第3章60話 まるで捨て子のように
「そうですか。それでは、明日から神聖皇国に出発されるのですね?」
ミラとクラリスの努力のおかげだろうが、早くも孤児院の新建屋の建設が着工されている大都市ニースィアの最外壁傍に仮設したままの【砂の城】にやって来ていて、これからの予定を元【月の女神】のセレーネに説明していた。
「うん、だから暫くはこっちに顔を出すことができなくなるけど、遅くとも一週間後ぐらいまでにはセレーネさんも神聖皇国の聖都に転移できるように準備するからさ。それまでちょっと待っていてほしいんだ」
「うふふ、そんな顔をなさらなくても大丈夫ですよ? ハクローさんが転移で迎えに来てくれるまで、ちゃんとこの子達と一緒に良い子で待っていますから」
そんな風にクスクスと笑うと、ルリにピタッと抱きついている小さなエマにコレットとジーナを優しい眼差しで見つめるセレーネ。
彼女の不自由だった目と耳も、今ではだいぶしっかりと見えて聞こえて来ているようで、少しだけホッと安心する。
「セレーネのことは、私がちゃんと見ているから大丈夫ですよ」
ふんす、とペッタンコな胸を張って見せるしっかり者のエマに、すっかり孤児院の職員が板についてきてしまっている娼婦のエンデが嬉しそうに微笑む。
「ああ、みんなのお姉ちゃんのエマはとっても頑張ってくれているからな?」
すると褒められて嬉しそうに照れ笑いを浮かべるエマに続けて、「わたしたちもガンバル」と控え目に声を揃えてみせるのはもっと小さなコレットにジーナの二人の少女達だ。
だから、俺達が暫く不在になる間の保険も兼ねて、孤児院のみんなにかけている【ドライスーツ(防壁)】だけでなく、練成しておいたミスリルのペンダントをみんなに手渡す。
この前のレティシアの時のようなことは、もうまっぴらごめんだ。だが、よく知りもしない男からアクセサリーを押し付けられて、しかも常に身に付けていろというのが非常識であることも分かってはいるつもりだ。
「ハクローさん、これは?」
セレーネが不思議そうに手のひらに乗せた翼のデザインのペンダントを見つめるので、言い訳をするように代わり映えしないそれの効果を説明する。
「ああ、それは何て言うか――魔道具なんですよ。【魔力制御】、【身体強化】、【防御上昇】、【自動回復】、【状態異常耐性】が付与してあるので、身に付けていてくれるとちょっと俺が安心というだけですが」
「まあ、まあまあ~。ハクローさん、これはちゃんと首に付けていただかないと困りますねぇ。ふふふ」
そんなことを言いながらもクスクスと柔らかい表情で笑うセレーネに、結局は押し切られてしまうのだが決して悪い気分では無い。
いやむしろ勘違いかもしれないが、ちょっとは喜んでくれているような気もするので、こっちまで嬉しくなってしまう。
だから、そっとその細い首にミスリルのペンダントをかけてあげると、その豊満な胸の谷間にかかった翼のペンダントトップを丸みを帯びてきた指でそっと触れながら、本当に嬉しそうに綺麗なエメラルドグリーンの瞳を細めて微笑んでくれる。
今回の翼はいつものと少しデザインが違っていて、実はセレーネの背中の大きな翼をモチーフにしてあるのは秘密だ。
「ありがとう、ハクローさん。大切にしますね?」
それから小さなエマにはルリが手ずからかけてあげて、コレットとジーナだけでなくエンデにもみんながそれぞれ付けてあげる。
するとやっぱり小さくても女の子なのか、エマもコレットにジーナまでもが嬉しそうに首から下げられた翼のペンダントを指でつついていた。
「ふふふ、ハクロー様。毎日という訳にはまいりませんが、私とクラリスも公爵領騎士団長が護衛を付けてくださるそうなので、ちょくちょく様子を見に来ますから心配いりませんよ?」
