第4章42話 ヒスイの七日目(上)
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
新年早々申し訳ありませんが、今回は上下話になっているため、2話連続投稿していますのでよろしくお願いします。
「わ~い。お姉ちゃん、勝ったよぉ~。それじゃあ~ねぇ、王様からの命令で~す。ドベのお姉ちゃんはぁ~、ブービー賞のお兄ちゃんにぃ~……ほっぺにキスするぅ~」
可愛い妹のヒスイの【ミスリル☆ハーツ】を加入を祝って、みんなで作った具沢山のちらし寿司をお腹いっぱい食べてから、デザートには戦う【料理人】コロン特製のプリン・ア・ラ・モードを別腹にいただいていた。
今はリビングに広げられた十人以上が座れる大型こたつで、トランプを使った王様ゲームをしている。のだが、小悪魔のように悪戯っぽく微笑んだヒスイが、大好きなお姉ちゃんに変な気でも使ったのか、おかしな命令を出していた。
それにしても、いつもは冷静でゲームなんかでは負け知らずのユウナが、今日は初めてトランプをする妹のヒスイが気になるのか、簡単なミスを連発しては何度か今のように最下位に沈んでいた。
その度に流石はユウナの妹ということなのか、トップを飾っていたヒスイが王様として命令することになるのだが。
この手のことにはめっぽう弱いユウナは、昔の癖が未だに抜けないようで、アタフタと最近は口にしなくなっていた自分を卑下する言葉を漏らしてしまう。
「え! わ、わわ、私は……け、けけけけけ、穢れて……」
「ぷう~、お姉ちゃんは穢れてなんかないもん~。だから、お兄ちゃんも嫌じゃないもん~」
だから、そんな姉にヒスイは何かを望むように、まるで何かを残して行こうとするように、繰り返し嫌がる姉におかしな命令を出す。
だから、可愛い妹の切なる祈りが分かるのか、みんなもそれをひやかすような事はせずに、優しく温かい視線で黙って見守る。
だから、俺も腹を決めて無駄に照れることなどせずに、良く分からないまま素直に頬を差し出すのだ。
それからいつの間にか可愛い妹のヒスイが、俺のことを『お兄ちゃん』と呼んでくれるようになっていて、嬉しいやら恥ずかしいやらで、もう実は大変なことになっていたりするのは秘密だ。
「ああ、飛び切りの美人さんなユウナにほっぺにチューしてもらうのは光栄だからな」
「う……ヒスイが言うからだから、大切な妹のためだからね?」
そんなことを言いながらも、滅多にみられない程に顔を真っ赤にして目を瞑ったユウナが顔を近づけて来ると、俺も目を閉じた方がいいのか……とか思いついて、その通りにすると頬に甘い吐息と共に柔らかくも温かいそっと触れるだけの何かに気がついて、息を呑むと何だかとてもいい匂いがしてくるのだった。
「わぁ~、パチパチパチ~。うふふ~。お姉ちゃん、よかったねぇ」
何がそんなに嬉しいのか手を叩きながらも幸せそうに微笑む可愛い妹に、隣に座るお姉ちゃんが仕返しとばかりにガウッと飛びかかって、その赤ちゃんのように柔らかく艶々のほっぺにチュッとキスをすると。
「わっきゃぁ~、お姉ちゃんっ! やったなぁ~、それじゃぁ……こぉだぁ~、チュッ。えへへ~」
お返しにお姉ちゃん大好きの妹もキスをするので、それはそれは百合百合しいことになってしまって。そんなことを考えている俺はたぶん、心が穢れているのだろう。
するとそれまで黙って見ているだけだったルリまでが、紅い瞳をキラキラさせてしまって。
「あ~いいなぁ、私も仲間にいれてぇ~」
とか言いながら二人にキスしに行ってしまい、それを見ていたアリスに小さなコロンと妖精のフィに聖獣ルーまでがくんずほぐれつしながら、ほっぺにキスをし始めてしまう。
「うひひぃ~、良いではないか良いではないかぁ~」
「うっきゃ~ぁ、チュッ」
「フィもチューよ」
「ニャア~ペロペロ」
「うひーっ、姫様! これは姫様も参戦せねばっ、ささっ、クロセ様にぶちゅーっと!」
「できますかぁ! クラリスは何てことを……そうですか? そこまで言うのでしたら、ちょっとだけなら」
そう言うと、何故かお姫様なミラがジリジリと獲物を狙うようににじり寄って来て、その後ろでは侍女のクラリスが「やれー、いけー」とか叫んでいる。
「わ、私もここは負けてはいられませんね! ふんすっ」
っと、年下なのに豊満な双丘を反り返すと気合を入れている侯爵になったレティシアが、ジロッと綺麗なアクアマリンの瞳を妖しく輝かせる。
