第4章18話 武闘大会優勝者
「それじゃ、武闘大会優勝者コロンの権限において、神聖皇国の全獣人族の奴隷達は神聖教会がその責任において無条件で開放することとする。立会い証人は当代【剣聖】であるオレ、白刃斎だ。良いな?」
闘技場のアリーナに一番近い観客先の最前列から、せり出した貴賓席で青い顔をして椅子に崩れ落ちている枢機卿の生き残り達となんちゃって【聖女】に振り返って、ニヤ~っと悪い笑顔で睨みつけるので。
「ひっ、わ、分かった。神聖教会の財源で全て手配すると約束しよう。た、ただし、神聖皇国の全土に買い戻しの手続きが」
「神聖教会の全信徒に向けて、神命であるとでも告げろ。それから、歴代教皇達や枢機卿に司教達の私財も隠し財産を含めて全て徴収するんだ。元は信徒達のお布施から掠め取った汚れた金だ、文句はあるまい?
ああ、獣人奴隷を隠し立てしようとしても無駄だぞ。そんな奴の所には、この当代【剣聖】であるオレ、白刃斎が直々に取り立てに行ってやるからな。その時は、買い取りどころではなく全財産ごと徴収になると知れ。
この約定に意義がある者は、何時でもオレの所に言って来い。仲介役として、大天使ミカエルを交えて話を聞いてやる」
財政担当らしい枢機卿の一人が何とか言い訳をして逃れようとするが、それをバッサリと断ち斬って師匠が問答無用で命令する。
「「「「「ひっ、ひぃいいいい!」」」」」
つい昨日、歴代の教皇達が虚無の彼方へと消えて逝ったのを思い出したのか、居並ぶ枢機卿達全員がガタブルと震え出してしまう。
「それから、そこの名だけ【聖女】。天使の【神力】を借りた超位回復魔法は使えなくなったが、繰り返し借りたスキルを使用することで習得した下位回復魔法は使用できるはずだな?
ならば、獣人奴隷の解放には【聖女】自らが立ち会って、疲弊しているであろう獣人達を回復してやれ。
【神力】を繰り返し限界まで使用していたのだから、魔力総量は増大しているのだろう?」
「……はっ。それで、これまでの報いになるとも思えませんが、できる限りのことはさせていただきます」
何か思う所でもあったのか、愁傷な態度で素直に頷いて見せる、今日も純白の修道服に身を包んだ神聖教会の【聖女】さん。
それを見ていた幼馴染の修道女であるシスター・フランが、心配そうな顔をして。
「キアーラ……」
そう、同じ孤児院出身の幼馴染の名前を小さくつぶやくのだった。
「おーい、コロン。優勝トロフィーと副賞のアイテムが貰えるらしいぞぉ~!」
アリーナの中央でセーラー服の真紅のリボンの下に隠されているだいぶ膨らんで来た胸を張って、大会優勝者の威厳を持ってスックと立っているコロンに向かって片手を上げる。
「わ~い、ハク様ぁ~」
一足飛びにピョ~ンと飛んで来たコロンをポフッと抱きしめてから、せり出した貴賓席のテラスへと向かう。
貴賓席では、神聖教会の代表として【聖女】様から有難い大会優勝トロフィーを貰って両手で抱えながら、少しだけ嬉しそうに白銀の狐耳とちっちゃな鼻をピクピクさせて、しっぽをフリンフリンと振っている可愛いセーラー服を着た小さなコロン。
複雑な心境だろう闘技場に集まった信徒数万人からも、純粋に神聖騎士団の精鋭である聖都守備隊を堂々と打ち破った、小さな銀狐の少女には惜しみない拍手が寄せられていた。
肝心の副賞はといえば今回は特別に、後で神聖教会の宝物殿に行って好きな物を選べることになったらしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「お~、害虫ポイポイにかかってる、かかってる~。うわっ、二十人以上いるじゃないの。何処からこんなに湧くわけ?」
アリスが足元の床をコツンとブーツの踵で叩くと、空間の裂け目が現れて、その中にはゴゾゴゾと蠢く黒づくめの男達が沢山折り重なっている。
昨日から眠ったままの天使が心配なので一度、孤児院の客室へと戻ってみると、ベッドの周囲に限定的に張り巡らされたルリの魔術結界と高位七精霊による精霊結界に阻まれて近づくこともできなかったらしい侵入者達が、アリスの【空間魔法】によって用意された亜空間にベッドに近づこうとして墜とされていた。
「これで全部なの? あ、そう。転移したりして逃げた奴は――いなかったのね」
腕組みをしながら足元の空間を見下ろしているアリスが、ベッドにポテンと置かれたテディベアぬいぐるみのビーチェに訊ねる。
