第4章40話 カッコいい、いい女に
「あれ? 珍しいな、少佐だけなのか……ハクローは一緒じゃないのか?」
旧ドイツ軍将校のようなダークグレーの軍服を着たユウナが、ニースィア冒険者ギルドの受付カウンターの前で立っていると後ろから声をかけて来たのは、いつも元気な赤髪のアベルだった。
するとやっぱりいつもつるんでいる、エルフのカミーユがニコニコと笑いながら、マッチョな獅子人族のレオンはガッハハッと笑いながらやって来る。
「ふふふ、本当だ、少佐が一人でこんな所に珍しいね?」
「まあ、少佐は一人でも、ちっとも危なくなんてねぇーけどなっ、ハッハハハ」
そうなのだ、ユウナがこの装備を付けるようになって暫くして、アリスが「少佐のようね」とか言い出したのを偶々聞いていたこの三人組が、「なにそれ、かっちょいい~っ」とか言って真似していたのだった。
この後で、ヒスイもお姉ちゃんとお揃いがいいと言って、少尉と呼ばれるようになるのだが。
受付カウンターを向いていたユウナが、黒と紅のポイントラインの入ったダークグレーの膝丈の軍服をひるがえして振り向くと、黒の指抜きグローブをズイッと突き出して手のひらを広げて見せる。
「ムッ、それ以上、近寄るな。妹のヒスイが怖がっているじゃないか」
「「「妹ぉ?」」」
アベル達三人がデカい身長で小柄なユウナの後ろを覗き込むと、その後ろに半分だけ隠れるようにしている、同じ黒と紅のポイントラインの入ったダークグレーの旧ドイツ軍将校の軍服を着た、彼女にそっくりの美少女が縋りつくようにしていた。
綺麗なプラチナブロンドをショートボブにして瞳が翡翠色で、腰丈の上着の下にグレーのツーライン入りの黒いプリーツのミニスカートをヒラヒラさせている以外は、そっくりウリ双子のようにしか見えない。
「「「か、可愛い……」」」
何故か中級Cランク冒険者のイケメン揃いなのに娼婦以外にはどうしてか女っけが無い三人組は、ハイエルフの美貌に儚くも可憐な雰囲気をかもし出していて、守ってやらねばと庇護欲をそそる可愛いヒスイにハートをガッチリと掴まれてしまったようで、無意識なのか一歩踏み出してしまう。
元々、ハクロー達以外にはパーソナルスペースを極端に広めに要求する傾向のあるユウナは、警戒ラインを越えようとする三人に、後ろ手に大切な妹を隠すように庇うと。
「んん? ヒスイ、大丈夫だからな。ここは、お姉ちゃんにまかせておけ? だから、お前達はそれ以上は近づくなと言ってるだろうに――」
「……うん、わかった。お姉ちゃん、ひしっ」
突き出していた黒の指抜きグローブを付けた右手のひらを、ピストルの形にして指差しながら最後通牒を突き付けるのだが。
その後ろでヒラリと黒のミニスカートを浮かせて姉の左腕にぴったりと抱き付いた愛愛しいヒスイの姿に、無駄に元気な三人組を含めて周囲の厳つい冒険者達の視線が釘付けになる。
そして、ユウナの警告を右の耳から左の耳に素通ししてしまった、元気だけが取り柄のイケメン三人がかぶりつくように叫ぶが。
「俺、と付き合って……あ」
「結婚しよ……あ」
「俺の子を産んでく……あ」
次の瞬間に、ユウナの素手だった黒の指抜きグローブを付けた右手に【格納】スキルで呼び出された魔法自動拳銃P226が握りられていて、タンッ、タンッ、タンッと軽快な破裂音がしたかと思うと、無駄にイケメンな癖にアホな三人組の頭上を掠めるように9x19mmパラベラム弾が通過して天井に風穴を開けていた。
シーンと静まり返った冒険者ギルドの一階受付フロアに、銃口から立ち上る白煙を振り払うように口を開いたユウナの低い声が反響する。
「次はハクローの友達のお前達とは言え、当てるぞ?」
すると、その後ろからぴょこんと顔を見せたヒスイが、その翡翠色の瞳をキラキラさせてパチパチと手を叩いて見せる。
「わ~ぁ、お姉ちゃん、かっこい~ぃ」
「そ、そうか? うふふ~、そっかぁ~?」
超絶に可愛い妹の憧憬の念を込めた視線に、無防備にも手にした魔法自動拳銃P226の照星で頬を掻きながら、テレテレし始めてしまうユウナ。