そしたらお腹に赤ちゃんのエンデを身籠っているセレーネまでが、羨ましそうに指を咥えて。
「あ~、い~なぁ。ねぇ~、私も私もぉ~」
そんなことを言いながら、頬を両手で挟んでクネクネし始めてしまうが、そんなことを子宮の天使たるアシエルが許すはずも無く、御子守帯を結んだ『鈴の緒』を警告のようにリンリンと鳴らしながら、包帯を巻いたままの姿で寝ていた身体を起こしてまで注意する。
「セレーネ、大切な赤ちゃんがお腹にいるのだから、乱闘騒ぎはダメ。みんながキスしに来てくれるのを、大人しく待ってて」
すると、キラーンと目を光らせて野獣と化したアリスにルリやコロンにフィとルーまでもが、ガウッーっとセレーネとアシエルに向かって飛びかかって来る。
「「わっきゃ~ぁ!」」
でも、お腹の赤ちゃんには危なくないようにそっと頬にキスをしながら、今度は新しい標的をロックオンした猛獣たちはヒヒヒッとか笑いながら、こたつの端っこで抱き合ってフルフルと震えていたメイとお母さんにガバッと飛びかかってしまう。
「「うきゃぁ~~!」」
ちなみにお子様なエマとコレットにジーナは、とっくに二階に上がってお眠の時間で助かるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ほっ、よっ、とっ、てっ、たっ」
キンッ、カンッ、ガンッ、カッ、キィン、と魔法アサルトライフルSG550スナイパーに銃剣を装着して、領都レティスの遠浅の岩礁にそびえる塔の下にある朝日に照らされた海の見える広場で討ち合っているのは、【銃剣術】スキルを持つユウナに教えて欲しいと弟子になった妹のヒスイだ。
結局は明け方までワイワイと、トランプやらボードゲームやら果ては腕相撲や指相撲までやっていたので、今は冒険者ではない一般人の人々はベッドで泥のように眠ってしまっていた。
徹夜というのは、女の子の肌にとっての永遠の天敵なのだ。
しかし、いつもの癖で空が瑠璃色に輝く頃には、朝練でもしようかと【砂の城】の前に出ようとしていたところを、「良い所がある」とルリに言われてやって来たのが、この海に浮かぶ得体の知れない居城だった。
直接、アリスの転移魔法陣で飛んで来たので全景は見ていないが、どう見ても海に浮かぶ魔王城にしか見えないんだが。俺の感性がおかしいのだろうか。
アリスに聞くと碌でもない回答しか帰って来ない気がしたので、ルリに日本人の感覚で聞いてみようとするのだが、フイッと視線を逸らされてしまう。
とはいえ彼女の言った通りに、雲ひとつ無い綺麗な瑠璃色の空を反射した海は、幻想的なまでに美しくてわずかに姿を現した太陽の光を受けて、キラキラと輝く様子はまるでヒスイの最後の朝を祝福しているようで。
あのクソ十二使徒が彼女の記憶の中で吐き捨てるように言っていた、命の期限となる七日目である今日という日は何時、何が起きてもおかしくは無いのだ。
決して気は抜いては行けない。絶対に目を離してはいけない。今日ばかりはアリスに殴られようと、お風呂にまで付いて行くつもりだった。
「わ~い、お姉ちゃん! 【銃剣術】のスキルを覚えたよぉ~、またこれでお揃いだねぇ? えへへ~」
「お~っ、そっか! そうかぁ、本当にヒスイは良くできたいい子だなぁ。お姉ちゃんの自慢の妹だ、うん」
嬉しそうにぴょ~んと飛びついて来る大切な妹をしっかりと抱き締めて、ふんわりと優しくそのお揃いのプラチナブロンドのショートボブをユウナが撫でる。
もう、その綺麗な紫の瞳に涙は欠片も見ることが出来ない。その優しい笑顔はいつもの無表情とも哀しみを押し殺したものでもなく。
まるで妹が今日、死ぬことなど忘れ去ってしまったように、どこまでも自然だ。
だから、小さなコロンも弟子のビーチェと一緒に海の向こうから昇って来る太陽に向かって、【二刀流】の鍛練を続ける。
その上空を漂う妖精のフィと聖獣のルーも、何故か海の方を見たままだ。
俺達をここへ呼んだルリはと言うと、最近錬成したばかりのトランポリンの上で、見えない白くて長いウサ耳とマルしっぽをヒョコヒョコさせながら、雪ウサギのようにピョンピョン跳ねている。
こちらも落ちたりしないか、別の意味で目を離せないでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ~ん、うむうむごっくん。えへへ~、お姉ちゃん美味しい~」
海を見ながらの朝練の後は、【砂の城】三号までやって来てヒスイお気に入りとなったらしい温泉の露天風呂で汗を流してから、戦う【料理人】コロンの卵粥で朝食を取っていた。
