第4章17話 武闘大会(本戦)
静まり返った闘技場に集まった神聖教会の信徒からなる数万人の観客を前に、唯一人アリーナに手ぶらで立つ白銀の狐耳としっぽの少女。
モノトーンを基調とした紅をアクセントに見せる可愛いセーラー服を着た、一見するとどっかの良いとこのお嬢様のようだ。
武闘大会の予選が一瞬の内に終わってしまったので、急遽、開催時間を繰り上げて執り行われることになった大会本戦の第一回戦だ。
以降の本戦はパラマストーナメント方式でステップラダーの――つまりは、予戦を勝ち抜いてきたコロン以外は全員がシード扱いで、その全てが神聖騎士団の聖都守備隊の精鋭中の精鋭四天王がラインナップされているらしい。
とどのつまり、コロンはたった一人で四人を相手に勝ち抜いて優勝しなければならないということだ。
「おい、師匠。聞いて無いぞ?」
ギロッと普段から悪いと言われている目付きを極限までさらに悪くして、隣に座る【剣聖】白刃斎に問いかける。
「ん~、オレも聞いて無いけど――まあ、あの娘なら問題ないだろ? あの馬鹿が付くほど狂信的な聖都守備隊の隊長は、コロンちゃんのチョーカーを【従属の首輪】と勘違いして殺せると思い込んでいるみたいだけどね?」
「死ななきゃ良いってもんじゃない。あの阿保がコロンに怪我でもさせようもんなら、聖都をまとめて焼き野原にしてやるからな」
そう言って視線をアリーナに立つ、見たそのまんま可愛いセーラー服を着たアイドルのソロライブにも見えてしまうコロンに向ける。
「あ~、ハクローがまた過保護な父親モードになってるわよ」
「はあ~、そうですけど。本当にコロンちゃん、怪我しないと良いんですけど」
「クロセくんが仕様がないのはいつものこととしても、本当に何もなければ良いけど」
俺の前の最前列に座るアリスがボソッとつぶやくと、俺の隣りのルリがソワソワとしていて、その前の席のいつもは無表情で冷静なユウナまでもが珍しく落ち着きが無い。
ところで、妖精のフィと聖獣のルーはコロンの――というか、アリーナ中央の上空にふんぞり返って闘技場全体を見下ろしていて、ここからでもそのドヤ顔が良く分かる程だ。
すると、ルリの俺とは反対側の隣りに座っている、神聖教会の修道女であるシスター・フランがアリーナの入場口を指差す。
「あ、対戦相手が来ましたよ?」
白銀の金属鎧を身に纏った大柄な騎士がそこにはいて、その手には巨大なバトルアックスが握られている。
すると何の前置きも無く、運営でも審判でも無いのにいきなり神聖騎士団の聖都守備隊のイケメン隊長が叫ぶ。
「この憐れな獣人を倒し、戦いに勝利して神聖教会の教義の正当性を証明してみせるのだ! 試合開始!」
「神聖皇国、聖都守備隊三番隊組長エウスタキオぎゃあああああ!」
騎士道精神よろしく名乗りを上げるが、そんなことは聖獣ルーには関係無いらしく、コロンの頭上をフヨフヨ浮いていたのだが可愛く「がうっ」と鳴くと――その一瞬で、騎士の身体の左半分が消し飛ばされていて、その後ろの闘技場の内壁も魔術結界があるはずが貫通してしまっていた。
ルーが上空から打ち下ろさなければ、その弾道は魔術結界を無視して観客席に飛び込んでいるところだった。それを理解した観客席の神聖教会の信徒達は、崩れ落ちる闘技場の内壁とその瓦礫の向こうに広がって見える聖都の街並みを見て震え上がってしまう。
「うにゃ?」
素直な良い子のコロンは騎士の口上が終わるのを待ってしまっていたので、武器を召喚する間もなく終わってしまったらしい第一回戦に、可愛く小首を傾げてしまう。
「……う……うう……」
しかし、肝心の騎士は組長クラスのための特別製の金属鎧の付与効果なのか、やはり死ぬことが出来ずに左半身を無くして内臓をアリーナにぶちまけながらも、まだ生きているようだ。
「ひ、卑怯だぞっ! 一対一の戦いのはずだっ」
神聖教会の聖都守備隊のイケメン隊長は聖獣ルーの攻撃が気に食わないらしく難癖をつけて来るが、当代【剣聖】である白刃斎が鼻で笑い飛ばしてしまう。
「ははっ、これはおかしなこと言う。【魔獣使い】が使い魔を使って何が悪いと言うのだ? まさか、魔術師に剣で戦えとでも言うつもりか? だったら、騎士である貴様達は剣を捨てて素手で戦うとでも言うのか?」
「くっ……そ、それは……」
アッサリと言い負かされてしまい、悔しそうに俯いて拳を握り締めてしまうイケメン隊長さん。あ~、それは相手が悪いから。絶対に口喧嘩では、勝てない相手だからね?
