第4章4話 仮面舞踏会
「おお、ようやくお会いすることができましたな。私はこの商人ギルド本部のギルドマスターでマッジオと言います」
招待状を手に、ピアッツァ回廊広場に面した商人ギルド本部で開催されている大仮面舞踏会にやって来ると、仮面を付けていると言うのに早速、自称ギルマスを騙る老人に捕まってしまう。
会場は石造りの天井が無駄に高い上に広さも体育館よりも遥かに大きいとあっては、その中に入る人々も下手をすると千人を超えるのではという程で、その誰もが派手な衣装とそれ以上に奇抜な仮面を付けている。
そんな中でよくも俺達を見つけ出したものだと感心していると、ギルマスを名乗る老人はそんなことを気にする様子も無くマイペースに話を進めていく。
「アリス様達にはせっかくこのヴィニーズにいらしたのですから、年に一度の精霊祭が終わるまでは滞在していただいて」
「目的は?」
勝手に話し始める自己中心的な爺に嫌気が差したのか、バッサリと会話をぶった切って用件を確認するアリス。
「ほぉ、目的はですなぁ――そうですな、ルリ様の精霊使いとしてのお力をお借りしたいというもので。
ああ、このヴィニーズ精霊祭なんですが、百年ほど前までは精霊が集う光り輝くお祭りだったのですが、いつの頃からか精霊が現れることは無くなりました。
実は昨日、ルリ様がピアッツァ回廊広場に精霊を顕現されたのが数十年ぶりという――誠にお恥ずかしい限りで」
そう言うと、ポリポリと薄くなった頭を掻き始めてしまうギルマス。その正直な物言いに、アリスが不思議そうに聞き返す。
「別に精霊が来なくても祭りは開催できるし、商売にも関係無いでしょ?」
「いえ、実はここ十年ほどですが、水位が上がって季節によっては街の一部が水没したり、水質が悪くなって異臭がしたりといったことが度々起きるようになっていまして。
そこで、何とか水の精霊殿には一度お話をお聞きしたいと考えていたのですよ。その昔は、水の精霊とも良き関係を保っていたと記録には残されているのでねぇ」
何ともガッカリした様子で情けない顔をして、しょぼくれてしまう商人ギルド本部のギルマス。とてもじゃないが、この男がこの世界の経済のトップに立つとは思えない残念さだ。
ルリが振り返って、後ろに隠れていたメイに視線で問いかけると。
「私も、この街自体は嫌いではありませんので」
「そう……。それじゃあ。精霊さんっ!」
ルリが元気よく叫ぶと、精霊祭の大仮面舞踏会会場のど真ん中に高位六精霊が輝く光と共に透き通った少女の姿で顕現する。
「「「「「おおー!」」」」」
次の瞬間、周囲にいた人々が驚き慄いてルリを中心に同心円状にズザザザッとばかりに後ずさってしまう。
そして、真ん中にいるルリが姿を現した水の高位精霊とこしょこしょとお話を始める。
「ふんふん、え? 汚水が? 最近は麻薬も? ええー!」
「あ、あのぉ、ルリ様? 水の高位精霊は何と?」
漏れ聞こえて来るルリのつぶやきが余りに物騒だった為か、恐る恐るギルマスが問いかけるのだが。
「えーと、ですね。数十年前から街の人口が急激に増えていませんか? それで運河の水質が悪化していて――後、この数年の間に麻薬も水路に流れ込んでいるようで」
「なっ! 確かに街に住む人々は増えていますが、下水道は整備されて――まさか、違法排水? それに、麻薬は二年ほど前に一度この街にも持ち込まれたことがありましたが、撲滅していたはず」
「げへげへげへへへっ、ギルマス。何をそんな小娘の言うことなど真に受けているのか?」
その時、ギルマスの背後から仮面を付けていても、ガマガエルをそのまま人型にしたような豚男が声をかけて来た。
「おおっ、プッチーニ。良い所に来た。お前が二年前に殲滅したという、麻薬組織だが」
「げへげへへ、あの麻薬は既に組織ごと壊滅させてこのヴィニーズの街には残っていませんが? それよりも、その小娘だけが精霊の声を聴いているのを鵜呑みにしているのは大変危険なので、この私が屋敷に用意した魔道具で直接話をききましょう、げへげへげへへへっ」
ギルマスの言葉を遮ると、好色そうな下種で下品な視線を隠そうともせずにルリやアリスにユウナだけでなく、小さなコロンとフィにまで向けるカエル豚の副ギルマス。
