第4章13話 包帯の天使(上)
今回は上下話になっているため、2話連続投稿していますのでよろしくお願いします。
「そこな包帯の天使を還して貰おうか」
何人いるんだという程、次々と祭壇の下の暗闇の穴倉から出て来る老人達の一人が、また当然のように落ち着いた口調で顎で俺が抱く天使を差す。
それに紅と蒼のオッドアイを極限まで細くして睨みつけるようにしたアリスが、奥歯を噛み締めるようにして口を開く。
「つまりは、あんた達が天使を生け捕りにして、自分達が不死の魔法を使って永遠に生き続けるために」
「何を言っておる、儂らがその天使が持つ【神力の欠片】を使って貴様達を守ってやっておるのだぞ」
「我々が数百年に渡って延々と守護して来てやったと言うのに」
「たかが10才やそこらの小娘が、数百年の時を生きる我ら教皇に感謝せぬか」
図星を指されたからか慌ててアリスの台詞を遮るように、落ち着きの無い数人の老人が割って入る。
それに、ビキッと青筋を立てて紅蓮の魔力をダダ漏れさせ始めるアリスの、地獄の底から響くような低い声が聞こえて来る。
「五月蝿いわよ、糞老害共が! そんな言い訳はいいから、サッサとこの呪いを解く方法を教えなさいよ。
まさか、そんなに無駄に長生きしておいて知らないなんてことは言わないわよね?」
「そ、それは……そんなことよりも、早くその天使を元の魔法陣に戻さんか。儂らとて【不死魔法】への魔力供給が切れたら、そうは長くは持たぬのだぞ」
「儂らがいなくなったら、困るのは貴様達じゃろうに」
「そうだそうだ、さっさと天使を還さぬと天罰が下るぞ」
スーッと視線を彷徨わせる老人たちは、狼狽の余り不用意な台詞を零すと、挙げ句の果てにあろうことか取り繕うように神頼みを始めてしまう。
これには流石の神聖教会の修道女であるシスター・フランも呆れ返ったのか、珍しく顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「あ、あなた達は言うに事欠いて、何てことを言い出すのですか? 女神様の御使いである天使様を捕まえておいて、女神様に天罰をねだるなど言語道断ですっ! 聖職者の風上にも置けませんっ、今すぐに悔い改めなさい!」
「なっ、ペーペーの修道女の分際で、我ら歴代教皇に意見すると言うのか!」
「思い上がるなっ、貴様達など我らが守護してやらねば滅ぶだけの運命なのじゃ」
「良いから、早ようその天使を魔方陣に戻さんか!」
急に雑で感情に任せた逆切れを見せ始める教皇達は、それでも天使からの魔力供給が途切れていることは緊急事態であるらしく、特に身体の皺の多い――恐らくは、最も長生きしている順に顔色が悪くなっていっている。
「フンッ、どうせ記録上は死んだことになっている教皇なら、このまま滅びてしまうがいいわ。文句があるなら、奪い返して見なさいよ? ほら、どうしたのよ。残り時間が無いわよ?」
中指だけを上に立ててヒョイヒョイとさせながら、ニヤァ~とさくらんぼ色をした唇を三日月の形に歪ませて、溢れる紅蓮の魔力を背景に文字通り【紅の魔女】のような微笑を見せるアリス。
聖都大聖堂に集まった一般の教徒達も、神聖騎士団員達もそして神聖教会の職員達も、天に唾するような歴代教皇達の振る舞いにどうして良いのか分からず固まったままだ。
だからか、俺が抱いた天使を奪い返そうとしてくるアホもおらず、自力では俺達を攻撃する手段も持っていないようで、いよいよ死を目の前にして恐慌状態になってしまった教皇達は。
「し、『白の神聖騎士団』はどうした! 『黒の十字架』は? 『白の十字架』は……そこで倒れておるのがそうか?
