第4章32話 Bランク昇級ライセンス
「はい、これで神聖教会からの指名依頼は完了です。お疲れさまでした。
これでみなさまは、Bランク冒険者に昇格するための条件を全てクリアすることができたことになります。
つまり、今日から上級Bランク冒険者ということですぅ、パチパチパチ~!」
レティシア侯爵領の領都レティスから転移魔法陣で戻って、ニースィア冒険者ギルドに報告に来ているのだが、やはりと言うか案の定、ネコ耳受付嬢のニーナに捕まってギルマスの部屋に連れ込まれてしまっている。
しかも挙げ句の果てに、クエスト完了の記録をするからと持って行かれたギルドカードは、何故か銅色だったはずが銀色になっていて目の前に並べられていた。
で俺達をハメた当の受付嬢ニーナはというと、ロシアンブルーのネコ耳としっぽを嬉しそうにピクピクさせながら、頭の上に両手を持って行って盛大に拍手をしている。
「はあー、もう少し嬉しそうにしたらどうなんだ? いや、別に嬉しくないのは知ってるんだが。せっかくニーナが喜んでるんだから、フリぐらいして見せるぐ」
「それで、用はそれだけなら帰るわよ?」
今日も真っ赤なチャイナドレスを着た元Sランクのギルマスが、呆れたとでも言うように首をフルフルと振っておかしなことを言い出すので、それをバッサリと不機嫌そうにアリスが斬り捨てる。
するとすかさず、ネコ耳ニーナが招き猫の様に手を丸めてヒョイヒョイっと振りながら、にこやかに揉み手でも始めそうな愛想笑いを見せる。
「まあまあ、そう言わずに~。せっかくの上級Bランク昇級のお祝いに、いい上級クエストを用意してるんですよ~?」
そのあまりにあざとい仕草に、流石のアリスも大きなため息をついてから、こっちもヒラヒラと手を振って見せる。
「はあ~、どうせそんなこったろうと思ったわよ。でも、近いうちにモニャコ公国に行くから、そんなに時間は取れないわよ? それと、どうせ貴族がらみだろうけど、碌でも無い奴なら」
「あー、それなら大丈夫ですよぉ。相手は公爵家ご令嬢ですから、それに」
それでもやっぱり、招き猫の様に丸めた手をクイクイッと振りながら、ネコ耳受付嬢のニーナが聞き逃せないことを言い出すので思わず横から口を出してしまう。
「おい、今――公爵家って言ったか? あの糞野郎の話なら、この俺が」
「あ~、違う違う。違いますって、そんな屑野郎がらみの仕事をみなさんに持って来たりしませんってェ。もぉ、やだなぁ~」
麻痺毒で動けないレティシアを襲った公爵家の孫のアホ面を思い出してしまい、蒼い魔力が漏れ始めてしまうが、ネコ耳受付嬢のニーナは全く動じることなくヘラヘラと笑いながら、やっぱり招き猫の真似をして手を振って見せる。
俺の魔力放出はそんじょそこらの冒険者ぐらいじゃ立ってられない程になっているはずだが、この猫人族の少女はそれらを遥かに上回る胆力を持っているということになる――とか、関係無いことを考えながら現実逃避してしまっていた。
やはりあの時、彼女を一人にしてしまってその結果、実の親が仕掛けた悪質な罠にかかって暴行を受けることになった原因は俺にある――だから、俺は自分を許せそうになかったし。
だからだろう、こうも過敏に反応してしまったのは。ああ、しまった。横を見なくても、ルリ達の視線が哀しい色をしているのが分かってしまう。
「そ、そうか、ならいいんだ。悪かった」
「でも、ご令嬢って言うんだから、相手は――妹?」
アリスが形のいい顎に人差し指を当ててそんなことを言い出すと、ネコ耳をピコンッとさせたニーナは嬉しそうに丸めた手を頭の上でパタパタ叩いて。
「ピンポンピンポーン! 大~当たりでェ~す。実は先日の馬鹿孫が蟄居させられた件で、急遽モニャコ公国の魔法学園に留学されていた妹君が呼び戻されたのですぅ。
まあ突然、公爵家次期当主にされてしまったのですからぁ、王族の立太子ほどじゃないですが正式な手続きもありますしね~。
しかしそうは言っても、そろそろ学園へ戻らないといけないんですが~チラッチラッ」
「はあ~、それを護衛しろってことね? まあ、もう十二月に入るからそろそろ魔法学園の入学試験を受けに行くつもりだったし~、あの糞野郎を消し炭にしたのは私だしィ、先に公爵から受けてる指名依頼もあるから――って、もしかして魔法学園への潜入捜査って、その妹の身辺警護も兼ねてるってこと?」
