第4章10話 白の十字架(上)
今回は上下話になっているため、2話連続投稿していますのでよろしくお願いします。
「教皇猊下、お呼びと伺ったのですがどのようなご用でしょうか。ご報告でしたら、先程の公会議にて申し上げたとおりで」
純白の修道服に身を包んだ【聖女】に連れられてやって来たのは、教皇専用の礼拝堂らしい。
が、教皇一人で祈る場所にしてはそれでも体育館ぐらいの広さがあって、しかも石像やら絵画やら壁画が無駄にてんこ盛りの豪華な造りなのは他と一緒だ。
「それより、たった今しがた大聖堂に女神様の御使いである天使様が降臨されたようですが、本当ですか?」
シスター・フランの言葉を遮るように突然、教皇の横に立つ【聖女】が口を挟んで来る。
すると、後ろに白い修道服でローブを深くかぶった神聖教会の特殊魔術部隊『白の十字架』を従えた、教皇が鋭い視線を向けて来る。
「ふむ、詳しく話してみなさい?」
「あ……そ、それは。ここにおられる異世界から【勇者】でもある冒険者のルリ様に、大聖堂に降臨された天使様が神具を下賜されて」
話が余計な方向に行ってしまい口篭もったぽんこつフランは、それでも無難な答えを返すがそんなことを【聖女】は許すつもりも無いようでさらに口出しして来る。
「あら? その神具というのは、女神フォルトゥーナ様の専用武器ではなかったかしら?」
「い、いえ、そのようなお名前の女神様については、私は存じておりませんので、何とも」
あのへっぽこフランが委縮したようになりながらも、ルリを庇って何とか誤魔化そうとしているようだ。
でもこの【聖女】なんだが、さっき公園と大聖堂で会ったときに密かに【解析】でそのステータス情報を視たけど、別に職業に【聖女】がある訳でも特別なスキルを持っている訳でも無いんだけど。
唯フランが言っていた通り、見たことの無い変なレアスキル【共感】というのを高いレベルでもっていた。
すると女神の名を聞いてさらに興味を深めたらしい教皇はより一層視線を鋭くすると、さも当然のことのように顎でルリを指差す。
「ほお、そこなルリ殿とやら。その女神フォルトゥーナ様の専用武器という神具を見せては貰えないだろうか?」
口調だけは丁寧な様子を装っているが有無を言わせぬ物言いに、傍に控えていた『白の十字架』の一人が前に進み出て来る。
ああ、もう一度俺達を呼び戻したのはこれが目的か。そう思いついていると、礼拝堂の横の扉からゾロゾロとさっき公会議にも出席していたらしい枢機卿や司教達が入って来ていた。
「え? ああ、これですか?」
しかし、ルリは何の警戒心も無く、【収納】に仕舞っていた【ピコピコハンマー】を取り出すと薄いサクラ色で可愛い装飾がされたそれを目の前にヒョイッと持ち上げて見せる。
うん、どう見ても魔法少女の持つ魔法のステッキだな、あれは。
「おおっ、何と神々しい神具だっ! そ、それをこちらにっ」
突然、教皇が鋭い目を血走らせて唾を飛ばしながら興奮した手を差し出して見せるので、ルリの傍まで来ていた『白の十字架』の一人がルリの持つ【ピコピコハンマー】に手を伸ばそうとする。
勿論、そんなことを許すはずも無いので、伸ばされた手の前にスッと立ち塞がり軽く【威圧】をかける。
すると、その神聖皇国の特殊魔術部隊の『白の十字架』はビクッと伸ばした手を震わせると、固まったように動かなくなって脂汗を流し始めてしまう。
「あはは~。私に不用意に手を伸ばすと、ハクローくんに斬られてしまいますので気をつけてくださいね?
ハクローくん、だいじょうぶですよ。はい、これを見たいのですよね?」
困ったように苦笑しながらも俺に頷いて見せてから、ルリが手に持った【ピコピコハンマー】を目の前でプルプルと震えて青い顔をしているいる『白の十字架』に手渡すので、俺も【威圧】を解除してやる。
「……っ、ハァハァハァ……くっ」
止まっていた呼吸ができるようになって、喘ぐように半歩後ろに下がってしまう『白の十字架』とやらの魔術師さん。
真っ白なフードの下からわずかに覗かせた涙目になってしまった青い瞳で悔しそうに睨みつけてきた――少女は、手にした【ピコピコハンマー】を教皇に持って行って恭しく手渡す。
「おおっ、これがここ百年で初めて新たに発見された女神フォルトゥーナ様の専用武器かっ!何と崇高で荘厳に美麗な装飾かっ。それにこの【神力】は……素晴らしい! これは調査のため神聖教会で預ることとするっ」
「おお、それは素晴らしい!」
「当然のことですな」
「それにしても歴史に残る出来事ですぞ」
「流石は今代の教皇猊下でございますな」
「このような歴史的瞬間に立ち会えて幸いです」
「「「「「はあ?」」」」」
「え?」
鋭い目にギラギラと欲望をみなぎらせた教皇が【ピコピコハンマー】を両手に天に掲げると突然、脈絡も無く私欲に塗れた宣言をするので――おいおい、世界中の信仰の頂点の神聖教会の教皇がこれかよ~、と呆気に取られてしまう。
しかも、周囲に集まっている教会上層部の枢機卿や司教達も、それを当然のことのように受け止めている。
すると、その危険を真っ先に察知した神聖教会の修道女であるシスター・フランが絶叫し始めてしまう。
「ぎゃあ~~っ! 教皇猊下っ、何てこと言うんですか! 女神様の御使いである天使様がルリ様に下肢された神具を横取りするなんてっ、神罰が下りますよっ! ああ女神様、お許しをっ」