ビシッ
「あいたぁ!」
また空のどこからともなく、パキッと折ってあって既に発光しているケミカルライトが頭に降って来て激突する。
今これって、師匠とは全然別方向の空間から飛んで来なかったか?
そうこうしている内に、騎士が泡を吹いて気絶してようやくショック死したようでアリーナからその姿が跡形も無く消え去る。
今頃は、この闘技場に用意されている特殊な魔術結界により医務室に強制転移させられて無傷で復活していることだろうけれど、PTSD――心的外傷後ストレス障害になってないといいけどねぇ。
結局はそのまま、コロンは二回戦に進出することになったようで、アリーナにポツネンと一人立ったまま次の対戦相手の入場を待つことになってしまった。
すると、今度はイケメン隊長が次の騎士が入場する前から「試合開始!」と唐突に叫び出す。おいおい、それでいいのか騎士道精神。
次の瞬間、アリーナに黒い霧が立ち込め初めて――闇魔法か! でも、神聖教会の神聖騎士団だろう? 聖魔法の対極である、闇魔法の使い手もいるのか。
と思ったら、霧の中でボテッとアリーナに倒れ伏す細身で特別製の黒い金属鎧の騎士が一人。それを上空から冷たい視線で見下ろしているのは、妖精のフィだ。
「フンッ、転移しようがどこに居ようが、このフィのスキル合成から逃げられると思ったか?」
見ると、倒れている騎士は魔力が暴走してしまっているようで、発生させている闇魔法で自分を攻撃するだけでなく、剣まで抜いて自傷し始めていた。
しかも眠らされているのに、何か泣きながら必死に謝ってるし。ああ、どうやらトラウマを突き回されているのか。怖っ。
それでも、死に切れないようで今回も特別製の金属鎧が自動回復させるからか、延々と狂ったように自殺未遂を繰り返す。
そのあまりに凄惨な光景に、闘技場に詰めかけていた一般の神聖教会信徒達の中には、気持ち悪くなって吐きそうになっている者達までいる。
「そ、それまでっ!」
流石に見ていられなかったのか、大会職員が止めに入って連れ出してしまった。それを見送ったイケメン隊長が、またいちゃもんをつけて来る。
「何と卑劣なっ!」
「はぁ~? 幻術対策も耐力も持っていない、出来損ない騎士の方がどうかしてるだろ? っていうか、入場もせず姿も見せないで奇襲しようとしておいて卑怯とか、お前本気で馬鹿じゃないか?」
徹底的にこの機会に神聖教会の最大戦力を無力化するつもりらしい白刃斎が、意地悪くケタケタと高笑いを始めてしまう。
「くっ、使い魔だけでなく妖精まで使役するとは違反では無いか!」
「本当にお前、阿呆だろ? 【妖精使い】が妖精を使役して何が悪いってんだよ?」
あっははは~っ、と膝を叩いて大笑いをする師匠に、イケメン隊長が逆切れして言い返す。
「馬鹿なっ、獣人風情がダブルジョブなどありえるものか!」
「んあ~? お前こそ馬鹿だろ? あそこにいる銀狐の娘はトリプルジョブだぞ? あーっはっははは、可笑しぃ!」
とうとう腹を抱えて大爆笑し始めてしまった【剣聖】に、顔を真っ赤にしてプルプル震えるだけのイケメン隊長。
「ひ~っ、あ~笑った笑った。おーい、コロ~ン。神聖騎士団で最強である聖都守備隊の隊長様が手加減してほしいってさ。かわいそうだから、次の対戦はフィとルーは見学なっ?」
そして闘技場中に響き渡る程の大声でそんなことを言うもんだから、観客席に集まっていた数万人の神聖教会の信徒達がザワザワとし始めてしまう。
自分に集まる数万の視線に耐え切れなくなってしまったのか、どもりながらも慌てて右手を振りかざす残念イケメン隊長。
「つ、次だっ!」
「了解っス! 一番隊組長ウンベルトっス。よろしくッス」
そんな元気な掛け声で出て来たのは、俺達をホテルまで迎えに来た若い騎士団員だった。
「【ミスリル☆ハーツ】戦う料理人、コロンでしゅ。よろちくお願いしましゅ」
だからか、白銀のしっぽを嬉しそうにフリフリさせたコロンも元気に挨拶を返す。
「ありゃ~、隊の組長さんだったのかぁ」
「まあ、ハクロー。あいつの【剣術】スキルでLv9ってのは、先代と当代の【剣聖】程では無いにしても、それ以外ではこれまで見たこと無いもんね?」
「わあ~、ハクローくん。騎士さんそんなに強かったんですねぇ~」
「でも、クロセくん……それだけじゃあ、ねぇ?」