その姿を初めて目にする冒険者ギルドに居合わせたゴツイ冒険者達は、普段の凍るような無表情と全く違う彼女の様子に再び唖然としてしてしまう。
この時がヒスイのファン倶楽部だけでなく、ユウナのファン倶楽部までができた瞬間であった。
「わ、悪い! 怖がらせるつもりは無かったんだっ……て」
「ゴメン! ビックリさせちゃったよね? ……て」
「す、スマン! 子供はお付き合いをして、結婚してからでも……て?」
ハッと我に返った三馬鹿は、慌てて両手をパタパタさせながら謝り始めるが、穢れを知らない向日葵のような笑顔で屈託なく微笑むヒスイの顔を見ると、またデレ~っとしてしまって。
「ムッ、私の妹に邪な視線を向けるんじゃない」
こっちも我に返ったらしいユウナが再び魔法自動拳銃P226の銃口を向けて構えると、フシャァーっと西表山猫のように威嚇を始める。
が、それもさっきまでと比べると断然に迫力が違っていて、今にも弾丸よりか猫パンチでも飛び出しそうなマルい雰囲気となってしまっていた。
「はいはい、そこまでにしときなさい~。ユウナも拳銃なんか仕舞って、それに何だってこんな所に来てるのよ?」
そこに、西部劇調の扉を開けて冒険者ギルド会館に真紅の長髪をなびかせながら颯爽と入って来たのは、手をヒラヒラとさせたアリスと愉快な仲間たちだった。
そこで、ハッとしたように受付カウンターにいた受付嬢のニーナが、ロシアンブルーのネコ耳としっぽをピンっと立てて丁重に両手で何かを差し出す。
「ひ、ヒスイさん。こちらが本日発行の冒険者ギルドのカードになります。詳しい使い方は、お姉さんのユウナさんにでもお聞きくださいねぇ、あはは~?」
「わ~い、お姉ちゃんと一緒ぉ~? えへへ~」
手にした見習い初心者用の鉛色のギルドカードを、嬉しそうにヒラヒラとさせながら大好きな姉に抱きつくヒスイに、ユウナも自分の銀色のギルドカードを取り出して一緒になってニヤケ顔でピラピラさせている。
「うん、うんっ。一緒だなぁ~、良かったな、ヒスイ?」
「うんっ、お姉ちゃんと一緒でとっても嬉しいぃ~。えへへ~」
多少カードの色が違おうが全く気にすることなく、大好きなお姉ちゃんと一緒のカードを本当に嬉しそうに喜んで、見せびらかすように並べて見せるヒスイの小さな子供のような純粋無垢な笑顔に。
心の隅々まで穢れ切ってしまった中級冒険者達の多くが、自分の若かった頃のことでも思い出したのか、はたまたその穢れ無き天使のような姿に心打たれたからか、目頭を押さえてフイッとみんながソッポを向いてしまう。
そのわずかな瞬間に、冒険者ギルドの奥の会議室から出て来たらしい筋肉マッチョなハゲ大男がドカドカと大きな足音を立てながらやって来て、一番受付カウンター側にいたヒスイを見つけると手を伸ばそうとして。
「おおっ、やっぱりニースィアには良い女がいるなぁ。王都なんか糞売女ばっかりだったし、途中の温泉街エビヤーノでもヒッデェー女ばっかだったからなぁ~。
おいそこの女っ、このBランク冒険者のブリス様につきあ……え?」
碌でも無いことを言い出したので、最後まで台詞を言わせてもらう時間も与えてもらえずに、アベルにカミーユとレオンや他の中級Cランク冒険者達の抜き打ちに下級魔法を数十発も受けて爆音と共にギルド会館の壁をぶち抜いて外まで飛ばされて行ってしまう。
「あ~、あれってBランクとか言ってたけど。温泉街エビヤーノにいた、残念へっぽこ冒険者じゃないの? 帰ってたのかぁ~、まぁぶちのめす手間が省けたから良いけどぉ」
右手に上位風魔法の【ガストバズーカ】を用意していたのに発動できずに、振り上げた拳の落しどころに困ったような顔をしたアリスがため息をつく。
筋肉マッチョでハゲ大男なブリスの言っていた温泉街エビヤーノのヒッデェー女達というのが、自分達のことだとは気づいていないのはどちらにとって幸福だったのか。
「おいおいおい、お前らやり過ぎだろって……また、君達かい?」
遅れて冒険者ギルドの奥の会議室から出て来たのは、ギョッとした顔をしたAランク冒険者のイケメン細マッチョなイアサントで、その後ろから大きなため息をつきながら元Sランクのギルマスであるリアーヌまでやって来る。