だ、誰か、誰でも良い、その天使を奪い返して魔方陣に繋ぐのじゃ。そうすれば、永遠の命をくれてやるぞ! ワシらと同じ不死になることができるのじゃぞっ」
「は、早く天使の魔力を供給してくれ!」
「このままでは、老化が急激に加速して死んでしまうっ」
「い、いやじゃ、死にたくない! いやじゃぁ」
「助けてくれぇ! 死にとうないっ」
とうとう恥も外聞も無く、泣き叫ぶだけの醜い爺共に成り下がってしまって、その一部は手足の先から灰のようにサラサラと崩れ落ち始めてしまっている。
そんな老害達を蔑むように横目で眺めながらも、他に天使の呪いを解く手は無いのか懸命に無い頭を使って考える。
「はぁ~、ここまで脅しても本当に誰も知らねぇのかよ~。本気で使えねぇ爺達だなぁ~。
強い呪い……解呪……呪術師……逆か、偽物だった教会の聖女は駄目だし……じゃあ、巫女さん?」
「呼んだか?」
その時、目の前の空間を斬り裂くようにヒョッコリと現れたのは、当代【剣聖】で俺の師匠である紅白の巫女装束に身を包んだ白刃斎だった。今日は腰に愛刀をぶらさげたままだ。
「うわっ、ビックリした。いきなりどうしたんですか、師匠?」
ポカン
「あいたぁ!」
西洋建築の代表格である大聖堂のど真ん中に紅白の巫女装束が眩しい白刃斎が、ふふんっ、と豊かな胸を下から支えるように腕を組んでふんぞり返っている。
「馬鹿者、お前が呼んだから来てやったのに。こんな美人をつかまえて、何てことを言うんだ? また、泣いて喜ぶほど稽古をつけてやっても良いんだぞ?」
「いやいやいや、結構です。本気でヤメテ。今、やられたら魔力切れを起こして倒れてしまいますよ」
包帯だらけの天使を抱きしめたままでブンブンと首だけを必死で横に振るが、
それすら白刃斎にはお気に召さなかったらしく。
「なんだ、相変わらず鍛え方が足りないとみえる。しょうがない、せっかく来たついでだから一丁鍛え直してやるとするかぁ?」
「いやぁーっ! だから、今はヤメテってばさっ」
トントン
「お?」
俺が包帯だらけの天使を抱っこしたまま、アタフタしていると後ろから背中を突いて来るのは――困った顔をして苦笑しているルリさんだ。
「あのぉ~、白刃斎さんですよね? ご無沙汰しています。お元気そうでなによりです。
今、ちょっとハクローくんがお姫様抱っこをしている天使さんが、強い呪いにかかっていて困っているんですけど」
「ん? 何だ、その包帯だらけの天使を解呪してやればいいのか?」
見えないはずの白く長いウサ耳をピョコピョコさせながらルリが、俺の後ろから覗き込むようにして今一番大事なことを口にする。
すると、そんなことかと呆れたようにして白刃斎が鼻で笑うので、またまたビックリして思わず止めれば良いのに馬鹿正直に聞いてしまう。
「え? 師匠ってば、解呪できるんスか?」
ポカッ
「あいたぁ!」
すかさず頭に手刀を落とされて――唯の手刀ではない、【剣聖】のそれが痛くないはずが無い。
そうして、ドヤ顔でそれでなくても豊満な胸を反らせて見せる白刃斎。
「アホかお前は、どこに目ん玉つけてんだ? どっからどう見ても美少女な巫女さんじゃないかっ!」
「あ~、はいはい。そんじゃ、解呪よろしくお願いしますね」
すっかり緊張感を無くしてしまって抱いていた包帯だらけの天使を差し出すと、白刃斎が腰に下げていた刀に手をかけて――チィン、とわずかに響く音をさせて。
「ほい、斬った。できたぞ? 誰がかけたのか知らないが、超絶趣味の悪い外道な呪術式だな」
「ええーっ! 師匠、あっさりし過ぎでは?」
あっという間に解呪してしまったらしいので、またビックリしていらん突込みをしてしまうと、心外だとばかりに少しだけ頬をプクッと膨らませて睨んでくる白刃斎。
「お前、誰に言ってるんだ? ああ~、でも傷痕のいくつかは古過ぎて消せないようだぞ。まいったなぁ。
それにしても、こんなのが他の天使――特に大天使ミカエル様にでも見つかった日には」
「呼んだか?」
今度は天から特大の聖光が降り注いだかと思ったら、目の前に超絶イケメンのどう見ても天使が立っていた。
「「「あ……」」」
「何だ白刃斎がこんな所に、珍しいこともあるもんだな?