確かに目の前では、片手でバスターソードと言われる長大な両手剣を軽々と持った一番隊組長ウンベルトが繰り出す剣戟を、コロンの【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】の【二刀流】による銀閃がことごとく弾き返しているが、その圧倒的な重量による圧力と驚く程の手数に流石のコロンも押され気味だ。
「ほっ、やっ、たあっ、とうっ、たやっ、ちょい、ほあっ、とおっ」
いつもなら段々と相手の剣筋を見切ってリアルタイムの成長分も含めて持ち返すはずが、今回の敵には中々それが出来ないでいた。
と、数十回に渡る討ち合いの末に天才剣士と謳われる一番隊隊長ウンベルトは、戦闘経験の圧倒的に不足しているコロンの右手に握った【魔法のおたま】の剣先を、その長い間合いと共に繰り出されたこれまで以上に重い一撃で後方に弾き飛ばしてしまう。
「にゃっ!」
「もらったぁ!」
ニヤっと笑った天才騎士ウンベルトが流れるような剣線で【魔法のフライパン】までを弾くと、コロンが右手に握った【魔法のおたま】の剣先が引き戻されて帰って来る前に、ガラ空きとなったコロンの首筋に切っ先を突き立てようと躊躇いなく突進して来る。
「にっ、にゃあああああ!」
絶叫するコロンは後方へと追いやられてしまった【魔法のおたま】を手放してしまうと、【加速】で後ろに下がりながら空になった右手を最短距離で引き戻してそのままウンベルトに真っ直ぐ向けて指差すように突き出す。
そして漆黒のプリーツスカートの下の太腿から短距離召喚された、レーザーサイト付き魔法自動拳銃P226のグリップを握るとそのまま引き金を絞り込んで抜き撃つ。
目の前まで接近して来ていた天才剣士ウンベルトは突然自分の眼前に出現した銃口を避けることもできず剣先がわずかに届く寸前、紅いレーザー光と共に薙ぎ払われるように、至近距離から最大装填数16発の9x19mmパラベラム弾の連射に胸部金属鎧を撃ち抜かれていた。
「がぁっ……」
低い呻き声を上げてブラウン管に映るゴーストのようにその姿をダブらせたかと思うと、闘技場の魔術結界で強制転移させられて消え去ってしまう。
「にゃふ~~~、ビックリちまちたでしゅ」
額の汗を拭いながらも、落とした【魔法のおたま】をヒョイと拾うと綺麗に拭いてから、ポイッと召喚元へと戻してしまうコロン。
「お、おいおいおいおいおい……ヒヤヒヤさせないでくれよぉ」
ドカッと座席に倒れ込むように座り直すと、同じように額の冷や汗を拭う。すると、隣でも全く同じように冷や汗を拭いているのは白刃斎だ。
「やあ~、ビックリしたなぁ~。それにしても、コロンちゃんのあの早撃ちはマカロニウエスタン並みで、カッチョイ~なぁ」
「おい、師匠。まさか、フィとルーにまで手出しさせないで、これで予定通りじゃ無いなんてことは無いんだよな?」
ジロッと睨みつけてやると慌てて視線を彷徨わせながら、人差し指をフルフルと振って見せる当代【剣聖】。
「え? ま、まさかぁ~。あ、あははは~? あ~でも、コロンちゃんの【料理】スキルは上級ランクのLv7にまで上がっちゃったようだぞ?」
「おおーっ! 流石はコロンだーって、誤魔化されませんよ? 師匠には、後でちゃんの話を聞きますからね!」
仲間の中でも唯一人、上級ランクのスキルに自分の力だけで成長させてしまった家の自慢の娘は良いとしても。
普段から目付きの悪い瑠璃色の瞳で射貫くようにこれでもかを睨みつけてやると、ワザとらしく泣き真似を始める残念白刃斎。
「うわぁ~ん、ルリちゃ~ぁん。弟子のハクローが怖いよぉ~」
「あ、あはは~~?」
すっかり馴れ馴れしくなってしまっている天下にその名を轟かせる【剣聖】に、困ったように乾いた声で笑うしかないルリさん。
「き、貴様っ、飛び道具を使うなど。卑怯千万だ! だいたい何故貴様のような下賤の獣人族ごときが、女神様の御座す聖域セルヴァンを擁するジュネヴァン連邦国の魔法自動拳銃をっ!」
神聖教会の聖都守備隊で最強の天才剣士である一番隊組長が倒されて焦っているのか、唾を飛ばしながら指先をプルプル震わせながらもコロンを指差している小物臭いイケメン隊長に、白刃斎が本気で涙を流しながら大爆笑し始めてしまう。
「何だお前の方こそ、あそこにいる銀狐の娘が【純潔の女神】アルティミス様に友人と認められていることも知らずに、喧嘩を売っていたのか?