「はい、姫様。今回は騎士団長が自ら人選してくれていますので、いつかの口だけ騎士団員のようなことは無いでしょう。まあ、今度も置いてけぼりでお留守番の姫様は、隠れて半ベソかいていましたが」
「クラリスは余計なことを言わんでよろしい」
すぐ隣の建築中の孤児院の新建屋の進捗を確認していたミラとクラリスが帰って来て、社会福祉法人『月の女神協会』の代表としての忙しい執務の合間を縫ってわざわざ様子を見に来てくれるらしい。
ちなみに今日はじゃんけんに勝ったユウナがだいぶ慣れた手つきで――あれは子守歌だろうか、を口ずさみながら、まだ乳飲み子のニコラを胸に抱いてゆっくりと揺らしている。
その立ち姿は女性らしくふっくらとしてきた彼女の身体つきも相俟って、まるで本当の母親と見間違えるほどに似合っていて――最初に赤ちゃんのニコラを抱いた時の、泣きそうな顔をしてアタフタしていた頃の面影は今はもうどこにもなかった。
そんなみんなの様子を――特にニコラを抱くユウナの様子をボーッと眺めていたレティシアが、
「ふふふ、実は私も明日からは侯爵位授与に向けて準備を始めますので、今回は姫殿下と同じように置いてけぼりになってしまって……」
言葉を詰まらせたかと思うと、ツッーッとその宝石のようなアクアマリンの瞳から涙を一筋だけ零してしまう。
「……あ。……あれ?」
自分が何故、涙を流しているのかその理由が思いつかないのか、頬を伝う涙を拭うこともせず呆然としているだけのレティシア。
昨日、公爵屋敷で見も知らぬ男に差し出されるように置き捨てられた時に別れてから、母親とは顔を会わせていない彼女の心中が穏やかであるはずもなく。
それに気がついていないのは、当の彼女だけだというのに。
どこまでも、どこまでも危うい程にいつも毅然としていたレティシアのその、文字通りまるで捨てられた子供のような哀しい姿は見ていられないのだった。
すると、まだ足元が覚束ないはずのセレーネが椅子から立ち上がってレティシアの所まで来ると、完全に視力が戻っていないそのエメラルドグリーンの瞳を細めながら静かにそっと包み込むようにしてその豊かな胸に抱きしめる。
「……え?」
何故、自分がセレーネに抱きしめられているのか理解できない様子のレティシアが、その綺麗なアクアマリンの瞳から涙を流したままキョトンとしてしまう。
しかしそんなことは関係無いとばかりに、元【月の女神】であるセレーネはその全身の慈母の愛で彼女を包み込むと、優しく背中を摩り始める。
「もう、大丈夫ですよ? もう、大丈夫ですから」
そう言って、もう片方の手でレティシアのサラサラのシャンパンゴールドの髪を優しく慈愛を込めて撫でるのだ。
そうしていると、レティシアが。
「……うっ……ううっ……うううっ」
とうとう、セレーネの何物をも寄せ付けない柔らかなその胸に顔を埋めて泣き出してしまうのだった。
「大丈夫、もう大丈夫ですよ」
そうして、いつまでもセレーネの優しい慈母の愛に溢れた声だけがレティシアのすすり泣く声と共に、【砂の城】に響く。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふむ、そうか。まあ、王国第二の都市ニースィアの貴族二十家以上の戦力を労せず葬り去ることができたと思えば、上出来か?」
帝国の首都、帝都のど真ん中にそびえ建つ皇帝城の次期皇帝執務室で、少しだけ不満そうに端正な顔を曇らせた皇太子がつぶやく。
目の前の重厚な執務机の上には大量の書類の山と、たった今、読み終えたばかりの報告書が一枚放り投げられていた。
