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ミスリルハーツ ~サーファー、異世界へ~  作者: 珠乃 響(ゆら)
第1章 異世界召喚編
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3話 母の思い出


 医務室は王国騎士団の城内演習場の横の別棟にあった。

 振り返って見上げた五層構造の王城と同じく切り出された大きな石で組み上げられた、一見すると小さな砦のような外観の頑丈(がんじょう)そうな建屋だ。

 

 女騎士のタチアナ副騎士団長に案内されて騎士団所属の医師に()てもらうが、「身体が弱っているので、様子を見るしかない」とのことらしい。

 基礎体力が不足しているのは、回復魔法でも治療できないみたいだ。この世界は医療が発達しているような気がしないので、仕方がないのかもしれない。


 しょうがないので、入院できるという病室に藍川瑠璃(あいかわ るり)を抱いて連れて行ったら、騎士団にはやはり貴族位の団員もいるらしく意外と広い個室だった。

 入り口にはミニキッチンがあってお湯を沸かすぐらいできそうだし、小さいながらもお風呂とトイレまで別々に備え付けられている。


 ひとまず藍川瑠璃(あいかわ るり)をベッドにそっと寝かし、病院着が俺の服で濡れていないことを確認してからベッドサイドの椅子に腰掛ける。夕暮れの病室の窓の外からは晩蝉(ひぐらし)の鳴くような音が聞こえてきていた。

 こうしていると八才のときに亡くした、母親のことを思い出してしまう。


 病気がちな人だった。それなのに出張で不在ばかりの父親との間に七人も子供を産んで、力尽(ちからつ)きるように死んでしまった。

 最後の頃は、本当に病院の個室で寝たきりになって――そう、まるで今の藍川瑠璃(あいかわ るり)のように骨と皮だけになって、起き上がることもできなかった。

 だからお見舞いに行くと、いつも手足の関節をゆっくり曲げたり伸ばしたりしてマッサージをしていた覚えがある。


 そうして思い出すようにデイバッグから小さなタオルを出すと丸めて藍川の手に軽く握らせ、もう片方の手のひらをゆっくり両手で揉むようにマッサージを始める。

 極限まで細くなってしまった指も、一本づつゆっくりと揉みながら曲げて伸ばすを繰り返す。

 反対の手のひらもマッサージすると、続けて(ひじ)から二の腕、肩にかけて、足も指先から(ひざ)、太ももまでをゆっくり身体全体を時間をかけてマッサージしていくのだった。




 完全に日が暮れてしばらくすると、国王との謁見を終えたアリスが約束通りに見舞いにやって来てくれた。

 眠っている白髪の少女を起こすとまずいので、ベッドから少し離れた丸テーブルに座って小さな声で話をする。


「よかった、寝てるのね。でもさっきは、私の【ヒール】も【ハイヒール】も効果なかったので、ビックリしたわよ。私の回復魔法は【水魔法Lv10】と【聖魔法Lv10】の二重掛けの上位魔法なのに」


「回復魔法って何でも治るのか?」


「そんなわけないわ。部位欠損だったりとか、古い傷で長い時間が経過して状態が安定化してしまったものは治せないわよ」


「彼女はあの状態で安定化してしまうほどの長い時間、あのままだったということか」


「そうね、そうじゃなきゃあれほど()せ細ったりしないでしょうね」


 アリスと二人でベッドに横たわり眠る白髪(しろかみ)の少女に視線をやり、決して楽ではなかったろう彼女のこれまでの人生を思ってしまう。

 ステータス情報で見た年齢は16才だったから、おそらくは高校一年生か二年生だろうに、彼女はどのくらい長い時間あの状態だったんだろうか。


 そんなことを、ボーッと考えながら、思い出したようにアリスに問いかける。


「ところで、王様の方はどうだったんだ?」


「ああ~、【勇者】として三ヵ月の基礎訓練をしてからだって。場合によっては半年ぐらいになるかも」


藍川(あいかわ)さんのことは?」


(なぁん)にも。治療に専念しろってことでしょ」


 可愛く肩をすくめて見せるアリスに、俺はよく目付きが悪いと言われることの多い瞳を細めて(にら)むように見つめてしまう。


「そんな訳あるか。未成年者を一度に八人も誘拐しておいて、当然って顔をしている国だぞ。八人全員を生かしておく必要はないのかもな」


 俺は藍川瑠璃(あいかわ るり)には聞こえないよう、特に後半はヒソヒソ声でアリスにだけ聞こえるようにつぶやくと、アリスは肩をすくめて。


「あのフレデリックとか言う第一王子はともかく、私達を呼んだマリーアンヌ第二王女って言ったっけ? 根は悪い子には見えなかったわよ」


「あいつが一番信用できない」


 俺はスッパリと言い切る。


「まあ、有能な働き者のバカほどタチが悪いって言うしね」


「ひどい言いぐさだな。でも将来は、あのアホ第一王子が王様になるんだろ? どう考えても、この国の正義は俺達の味方にはならないってことさ」


 するとさっきまでの謁見でのことを思い出したのか、すっぱいものでも食べたようにアリスが小さな唇を(とが)らせる。


「そういえば、どうも国王と貴族連中から【勇者】の戦力を前面に押し出して、こちらから隣国の帝国に仕掛けることも考えているような、きな臭い感じがしたわ」


「あー、ダメな感じの国の上層部いうことか。最悪はこの国から逃げることも考えておいた方がいいかもな。そのためには情報と戦力がいるな」


「そうねぇ。ハクローは戦闘スキルが無いから、明日から私が教えてあげるわ。これでも【剣術Lv10】だからね、あと魔法全般もね。なんせ【賢者】で【聖女】なんだから、私にまかせておきなさい」


