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ミスリルハーツ ~サーファー、異世界へ~  作者: 珠乃 響(ゆら)
第4章 神聖皇国編
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第4章22話 セレーネとエンデ


「チッ、四凶王の残り一人(ひとり)がやっぱり見つからないわ」


 地下迷宮(ダンジョン)のその階層フロアで最奥だったらしい草原の広い部屋の真ん中に立ち、悔しそうに眉間(みけん)(シワ)を寄せてギリッと奥歯を()み締めるアリスに、魔法アサルトライフルSG550スナイパーを持ったままのユウナが後ろから(かな)しい声で(ささや)く。


「今は、少しでも早く。エンデをこんな場所から連れて帰ってあげましょう、ね?」


「こぉ~ん……」

「フィもそれがいいと思うわ」

「ニャア~……」


 お子様達までもが、しょんぼりと(かな)しい顔をしてしまっていて。これ以上の捜索は危険な上に、目的のエンデを見つけた以上、長居(ながい)は無用だった。


「くっ……わかったわ。撤収する……」


 再度、奥歯をギリリッと強く()むと、そうつぶやいてクルッと(きびす)を返すと真紅の長髪をなびかせながら、足早(あしばや)にルリやハクロー達が待つ倉庫に向かって行ってしまう。


 後には、広い部屋に(あた)一面(いちめん)うっそうと()えている腰高の薬草だけが残されていた。


 途中の地下迷宮(ダンジョン)の回廊に転がって震えている闇ギルドのチンピラ共は放っておいて、サッサと倉庫まで戻るなりアリスが重い(くち)を開く。


「ルリ、帰るわよ」


「う……うん。エンデさんは、ちゃんと綺麗にしてあるから大丈夫だよ?」


 グッと言葉を飲み込むようにしてからルリは(うなず)くと、引きつった笑みを浮かべながらそんなことを言った。

 だから、アリスは防水シートの上に横になっている、綺麗な白のワンピ―スを着せられて髪も綺麗に編まれたエンデに、ようやく視線を向けると静かにつぶやく。

 

「――【キューブ】」


 そうして、そっと透明な正六面体で防水シートごとエンデを持ち上げると、黙って転移魔法陣を展開させてその空間の裂け目の先に【砂の城】のリビングが見えたところで、大きくひとつ息をつくと、ゆっくりと空中に浮かぶ物言わぬ彼女を後ろに連れて歩き出した。


 そのすぐ後をハクローの両脇を抱きしめたルリとコロン、フィ、ルーが続けて転移魔法陣を抜けて行くと、最後に残っていたユウナが振り返ることなく吐き捨てる。


貴様(きさま)はここまでだ」


 それは、後ろの壁際で縛られていた紐を外されて、それでも座り込んで呆然(ぼうぜん)としたままの『黒い十字架』のアキラに向けられた、最後の慈悲の言葉だった。




「あっ! エンデ! エンデュミオン! あぁああああああ!」


 転移魔法陣を抜けて【砂の城】のリビングに入るなり、アリスの後ろから横になったままのエンデを見つけてしまったセレーネが彼女を名前を飛び続け、遂には大きめのソファにそっと寝かされて冷たくなった彼女を亡骸(なきがら)(すが)りついて泣き叫び慟哭を上げ始めてしまう。


 いつもはおっとりとして優しい笑みを浮かべていた元女神のセレーネのそんな取り乱した様子に、誰もが言葉も無く。

 しかし、アリスがその細い(のど)を振り絞って(かす)れた声でそっと(ささや)くように、エンデの最後を看取った者の責任を果たす。


「セレーネ、お願いだから聞いて頂戴(ちょうだい)。エンデの最後の言葉は――『セレーネ』。あなたの名前だったわ」


「あ……いやぁああ! エンデェ――ッ、いやよぉおおおお!」


 綺麗な白いワンピースを着てブルネットの長髪を三つ編みにしてリボンで胸の前にまとめたエンデを、抱きしめて泣き崩れて叫び続けるセレーネには誰もかける言葉も無く。


 よく(なつ)いていた小さなエマも、コレットにジーナも黙ったまま堪えるように涙をボロボロと流し。分かっていないはずの赤ちゃんのニコラまでが、何かを感じ取ってか、わんわんと大泣きし始めてしまう。