もう一度盛大にため息をついていたアリスが、ギロッとネコ耳をピクピクさせた実はニースィア冒険者ギルドの裏ギルマスであるニーナを睨みつける。
「ピンポンピンポーン、大正解! まあ、当時はCランクだったから貴族の護衛は無理な訳で、適当に理由を付けるのに苦労しましたが~。
ああ、元の指名依頼に内容の変更はありませんので、建前としては契約に無い妹の警護については本当は必要ありませが~チラッチラッ」
「はあぁ――っ、まあ、何かあれば助けてあげるぐらいのことは考えておくわよ。もう、なんか全部ニーナの思うツボって所が激ムカつくわよねェ」
特大に長ぁ~いため息をついて、アリスが諦めた様に手をブラブラとさせて見せるので、ニーナは嬉しそうに小さな鼻をスピスピさせてドヤ顔を隠そうともしない。
「えへへー、話が早くて助かりますぅ。ちなみに、今回の護衛任務も指名依頼になっていますので、受注手続きはこちらで処理しておきます。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
そう言うと、ペコリと業務用ゼロ円スマイルと共に頭を下げる裏ギルマス。
するとその横に座っていたギルマスのリアーヌが優雅に口をつけていた紅茶のカップを音もさせずにソーサーと共にテーブルに置くと、真っ赤なチャイナドレスの横から丸見えの太腿をわざわざ脚を組み直してからゆっくりと口を開く。
「何だ、やっと終わったのか?
それじゃ、お前達がこの前ここに置いて行った四凶王だが、おかげであの従属麻薬とか言うヤツを使って碌でも無いことをしていた下級貴族連中は、全員とっ捕まえやったぞ。
二人が死罪で十八人が犯罪奴隷落ち、十一貴族家が取り潰しにできた。まあ、大成果と言えるな。
それから、お前達がダンジョンに置き去りにして来ていた、闇ギルドのタマナシ兵隊百人もほとんどが犯罪奴隷落ちだ。まあ、何人かは私達が行く前に魔物に食われたみたいだが、自業自得だな。
残っていた薬草はフロアごと全て燃やしておいたから、また湧くかは様子見だなぁ。でも、精製施設は全部ぶっ壊しといたから麻薬を作るのは無理だろうがな。
しかし、四凶王の残り一人の魔族だけは、行方が分からないままなのは困ったなぁって、何だその顔は?」
リアーヌがギルマスとして珍しく大真面目に仕事の話を長々とするもんだからその違和感のあまり、アリスも俺もみんながポカンと口を開けてしまっていた。
が、それが元Sランク冒険者のギルマスには面白くなかったようで、可愛いく唇を尖らせて拗ねたように睨みつけてくる。
すると隣に座っていたネコ耳受付嬢のニーナが腕組みをして、とっても嬉しそうにウンウンと頷いて見せる。
「うふふー、リアーヌ様がキッチ~ンとお仕事をされているので、ビックリして見直してしまったみたいですよぉ?」
「うん? そ、そうか? どうだ、私だってやればできる子なんだぞ?」
ニーナに褒められてすっかり機嫌を直したリアーヌは、ふふんとその豊満な双丘を張って見せるので、ピッタリフィットしたチャイナドレスがパツパツになって大変なことになってしまっていて。
ああ、俺の隣に座っているルリさんの紅い瞳が、すでに妖しい光を放ってしまってるじゃないか。
「そ、それじゃ、俺達はソロソロ失礼させていただくとするかな?」
そんな訳でサッサと戦略的撤退を始めるが、リアーヌがそうだ忘れていたとばかりに、そのまま腕組みをして盛りあがった豊かな胸をさらに持ち上げながら言い放つ。
「そうだ、後で公爵屋敷に寄ってご令嬢と顔合わせをしておけよ? まあ、どうせお前達のことだから転移魔法を使ってスグなんだろうがな~。 あっははは~」
「へーい」
いやもう、ルリさんの見えない白く長いウサ耳がピーンと立ってピンクのほっぺがプクーッと膨れてしまってるんだから、早いとこ帰してくださいよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おぉっ! ハクロー、久しぶりじゃないか~?」
