第4章11話 白の十字架(下)
今回は上下話になっているため、2話連続投稿していますのでよろしくお願いします。上話を読まれていない方は申し訳ありませんが、前話の第4章10話を先にお読みくださるようお願いします。
「この教皇室にある世界最高レベルの魔法阻害術式の魔法陣の前では何もできまい! サッサと私の神具を取り戻してこいっ、『白の十字架』!」
あ~ぁ、ほとんど全部ゲロッてしまったアホ教皇に、アリスが塵でも見るような蔑視の視線を向けるとフンッと鼻で笑う。
「本当、馬鹿じゃないの? 私達が何もしないで、こんな所までノコノコ来る訳無いじゃないの。
あんた達のチャチな阻害術式なんか、この部屋に入る前からルリが対抗魔術結界で妨害処置してるわよ。そもそも、精霊結界には効果無いしぃ~。
そんなことも気がついていなかったって、やっぱりあんたって唯の馬鹿ぁ?」
「女神様の御心も解せぬ異教徒の貴様達の下等な魔法ごとき、我々、神聖教会の特殊魔術部隊『白の十字架』の上位魔法の前では赤子も同然ぎゃああああ!」
教皇の隣りで偉そうに御託を並べていた、おそらくは隊長だろう初老の男は手の肘から先が吹き飛ばされていた。
レーザーサイトの紅い光も無く発砲音もしなかったので、ユウナのサプレッサー付き魔法自動拳銃P226の抜き撃ちだろう――と思う間もなく、その周囲でギョッとして棒立ちしていた七人の『白の十字架』が両腕から鮮血を静かな花火のように上げながら舞うように倒れていく。
女神の半身としてのユウナが、問答無用の粛清を始めてしまったようだ。
指揮官を真っ先に倒された『白の十字架』はそれでも動揺しながらも訓練通りなんだろう、前衛は突進を後衛は呪文詠唱を始める――のだが、既に遅い。
教皇の後ろで隠れるように魔法杖を抜いて遠距離魔法を発射しようと呪文を詠唱していた『白の十字架』は、曲線を描いて空中に紅と蒼の螺旋を描く光に薙ぎ払われてその六人もが肩から先の両腕を失っていた。
アリスのカンストした【魔力制御】によるオリジナルスペル【アリス・レイ】の精密射撃は、その曲芸じみたまるで鞭を振るうような軌道制御に磨きをかけていた。
そして突進して来ていた『白の十字架』の前衛は、ルリの魔術結界だけで阻まれてしまって全く近づくことすらできていない。
そこへ妖精フィのスキル合成による幻術で五感どころか第六感まで混乱させられては、続くコロンの【防壁無効】でその両腕を内部の筋肉組織と骨格から破壊させられてしまって、千切れた腕と共に三人がその場に崩れ落ちている。
その向こう側では「ニャア~」とか言いながら空中をフヨフヨと飛んでいた聖獣のルーが、続けて急速接近して来た『白の十字架』に向かって「ガウッ」と可愛い見かけによらない低い声で吠える。
と、その射線上にあった目の前の『白の十字架』の左半身を消し飛ばすだけでなく、その後方に続いていたもう一人の右半身を吹き飛ばして、挙げ句は教皇専用の礼拝堂の壁をぶち抜いてしまっていた。
神聖教会ご自慢の特殊魔術部隊『白の十字架』達が一方的にバタバタと倒されていく信じられない光景に、アングリと顎を外さんばかりに口を開けた教皇が我に返って隣に立つ【聖女】に向かって怒鳴りつける。
「き、貴様らっ、神聖教会に楯突くとはいい度胸だっ! 【聖女】は構わんからスキル【共感】を発動させるのだ!」
いかんいかん、俺も働かねば後で怒られる――と思い立って残りの『白の十字架』の背後に転移しようとしたところで、ドクンっと心臓を鷲掴みにされるような悪寒に仲間全員の【ドライスーツ(防壁)】の出力を最大にブーストすると同時に叫ぶ。
「アリスっ、ヤバいのが来るぞ!」
「ルリっ、精霊結界も最大! 全員、防御優先っ!」
すぐさま【未来視の魔眼】で異変に気がついたアリスが続けて叫ぶと、その視線の先にいた残り一人だけとなった『白の十字架』に守られた教皇の隣りに立つ【聖女】の背後の空間が歪むと突然のように亀裂が入って――バリバリッと何かが裂けるような音と共に姿を現したのは。
間違い無い、あれがこの地下にいるヤツだ。
それは大きく口を開けた空間の裂け目の向こう側で、何本もの太い鎖で繋がれ、あらゆる方向から吊られて無理矢理屹立させられていた。