【ドライスーツ(防壁)】をかけているとはいえ全くの一般人であるメイには何があるか分らないので、俺の背中に隠しながらも、視線の端で一人幸せそうに壁際に並べられたケータリングのケーキにかぶりついている、ぽんこつフランを捉えながらも油断はしない。
「いや、プッチーニ。急にそれは如何なものか」
「構わないわ。せっかくだから今晩、あんたの屋敷とやらに行ってやるわ」
「おおっ! そうかそうか、それでは後で馬車を迎えにやることにしよう。これは楽しみだ、げへげへへへへっ」
変な方向に話が進むのでギルマスが話を取り止めさせようとするが、アリスが自分から進んで話に乗って行くので、豚の副ギルマスは何を想像したのか気色悪い笑みを浮かべて嬉しそうにそそくさと帰ってしまった。
「アリス様、よろしいのですか? こんなことを言うのも何ですが、同じ商人ギルド本部の者としてもあのプッチーニの屋敷に行かれるのはお勧めしませんが?」
「ふんっ、それが分かっていて何もしてこなかった、あんたなんかに本当にギルマスの資格はあるの?」
決着がついた話ではあるが心配になって再度聞いて来るギルマスに、冷たい視線を向けて一刀の元に斬って捨てるアリス。
「んなっ、いったい何のことですかな?」
「無関係なフリをして惚けているのも良いけど、組織の責任者としてあんたも首を洗って待っているのね」
急にオドオドと挙動不審になるギルマスに背を向けると、サッサと帰ってしまうアリスとその後をついて行く愉快な仲間たち。
そのさらに後ろから「わ~ん、もう帰るんですかぁ? 置いて行かないでくださいよぉ~」と泣きながらケーキの皿を両手に抱えて走って来るへっぽこフラン。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃ、今回はメイのお母さんの安全を最優先に、かつ最速で救出するわよ。ただし、完全な奇襲による先制攻撃になるから、まず最初にあの豚の犯罪の証拠を押さえるのよ。いいわね?」
今ここ、商人ギルド本部副ギルマスであるプッチーニ邸の裏の細い水路に浮かぶ、ヴィッシーのポチタマに引かれた小舟で操舵手のメイに向かって小さな声でつぶやくのは、真紅の仮面をつけて赤いマフラーの首に巻いた仮面レンジャーなアリスだ。
「あ、あのぉ~。本当に直接、乗り込むのですか?」
少しビクビクしながらも、同じく自前の仮面をつけたメイが恐る恐る訊ねるのだが。
「急がないと。大量の麻薬投与による薬物中毒で命の危険もある以上は、もたもたしてはいられない」
月明かりにアメジストのような紫の瞳を仮面の向こうから反射させているユウナが、バッサリとその不安を断ち切るように言い放つ。
「う……そ、それは……お母さんをよろしくお願いします。皆さんだけが頼りなんです」
俺達の実力を知らない元日本人の転生者であるメイが深々と頭を下げるので、ポンとその下げられた頭に手を置いて撫でる。
「任せておけ。作戦はこうだ。まず妖精のフィが窓の外から当たりをつけてある書斎を、アリスが【遠目の魔眼】で視認して誰もいないことを確認したら、俺の転移魔法で全員を転移させる。
隠し金庫を発見したら中身を確認して犯罪の物証を押さえるのと並行して、別動隊がメイさんのお母さんのいる部屋を急襲する。
後は優先順位は低いが可能であれば逃亡されないように、探査魔法でマーカーピンを付けてある豚の身柄の確保ができれば完璧だ」
「ハクローくん、了解です」
「ハク様、りょーかいでしゅ」
「フィも了解よ」
「ニャア~」
「クロセくんのそれは、もう救出作戦とは言わない気がするわ」
ルリが純白、コロンは白銀、妖精のフィは七色で、聖獣のルーは漆黒の仮面と赤いマフラーを身に付けて静かに頷く。
紫の仮面と赤いマフラー姿のユウナは、やっぱり厳しいコメントをくれる。
そして、俺が蒼色にカラーリングされている仮面の下で苦笑しながらも、メイの頭を撫で続ける。
「ま、まあ、確かに力づくな計画ではあるが、豚の目の前に囮の餌を用意している時間も惜しいからな。