勿論、大浴場にみんなが入っている間も脱衣所の前に陣取って、何時何が起きても即応できるよう待機していたが、流石に今日だけはアリスも蹴飛ばしには来なかった。
まあ、徹夜明けで寝坊助なアリスが、わざわざには起きて来れなかっただけかもしれないが。
今日の卵粥は卵の他にも磨り潰したお肉やらみじん切りにしたお野菜やらも入れられた、雑炊っぽい仕上がりになっていて栄養も満点だ。
それを、大好きなお姉ちゃんに、あ~ん、と食べさせてもらっている可愛いヒスイは、本当に嬉しそうでニコニコとしながら雛鳥のようにパクパクと良く食べている。
「そうか、美味しいか。よかったな、ヒスイ。そら、あ~ん。いっぱい食べるんだぞ?」
「あ~ん、パクッあむあむごっくん。えへへ~、美味しい~。お姉ちゃん、ありがと~」
隣に座るお姉ちゃんにぴったりくっついて、嬉しそうにずっと微笑みを絶やすことが無いヒスイにお礼を言われて、フルフルと自然な仕草で首を振るとユウナがゆっくりと心の底からの言霊を伝える。
「いや、私の方こそヒスイには感謝している。生まれて来てくれて、私なんかの妹になってくれて、本当にありがとう。大好きだよ、ヒスイ」
「えへへ~、私もお姉ちゃん、だぁ~いスキぃ~!」
自分とお揃いの大好きな姉のプラチナブロンドの長髪に顔を埋めるようにして、頬と頬をそっと触れさせると嬉しそうにそんなことを口にする。
まだ、まだ大丈夫だ。まだ、今日という一日が始まったばかりの朝でしかないはずだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「わっきゃぁ~~~~~、お姉ちゃぁ~~~んっ!」
「わわわ~~~、だ、大丈夫だぞ、ここはお姉ちゃんがぁ~~~!」
水飛沫を高々と上げながらマリンブルーに輝く遠浅の海を切裂いて突き進んでいるのは、ウェイクボードに二人乗りしているヒスイとユウナだ。
もう十二月なので海水も冷たいかと心配したが、思ったよりも冷たくは無いので長時間は無理だろうが、【ドライスーツ(防壁)】の体温調整を少し高めにして防水機能をしっかりさせておけば、ボードの上に立っていることぐらいは楽勝で出来そうだった。
それを『釣り糸(タングステン合金ワイヤー)』で引っ張る俺のサーフボードには、もう一本が括りつけられていてその先は空の上に。
「きゃっふぅ~~~、気持ちいですう~」
「本当でしゅ~、あ、レティスの街が見えましゅ~」
「フィも気持ちいい~」
「ニャア~~~」
「ひやぁあああ、これは高過ぎるのではぁ?」
「は、はひっ、姫様っ。これはちょっと……いえ、かなり高過ぎですう~」
「ふふふっ、気持ちイイでしょ~? ほらぁ~、人がゴミのよぉだぁ~~~!」
その先に繋がっているのは、大型のパラセールで最大で五人まで座って乗れるようになっている。
これは、前にアリスが乗っていたのを見ていたルリが乗りたがって、でも一人は怖いと言うので、コロンにフィとルーに加えてミラとクラリスに再びアリスまでが一緒に空に上がっていて、岩礁に建てられた魔王城の一番高い尖塔よりもさらに上まで上昇していた。
海上のウェイクボードの方も一人乗りのところを、ユウナが頑として大切な妹のヒスイを一人では乗せないと言い張ったので急遽二人乗りに改造したのだが。
既にハンドルの主導権を握っているのは、どうやら全てにおいて勘の良いヒスイの方のようだった。
「わっきゃっきゃぁ~~~、とうっ~~~!」
「わっわわわ~、ヒスイそんなにしたら、わっきゃあ~~~!」
あ、今、ジャンプして一回転したぞ。わわっ、今のトリックはバックロールか? いやあ~、ヒスイの運動神経の良さは目を見張るものがあるなぁ~。
あ~、浜辺でシートを敷いて座って見ているセレーネはビックリしているようだし、小さなエマとコレットにジーナは口をアングリと開けてしまっているぞ。
あ、でも、天使のアシエルだけは包帯を巻いて寝っ転がったいつもの格好で、手にした御子守帯が結ばれた『鈴の緒』をかざしてリンリンリ~ンと鳴らしている。
これは後で分ることだが、内陸の領都レティスの中心の開発地区でもこの様子は見えていたようで、一時は魔王軍がやって来たと騒然としたらしいのだが、俺達だと分かるとアッサリと納得してしまったらしい。
後日、遠浅の海で手軽に遊べるアクティビティとして、なんちゃって魔王城と合わせてレティシア侯爵領の観光資源となっていくことになる。