「暫く見かけなかったけど、どっか行ってたのかい?」
冒険者ギルドから帰ろうとしたところで、いつも元気な赤髪アベルと金髪エルフのカミーユに声をかけられる。
「あ~ぁ、お前らはいつも元気でいいなぁ」
「何だよ何だよぉ~、ハクロー元気ねぇじゃねぇかよぉ? んじゃ、この前も行けなかったから、今日こそは元気を出しにいくか?」
ガッハッハっ笑いながらやって来たのは、デカいガタイをした獅子人族のレオンで、ガッと俺の首にぶっとい腕を回すとボソボソと余計なことを言い始める。
「お前って学習しないよなぁ~」
「ハクローくん、何を出しにいくっていうのですか~?」
ほら、白く長い髪を雪女のように揺らめかせながら、紅い瞳を細めてこちらを睨んでいるのはルリさんです。
「ギクーッ、何ってナニ?」
俺よりも、あの澄んだ純真無垢な紅い瞳の威圧に耐え切れなかったレオンが、ついそのままを口にしてしまう。
「んん~っ、ナニ?」
ルリさんは知識としては知ってるようだが、スラングを含めてイメージがついていかないようで、白く長いウサ耳を途中からカクッと折り曲げて首を捻る。
すると【賢者の石】を持つユウナが見かねたのか、ルリの耳元にコショコショと何やら囁き始める。
「……男性の……欲望の……はけ口……に射……精して……」
「ぴうっ! しょ、しょれわ…‥はくりょーきゅんも、ちかたにゃいでしゅね?」
そのダダ漏れの内緒話に顔を真っ赤にしてしまい、それでも紅い瞳にいっぱいの涙を溜めて、カミカミで何事かを言い始めるのだが。
「すいやせんしたぁー!」
意外と純情な愛情に涙脆く、とりわけ美少女の涙に弱いレオンが先に折れてしまったようだ。
するとそんなアホでもパーティメンバーな仲間を見捨てず救おうと、アベルとカミーユがアタフタとフォローに入る。
「ま、まあ、今日の所は、ほら、ハクローがオーダーしていた特注の剣がやっとできたって言ってたはずだから、一緒に鍛冶屋に取りに行こうぜ、な?」
「そ、そうだねぇ。何も今日わざわざ発散さでに行く必要も無いしね~?」
「な~んだ、発散したりねぇってんならオレが付き合ってやるぜ? よっ、ハクロー!」
元気な二人の首根っこにガッと細い両腕を回して、ニヤーっと笑っているのはAランク冒険者のアイーダだ。
いつものピンピン跳たウルフカットの黒髪が綺麗で、艶のある黒毛のケモ耳とフワフワしっぽが今日もパフンパフンと嬉しそうに振られている。今日も絶好調にご機嫌のようだ。
「ぎゃあ―っ! アイーダの姐さん、もう勘弁してくださいよぉ。これ以上は絞っても何も出てきませんよぉ?」
「うわっ、アイーダの姐さんじゃないですか。いやホント、この前Cランクになる時にコテンパンにやられてこれ以上はもう逆さに振っても何もでてきませんって?」
細い腕に首をガッチリとキープされた二人は逃げられず、ギョッとした顔を真っ青にしてワタワタと言い訳を始める。しかし、捕まっていないレオンだけは余裕なのか、ワッハハハと笑って。
「アイーダの姐さん、俺達ももうCランクなんだぜ? それよりも、相変わらずヒョロっとしてるハクローを鍛えてやったほうが良いんじゃねェか? それだったら、俺も付き合ってやるぜ。だっははは~」
チッ、要らんこと言ってこっちに振るんじゃねぇよ。と、馬鹿笑いを続けるレオンをシバキ倒してやろうかと睨みつけてると、今度はアイーダがケタケタと笑い始める。
「あはは~、バカ言うなって。ハクロー達はもう上級のBランクだぞ? お前らこそまた置いてきぼりにされてんだから、ガンバレよな?」
「「「……ええーっ!」」」
そのあっけらかんとした一言は殊の外、ギルド会館の一階受付フロアーに響き渡ったようでガーンと口を開けたままのアベル達の他にも、たまたま居合わせた冒険者達が凍りついた顔でこちらを凝視していた。
その所為か、隣のカウンターバーでたむろっていた冒険者達までがコソコソとヒソヒソ話を始めてしまう。
「おい、今、Bランクって聞こえなかったか?」
「ああ、確かに上級Bランクって」
「マジかよ、あいつら九月にはまだ初心者の見習い冒険者だったんだぞ?」
「正味三ヶ月、いや二ヶ月ちょっとでイッキに上級Bランカーか」
「やっぱり【紅の魔女】はバケモノか」