ミスリルの仮面には【隠蔽】、【夜目】、【聞耳】、【軽業】、【隠密】が付与されているから、上手く行けば半刻もかからず片付くはずだ」
「まったく、ハクローは話が長いのよ。もう、書斎の確認はできたわ。誰もいないから、行くわよっ!」
「「「「おおー!」」」」
「ニャア!」
「……へいへい」
「え? え?」
ドンドン加速していく話に一人ついて行けない一般人のメイがキョトンとしたまま、フッと転移魔法で小舟の上から全員の姿が月夜の暗がりに溶け込むように掻き消えていた。
急に軽くなった小舟を不審に思ったのか、ヴィッシーのポチタマが後ろを振り返ると、そこにはポツーンとたった一人残された泣き虫フランがシクシク泣いているのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
予想通り書斎の下品な絵の裏にあった隠し金庫を【解析】で解錠して、取り出した山のような書類の束はユウナに目的の犯罪の証拠となるか見てもらっている。
その直援にコロンと妖精のフィに聖獣ルーを残して、アリスと俺と――本当は書斎に残そうとしたんだが、何故かついて来ると言って聞かなかったルリが、依頼主のメイと一緒にお母さんの姿を見た部屋へと向かっていた、のだが。
「ハクローくん、何だかドキドキワクワクウキウキしますねぇ~? ゴンッ、うきゃあ~っ! イタイですぅ~」
さっきから暗い廊下の花瓶を引っかけるわ、飾ってある金属鎧にぶつかるわ、果ては関係ない部屋の扉を開けるわ、――仮面に【夜目】のスキルが付いているし、【軽業】で足取りは軽いはずなのに、ちっとも【隠蔽】スキルも【隠密】スキルも役に立っていないのは何故だ?
月夜の灯りだけが差し込む薄暗い廊下で潜入任務中だと言うのに、見えないはずの白くて長いウサ耳をひょこひょこさせて白い丸しっぽをフリフリさせて嬉しそうにしている、がっかりルリさんはやっぱり書斎でお留守番の方が良かったのでは?
「あ~、ハクローくん。何だかまた、いぢわるなことを考えていますねェ~?」
そんな勘だけは無駄に鋭かったりする、白雪のようなほっぺをプクッと膨らませている雪ウサギのルリさん。
「あんた達、二人共いい加減にしなさいよ?」
廊下の角で鉢合わせしてしまった警備の護衛騎士を、得意の下位雷魔法で麻痺させて意識を刈り取っていたアリスが、仮面の下の紅と蒼のオッドアイを細めて睨みつけて来る。
「あはは~、皆さんっていったい何者なんですかぁ~?」
とうとう引きつった笑いを浮かべるだけになってしまっている、唯の操舵手のメイ。
「でも、本当にこんな危ないことをお願いしてしまって。同じ日本人と言うだけで、こんな……」
暗い廊下で視線を落としたメイがそんなことを言い出すので、彼女にだけ聞こえるぐらいの小さな声でつぶやく。
「ルリもアリスもこの世界には家族がいないけど、メイにはこの世界の大切な家族がいるじゃないか? だったら、それを助ける手助けぐらいはさせてもらわないとな」
「ハクローさん……。私は日本では歳の離れた弟がいる四人家族でした。料理上手な母さんとお休みは寝てばかりのお父さん、それから小さな可愛い弟と――とっても幸せな家庭でした。
でも中学三年生の時に心臓の弁の病気で――手術することもできないまま。お母さんもお父さんも、弟も泣いてました。ちっとも親孝行できなくって、とても悲しかったです。
そして気がついたら、この世界で生まれたばかりの赤ちゃんになっていました。最初はビックリして混乱もしましたけど、優しいお母さんと楽しいお父さんがいつも傍にいてくれて――二人共、凄く私のことを愛してくれて、とっても幸せで。
だから、小さい頃から大好きなお母さんのお手伝いをして、お父さんのお仕事のお話も聞いて、これから一生懸命に今度こそ親孝行をしようと思って――それなのに。
私は負けない。お母さんを必ず助け出す。絶対にこの世界でお母さんと幸せになるんだ」
時々廊下の角で出くわす警備の騎士を出合頭に倒しながら、日本からの転生者であるメイのそんな独唱を黙ってみんなで聞くのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