すると、呼ばれてもいないのに堂々と皇族の執務室に入って来ていた元王国【勇者】の平河衛士が、暇そうに覗き込んで来て余計な口を開き始める。
「どうしたんだい、ヘルムフリート皇太子さんよぉ。何か面白いことでもあったのか?」
「…………いや、王国に潜り込ませていた間諜からの報告だが。やはり、【勇者】と【賢者】で【聖女】のペアというのは思っていたよりも厄介なんだな?」
目を閉じて眉間を揉みながら少し疲れた様子でそんなことをつぶやくので、ギョッとして今は帝国の【勇者】となったヒラカワが叫ぶ。
「【賢者】で【聖女】って――まさか、赤坂アリスか! あれ、それじゃ一緒にいる【勇者】って生徒会長達じゃ無いよなぁ~。 他は――誰だっけ? 高堂先輩じゃ無いだろうしぃ? まあいいや、とにかく殺ればいいのか?」
「…………ふむ。そうだな、今はまだ良い。王国南部の重要戦略拠点のひとつであるニースィアから王都に増援が来ないように出来させえすれば、今回の作戦は成功と言える」
目を閉じたまま天井を仰ぐように暫く考えてから、皇太子がおもむろに答えるのだが、短気な【勇者】平河衛士はすぐさま食ってかかる。
「何でだよ? あんなヤツラ、今の俺なら【聖剣・エッケザックス】で瞬殺してやっからよ! 殺ろーぜェ」
「…………今はその時では無い。最小のコストで、最大の成果を上げたばかりなのだ。それよりも【勇者】ヒラカワ殿には近いうちに、王都侵攻へ向けて本命の【勇者】三人相手に大暴れしてもらうのだからな?」
何で此奴はこんなに馬鹿なんだろうと考えながらも、しっかりとポイントを押さえて手綱を引き締めることを忘れない頭脳派の皇太子。
しかし、そんなことはお構いなしに、色欲丸出しで【勇者】な平河衛士は嬉しそうに歓喜の声を上げる。
「マジかよっ! それじゃ、余計な他の二人はぶっ殺すけど、副生徒会長だけは俺が貰っていいよなっ? 絶対だぞっ、絶対に俺が貰うからな!」
ヒヘヘェ~、とか気色の悪い下品な笑いを浮かべて心ここにあらずといった様子の【勇者】であるはずの平河衛士を横目で見ながら、慎重派で理詰めを好む帝国の次期皇帝候補の皇太子は、この阿保の使い方を見直す必要があると考え始めていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「姫殿下のご厚意で侯爵位授与の手続きが完了するまでの間、こちらに置いていただけることになりましたので助かりました。侯爵家に帰っても、正直なところ母とは顔を合わせ辛いので」
王族別荘に帰って来て夕食後の綺麗な月夜の二階ベランダで、レティシアがさっきからずっと夜空に輝く月を見上げていた。
そう言えば、日本では時期的にはお月見のシーズンだったりするのか――などと、益体も無いことをボンヤリと思い出す。
今はもうそんなことは無いがレティシアは、さっきも【砂の城】で急に涙を零したり、まだまだ精神的に不安定なようで、明日から俺達が神聖皇国へと旅立った後のことが心配でしようがないのが本音の所だ。
「そうか」
「はい。ミラレイア第一王女姫殿下には感謝の言葉もありません。ああ勿論、ハクロー様達にも感謝しておりますよ? 皆様がおられなければ、今頃、私はどうなっていたことか……」
顔は夜空に浮かぶ月を見上げたままで、綺麗なアクアマリンの瞳だけを横目でこちらに向けると、そんなことをポツポツと言い出すので、また余計な口を滑らせてしまう。
「そもそもレティシアは、お姫様の爺さんである公爵と貴族派の政治闘争とその粛清に巻き込まれただけなんだから、ちょっと迷惑をかけるぐらいで丁度いいんだと思うぞ?