 えへん、と自慢げに白銀プレートの下の薄い胸を張ってみせる紅い髪の年下の女子中学生。


「ああ、そうだな。よろしくたのむよ、アリス」


「べ、別に気にすることないわ。どうせレベル上げに行く時には前衛が必要だから、ハクローも連れてってあげるわよ。私が魔法を詠唱して撃つ間、盾になりなさい。

 (くっ、引き篭もりのコミュ障の弊害か? そもそも男の子と話をしたこと自体がほとんど無いからなぁ)」


 アリスは小さく綺麗な顔の(ほほ)だけを少し染めながら、大きな(ひとみ)をうろつかせる。ところで、後半の独り言が漏れ聞こえていますよ。

 こうして見ると、そっぽを向いた長い睫毛(まつげ)も、少し(とが)らせた、さんくらんぼのような唇も、誰もが振り返る美少女ということになるんだろうと思う。


「よく見ると(すご)いな、その髪の色も瞳の色もキャラ設定なんだろ? 身長とかも変えられたのか?」


「ふふん、この髪の色と瞳の色は徹底的にこだわったんだから。他にも身体的に変えられるところも多かったんだけどね。両親にもらった顔はそのままよ、身長と体型についても動きに違和感が出るからそのままね。

 ああ……でも、そのまま胸は忘れたのよねぇ」


 なぜか遠くを見つめてしまうアリス。


「そのまま、忘れた?」


「はぁー、完璧カスタマイズだと思ったのに、どうして胸だけ忘れるかなぁ~。って、どこ見てんのよ!」


 ゴンッ、


「あいた!」


 いきなりどつかれました。痛いです、アリスさん。

 はあ~。しょうがない、フォローでもしておくとするか。


「アリスは中学三年生の15才なんだろ? まだこれから大きくなるって」


「そーよね、まだまだ成長期よね。

 見てなさい、ばいんばいんになって、夢のナイスバディにキャラチェンジしてやるんだから」


 将来の夢に、大きくその胸を膨らませるアリスさん。


「おー、がんばれ。それじゃ、俺ちょっと濡れて半乾(はんがわ)きのこの服着替えてくるわ」


「私達の部屋はさっき言ったフロアに貴族用の客室がそれぞれ用意されてるわよ」


「ああ、じゃあすぐに戻る」




◆◇◆◇◆◇◆◇




 王城内の召喚者用にあてがわれた少し広めの客室で、デイバッグの中の濡れていないTシャツと膝丈のサーフパンツに着替える。

 ついでにアルバイト先の店長にバイト代として現物支給された、シルバーのアクセサリー類――指にリング、手首にクロスチョーカー二重巻き、首にドッグタグ、腰にはウォレットチェーン――を付けていく。

 いざ城から逃げるときは、これを売れば少しは金になるかな。


 客室を出て病室に戻ろうとしたところで、医務室のある石造りの建屋の物陰でこそこそ話をしている女騎士のタチアナ副騎士団長と医師を見つける。


「どうして私は病気のザコ【勇者】担当なんだ、本当についていない。異世界人なんてまた呼べばいいんだから、あのまま死んでくれればいいのに。おいお前、何とかならないか?」