商業都市ヴィニーズの高級住宅街にあるプッチーニの屋敷の三階の水路側の部屋で、窓際の椅子に力なく腰掛けている金髪の女性に、ガマガエルに豚を足したような副ギルマスが脂ぎった汚い顔を近づける。
「げへげへげへへへっ。今夜、上玉の娘達がまとめて手に入ることになったから、お前はもういらんようになった。今頃は迎えの馬車がホテルに着いている頃だろうて。
ほれ、これが最後の麻薬だ。これで、お前も運河の魚の餌になぎゃあっ!」
股間を両手で握り締めて床に豚面を押し付けながら、持ち上げた尻をピクピクと痙攣させている糞豚な副ギルマス。
その後ろには、蹴り上げた脚を下ろそうとしているメイの姿があった。
そして、ぼんやりした視線を彷徨わせるようにして自分の娘に向けると、麻薬中毒の症状で真っ赤に充血した瞳から涙をボロボロと流して、紫色に変色した唇をわずかに震わせながらも椅子に座った女性が声をふり絞る。
「め、メイ……ああ、メイ。私のメイ、大好きよ……女神様、最後に幻でも娘に合わせていただき感謝します」
「お母さんっ、本物だよっ! 私だよ、メイだよ。もう、大丈夫だから。助けに来たからっ、わぁああああんっ!」
一瞬だけ床でヒクついているガマガエルに思わず一歩引いたメイだが、すぐさま母親に飛びつくとわんわんと大声をあげて泣き出し始めてしまう。
「メイさん、お母さんを治療するからちょっと診せてもらうね? ――ん~と、ああ、これなら上位回復魔法でも十分治療できるな、よかった」
「それじゃ、【ハイヒール】!」
「ハクローくんは転移魔法のために魔力を残しておいてください。妖精さん、お願い!」
アリスの上位回復魔法とルリがお願いした高位聖精霊と高位光精霊に高位水精霊による多重複合された上位回復魔法と上位治療魔法の重ね掛けがメイの母親を包み込む。
そして薄く輝く光に包まれた母親の身体から、【薬物中毒】の状態異常のステータス表示が綺麗サッパリと消え去るのを【解析】でしっかりと確認する。
その時、壁近くでピクピク痙攣していたはずの豚の副ギルマスが、震える声で腕輪をかざして叫ぶ。
「この屑共めっ、皆殺しにしてくれる! 出てこいっ、ドラゴニュート! げへげへげへへへっ」
眩しい腕輪の光が消えると、そこには5体の魔物――塔の迷宮でも見たことがある見た目が人型爬虫類のドラゴニュートがボーッと立ち尽くしていた。
「ひぃ!」
「メイっ」
ギョッとして母親に抱きつくメイと、我が娘を守ろうとその豊かな胸に抱きかかえて自分の身体を盾にしようとするメイの母親。
麻薬中毒でボロボロにされたあの身体のどこに、そんな力が残されていたのだろうか。
ああ、何て眩い程に美しい母娘だろう――そんなことを考えながら、直刀【カタナ】を出現したばかりのドラゴニュートの1匹めがけて【抜刀術】で風切音と共に抜き放つ。
バガッン、と衝撃音がしてドラゴニュートの喉が巨木が折れるように陥没して、そのままの位置で首を中心に縦回転を始める。
そしてその横にいた2匹目はビシビシシシッと凍結音をさせながら、生きたまま身体の内部から絶対零度に全ての原子の振動を停止されて氷の彫像と化していた。
次の瞬間、扉の隙間から9x19mmパラベラム弾を眼球から脳内へとぶち込まれた3匹目が、目と鼻と口に耳から脳漿と血飛沫を撒き散らしながら糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。
その向こうでは打撃音と共に部屋に駆け込んで来た銀閃と白銀のしっぽが舞っていて、4匹目のドラゴニュートの身体中の竜鱗が全て剥がれ落ちてしまって、生きたまま皮を剥かれた豚のような肉塊が屹立している。
そして、一番向こうでは遅れてフヨフヨと浮いてやって来た聖獣のルーが、いつもの子猫のような鳴き声ではなく少しだけ猛獣っぽく「ガァッ」と吠えると、ドラゴニュートの上半身がその後ろの屋敷の壁ごと消えて無くなっていた。
「わぁ~、ルーは【咆哮】スキルを覚えたのね?」
すぐ傍をヒラヒラと飛んでいた妖精のフィが、ビックリしたように目を丸くしている。でも今の咆哮は麻痺とか状態異常になるだけじゃなくって、そのまま砲弾が発射されたようだったぞ?