それに言い方は悪いがあんなんでも母親なんだろうから、情勢が安定してからもう一度落ち着いて話をすればいい。ああ、その時は俺も立ち会うからな? 今度は絶対に一人にはしないから」
「うふふ、はい。分かりました、その時はお願いしますね? ああ、でもやっぱりまだ少し震えが……」
そうつぶやくと、彼女は二の腕に両手をやって自分の身体を抱くようにしてしまう。
だから、はぁ~、とため息をつきながら、ガラでも無いなと思いつつもレティシアを怖がらせないよう、そっとその細い肩を抱く。
ああ、アリスに後ろから蹴られそうだ。
「あ……」
「もうだいぶ涼しくなってきているんだ。ほら、こうしていれば寒くはないだろ?」
俺がこんなことをするとは思っていなかったんだろう、ちょっとビックリしたように目を丸くするが、そのまま月光が照らす夜空を見上げ続ける。
暫くそうしてから、わずかに綺麗なアクアマリンの瞳を細めると、コツンとサラサラのシャンパンゴールドの髪の頭を肩にもたれかけて、ピッタリと寄り添うように身体をくっつけてくる。
「……本当です。震えが止まりました、うふふ」
「よかった」
ああ、そう言えば【ドライスーツ(防壁)】で体温調節できるようになっているんだから、魔力制御すればよかったのか――などと、今更ながらに思いつく。
でもレティシアは両の腕を俺の背中に回すと、そのボリュームのある双丘を押し付けるので胸元が盛り上がって、まるで抱きつくようにしてこちらを見上げたまま、少し爪先立ちになると俺の耳元で囁くようにつぶやく。
「こうすると、もっと寒くありません」
「いや、これは流石に――それに、息がかかって」
健康な男子高校生的にもこれは不味いので、くすぐったそうに首を竦めてしまうのだが、彼女はそのまま俺の耳元にぷっくりとした柔らかい唇を触れさせながら、クスクスと微笑んでいるようだった。
まあ、何にしても泣いているよりはよっぽどいい。
すると俺が一歩後ろにたじろいで下がったのが気に入らなかったのか、少しだけ唇を尖らせて上目遣いのまま拗ねて見せるレティシア。
「ハクロー様は嫌なのですか? もしかして私のことがお嫌いとか?」
「いや、レティシアのことは嫌いではないけど――今、それを聞くのは卑怯だと思うぞ?」
「まあっ、それではハクロー様は私の魅力にメロメロと言うことでですね?」
悪戯っぽくそのアクアマリンの瞳を見開くと、嬉しそうにクスクスと、でも少しだけ妖艶に大人の色香をまとって微笑むので。
「いや、だからその良い方は――――はいはい、降参です。君が魅力的なことは間違い無いですよ」
「それでは」
そうつぶやくと抱き付いて爪先立ちとなった彼女は、形の良い顎を上げて小さな顔を寄せて来て。
それはまるで、柔らかそうなぷっくりした唇が俺のそれに触れてしまうんじゃないかと思う程に近くて。
そのままでは本当に、キスしてしまうんじゃないかと思うぐらいまで近づいた、その艶かしい唇を見て。
俺はルリの顔を思い出していた。
別にやましい思いがあったわけではない。これが据え膳と言われている類のものかもしれないとも思った。
きっと、日本にいた頃の自分なら、こんな美少女を前にすれば我慢などできずに普通の男子高校生として当然のことをしていたのだろう。
でも、この世界の俺には守るべきものがある。見当違いの独り善がりかもしれないけれど、俺でなければ守れないものがあるんだと思い込んでもいた。
何より、もっと上手にできたのかもしれない。きっと俺は器用な人間では無いんだと、このときハッキリと思い知らされたのだった。
だからだろうか、わずかにその綺麗なアクアマリンの瞳をくゆらせた彼女は、哀しそうに微笑むと。
「今宵はここまでにいたします」
そんなことを言ってのけた。
確かアリスと同じ歳だったはずだから、俺よりも学年で言うとひとつ年下だと思うのだが。それでもどこか、無理をして大人ぶっているというか。台詞回しは耳年増っぽくて、よく見ると何だか小さな子が背伸びをしているような。
俺には妹はいないけど、少し毅然とし過ぎている心配ばかりかける年の近い妹と話をしているような、実はそんな微笑ましい光景に思わず苦笑してしまう。
「あーっ、今、笑いましたねっ! こう見えても私、胸はそれなりに育っておりますし、スタイルは良いと思うのです。ちなみにスリーサイズは」