流石(さすが)にそれはちょっと……」


 さっき藍川瑠璃(あいかわ るり)を診てくれた気の弱そうな壮年の医師が、それでも額の汗を拭きながら乱暴な女騎士の物言いから逃げるように視線を逸らせる。

 それが気に食わなかったのか、タチアナ副騎士団長は品の無い舌打ちをすると吐き捨てるようにつぶやく。


「チッ、使えないヤツめ」


 あー、やっぱり案の定かぁ……残念過ぎて言葉もありません。




◆◇◆◇◆◇◆◇




 がっくり肩を落として病室に帰ると、ベッドで眠る藍川瑠璃(あいかわ るり)の様子を見ていてくれたアリスが不思議そうに、でも少しだけ心配そうに聞いてくる。


「どうしたのよ、しょんぼりしちゃって」


「ああ、実は……」


 と、女騎士のタチアナ副騎士団長と医師の会話を話して聞かせると。


「助っ人の外国人選手の扱いなんて、そんなものよね。ところでどうするの?」


「昼間はともかく、人気(ひとけ)の少なくなる夜は、特に危険度が高くなるはずだ。仕方がないから、少なくともしばらくはこの病室に寝泊(ねと)まりするしかないな」


 戦闘が本職の騎士に襲撃されて、戦闘スキルの無い俺に何ができる訳では無いだろうが、病人を連れて逃げることぐらいはできるだろう。

 そんなことを考えていると、難しい顔をしたアリスが(あご)に手を当てて思案顔をしながらベッドに眠る白髪(しろかみ)の少女を見つめたままつぶやく。


「……そうね。私もチョット考えるから、(しばら)くは頼んだわね」


「ああ。床に寝袋(ねぶくろ)()いて寝るようなもんだ。野宿よりはズッとましだ」


「変なことしたらダメよ」


 ジロッと横目で(にら)んで来るアリスさん。綺麗なオッドアイで(にら)まれると迫力ありすぎます。


「手も動かせない藍川(あいかわ)さんにそんなことできるか。それにちょっと心配なんだよな、ほら転移して来たときに心停止していた原因が分かっていないからな。夜中にときどき様子を見るしかないか~」


「私は明日からの準備もあるから、そろそろ行くわね。ハクローと念のため藍川(あいかわ)さんの夕食はこっちに持って来るように言っておくわ」


 何の準備を始めるのか眼光鋭く真紅のドレスアーマーをひるがえして立ち上がると、颯爽とブーツの(かかと)を鳴らしながら病室の扉を開けて部屋を出て行くアリスに片手を上げて答える。


「サンキューな」


「じゃあ、お休みね」


「ああ、お休み」


 後に残るはロウソクに照らされた病室のベッドに静かに横になって眠る病人と、何の因果か静かに見守るだけの俺。




◆◇◆◇◆◇◆◇




 夕食後の城内の客室に隣接したティールーム。豪華なソファーが並んだ重厚なテーブルに、メイド服の侍女が()れたばかりの紅茶をサーブしている。


 夜になって時間ができたこともあり、少し不安げな宮野副生徒会長と長瀬風紀委員の女性二人を、男である沢登生徒会長がそれが当然のように、前のめりになってなぐさめていた。


「僕が絶対に、二人とも守ってあげるから安心するんだ。帰る方法だって、探せば何とかなるかもしれないし」


「【勇者】カオリ殿、何のご心配もいりません。この王国第一王子である、このフレデリックがこの先もずっとお守りいたします」


 フレデリック第一王子が守るのは、その視線が釘付(くぎづ)けとなっている大きな胸の宮野副生徒会長だけのようで、隣に座るどちらかと言うとスレンダーな長瀬風紀委員長には一瞥もくれないようだった。

 その横ではロングソファーに間隔を開けて座っている平河衛士と高堂享一が、お互い隣を気にすることなく独り言をつぶやいている。


「【強奪】スキルでチート最強だ!」


「異世界おもしろいといいなぁ」


 そんな光景を窓際の一人掛けのソファーに腰を下ろしたアリスが、紅と蒼の色違いの瞳を細めておもしろくなさそうに見ていたかと思うと、飽きたように窓の外の夜空に浮かぶ月を見上げる。


 こうしてそれぞれの思いを胸に、異世界で初めての夜が()けていくのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇




 わずかなロウソクの灯りだけに照らされる、王族専用の少し薄暗い小部屋。窓際に立ったままの国王が(しわ)が増えて来た目尻をさらに細くして、二人きりにも関わらずドレス姿で(ひざまづ)いているマリーアンヌ第二王女に問いかける。


「それで、どうだ」


「七人のはずが八人召喚されているのは、先にご報告のとおりです。中には【勇者】ではない者、また病気で動けない者もいますが、少なくとも五人、いえ六人は半年も訓練して取得済みのスキルレベルが上昇すれば使い物になるかと」


「そうか、それは重畳(ちょうじょう)。最低でも五人は必ずや半年以内に【勇者】として、帝国との国境線に実戦配備できるよう仕上げてみせろ」


「かしこまりました」


「ああ、それから【従属の首輪】の用意はできているな?」


「予備を含めて8式が準備できています。が、使用すると性能面および運用期間がいずれも半減しますので、当面は先のご指示に従い使用せずに性能向上と合わせて洗脳調教を進めていきます」


「うむ。せっかく大量の魔力を消費して召喚したのだ。いかに使い捨ての道具とはいえ、早期に途中で使い物にならなくなっては、次の召喚が間に合わなくなる」


「御意」


 頭を深く垂れてストロベリーブロンドの髪に(おお)われて(うかが)うことができないマリーアンヌ第二王女の顔には、わずか15才だというのに似合わない凍ったような無表情が張り付いていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇




 異世界に召喚されたその日の真夜中、灯りを消した病室でベッドサイドの椅子に座って、白く長い髪を広げるようにして静かに眠る藍川瑠璃(あいかわ るり)の手を握ったまま突っ伏して寝ているハクローの姿があった。

 その手は時折、細すぎる少女の手を探すように握り直されている。


「……おうちにかえろう」


 誰にも聞かれることもなく、ハクローの小さな寝言(ねごと)は月明かりが窓から差し込むだけの病室の夜闇(やあん)の中に消えていった。


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