第4章20話 エンデュミオン
「エンデっ、【ハイヒール】! 【ハイヒール】! ちくしょうっ、【ハイヒール】!」
「ああっ、エンデさん! 精霊さんっ、上位回復魔法と上位治療魔法をお願いっ!」
「コロン、ルーは周辺警戒! フィはクロセくんをどこか端の方にお願い」
「了解ちまちた!」
「ニャアッ!」
「フィにまかせなさい。ハクローぐらい簡単に運べるから」
転移魔法陣を転げるように抜けると、やはりそこは地下迷宮を改造したらしい構造物――の施設の中にある部屋に出現していた。
でなければ、地下迷宮の内部には直接、転移魔法で出入りできる訳が無いのだ。
そこは小さな倉庫のような場所で、小さな【魔石】の灯りに照らし出されている薄暗い部屋の中には、資材らしき物が雑然と置かれて散乱している。
そしてそこには二人の人影があって。座り込んで呆然としているのが『黒の十字架』のアキラ少年で、もう一人――裸の全身に痣や傷だらけで血溜まりに倒れているのがエンデだ。
すぐさま、アリスの上位回復魔法とルリが呼んだ高位精霊達による上位回復魔法と上位治療魔法がエンデに繰り返し重ねがけされている。
ユウナは冷静に周囲を確認すると、コロンにフィとルーへ向けて指示を出して、自身も最近修得した【格納】スキルから取り出した、魔法アサルトライフルSG550スナイパーの銃床を折り畳んだまま取り回し半径を小さくして片手で構える。
この【賢者の石】の知識で習得した【格納】のスキルは【収納】とは一線を画すもので、武器などの類であれば身体の中に格納しているように扱うことができるスキルだった。
つまり360度、死角無く武器を好きな場所に好きなタイミングで好きな方向に向けて、いつでも出現させることができるという優れモノだ。
そうしている間にも妖精のフィがその驚くべき【身体強化】スキルで、昨日からの超位魔法と転移魔法の繰り返される強制行使の結果、遂に倒れてしまっていたハクローをそのわずか30cm程の身体で軽々と部屋の壁際に移動させてしまう。
その間も座り込んだままの『黒の十字架』のアキラは縛り上げられているようで、しかも依然として呆然と惚けたままだ。
しかしその時、エンデに回復魔法をかけ続けていたアリスとルリから悲鳴が上がる。魔法は決して万能では無い。
「あぁ――っ! エンデっ、駄目よ! 還って来てェ、死んだら駄目よ!」
「エンデさん! ああぁぁ……。精霊さんっ、何とかして、助けてぇ!」
そのとき、わずかの瞬間だけ薄っすらとエンデの瞳に光が宿ると、かすかに唇が震えて最後のその瞬間まで心に残るあの人の名を口にする。
「……せ、れぇ……ね」
次の瞬間、身体がわずかに沈み込むように力を失くして、その瞳からも遂には光が失われてしまう。
そうして、彼女のステータス情報に無情な【死亡】の表示がされてしまって。それを一瞬、信じられないとでもいうように、固まってしまったアリスが。
「あっ……ああっ、あっああああああああ!」
天に向かってその細い喉が張り裂けそうな程の慟哭を張り上げる。
「ああ……エンデさん。そ、そんな……うそ」
ガックリと膝をついたルリが肩を震わせるので、ギョッとしたコロンとフィにルーとユウナが走り寄って来るが。
しかし、グニャリと横たわったままのエンデの身体は、もうピクリとも微動だにすることは無く。
「誰だぁああああああ! 誰がエンデュミオンを殺ったぁああああ!」
紅と蒼のオッドアイを吊り上げたアリスがギロッと、座り込んだまま惚けて動かないアキラを睨むと、次の瞬間に【神速】でその眼前に出現するとそのままの勢いで横っ面を握り締めた拳で殴り倒す。
「べうっ……」
変な声を上げて地べたに転がると、アキラは口を切ったのか血を流しながらも重い口を開いて、ノロノロと壊れたロボットのように話し始める。
「……街で四凶王……一人見つけた……ねぐらを見つければ……俺もルリ様に……見直してもらって……でも逆に見つかって……そのエルフの女の人も……巻き込まれて……え、エンデが俺の身代りに……いいって言ったんだけど……は、ハクローさん達の知り合いだからって……自分から防壁魔法を……一度、死んでも生き返らされて……また……俺の所為で……え、えん、エンデが……死んだ」
それを聞き終えたアリスは、その真紅の長髪を溢れ出す紅蓮の魔力でユラユラと逆立てながら、フラッと歩き始めると。