それを聞いて激昂したのは、後ろに控えた神聖教会の特殊魔術部隊である『白の十字架』の面々だ。いつの間にか人数も二十人程に増えている。
「貴様っ、たかが修道女の分際で!」
「神聖なる教皇猊下に何てことをっ」
「神罰が下るのお前の方だ!」
「そもそも神具はその全てが神聖教会に所属するものだっ」
「そんなことも知らんとは、これだからっ」
「【神託】スキルがあるからと思い上がりおって!」
「それ以上、くだらんことを抜かすようなら」
その現実を見ない余りの狂信ぶりに呆れ返っていると、横から教皇の持つ【ピコピコハンマー】の覗き込んでいた【聖女】が小首を傾げながらつぶやく。
「でもでも、そんなことをすれば【純潔の女神】アルティミス様の天罰が」
「ふんっ、そのようなものこの神聖教会の教皇であるこの私にはどうとでもな」
「いい加減、五月蝿ぇわよ」
なんちゃって自称【聖女】とアホ教皇の言葉をバッサリと遮ると、アリスがゆっくりとその右手を前に差し出して――パシッと今の今まで教皇が手に持っていた【ピコピコハンマー】を握り締めていた。
「お~、やっぱり便利ね【空間魔法】。チッ、糞爺が汚い手で触るから加齢臭がこびり付いちゃったじゃないのよ、生活魔法【洗浄】っと。
ほらルリ、これで爺の雑菌も汚染や腐臭ですら綺麗サッパリ無くなったわよ?」
「わ~い、ありがとうアリスちゃん。もう、天使さんから新しい魔法を貰ってたんだね? 私も早くこの魔法のトンカチを使えるようにならないとですよねェ~」
ドヤ顔のアリスに手渡された神具を両手で抱えて、えへへ~と嬉しそうに微笑んで見せるルリさん。
いや、それは魔法のトンカチとか言う名前じゃなくて、女神の専用武器で【ピコピコハンマー】というありがたい名前が……まあ、どっちもどっちか。
などと、ボンヤリとどうでも良いことを考えていると。
「き、貴様っ、どうやって私の神具を! 返せっ、それは教皇であるこの私の物だぞ!」
「そうだそうだ。新たに発見された神具は教会が管理運用するのだ」
「異教徒などに持たせておけるものか!」
「女神様のありがたい恩恵も理解できんくせに」
「新たな神具の発見の功績は我々のものだ」
「はあ? 馬鹿じゃないの? さっきの話を聞いていて、よくもそんな勝手なことを言えるわねェ? フラン、あんたん所の教皇のアホが、信徒でもない一般人からカツアゲしようとしてるけど――いいのよね?」
横取りした玩具を取り上げられて逆切れした子供のように喚き出す、アホ教皇を呆れた顔をして蔑むように見てから、シスター・フランへの視線を向けるアリス。
「ぎゃあ~~~~っ! アリスさんっ、何がいいんですかぁ! 教皇猊下もやめて下さいっ、聖都を更地にするつもりですかぁ!」
アリスの不穏な台詞に、恐慌状態に陥って頭を抱えて叫び出すぽんこつフラン。
すると、純粋に不思議そうな顔をして世間知らずな【聖女】がやっぱり小首を傾げて見せる。
「あら? シスター・フランチェスカは何をそんなに騒いでいるの? 教皇猊下は返さないと言っている訳ではなくて、調査すると言っているだけだし、だいたい神の如き強力な力を持つ神具は我々、神聖教会で管理すべきものでしょう?」
「うぎゃああああ! キアーラも名前だけの【聖女】だろうと、余計なこと言わないでくださいよっ。おお女神様、今のは無かったことにっ」
同じ孤児院で育った幼馴染の始末に負えない無責任で無自覚な悪意に、綺麗なペールブロンドの長髪を逆立てて怒り狂ったように叫ぶぽんこつフランさん。
しかし、やっぱり明後日の方向にフランの言葉を受け止めたのか、ヤレヤレと言った風に肩を竦めて見せる自称【聖女】。
「ええー、フランったらもう~。分かったわ、あの孤児院から神聖教会における女性のトップに立つ【聖女】となってしまった、この私に嫉妬しているのね? もう、仕方ないわねぇ~」
「誰もそんなこと言ってませんよ!」
呆れて叫び返すへっぽこフランに続けるように、すっかりヤル気を無くしてしまってアメリカンな仕草で両手を肩まで上げて見せるアリス。
「てか、あんたそもそも【聖女】でも何でも無いじゃないのよ? 神聖教会の【聖女】は超位回復魔法が使えるってから、どんなスキル構成なのか期待していたってのに――ガッカリよ」
「なっ、何を言って。わ、私は女神様に選ばれた神聖教会の真の【聖女】なのですよっ。そ、それをあなたは」
アリスに真実を突き付けられて、急にドモリ始めてしまうなんちゃって【聖女】。
「ふざけんじゃ無いわよ。職業もスキルも何も持ってないあんたが、【聖女】な訳があるわけ無いでしょう? あんた、そんなんで【聖女】を名乗っていたら、詐欺で訴えられるわよ?」
「え? あ……ああ……どうして……この【偽装】の指輪を付けているのに……なんで」
アリスのレベル5となった【鑑定】スキルで丸裸にされてしまっていることに初めて気がついたらしい、【聖女】は顔を真っ青にして右手の薬指の指輪を抱いてガタガタ震え始めてしまっていた。
すると、それまで黙って聞いていた教皇が我慢できなくなったのか、大きな声でチンピラのしかも三下のようなことを叫ぶ。
「もうよいっ、『白の十字架』は奴等を殺しても構わんからやってしまえ!」