すると、まさかゴーレムだとは思ていなかったのか、黒ずくめの男達がギョッとした顔をしてしまう。
それを可笑しそうに、ニヤァ~と乱杭歯だらけの口を耳まで裂いて見せながら。
親指をグイッと上げて見せる、いつものお気に入りの白と黒のチェックのフレアスカートを履いた男前なビーチェ。
そんな様子を横目で見ながら俺は、はぁ~と小さなため息をついてパンパンと手を叩いて注目を促す。
「はいは~い、それじゃあ一人づつお名前と出身地と生年月日――は要らないので、ここへ来た目的と依頼主のお名前を教えてくださいねェ~。
あ~、抵抗しても無駄なんで。【解析】で記憶を『分析』するのは上手くなったとはいえ、無理に抵抗されると後で元に戻らなくなって廃人になるかもしれないので気をつけてくださいねェ~」
そう言ってちょっとだけ脅しながら、おっさん達の汚いほっぺに丸印に番号を一から順にふっていくついでに、昨日からの記憶を一気にダウンロードしてしまう。
「あ~、この人は神聖教会の大司祭さんの依頼かぁ。この人は、枢機卿? 懲りないなぁ。お~、帝国からの間諜もいるよ。ああ、自決しようとしても無駄だからね~」
そう念を押しながらチラッと横を見やると、アリスがニヤ~と口を三日月のように裂いて哀れな囚われの害虫に向かって微笑みかける。
「私のその亜空間は特別製でね、文字通り空間を切り離して構築されているのよ。だから時間を止めることはできないけど、空間そのものが固定されているから事実上、その空間内では状態は推移――というか、変移することが出来ないのよねェ。
分かりやすく言うと、墜とされてからそんなに時間が経っていないと思っているでしょうけど、もう昼前だからね?
そういう訳で、その空間から出された瞬間、一気に時間の帳尻を合わされるから、覚悟しておいた方がいいわよ?」
その玉手箱の効果ような恐るべき事実に、ギョッとして震え上がってしまう黒ずくめの男達。そんなことよりも、と師匠の方を向くと。
「はい、これがこいつらの素性と依頼主のリストになるんだけど――俺達には、これ以上は」
「ああ、分かっているさ。付き合わせて悪かったな。後は当代【剣聖】であるオレが話をつけて来るとするよ」
ニヤっと笑ってリストを俺から受け取ると、腰に下げていた日本刀をチキッと言わせて目の前の空間の裂け目にスッと消えて行ってしまう白人斎。
これでようやく一段落したかと、アリスがホッと一息つきながら口を開く。
「この塵共は、後で宝物殿に行った時にでも神聖教会に引き渡すとするかぁ? それとも、このまま入れっぱなしにしておいて何十年かしてからパカッと開けてみる? あ~、でも出した後がグロいかもぉ」
「おい、それよりも」
そう、ベッドの周りで大騒ぎをしていれば目が覚めると言うもので、真っ白なシーツに埋もれるように眠っていた正統派ブロンドの天使さんが綺麗な青い瞳を薄く開けてこちらを見ていた。
すぐに気がついたルリが、少し明るい口調で天使に話しかける。
「気がつきましたか? もう大丈夫ですよ? ここは安全ですからね? 喉が渇いたり、お腹が空いたりしていませんか?」
「……あ、り、がと」
わずかにフルフルと首を振って見せる天使は、ひび割れて擦れた声でまず最初にお礼の言葉を口にするのだった。
だからか、女神の半身であるユウナが無表情のまま、彼女なりの優しい声でもう一度語りかける。
「私はユウナ。【純潔の女神】アルティミス様に連なる者だ。大天使ミカエル様から、貴女のお世話を頼まれた。
まずは、私達も今から昼食を取るので一緒にどうだろうか」
すると、少しだけ考え込んでいた天使は。
「…………アシエル。少しなら」
おお、確か大天使ミカエルが堕天している間に使えとか言っていた名前か。柔らかいものなら、何とか食べてくれそうだな。
そういう訳で、アリスに作ってもらった亜空間――今度は普通に切り離されていない空間に、【砂の城】二号を設置したのだが。
午前中の武闘大会で疲れているだろう戦うに、それでも【料理人】のコロンが自分から調理を申し出てくれた。本当に良い子に育ってくれている。
「アシエルさん。お料理はコロンにおまかせでしゅ」
「フィは味見ねぇ~」
「ニャア~」
「この子はルーです。私はルリ。何か欲しいものがあったら言ってくださいね?」