流石は聖獣――ってことで良いのか?
「っていうか、もう追いついたのかよ」
俺が予定よりも早い到着に呆れてユウナに訊ねると、紫の瞳を細くして逆に呆れたようにため息をつかれてしまう。
「あのね、あんなに廊下でドタン、バタン、ゴロンと大きな物音を立てられると、おちおち探し物なんかしてられないんだけど?」
「え? あ、あはは~?」
見えない白く長いウサ耳をペタンとさせて頭を掻くルリさん、てへへ~とか笑っても誤魔化されませんよ?
すると込められていた魔力の無くなった腕輪を振りかざしたままプルプルと震えていた、豚のプッチーニ副ギルマスが恐慌状態になって叫び始める。
「ひっひぃいいい! 何故だぁ、新開発の『従属麻薬』で操っているとはいえ、Aランク魔物なんだぞっ! こんなことが、あってたまる」
「五月蝿いわよ、【ヘルフレイム】」
「ぎゃあああああ!」
アリスのボソッとつぶやいた上位火魔法で、股間を消し炭にされた豚の副ギルマスを見下ろしながら、ユウナと一緒に書斎の隠し金庫から押収した証拠をパラパラと見ていると。
「あっ……た。メイさん、お母さんも、落ち着いて聞いてください。お父さんはやはりこの豚のプッチーニ副ギルマスの指示で事故に見せかけて殺されたようです。その時に、資産も奪われた上で書類上は改ざんされて借金状態にされています」
「「え? そんな……」」
抱き合ったまま愕然とするしかない母娘の二人は、既に涙も枯れ果てたのか言葉も無いようだ。
「だから、隠し金庫に入っていたこの豚の隠し資産については、表の帳簿上には出て来ない金なのでキッチリ慰謝料として貰っておきましょう。
こんな腐れ外道の手垢のついた汚れた金ですが、これからお二人がもう一度商会を立ち上げることがあるならその支度金として活用できるはずです。
押収した裏帳簿によると、その他にもこの豚の被害者は列挙に暇が無いようですが、そっちは今回の犯罪を見抜けなかった商人ギルド本部に全責任を取ってもらうことにしようと思います」
そう言って、金目のものは全て【時空収納】に突っ込んで、その他の裏帳簿関連の書類の束だけは縛って豚の副ギルマスと一緒に、転移魔法で商人ギルド本部のギルマスの執務室に問答無用で放り込んでおいた。
何だか空間の亀裂の向こう側からは大きな悲鳴が聞こえてきたから、老人のギルマスが心臓麻痺で死んだりはしていないことだけは確かだ。
「さてと、メイさんとお母さんは今晩の所は俺達のホテルに一緒に泊まってもらってから、身の振り方をゆっくり考えてもらえばいいかと。
すぐに決まらないようなら、一度旅行も兼ねて王国第二の大都市ニースィアの俺達の知り合いの家にでも泊めてもらって、――ああ、そこは回復薬と治療薬を扱っているので、後遺症はありませんが薬物中毒で弱っているお母さんの体調回復にも最適だから安心していいからね?
ああ、移動は疲れたりしないように超長距離転移魔法を使うので、あっという間だから安心していいからさ」
そう軽い口調で説明していると、我に返ったらしいメイとお母さんの二人が深々と頭を下げて。
「ハクローさん、ありがとうございます。ルリさんもアリスさんにユウナさんも、コロンちゃんとフィちゃんにルーちゃんも。本当にありがとうございました」
「あのままでは、次は娘が借金の形に麻薬漬けの性奴隷にされるところでした。娘共々にお救いいただき本当にありがとうございます。このご恩は必ず一生かけてでもお返しいたします」
そんなことを言い出すので、
「そんなことは良いのよ。私達は正義のヒーローなんだからね」
「そうですよ。メイちゃんとは前世で同郷だったんですから」
「ああ。それに、やってみようぜ。内政チートって奴をさ!」
アリスとルリに俺がお道化た感じで、首に巻いた赤いマフラーをバッとなびかせながら笑い飛ばす。
お母さんは訳が分からずにキョトンとしていたが、日本からの転生者であるメイはその綺麗な青い瞳に涙を浮かべて楽しそうに微笑むのだった。