとうでしゅ」
そんな二人を病室の窓から、『車椅子』に座るルリと優しく見守る。
「胃袋を【調教】したのか……コロンらしいと言えば、らしいが」
「ですねぇ。私も早く【料理】スキルをLv2にレベルアップして、クロセくんの胃袋をがっちりとゲット……げふんげふん」
ルリさんの果て無き野望が、その見えない未来を目指して突き進む――その前にピーラーですら、指を切るのだけはマジでやめてください。
同じ時期に【料理Lv1】スキルを獲得したのに、他に追随を許さないLv4まで登り詰めてみせた、強靭な精神力を持つ戦う【料理人】のコロンと、片や依然Lv1のままで、包丁を持たせてすらもらえないルリの過酷な現実については、多くを語るのは止めておいた方がいいのだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ルリとコロンが寝静まった真夜中、【ドライスーツ(防壁)】を光学迷彩化して、マーカーピンで位置確認してあった、例のエロ公爵の屋敷に【チューブ(転移)】で妖精フィと一緒に侵入する。
行ったことの無い場所に目標を定めてしかも他に人を連れて強制的に転移するのは、かなり多くの魔力を消費するようで、見えないパラメーターのMPがガクンガクンと減っていくのが感覚的に分かってしまう。
転移した先の大きな貴族屋敷の中は夜の帳が下り、起きている者はいないかのように静まり返っていた。
「こうゆうのは大抵、二階にあるものよ」
「そうなのか、フィは詳しいんだな」
「妖精王の秘密の隠しお菓子も、居城二階の執務室で見つけたわ」
「そ、そうか」
妖精フィに協力してもらって【睡眠】スキルで警備の騎士を眠らせながら、公爵屋敷の二階にある書斎にたどり着く。
分かりやすく悪趣味な女性ヌードの絵画の裏にある、大きな金庫を【解析】で『解錠』すると、非合法奴隷売買の違法契約書や贈賄横領の証拠をガッサリとまとめて【時空収納】に仕舞い込む。
「まあ、これでエロ公爵が何かしてきても」
「先制でカウンターが撃てるわね」
「じゃ帰るか」
【遠目の魔眼】で見ているはずのアリスに向けて、手を振りながら【チューブ(転移)】で書斎から煙のように姿を消す。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ギシギシッ、ギシギシッ、薄い布が敷かれただけの粗末なベッドがきしむ。
ギシギシッ、ギシギシッ、繰り返される行為に小さな体が無言の悲鳴をあげる。
ギシギシッ、ギシギシッ、磨り潰され続けた心が細切れに擦れてゆく。
腹の大きく突き出て脂ぎった顔の中年男が、やせ細って小柄なプラチナブロンドの長髪を乱れさせた、耳の長いエルフの美少女にのしかかっている。
逃亡できないよう両手を上げてきつく縛られて、さらにはユラユラと虚空を蹴るように揺れるその足首の腱は両足共が切断されており、逃げるどころか一人では立つことさえまともにできはしなかった。
「うひひひ、その綺麗な顔はワシの物だ。ぐへへ、身体中どこまでも穢し続けてやる。げへげへ、くっそお。せっかく妖精が手に入るはずだったのにツイてない」
脂肪で太くなった両手の指を、少女の白く細い首に食い込ませ絞めつけながら、背けられた少女の小さく美しい半開きになった唇に、厚い舌を突っ込んで舐め回す。
ギシギシッ、ギシギシッ、呼吸ができず可憐な顔を苦痛に歪めた少女が、完全に意識を失ってしまっても。
ギシギシッ、ギシギシッ、窓の無いロウソクの灯りだけが、わずかに揺らめく薄汚い地下牢で。
「げへへ、あぁワシの――ワシだけの【純潔の女神】アルティミス……」
恍惚とした絶頂のなかで少女のものでない、その名を呼ぶ。