 その余りに痛ましい光景に、コロンと妖精のフィも涙を浮かべる。聖獣ルーも悲しそうに、小さく鳴いてしまう。


 そして、転移魔法陣が開くなりこの展開に付いて行けずに、切れ長の翠瞳を見開いたまま(ほう)けてしまっているミラに、クラリスはその背中を支えるように寄り添うのが精一杯(せいいっぱい)だった。


 女神の半身のユウナは綺麗な紫の瞳に涙を溜めながらそれでも、そっと元女神のセレーネの肩に手を添えて、ゆっくりとゆっくりと(さす)るように()で続けている。


 ルリは別のソファに腰掛けるように休ませている意識を失ったままのハクローの手を両手で包み込むように握って、祈るように嗚咽(おえつ)()らしている。


 そして、アリスだけがその紅と蒼のオッドアイを細くしたまま、ジッとセレーネの背中を(にら)み付けるようにしていて。その握り締めた両手の拳の内側の手のひらからは、爪が食い込んでいるのか絞るように血が垂れ始めていた。


 その時、元女神のセレーネの下腹部が薄くぼんやりと光り始めると、【砂の城】のリビングにある(なん)変哲(へんてつ)も無い天井から、突然のように聖光が降り注いで。

 セレーネを除く全員が言葉も無く、その光景に固まってしまっていると。


 その聖光の中からゆっくりと姿を現したのは、綺麗な金髪に青い瞳の美女で純白のトーガを着た――頭に光の(リング)(いただ)いて、背中に大きな純白の翼を持った天使だった。


 そこに居合わせた誰もがギョッとする中で、ソファに横たわるエンデの亡骸(なきがら)(あいだ)(はさ)むようにして膝を折った天使が、ゆっくりと右手をセレーネに向けて差し出すと(おごそ)かに(くち)を開く。


「神の言霊(ことだま)を伝える天使ガブリエルが(なんじ)に告げる。セレーネよ、あなたは身ごもって女の子を産むでしょう。その名はエンデュミオン。この者の生まれ変わりです」


「あ……ああ……ああああああ! エンデっ、私のエンデュミオン!」


 そして慟哭と共に、セレーネが自らのお腹を大事そうにその両手でそっと抱きしめる。それを見て安心したようにわずかに微笑むと、そのまま大天使ガブリエルは静かに聖光の中へと()き消えるようにその姿を消してしまう。


 余りと言えば余りの事にあっけに取られていると、真っ先に我に返ったアリスがバッと振り返って叫ぶ。


「ルリっ!」


「あっ、は、はい! 【鑑定】! わっきゃあ~~!」


 ハクローの意識が無い今、最もレベルの高い【鑑定】を持っているルリがセレーネを視ると。



名前;セレーネ=アリエル=ルキフェル

人種;堕天使

性別;女

年齢;1216才

レベル;Lv■■■

職業;【聖母】(New!)

スキル;【慈愛】(Decode!)

ユニークスキル;【受胎告知】

守護;【天使アルミサエルの祝福】(New!)【天使ガブリエルの祝福】(New!)

状態;【■■の呪い】【封印】【妊娠】(New!)



名前;エンデュミオン

人種;■■

性別;女

年齢;0才

レベル;Lv0

職業;【転生者】

スキル;【■■】

守護;【女神セレーネの加護】【天使アリエルの祝福】【天使アルミサエルの祝福】【天使ガブリエルの祝福】



 二人(ふたり)分の【鑑定】結果が見えてしまって。余りのことに、ルリがふらつく足取りでセレーネの所まで行くと。(ひざまず)いたままの彼女の前で、同じように膝を床に着いてゆっくりと乾いた(くち)を開く。