「許さん……皆殺しにしてやる。弱っちい癖に、勝手に四凶王になんか手を出して、関係無いエンデを巻き込んで殺した――アキラ、貴様もだ。二度とその汚ねぇ顔見せるんじゃねェ」
そう吐き捨てて、女の子のような綺麗な顔をしたアキラの方を見向きもせずに、倉庫のような部屋に唯ひとつだけある扉の前に立つ。
「ルリはこの部屋に魔術結界を張って、ハクローと――それから、眠ってるエンデを守って頂戴。ユウナにコロン、フィとルーは私に続け――狩りの時間だ」
そう最後の一言を地獄の底から響くような極寒の低い声で言い放つと、左手で白く透き通る神話級【剣杖】を抜き放ち、右手にレーザーサイト付き魔法自動拳銃P226を構えてから、ゆっくりと――上げた右脚で、ズドーンッと扉を蹴破ってしまう。
最初から、静かに狩るつもりはサラサラ無いようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
石畳で覆われた建造物の様式をした地下迷宮の廊下を、どうやったのか地底深く外付けに拡張されていたらしい倉庫からノッソリと出てきたアリス達が突き進む。
今はいつものように索敵を担当するハクローがいないので、進行方向だけをアリスの【遠見の魔眼】によりピンポイントで監視し、周辺警戒を嗅覚と聴覚に優れたコロンが慎重に哨戒しながら、しかし何かに後ろから突き動かされるように早足で駆け抜けていた。
そして地下迷宮の廊下を角から姿を現した瞬間に、闇ギルドの構成員らしきチンピラ達は股間を撃ち抜かれるか、それとも消し炭にされるか、はたまたコロンの新スキル【飛剣術】で切断されてしまって。
その誰もが、自身の股間に手をやって尻を天井に突き上げるようにして地面に倒れ伏していた。
別に殺すのを躊躇った訳では無い。目に付く敵は全て声もあげさせず、何もさせずに瞬時に無力化し尽くした。がしかし、楽に死なせてやるつもりも、これっぽちも無かっただけだ。
あの孤児院の小さな子供達の誰からも好かれ、いつも飄々としている癖に姉御肌で面倒見が良くて優しかったエンデ。
娼婦だというのに、頼まれてもいない孤児院の仕事をいつの間にか自分から手伝ってくれていた彼女が、どれだけ苦しんで死んでいったのか考えただけで。
目の前の敵を、即死なんかさせて楽にしてやることなどできなかった。
だから、生きている価値の無い男共は視界に入るや否や、悲鳴を上げさせることも無く淡々と機械的に去勢処理されて行くのだった。
そうして100人以上の元男共の去勢手術が終わったところで、ひと際大きなホールのような部屋に出た。
部屋の中央には腰高の同じ種類の草だけが生い茂っており、【鑑定】スキルで視たルリがつぶやく。
「これが、『従属麻薬』とか言ってた物の元になっている、薬草? みたいなもんですね」
「ほぉ~。よく知ってるなぁ、ねぇちゃん」
その草原からのっそりと出て来た2m程もあるガタイの大きな筋肉マッチョな男が、下卑た色欲に塗れた嫌らしいニヤケ笑いを浮かべながら、下半身をおっ勃てたまま近づいて来て、自分勝手に一方的にくっ喋り始める。
「それにしてもエライ派手に暴れてくれたみたいだが、お前達が噂のBランク相当って言われている期待の新人Cランク冒険者パーティーってか? まあ、四凶王でAランク相当の俺達には関係無いがな。
そんなことよりもよぉ、イイ女がそろってんみてぇだからよぉ。ちょっと俺の相手をしてくんねぇか? さっきまで使ってたエルフ女が壊れがぁっ!」
「五月蝿ェぞ、ゴらぁ」
アリスのつぶやきと共に【無詠唱】で放たれた下位火魔法【ファイヤーボール】百発が、全て一瞬で転移して敵の魔法防壁へ同時に直撃して爆音と黒煙を上げていた。
「あっぶねぇなぁ。Aランクの俺の防壁だから守ってるってのに、人の話を聞けってぐあっあああ!」
再び【ファイヤーボール】百発が予備動作無しに即時着弾して魔法防壁の一部にヒビを入れる。が、魔法防壁は貫通できていない。
しかし、そんなことには構わずアリスは地獄の底から聞こえて来るような凍結された低い声でつぶやく。
「お前がエンデを殺りやがったのか?」
「あちちちって、んあぁ? あのエルフ女の知り合いだってかぁ? ああ、ありゃあイイ女だったぜ、なんせ絶倫の俺が一晩じゅう休まず犯りまくっあれ?」