「おい、お前達はまったく……はぁ~、修理代は王都から帰って来たばっかりで早速アホをやってくれた、ブリスのクエスト報酬から差っ引いておけ」
他の受付カウンターで腰を抜かしていたギルド職員に向かって、ヒラヒラと手を振りながらいつもの真っ赤なチャイナドレスのサイドの切れ目から、艶めかしい太腿を覗かせると苦笑して見せてから、ヒスイに優しい視線を向けると。
「ああ、ヒスイ。ギルドカードはもう受け取ったのか? そうか、お前も姉さんのユウナのように格好いい、いい女になるんだぞ?」
「 ……うん、わかった。お姉ちゃん、カッコいいってェ~、えへへ~」
チラッと横を窺うようにしてから素直に頷くと、ヒスイは姉が格好いいと言われたのがよほど嬉しかったのか、まるで自分が褒められたようにニコニコと幸せそうに、抱き付いていた姉の腕に頬をくっつけて微笑む。
だから、いい女になる時間なんか残されていないヒスイの、綺麗なプラチナブロンドのショートボブをそっと撫でると、彼女の自慢の姉は泣きそうになるのを必死に堪えて微笑み返す。
「……ああ、ヒスイのお姉ちゃんはカッコいいんだ。だからヒスイだって、きっといつの日か……うっ」
「うん、わかった。お姉ちゃんみたいにカッコいい、いい女になるね?」
しかし、最後には眉を寄せて喉を詰まらせてしまった姉に、それでも満足そうな笑顔を浮かべて未来を語るヒスイを、とうとう抱きしめてその綺麗なプラチナブロンドのショートボブに顔を埋めるようにすると、ユウナは肩を震わせ始めてしまう。
その声無き哀哭に異様な雰囲気を感じたギルマスのリアーヌは、自分の言葉が原因かと訝し気な顔をして窮したように声をかける。
「……あ、すまない。何か気に障るようなことを言ったか?」
「そんなことないわ。さあ、ヒスイも美味しいジェラートでも食べに行きましょう?」
それを横からヒラヒラと手を振りながら遮ると、同じく眉間に皺を寄せて泣きそうな顔をしたアリスがリアーヌにすまなそうな視線を向けてから、二人をこの場から連れ出そうとする。
すると、飛び出すように頭を下げて来たのは、さっきヒスイを怖がらせてしまったアベルとカミーユにレオンの三人組だった。
「「「俺達に、ジェラート奢らせてください!」」」
「……はぁ~、わかったわよ。ほら、サッサと行くわよ」
その三人の必死な様子に、妹に抱きついて顔を埋めてしまっているユウナを横目で見てから、困ったようにアリスが代わりに返事を返すと、自分も目尻から何かを振り払うようにして先頭を切ってスタスタと歩いて出て行ってしまう。
「「「あーざっす!」」」
そうしてさらに深く頭を下げた三人組を従えるようにして、アリスと愉快な仲間たちがギルド会館から出て行くと、急に一階受付フロアがざわざわとし始める。
どうやら、中級冒険者達が中心になってヒスイのファン倶楽部の会員ナンバーの一番を、誰が手にするかで揉めているようだ。
ギルド職員の何人かも壁に開いた穴を仮設の薄い板っぺらで塞ごうと、トンチンカンチンと始める。
「イアサントは外に転がってるアホのブリスを回収しとけよ? しかし……さっきのは?」
その雑然とした空気の中で、ギルマスは横で困ったように苦笑していたAランク冒険者に手をヒラヒラと振ると、そのまま腕組みをして考えごとを始めてしまう。
そんなギルマスを気遣うように、そっと横から小さな声で囁くのはいつもは元気なロシアンブルーのネコ耳をペタンをさせてしまっている受付嬢のニーナだった。
「リアーヌ様、実はさっきユウナさんがここに来た時にダメ元とか言って聞いてきたのですが、【賢者の石】を探しているようでした。もしかすると、あのヒスイという妹さんは……」
「な……に? それってまさか、あのヒスイは持っていないのか……? しまった、それじゃ私のさっきの言葉は」
自分の吐いた何気ない一言が何をしてしまったのか、分かってしまった元人外Sランク冒険者のリアーヌはギリッと奥歯を噛むと、同じように眉間に皺を寄せてしまう。
その横では悲しそうに眉を下げてしまった受付嬢のニーナが、リアーヌを心配そうに覗き込んでいるのだった。