その両腕は胸の前で交差されたまま全身を汚れた包帯で巻かれており、その上から太い鎖でグルグルと拘束されている。
唯一、包帯の隙間から覗く充血した左目は、金色に輝いていてこちらをねめつけるように睥睨していて。
そしてその太い鎖と包帯の拘束を引きちぎるように壮絶な咆哮を上げると、千切れた包帯の下からは血だらけの乱杭歯を覗かせた口がバックリと開いていて、あろうことかその背中には大きな血にまみれた白い翼が広げられる。
そのこの世の物とは思えない咆哮は教皇庁の礼拝堂だけでなく周囲の建物にも激震を響かせヒビ割れを入れてしまう。
護衛でたった一人だけ残っている『白の十字架』は腰を抜かして座り込んでしまって、おそらくは指輪の耐性で意識をなんとか保っている教皇、そしてあれを召喚した【聖女】本人だけがかろうじてその場に立っているだけだ。
後からやって来た枢機卿や司教達は耐性が追いついていないためか、麻痺させられて倒れ伏してしまっている。
いや、その【聖女】自身も既にトランス状態のようで視線の焦点は合っておらず、ぼんやりと俺達の方向に彩光の消えた視線を送るだけのようだ。
「ハクローっ。何よっ、あれは!」
カンストには程遠い【鑑定】ではヤツの認識阻害を突破できないらしく、アリスが苛立つように視線をヤツに向けたまま叫ぶ。
「あれは……まさか……天使……さ、ま?」
俺よりも先にヤツの正体を看破したのは、【解析】スキルも【鑑定】すらも持たない神聖教会の修道女であるシスター・フランだった。
そう、包帯からはみ出したヤツの血に染まった金髪の上には鈍く光り輝く輪が鎮座しているのだ。
「クソッ、教会の糞共っ。天使を生け捕りにして使役してやがるぞっ!」
「わっははは! 見たかっ、これが神聖教会が誇る天使の【神力】の欠片を引き出す真の【聖女】だ! 永劫の寿命を持つと言われる天使の持つあらゆる神の力の一部を、地下牢獄の代償を支払って行使することができるのだ。
攻撃だろうと、防御だろうと、回復でも治療でも、何だって可能とする文字通り神の力の片鱗だ!」
最大数十個もの指輪を付けていても空間の亀裂から溢れて来る咆哮による状態異常に耐え切れないのか、額から脂汗を流しながらも嬉々として物騒な演説を打つ教皇。
しかし恨みの篭もった眼差しで天使の咆哮を正面からまともに浴びせられた俺達はと言えば、――天使の上位存在である全ての状態異常を無効化する【女神アルティミスの加護】を持っているので全く問題無かった。
そして、その【純潔の女神】アルティミスの半身で、いつもは無表情なユウナがまなじりを上げて激怒し絶叫する。
「おのれっ! 神の御使たる天使を拘束し貶め家畜や奴隷の如く鎖に繋ぐとは! 絶対に許さんっ!」
絶好調にハイになってしまったらしい教皇は、遂にはトンデモないことを雄叫びと共に口走ってしまう。
「わっははは! 二千年を超える歴史を持つ神聖教会に逆らったことを後悔するがいいっ。その神具を、専用武器を使えばここ百年で初めて新たに発見された女神を捕らえることも可能だっ!」
おい今、なんつった? 女神をどうするって? このアホ、ルリに手を出す気なら本気で――コロスゾ。
「ぎゃああああ! 女神様を捕まえるだなんて、何てことを言い出すんですかぁ! ああ女神様ぁ、もう駄目かもしれませんがお許しをぉ!」
とうとう綺麗なペールブロンドの髪をバサバサに振り乱して、頭を抱えながら仰け反って天に向かって泣き喚くぽんこつフラン。
テンションが頂点に達したらしい教皇は挙句に、余りに屑で俗っぽい私欲を吐露させる。
「ふんっ、女神を捕らえれば人類初の快挙として歴史に名を残すだけでなく、私自身も女神の力を使って永遠の命を手に入れることすら可能なはずだ!」
「人類の恥だ馬鹿めっ、老害はサッサとくたばれ! 天使には傷をつけるなっ、教皇と【聖女】は殺して構わないわ! 完全殲滅するっ、全力魔法の使用許可!」
操られているとはいえ天使が相手となれば、もはや形振り構っていられないアリスが、持てる全ての力を使って神聖教会をこの世から絶滅させるために、暴虐の限りを尽くすカードを切ってしまう。
「フィのスキル合成で奴等を混乱させたわよ!」
既に途中から精神干渉魔法をかけていた妖精のフィから、完全では無いが教皇と【聖女】の精神状態を正常値から乖離させたとの声が上がる。