久しぶりに会ったというのに、何だその態度は? 何だか呼ばれていないのに来てしまったようで、悲しくなってしまうじゃないか?」
ちょっと拗ねたように唇を尖らせて見せる超絶イケメンさんに、珍しく目を見開いてしまう白刃斎が可愛く頭を抱える。
「やばっ、ここ大聖堂だった!」
「え~、もしかして師匠? こちら方は、もしかしなくても――」
嫌な予感しかしないので恐る恐る小声で聞いてみるのだが、師匠が口を開く前に、その超絶イケメンさんが俺が抱いている包帯だらけの天使を見つけてしまう。
「あ、ミカエル様――ちょっと、待って」
「ふ――ん。貴様達、我が天使アルミサエルにつまらぬことをしてくれたな。そんなに死にたく無いのであれば、虚無の彼方へと逝くが良い」
白刃斎の制止を振り切るように、パキンッ、と指を鳴らす超絶イケメンの大天使ミカエル。
「「「「「あ……」」」」」
顔面を蒼白にした歴代教皇達の真ん中に突如出現した、真っ暗闇のような球体状の空間の裂け目が周りで浮いている老人達をゆっくりと吸い込み始める。
「あ~ぁ、お前達も暫くはミカエル様には近寄らない方がいいぞぉ」
後ろに一歩引いてから、ボソッと俺達に向かってつぶやいてくる白刃斎。
「ぎゃああああ!」
「嫌だぁ~、境界の彼方は嫌だぁ~」
「助けて、虚無の境界は嫌だぁ~」
「未来永劫、虚無に堕ちるのは嫌だぁ~」
「死ぬこともできない、虚無の彼方は嫌だぁ~」
どんどん老人達を吸い込んでいくブラックホールのような暗闇の球体は、縛られていた当代教皇と天使が捕まっていることを知っていたらしい数人の枢機卿達まで飲み込むとパタッと音も無く閉じて消え去ってしまう。
「これで良し。ところで、そこの天使アルミサエル――聞こえているか? 貴様もその有様では、天界に戻ることもできないであろう。暫くは罰として、そうだな――堕天使アシエルと名乗りこちらでのんびりとするが良い。
ああ、いかん――今、戻ります。それでは、私は天界に帰らねばならない。白刃斎も、ハクロー、アリス、ルリ、コロン、リリス=フィ、ユウナにルーと呼ばれているのかクルガルーガ、それからフランチェスカ――アシエルを頼みましたよ」
などと一方的な台詞を吐くと、特大の聖光の輝きの中に消えていってしまう大天使ミカエル。
「ああー! また、そんなこと言ってぇ~。はっ! それじゃあハクロー、オレはこれでって。は、離せっ、何で手を握ってるんだ?」
「師匠、逃がしませんよぉ~? ちゃんと、説明してくださいねェ~」
天使を抱きしめたまま、ガシッと白刃斎の手を握ると、満面の笑みを浮かべてニコ~ォと優しく語りかける。
「ば、馬鹿っ。天使なんて時間の感覚が無いんだから、あっちがアッと言う間だと思っていても、こっちは悠久の時が過ぎ去っていることになるのに、そんなのにいちいち付き合ってられるものか!」
「まあまあ、そう言わないで。コロンが美味しいアールグレイを淹れてくれるので、せっかくだから飲んで行ってやってくださいよ、ねぇ~?」
珍しく往生際の悪い白刃斎の手をしっかりと握り締めて離さずに、丁重にお茶にお誘いするのだった。