「セレーネさん、おめでとうございます。妊娠されていますよ。お腹の中には、ちゃんとエンデさんが転生されていますよ」


 そう伝えると、慈母の愛を(たた)えたセレーネは大事そうに抱えた自分のお腹をそっと(さす)りながら、優しく(ささや)きかける。


「うふふ~。エンデぇ、私があなたの母親(ママ)でちゅよぉ? まったく、エンデは雪山で遭難したり、今度は転生して私の所に(かえ)って来たり。心配ばっかりかけるのですから、本当(ホント)に困ったものでちゅねぇ?」


「うっ、これは――また。ツッコミどころが満載ねェ」


 同じように【鑑定】したアリスが、ちょっと困ったように苦笑いをする。すると同じく【鑑定】スキルを習得していたユウナが、少しホッとしたとでも言うように優しく微笑む。


「私のスキルレベルが足りないためか情報で読み取れない物があって、多少の不安は残るけど。まあ、でもこれでアキラ少年はクロセくんに殺されずに済むかも?」


 やはり、あんな自分勝手なショタだが仮にも【女神の使徒】である以上は、ユウナにとっては気にはなる程度には違い無いということなだろう。


「セレーネ、お母さんになるの?」

「えー、セレーネ。かあさまぁ~?」

「……わーい、セレーネがママぁ?」


 小さなエマやコレットにジーナも、母親代わりのセレーネが子供を欲しがっていたことは、よく知っているのでとても嬉しそうにしている。

 さっきまでグズッていた赤ん坊のニコラは泣き疲れたのか、今は大人しく寝てしまっていた。


「わ~い。セレーネ、おかーさん? おめでとぉでしゅ!」

「フィもおめでたいと思うわ」

「ニャニャア~!」


 コロンにフィとルーまでが嬉しそうに顔を(ほころ)ばせている。すると、ようやく我に返ったらしいミラがカクカクとした動作でお祝いの言葉を述べ始める。


「こ、これは……セレーネ様、ご懐妊おめでとうございます。これからはお一人(ひとり)のお身体ではなくなるのですから、風邪などひいたりしないよう温かくしていただいて。孤児院のことは私達に(まか)せてくださいね」


「姫様、とりあえず今はゆっくり休んでいただくのがよろしいかと。大天使ガブリエル様による受胎告知とは、今の世で恐らくは前例の無い重大事になるかと。情報統制はしっかりしなければなりませんねェ」


 確かにセレーネのユニークスキル【受胎告知】は元より存在していたが、まさかこう言うことだとは。

 父親のいないお腹の子供はしかも転生者とは――迂闊(うかつ)に誰かに知られては、(ロク)なことにならなさそうだった。

 まあ、それでも――と、アリスは握り締めて血が(にじ)んでいた拳をゆっくりと開くと、ようやく(かな)しみなのか嬉しいのか分からない涙をそっと(ほほ)に伝わせるのだった。


「ただいま~、あれ? みなさん、お帰りで? あら、どうされたんですか?」


「メイ、ちょっと――エンデさんが」


 そのタイミングで母子(おやこ)で買い物に出ていたらしい、メイとお母さんが大きな荷物を抱えて帰宅して来た。そして、その異常な雰囲気とソファに横たわるエンデを見て表情を凍らせてしまう。




◆◇◆◇◆◇◆◇




「ええ、昨日の夕方にお話しした通り、みなさんで近日中に一緒に聖都をでることにしましょうね? ああ、このホテルは神聖教会が貸し切ってしまっていますので、獣人族の方達以外に宿泊客はいませんから安心してください。

 まだまだ、これからも続々と獣人族の方々は集まって来ると思いますので、お知り合いの方がいらっしゃったらお部屋割りを調整したりしますから声をかけてくださいね?」


 神聖教会の修道女であるシスター・フランが、手際よくテキパキと連絡事項を片付けていく。

 今は昨日の武闘大会の予選で助け出された獣人族の奴隷達が泊まっているホテルに来て、朝から次々とやって来る開放され始めた獣人族の奴隷達の受け入れ準備を進めていた。


 結局、昨日助け出された20人はその全員が夕方まで残っていて、ハクロー達と共にこの国からの脱出を希望していた。

 ただ、心細かったのかいくつもある寝室では寝ないで、みんなで肩を寄せ合うようにして広いリビングで寝たらしい。まあ、それでもこれまでの扱いに比べれば雲泥の差があったのだが。