「「「「「バカっ!」」」」」
ギロッ、とアリスの紅と蒼のオッドアイがその命知らずなアホを睨みつけると、サササーッとその周りから人がいなくなる。
「え? ……あれ? あ……ゴメンナサイ」
その、面識も無いまだ若い少年にしか見えない冒険者は自分の失言に気がついたのか、顔を真っ青にして涙目になってしまう。しかしすぐに立ち上がると、ちゃんと頭を下げて素直に謝って見せる。
だから、アリスもフンッと鼻を鳴らすだけで見逃すことにしたらしく、スタスタと扉を開けて出て行ってしまった。
その瞬間、ほお~~~っとフロア中からため息が漏れて、命拾いをして青い顔の涙目で震える少年は周りに集まってきたガタイの大きな冒険者達に、バシバシと叩かれながら勇者として讃えられていた。
すると、まだアイーダに首根っこをキメられたままアベルが恐る恐る聞いてくる。
「お、おい、ハクロー。マジかよ?」
「ん? あぁ~、らしいな。あんまり言いふらすなよ? 面倒臭いから」
俺が心底、面倒臭そうに言うと、カミーユがクスクスと笑いながらも手をヒラヒラと振ると、レオンまで一緒になって貶し始める。
「あはは~、やっぱりハクローは淡白だねぇ。普通はもっと喜ぶと思うけどねぇ?」
「そーだぞぉ、ハクロー。お前はやっぱり熱い闘志が足りてないぞ!」
「そうかぁ? ハクロー達は新しく街を造ってるぞ? しかも、【純潔の女神】アルティミス様に加護を授けられた街なんだぞぉ、これって熱くないか?」
今朝のことなのに、もう情報を掴んでいるのは流石はAランク冒険者といったところか。人類最強は伊達では無いということだな。
「そうだ、アイーダさん。もし興味があるなら、近いうちに冒険者ギルドも建てることになると思うので、気が向いた時で良いので領都レティスに遊びに行ってみませんか?
路地裏の城壁傍にある孤児院にセレーネって院長先生がいるから、転移魔法陣を使えるようにしておきますよ?」
「おおっ、マジか! やったハクロー、サンキュなっ。じゃ、ちょっくら見てくっとすっか?」
そう言うと、アベルとカミーユを放り出してタタターッと走っていってしまった。まだ、セレーネには言ってないんだがなぁ。
なんてアイーダの後姿を見ながら苦笑していると、アベルが真剣な顔をして訊ねてくる。
「おい、今の話。本当かよ?」
「んん? ああ、本当だよ。レティシア侯爵領だから、ここから西に行った海沿いだな」
「でも、確かその辺って大森林があって魔物がうじゃうじゃいた気がするんだけど?」
俺の簡単な説明でもカミーユにはだいたいどの辺か分かったらしく、やっぱり魔物の脅威を心配してくれているようだ。
「ああ、それはアリスが切り取った――と言うか、消したって方が分かりやすいか? ああ、でも他の場所からは魔物が街に来るかもしてないから、護衛は欲しいんだよなぁ。お前達も暇なら行ってみるか?」
「「「行く!」」」
思いつきで言ってみたのだが、三人が三人共に異口同音に答えてくるので、思わず苦笑してしまう。
「ああ、そうか。じゃあ、今から――あれ?」
三人を孤児院に連れて行こうかと思って周りを見回すが、すでにパーティーメンバーは誰もいなくなっていた。置いてきぼりにされたようで、珍しいこともあるもんだと思いつく。
すると、何故かレオンが少し照れたようにソッポを向きながら、ボソボソとつぶやく。
「あのルリって娘が、お前を頼むってさ。自分達は公爵屋敷に行って何か話を聞いてくるってよ。
だからさ、お前は俺達とまずは鍛冶屋に行って、出来上がった剣を貰ってこようぜ、な?」
最後は誤魔化すように、ガッと俺の肩にぶっとい腕を回してグイグイと引っ張って行ってしまう。
「ああ、そうだな。ハクローの新作の剣も気になるしな?」
「そうですね、彼女達の気持ちを無駄にしてはなりませんし、ね?」
ああ、また気を使わせてしまったようだ。
はぁ~、ルリ達の優しさに甘えないようにと気をつけながら、どうしたらこの貯まり続ける恩を返せるのだろうと考えていると。
元気で熱い男共三人にひたすらバシバシと背中を叩かれるので、ひとまずはこいつらと気兼ねなく馬鹿笑いでもしながら完成したという俺の直刀を取りに行くことにする。