20話 殺人の練習台
何とか足を引きずるように、日が暮れる前に王城まで戻って来ていた。酷く目が霞む。
ルリの病室がちょっと狭くなるが、他の病室からもうひとつ持って来たベッドをくっつけて、抱いていた銀髪の狐人の少女を寝かせる。くそ、こんな時に頭がズキズキ痛い、全身から脂汗が引かない。
「クロセくんは、座っていてください」
「お湯を沸かしてくるわ」
ルリとアリスに手を貸してもらい、血に染まった白銀髪と身体をお湯で濡らしたタオルで拭いて、血だらけの奴隷服をゆったりとしたルリの部屋着に着替えさせる。
【解析】して魔道具と分かった【従属の首輪】は、その細い首に付けられたまま取れないようだ。ちくしょう頭が痛い、イライラする。
そうしている間にも小さな銀狐の少女は、時々うなされては目を閉じて眠ったまま、ぽろぽろ泣き出すので、今夜は抱きしめたまま寝ることになった。
いよいよ頭がクラクラして、さっきからアリスとルリのふたりが何か言っているようだが良く分からない。
「後は明日でいいわ」
「クロセくんも、ベッドに横になってください」
ふたつくっつけたベットで、白銀のしっぽを身体に巻いて、小さくうずくまるように丸くなって寝る小さな銀狐の少女を、ルリとふたりで左右から抱きかかえるようにして横になる。
「灯りを消すと、目を覚ました時に怖がるといけないから、つけたままにしておくわ。ハクローもちゃんと寝るのよ。それじゃ、おやすみ」
「アリスちゃん、おやすみなさい。クロセくんも、おやすみなさい」
魔道具の灯りをつけた病室で、銀狐の少女の小さな寝息を聞きながら、引かない脂汗を浮かべたまま、開いた瞳の奥をくゆらせながら横になって黙考する。
【ビーチフラッグ(加速)】では絶対的に間に合わなかった。もっと極限まで最短で瞬時に、大波の入口から出口に瞬間的に飛び出すように。速く、もっと速く、光量子より速く、そう――『魔素子』ならできるはずだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「いったい、どうゆうことだ!」
日が落ちた二人きりの王族専用の部屋で、怒りを露わにした国王がマリーアンヌ第二王女を問い詰める。
「それが……」
「屋敷で謹慎しているはずの伯爵家のバカ息子が、なぜ私兵団をつれて街中をうろうろしている? あげくにバカ息子は重傷、私兵団は全員が無力化された上で捕縛、果ては犯罪奴隷落ちとは」
「まったくもって……」
「まさかとは思うが、第二王子のエドモントのヤツまで変なことを考えたりはしていないだろうな?」
「……それこそまさか」
「監視を倍に増やせ。これ以上、計画に無いバカ騒ぎはやめさせろ、さもないと宰相派閥がしゃしゃり出てくるぞ」
「かしこまりました」
王族専用の部屋から出て来たマリーアンヌ第二王女はそのまま廊下を足早に歩きながら、後ろに付き従う女騎士のタチアナ副騎士団長に低い声をぶつける。
「長年かけてきた計画が、バカ共のせいですべて台無しになるところです! 何人動員してもいいので、エドモント第二王子に勝手なことをさせないように。
タチアナ、あなたに言っているのですよ! こんな時にランベールさえいてくれたら……」
「……は」
苛立たし気な靴音が薄暗い廊下に響いていく。その後ろで、ひとり立ち止まってしまったまま、俯くタチアナ副騎士団長の犬歯をむき出しにした奥歯が、ギリッと鈍い音を立てる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
真夜中の王城内、騎士団演習場の別棟に近い雑木林の中で、艶消しされた黒い軽鎧に身を包んだ八人組が【潜伏】スキルで身を隠し、茂みに伏せるようにして音も無く移動していた。
雑木林を抜ける少し前で、黒い軽鎧の八人はまるで決められていたように一斉に立ち止まる。その先に見えるのは病室のある別棟建屋だ。
「ここからは散開して接近する。各自、万が一にも範囲攻撃魔法の一撃に巻き込まれないように、間隔を開けて行動するのだ。では、行け」
一人の放った低く小さなつぶやきに黒い集団は無言で答え、散り散りに林の木々に隠れるように分かれて病室のある別棟に向かった――はずだった。
「……ん?」
指示を出した黒い軽鎧の首領が茂みで潜みながらいつまで待っても、雑木林を抜けて別棟にたどり着く他の黒い軽鎧の姿は一人もいない。
不審に思い、たっぷりと猛毒を塗った短剣を右手で抜いて、慎重に茂みから一歩踏み出す。