「アリスよ。後で神聖教会の宝物殿に行くけど、アシエルの持ち物が残されているかもしれないから、一緒に行ってみる?」
「そうだな、俺が抱いて行くので無理はしないように。ああ、俺はハクロー」
みんなでもう一度、自己紹介も兼ねてそっと声をかける。
するとコクッとわずかに頷いて、また目を閉じてしまう。そうして額から耳のかけて白い包帯を巻いた天使は、再び眠りにつく。
アリスがわずかに肩を竦めてから、ため息と共につぶやく。
「仕方ないわ、何百年もあの状態だったんだろうから、すぐには回復は難しいでしょう。でも宝物殿には行きたそうな雰囲気もあったから、明日アシエルが起きたら連れて行ってみましょうか」
「神聖教会の資産売却が始まると、宝物殿もどうなるかわからない。アシエルの持ち物が残っているなら、できるだけ早い方がいい」
珍しく、哀しそうな顔をしたユウナがボソボソとつぶやく。分かってはいるが、やはり女神の半身としては天使のことが心配なのだろう。
「そうだな。コロンの昼食ができたところで、起こしてみて食べれるようなら食べてもらって。明日は俺が抱いて連れて行けばいいし、調子が悪くなるようなら転移して帰ってくればいいからさ」
「うん、分かった。クロセくん、ありがとう」
そう言って、ユウナはわずかに紫の瞳を細めて微笑むのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
真夜中を過ぎた頃、夜月の灯りに照らされた海に近い王国第二の大都市ニースィアの、裏路地にある娼館から出て来た見るからに娼婦な女が一人歩いて来る。
その豊満なナイスバディーを申し訳程度の布で覆っただけで惜しみなく曝して、薄いストールを肩にかけただけのブルネットの女は――耳の長いエルフの妖艶な美女で、すぐ傍のさらに細い路地を覗き込むと。
「あんた、そんな所で何やってんのさ? いつも、孤児院を遠巻きに見てる子だよね? 昨日も言ったけど」
そんなことを暗闇に向かってつぶやくのだが、ズブの素人の娼婦にまで【隠密】スキルを看破されてしまった神聖皇国の特殊魔術部隊『黒の十字架』のアキラ少年は、ブスッとした声で姿も見せずにその言葉を遮る。
「別にあんたには関係無いことだ。危ないからサッサとどっか行けよ」
拗ねるように強がってそんなことを言うもんだから、どうしてか見かけによらず孤児院でもお子様の面倒見の良いエルフな娼婦のエンデは、クスクス笑いながらも。
「また、そんなこと言ってェ。私が見つけるぐらいだから、あんたの標的もよっぽどの間抜けじゃない限りとっくに気がついてると思うわよ? 危ないことなら、やめといた方がいいわよぉ~?」
とアキラがアングリと口を開けてしまうようなことを平気で言ってしまう。慌てて取り繕うように、ブツブツと言い訳を始めるショタな少年だが。
「ば、馬鹿なこと言うんじゃねぇよ……俺がそんなヘマする訳ねぇじゃんか。せっかく、あの糞野郎が探していた四凶王を見つけたんだ。ねぐらを突き止めて」
「なんだ、やっぱり俺に用だったのかよ?」
すぐ横にいつの間にか立っていた優に2mはあるだろう巨漢の筋肉マッチョに声をかけられて、ギョッとして一瞬固まってしまう。
「ハンパな【隠蔽】だったから、別のを釣ってんのかと思ったぜ。まあ、俺はショタガキには興味ねぇけどぉ、しかしそっちのエルフはイイ女だなぁ~。
決めたぜ、使ってた女が使いモンにならなくなってたんだ。お前を貰ってくことにするっと危ねぇなぁ」
一瞬の隙を突いてアキラが、こっちもいつの間にか腕を掴まれていたエンデを逃がそうと、暗殺用の黒い短剣を振るうが握り締めていたグリップごと上からグシャっと握り潰されてしまう。
「がぁ! ちぃいいいっ!」
苦痛に顔を歪めながらも反対の手で二本目の黒い短剣を腰の後ろから抜刀するが、その前に巨漢の筋肉マッチョがデコピンを一発だけアキラの額にバシンッという重い音と共に撃ち当てると、アッサリと脳を揺らされて意識を刈り取られてしまう。
「ふんっ、男も女もいける両刀のあいつにくれてやるか? よし、今夜は良いモン拾ったから帰るとするかぁ」
そう言って、暴れるナイスバディーだが細身なエルフのエンデをヒョイッと担ぎ上げると、アキラも脇に抱えてスゥ~っと細い路地の暗闇に消えて行ってしまう。
後には、二本の黒い短剣だけが塵と糞尿に汚れた石畳の上に取り残されていた。