「あーいいっ、いいって。わかった、わかったから。だから、次期侯爵の淑女としてこの格好は――こんなところを誰かに見られたりしたら不味いでしょ?」
「ムッ、それは私と誤解されるのが嫌だと言っているのですね? 私だって後二ヵ月して来年になれば16才なのですから、ちゃんと成人した大人の淑女ということになるのですよ?」
元気になったのは良いのだが、やけに絡んで来るレティシアに、いつもの毅然とした印象からのギャップが激しくて、逆に子供っぽさが可愛いく見えてしまう。
だから、さっきの仕返しに、ちょっと悪戯してみる。
「はいはい、マイ淑女。ところで、魔法学園の受験勉強の方は進んでいるのですか?」
「え? いえ、私は侯爵位授与もありますし」
一瞬キョトンとすると、哀しそうに睫毛を伏せてしまうので、少しお道化たようにワザと驚いて見せる。
「おやおや、マイ淑女ともあろうあなた様がまさか侯爵位と魔法学園の学生が両立できない、なんて弱音を吐いたりはいたしませんよね? はっ、まさかお受験勉強をサボっていて受験合格に自信が無い――なぁ~んてことは、それこそまさかですよねぇ~」
「うっ……そ、それは。確かに若輩の身で侯爵位となるのですから、魔法学園卒業という実績が箔として付くのは良いことだとは思いますし。それに今回の政変でのほとぼりを冷ますという意味合いからも、ニースィアを離れるのは良い機会かもしれませんが」
う~ん、とわずかに眉を寄せながらも俺の大胸筋に頬を擦り付けて、フンフンと頷き始めるレティシアはようやく将来のことに目を向けられるようになったみたいだ。
「そうか、じゃあ俺達が居ない間も受験勉強がんばるんだぞ? 念のためにクラリス先生には言っておいてやるから」
「ええーっ! わ、私は図書館で一人でお勉強するので……クラリスさんのお手を煩わせると言うのもどうかと思いますし」
ギョッとした顔をしてしまうが、すぐに俺の胸に頬をピッタリくっつけると、綺麗なアクアマリンの瞳を余所に向けて視線を逸らしてしまう。
「おい、もしかして勉強してないんじゃ」
「ソ、ソンナコトハナイデスヨ~。ヤダナ~、はくろー様ッタラ~。ハッハハハ」
ピタッと頬を俺の胸にくっつけたまま、ソッポを向いて乾いた笑いを上げる次期侯爵位さん。
「じぃ~~~」
「ひゅ~~ひゅ~~ふひゅふひゅ~~……ごめんなさいっ! 今回の両親のことで頭がいっぱいで、勉強が手に付いていませんでした!」
鳴らない下手な口笛を諦めたレティシアは、俺の胸に顔を埋めたままでペコリと頭を下げてしまう。
まったく、どうしたらあんな碌でもない両親から、こんな素直で可愛らしい娘が生まれて来るのか。
「はいはい、そんなこったろうと思ってましたよ。そうゆう訳で、レティシアには俺達の居ない間の猛勉強を申し付けます。良いですね? 俺達が帰ってきたら、一緒に赤本に載っている過去の模擬試験を受けてもらいますので、そのとき赤点でも取ろうもんなら……分かっていますね? マイ淑女?」
「ふ、ふにゃぁ~。ハクロー様のご不在の間も頑張ってお勉強しますぅ~」
とうとう可愛い唇をへの字にして顎を俺の胸の乗せながら、大きなアクアマリンの瞳にウルウルと涙を溜めて、爪先立ちになって縋りつくようにしながら、う~う~う~と唸り始めてしまう残念淑女。
「ふふふ、そんなに心配しなくても俺達だって、往復の馬車の中ではこの前のベヒモス討伐の時のように一応は勉強会をするつもりだし、それに帰ってきたらまた一緒に勉強しような?」
「う~~、わかりましたぁ~。帰ってきたら一緒にお勉強しましょうねぇ~、絶対ですよ~?」
まったく、いつもはあんなにも毅然としているというのに、最近はどうしてかちょっと気を抜くとすぐにこんな感じで――まあ、これで年相応と言うことなんだろうと思う。
「はいはい、だから良い子でお留守番しているんだぞ? ちゃんとおみあげ買って帰って来るからさ」
「おみあげですかっ! そ、それじゃぁ~、神聖皇国で有名な――ジェラート? いえ、ショコラ? いえいえ、パスタ?」
みんな食べ物だな……しかも、パスタ以外はどれも溶けるぞっ。
おかげさまで3章を完結させることができました。ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。これまでを通してご指摘などありましたら、ご指導などいただけると助かります。明日からは新章、第4章の神聖皇国編を投稿していきますので、引き続きよろしくお願いいたします。