あーっははははっ、こりゃあ傑作だ。こんなに笑ったのは本気で久しぶりだぜ。お前、騎士団の隊長なんか辞めて喜劇役者にでもなった方が向いてると思うぞ?
おい、コロン。決勝戦はこのへっぽこ隊長だろうから、徹底的に叩きのめして二度と余計な口を叩けないようにしてやれっ!」
「了解ちまちたっ!」
まだまだ元気な小さなコロンがピッと敬礼して見せると、闘技場に集まっている数万人の神聖教会の信徒達からの視線の色合いが変わっていく。
「獣人族が女神様の友人?」
「しかし、確かにアルティミス様はハイエルフ族だし」
「それじゃ、獣人族が卑しいとした教義は……」
「やはり、あの教義がおかしいのでは?」
その時になって初めて、目の前に佇む獣人族の少女が誰なのか理解したらしい神聖騎士団の聖都守備隊隊長は。
「ひっ! そ、それじゃ、通達にあったあの……まさか、間違いでは無かったというのか……それじゃ、教義は……しかし、女神様の友人に……いや、でも」
顔を真っ青にしてガタガタと震え始めてしまった、残念イケメン隊長がブツブツつぶやきながらアリーナに下りていくのだが、あんなんで決勝を戦えるのだろうか。
「それでは武闘大会の決勝戦を始めることとする。始めェ!」
本来、審判を務める役らしい大会委員の掛け声で小さなコロンが素手のまま目にも止まらぬ速度で飛び出すと、後は【剣術】スキルがLv8しかないイケメン隊長が相手になるはずも無く。
隊長の眼前で空中から召喚された【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】に、自慢の【魔剣】レイピアを掠らせることもできずに一方的に全身に銀色の剣閃を受け続ける。
豪華な付与魔法がかけられた特注の金属鎧を着ているからか、すぐに倒れることは無いが逆にコロンの【防壁無効】スキルによる貫通攻撃に生身の身体が耐え切れるはずも無く、ズタズタに筋肉も血管も内臓も内部から爆発するようにミンチにされていく。
そうしてついには涙も鼻水も涎も、そして小便も大便も垂れ流してしまったイケメン隊長が放つ悪臭から逃げるように、パッとアリーナの中央まで立ち戻っていたコロンが困ったように観客先を振り返る。
しかし、離れて見ている審判からはイケメン隊長の着ている金属鎧はまだ立っているようにしか見えず、魔術結界で強制転移されて来ている訳でも無いために、勝手に試合を終了させることもできないようだ。
仕方が無いのでコロンに向かって頷いて見せると、白銀の狐人族の少女は手にしていた【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】をフッと上に放り投げて召喚元にパッと戻して、両手をブラリと素手のまま下げて立ち尽くす。
と、キランッと鋭い銀閃がアリーナを煌いたかと思うと、何も無い空間から召喚された【魔法のおたま】が抜刀されるように振るわれた剣先から、昨日のかわいそうな天使との約束でプレゼントして貰ったばかりの新スキル【飛剣術】が撃ち放たれる。
その銀閃はアリーナの反対側に棒立ちとなっていたイケメン騎士隊長の上半身と下半身を分断してしまうと、そのまま後方の魔術結界をも切裂いて闘技場の内壁をぶち抜くと外壁まで貫通させていた。
そうしてようやく死ぬことを許されたイケメン隊長は、その泣き別れになった上半身に下半身を滲むようにブレさせると闘技場の魔術結界により強制転移させられて消えてしまう。
後にはコロンの【飛剣術】で圧し折られた、どう見ても高そうな【魔法剣】レイピアが真っ二つになって転がっているだけだった。