昨晩のことでも思い出したのか股間をおっ勃ってて嬉しそうに話をしていたAランクらしい筋肉マッチョな男が、その自分の股間に違和感を覚えて言葉を途切れさせる。
すると、そこにあるはずのモノが股間に無く、おっ勃ってるソレは――アリスとのちょうど中間距離の中空に出現した透明な正六面体の中に浮いていた。
「……【キューブ】」
ギョッとした筋肉マッチョな男のことなど無視して、アリスが静かに無詠唱の域まで圧縮されたオリジナルの魔術式をつぶやく。
筋肉マッチョ男は一生懸命、自分の股間におっ勃ってるはずのそれを触ろうと手を伸ばすが、触れられるはずも無くその手は虚しく股間で空を切る。
「てめぇ、何しやがったぁ! 冗談じゃ済まねぇぞっ、精力絶倫の俺が女抱かなくなったらこの世が終わっちまぎゃあああああああ!」
何事かと筋肉ゴリラが下卑た下種い御託を喚き始めると同時に、中空に浮く透明な正六面体へとアリスが手を向けて握る仕草をした途端に、悶絶して絶叫を始めてしまう。
「分かった? 【空間魔法】で隔離しているけど痛覚も何もかもが全部繋がってるから、こうしてやるとそのチンケな粗品が痛いわよ?」
「ぐぎゃああああああああ!」
筋肉ゴリラはあるはずのない股間に手を当てたまま、内股になってその場に座り込み仰け反って天に向かい絶叫を上げる。
そんなエロ猿を白けた様子で見ていたアリスが、静かに判決を言い渡す。
「お前は殺しはしない。未来永劫、死ぬこともできない亜空間の中で、繰り返し磨り潰される激痛の中でこの世の終わりまで生き続けろ」
「な、何で俺の魔法防壁が……【身体強化】も【物理防御】も【魔法防御】やその他のスキルも全部上位レベルなのに何でぶぎゅああああああ!」
ぐんぐんと圧縮されて遂には爪の先程の小さいサイコロのようになってしまって、股間の激痛に白い泡を吹き始めた筋肉ゴリラに。
「お前如きのヘチョイたかが上位っぽいスキルや安っちい上位ランク魔法が、私のカンストした【空間魔法】をキャンセルできるはずが無いだろ? 脳筋は空っぽの頭蓋骨も圧縮して潰してやるから、その邪魔な図体を小さくしてろ」
そんなことを言うと、アリスは両手を前に出して目の前の空気を握り潰すようなしぐさを始める。
すると、筋肉マッチョな絶倫男はその2mもあった巨体を、いつの間にか囲まれていた透明の正六面体にぐんぐんと押し潰されて行き、終いにはとうとう情けない悲鳴と共に同じく小さなサイコロサイズに成り果ててしまう。
しかし、アリスの特殊な切り離された亜空間では時間が事実上ほとんど経過しないので、生きたまま激痛の叫び声だけが二つあるサイコロのどっちからともなく耳障りに漏れ聞こえ続けている。
「しまった、亜空間の音声をカットするの忘れてた。まあ、もう一個大きめの亜空間に投げ込んでおけばいいか?」
そう言って、アッサリともうひとつの亜空間を出現させるとポイッとその中に投げ込んでしまった。
「あ~、でも小さいからどの亜空間に入れたか忘れそうだなぁ。ま、いいか、どうせ二度と出さないしィ?」
そう言って、終わった終わったとパンパンと手を叩くアリス。
後ろでポカンと口を開けて見ていたユウナにコロンとフィにルーは、Aランク相当とまで言われていた四凶王の一人を全く何もさせずに無力化してしまったアリスに、固まったまま呆れているしか無かった。
これは本気で怒らせてはいけない。そう、心に刻む三人と一匹だった。
「なんだ、もう終わってしまったのかぁい。ベイベー?」
そう言って、ヒラヒラのブラウスとピッタリタイツを履いた金髪のイケメン――というか、見るからにナルシストな細身の男が腰をクイックイッと振りながら声をかけて来た。
ガイィン
次の瞬間、腰高の草むらの陰から、別の何か蛇のような物が死角から飛び出して来る。
しかしユウナの持つ銃床を折り畳んだ魔法アサルトライフルSG550スナイパーの最小回転半径での掃射を受けて、それはまた草むらへと消えて行く。
「ああ、そいつはボクと同じ四凶王でも全然違った陰湿な性格をしているアサシンタイプだから。気をつけた方がいいよぉ、ベイベー?」
スチャッとドヤ顔でキメポーズを取って、でも腰をクイッと前に突き出してから、ビシィっと指先を向けてくる金髪ナルシスト。どうやら、こんどは四凶王の二人を同時に相手しなければならないようだった。