 一晩(ひとばん)が開けて現実のことだと分かって泣き出す者もいたが、朝から付きっ切りで世話をしているシスター・フランの献身的な姿勢もあってか、大分落ち着いてきてはいる。

 逆に後から後からやってくる、状況が掴めずにビクビクしている解放されたばかりの獣人族の人達に、お風呂に入れたり着替えさせたり食事を取らせたり活躍し始めていた。


「それでは、今日の所はここまでになります。頼みましたよフラン」


「ええ、【聖女】様もご苦労様です。後のことはお任せください」


 【剣聖】に言われた通り、獣人族の奴隷達の解放には神聖教会の【聖女】が付き添って、酷い扱いを受けて怪我をしたりして弱っている者達には上級回復魔法をかけてから連れて来ていた。

 もう何十人もの獣人族の解放奴隷達が連れて来られているが、その誰もがどこかしら怪我(ケガ)や病気をしており、そのほぼ全員に回復魔法を(ほどこ)すことになっていたのだが。


 それでも【聖女】の魔力量は底を()くことは無く。流石(さすが)は天使の【神力】の欠片を借りて神の奇跡を体現していただけのことはあって、何年にも渡って繰り返し使い込まれて増大化された魔力量だけは伊達(ダテ)では無いと言うことか。


 それでもわずかに疲労した顔色を見せる【聖女】の様子を気遣うシスター・フランに、苦笑しながら自嘲するように長い睫毛(まつげ)()せると。


「やめてください。あたなに【聖女】などと呼ばれると、胸が痛くなってしまいます。昔のようにキアーラと読んでください」


 そんなすっかり(カド)が取れて優しくなってしまった同じ孤児院出身の幼馴染に、シスター・フランも嬉しそうに微笑むと。


「ええ、分かりました。それではキアーラ、明日もよろしくお願いしますね」


 そう柔らかい、少し弾む口調で応えるのだった。しかし、次の彼女の言葉に目を見開くことになってしまう。


「ああ、そう言えば。今日だけで十人以上の枢機卿様と大司教様や司教様達がニコニコ笑う【剣聖】殿に引き()られるように連れられて、大聖堂の地下に消えて行ったそうです。

 もう、神聖教会の上層部はほとんど残っている人が限られてしまって、これからどうなってしまうのか」


「あちゃあ~、堕天しているとは言え天使のアシエル様に手を出そうとしたのですからですよぉ。そのような(よこしま)な考えを持っている者には天罰が落ちて当然で、しかるべき(むく)いを受けねばならないでしょう?」


 神聖教会の修道女であるはずの彼女のその苛烈(かれつ)な言葉に、わずかに目を見開いた【聖女】だったが。思い直すように再びわずかに(うつむ)くと、やはり少しだけ疲れたようにつぶやく。


「そうですね。ここで、神聖教会の(うみ)(みずか)ら人の手で出し切らないと、本当に次こそは女神様による直々の天罰が下ることになってしまいますからね?」


 そう言って、歴代の教皇猊下達が問答無用で大天使ミカエルの手によって、虚無(ゼロ)彼方(かなた)へと送られた光景を思い出す。


 そうだ、そうなのだ。女神の御使(みつか)いである天使も天罰を下すことに、(なん)躊躇(ためらい)いも、一瞬の戸惑(とまど)いすらも、そして一切(いっさい)(なさ)容赦(ようしゃ)もそこには無かった。

 この世に害をなす者の存在を女神が慈悲を持って許すなど、そんな考えは人の自分勝手な傲慢(ごうまん)でしかなく、そんなものは(ただ)妄想(もうそう)以外の何物でもなかった。


 そのことを今回、身に染みて感じた【聖女】キアーラは、以降は女神の声に真摯(しんし)に耳を(かたむ)けるようになっていく。特にその女神の言葉を直接、聞くことのできる【神託】スキル持ちのシスター・フランの言葉を大事にするようになるのであった。


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