「多重デバフを重ね掛けしたよ!」
続けて後衛のルリが教皇と【聖女】達に【防御低下】、【魔力低下】、【速度低下】、【魔力消費大】などのデバフを大量に教皇の指輪と天使のスキルに妨害されながらもかけたらしいが――物凄く、早いな。
「まずは天使を操っているマスター、【聖女】を抑えつける!」
ユウナが膝立ちして魔法アサルトライフルSG550スナイパーを右肩に固定して、フルオートで連射し始める。天使を使役している張本人である【聖女】に何もさせないつもりだ。
あっという間に弾倉20発の魔力付与された5.6mm弾が【聖女】の胸の唯一点目がけて発射され、狙い違わずその全てが一か所に重なるように着弾する。
【聖女】がその華奢な身体を仰け反らせて、ユウナの足元に焼けた空薬莢が金属音を上げて散乱した時には、クルッとジャングルスタイル弾倉を回転させて入れ替えて次弾を装填していた。
しかし、当然のように天使の高い防御に守護された【聖女】本体に直撃するはずも無い。
だが、その衝撃だけは人体には届いているようで、混乱した頭で成す術も無く唯々本能のみで絶叫を上げる。
「『マルチタスク』で【HANABI(爆裂)】をガトリング連続発射!」
【AMW(ノイズ)】で敵の魔法処理を妨害している以外は仕事をしていない俺も、ようやく起動待機状態だった爆裂魔法を水平発射して弾幕を張り二人をその場に釘付けにし続ける。
俺の役目もユウナと同じで、高い防御性能を持つ敵二人に何もさせず防御にだけ専念させて、家のパーティーの最高火力に引き継ぐことだ。
するとアリスの隣りにフヨフヨと飛んで行った聖獣ルーが、珍しく怒ったのか小さな犬歯を見せて「ガウッ」と吠えると、不可視の衝撃波が教皇と【聖女】の防壁を穿ち、そのまま後方と言わず辺りの教皇執務室の壁を薙ぎ倒しぶち抜いて行く。
「できたっ、超位氷魔法【ゼロ・ケルヴィン】からの超位火魔法【スーパー・ノヴァ】の連続シーケンス合成だぁ!」
アリスが極限まで収束させて、空間の原子振動を凍結した絶対零度領域に、つづけて太陽が落ちて来るように熱量の塊が激突して一気に原子運動が再開する。
その収束された指定空間の全てを飲み込む大爆発に、ルリの魔術結界と精霊結界の中にいる俺達ですら、立っていることができない。
もちろん、教皇庁の建物は壁と言わず天井も吹き飛んでしまい、隣接している大聖堂のドームにもヒビが入って外装の石像など装飾品は全て剥がれて飛んで行ってしまっているのが見える。
そして閃光と爆風が収まってみると、後には半ば表面がガラス化した建物の瓦礫とその爆心地に立つ教皇と【聖女】に、その足元にたまたま防御範囲に入っていたらしい『白の十字架』の生き残りが一人転がっている。
その他の枢機卿や司教達と『白の十字架』の19人は、教皇専用礼拝堂の壁を突き破った爆風に全員が巻き込まれて、建物の瓦礫と一緒に屋外に吹き飛ばされてしまったようだ。
急に広くなって公園のように見晴らしが良くなった教皇庁の真ん中で生き残っている、教皇と【聖女】も所詮は人間であることに変わりは無く。
まるでナパーム弾のような直撃を生身の身体で受けてはいくら魔法防壁があるとはいえ唯で済むはずが無かった。
教皇は指輪で強制的に身体の表面と先端から回復されているし、【聖女】は鎖に繋がれた包帯の天使によって無理矢理に消失した部位が復元されているがその意識は既に無い。
ボロ布切れのようになった二人の服装は、涙と鼻水に涎と下から垂れ流された何かでビシャビシャに濡れてしまっていて、ちょっと――いや、かなり臭い。
ああ、嗅覚が鋭い獣人族のコロンが俺の後ろに隠れて鼻を押さえてしまって、白銀の狐耳もペタンとさせて、フワフワしっぽもおしりに巻いてしまっているじゃないか。
大の大人が、こんなとこで何てことしてくれるんだ、まったく。
そして肝心の歪んだ空間の裂け目の向こう側にいる鎖に繋がれて包帯だらけの天使は、半開きの口から乱杭歯を覗かせたままで、包帯の隙間から垣間見える左の金色の瞳を大きく見開いて。
耳をつんざくような悲鳴とも絶叫ともとも取れる、叫泣のような咆哮を上げると――俺達の足元の床が崩れて大きな穴が口を開けると、瓦礫と共に暗闇の奈落の底に中に落ちていった。