その瞬間、軽い衝撃が身体を走りその先を見ると、右腕が肘から無くなっていた。
「がっ!」
次の瞬間、首に何かが絡まり、強い力で後ろの木に向かって数mの距離を一気に引きずられる。背中が太い幹に激突したかと思うと、つま先がかろうじて地面に着く高さに吊り上げられた状態で、木の幹に首を縛り付けられた。
唯一動かすことのできる左手で首に締まった糸を外そうとするが、ビクともしない。
目だけで周囲を窺うと、いつの間に立っていたのか、目の前に薄手のシャツと短いズボンを着ただけの少年が、無言のまま妖しく光る瞳で睨んでいた。
「お前が最後だ。【ソナー(探査)】で丸見えだったぞ、【チューブ(転移)】で接近すればあっという間だ」
黒い軽鎧の首領にはこの少年の言っていることが、さっぱり分からなかったが、他の者達も拘束されていることは嘘ではないようだった。
次の少年の言葉にすべてが筒抜けであったことを理解して、愕然とする。
「誰に指示された?」
「くっ!」
この少年はまずいと即時に判断、万が一に備えて最後の手段である服毒の準備を口の中で始める。
「今日は最高に機嫌が悪いんだ。しゃべらないなら殺すがいいか?」
「人を殺したことも無い、異世界人の分際で!」
両手には剣も武器も何も持たない、まったくの手ぶらで立つ目の前の少年を見て、黒い首領は最後の足掻きを試みる。実際、人を殺せるようには到底見えなかった。
しかし、薄暗い月光の下で瑠璃色の瞳の奥に妖しい光をゆらゆらさせた少年は、
「あぁ、だから練習台になれ」
そう言って、黒い首領が毒を飲む間もなく、離れていた数mの距離を瞬時に無視し、ゼロ距離に現れたかと思うと、どこから取り出したのか剣が納刀されたままの鞘ごと、喉をめがけて手加減なしで横殴りに切り払った。
「ぐがっ……ひゅー……ひゅー……ひゅー」
気道をつぶされて、呼吸が困難になった黒い首領に、
「【解析】……自殺ようとしてたのか、面倒だな。意識を『分解』、該当する記憶の過去ログは……これは第二王子、なのか? 部屋は……あそこか」
「(なぜそれを!)」
バラバラに『分解』されて混濁した意識の中で、黒い軽鎧の首領の思考はまったく追いついていなかった。
王城の一角を見上げる少年は、その身体から蒼く光る魔力を蜃気楼のように周囲にまとわりつかせながら、ゆっくりと歩き出す。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「よっ、と」
王城のとある部屋の豪華な扉の前に、両足を【時空錬金】で錬成した『釣り糸(タングステン合金ワイヤー)』で縛り上げた黒い軽鎧の八人組を、潰れた組体操のように積み重ねる。
全員が利き腕を毒の付いた短剣ごと切断されている。血は既に止まっていて、喉がつぶされて声が出せないので低く呻くばかりだ。
「後は……」
さっき取得したばかりのオリジナルスペル【チューブ(転移)】でその部屋の中に瞬時に転移すると、大きな天蓋付きのベッドに二人の裸の女と見覚えのあるぽっちゃりエドモント第二王子が寝ているのが、薄暗い月明かりの中で浮かび上がって見える。
おもむろに【時空収納】を開くと、黒い軽鎧の八人組から切り落とした、毒塗りナイフを握り締めたままの腕をベッドの上に、ボトボトと無造作に落とす。
「返しとくよ」
そう言うと、毒の付いたナイフが二人の女の身体に触れていないことを確認し、再び【チューブ(転移)】で騎士団の別棟の前まで転移する。
すると後ろから、
「ハクロー! あんた、身体は大丈夫なの?」
と、真紅のドレスアーマーに白銀プレートでフル装備したアリスに声をかけられる。【加速】の最大戦速で駆けて来たのか、随分と息を切らしている。
額に大量の脂汗を浮かべたまま、できるだけ何でも無いように微笑みながら振り向く。
「……遅かったな」
「夜中に変な気配がするから【遠見の魔眼】で病室のある別棟の周囲を視て気がついて、これでも飛んで来たのよ。それよりも、あんた今」
「ぎゃぁ――――!」
アリスが何かを問いかけたタイミングで、王城の中からぽっちゃり子豚を締め上げたような、かん高い悲鳴が城内の隅々まで響き渡った。それに呼応するように、常駐していた騎士団員が駆けて行くのが見える。
突然のことに、ぎょっ、として腰の【剣杖】に手をかけているアリスに、あくびをしながら眠そうな声で、面倒くさそうにひらひらと手を振って見せる。
「さあ、もう遅いから寝よう」
「え? あ、ちょっと待ちなさいよ、ハクロー! え? ええ~?」




