第3章59話 ダンジョンマスター
「ご苦労だったな。これでレティシア嬢の指名依頼は完了だ」
合同演習祝賀会の翌朝、冒険者ギルドのギルドマスター執務室でギルマスのリアーヌとネコ耳の受付嬢ニーナから、ようやく終わった諸本についてまとめてパーティーメンバーとレティシアを加えて一緒に説明を受けていた。
今日のギルマスのチャイナドレスは、いつもの真っ赤な生地に白虎が睨みを利かせているのだが、その虎の目がちょうど彼女のバインバインな爆乳の位置にあり、どうしても視線がそちらに向いてしまいそうになって――気になること、この上ない。
勿論、すぐ隣でジロッと睨みを利かせているルリさんがいるので、絶対に虎さんと目を合わせるような危険なマネができるはずもないのだが。
あれ? そう言えば普段のレティシアなら、ここでお礼を言いそうなものだけど――考え事でもしているのか、何処か遠くに視線をやったままだ。
「こちらが依頼料の銀貨一枚になります。今回、当ギルドではAランク災害級魔獣ベヒモスから冒険者を救出いただいた功績から、仲介手数料はいただいておりません。
また、レティシア様を次期侯爵位と認定して、貴族様からの依頼の達成としても考慮いたします。
よって、明日から出発されます、神聖教会ニースィア支部からの指名依頼である神聖皇国への修道女護衛を完遂すれば、残りのBランク昇級条件である護衛依頼も達成することになります。よかったですねっ!」
自慢のロシアンブルーのネコ耳をピコピコさせながら受付嬢のニーナが、ふふん、とドヤ顔で満面の笑みを浮かべているのが何かムカつく。
「ふーんだ。そんなBランク昇格のことなんかはどうでもいいけど、神聖皇国に行くんだから入国書類関係は揃っているのよね?」
「はい、こちらになります。というか神聖皇国への入国自体は問題となることは無いのですが、やはり聖都にある教皇庁に立ち入るための書類の準備に時間がかかったようで。まあそれも、ようやくギリギリ昨日届いたので安心してください。
念のために、冒険者ギルドの聖都支部のギルマス宛に一筆したためてありますので、立ち寄るご用があればこちらをお見せいただければよろしいかと」
受付嬢のニーナの思う壺というところが気に入らないらしいアリスが唇を尖らせているが、そんなことは全く気にする様子も無くサッサと書類をテーブルに並べて行くネコ耳の受付嬢。
「くっ、分かったわ。後はシスター・フランと詳しくは話をしてから、明日の朝には出発することにするわ」
「了解しました。それではお気をつけていってらっしゃいませ」
ニーナの完璧な仕事ぶりに諦めて肩を竦めて見せるアリスに、深々と頭を下げるギルド職員の受付嬢ニーナ。
「ああ、それからお前達が会ったという魔族のダンジョンマスターについては、冒険者ギルドの方でも調査は続けてはいるんだが今のところこれといった情報は掴めていないな。
だからという訳じゃないが、お前達もそいつに顔を見られているんだろ? いつまた逆恨みで狙われるか分からないんだから、神聖皇国への道中も気をつけるんだぞ?」
そういえばふと思い出したとばかりにギルマスが、わずかに眉を寄せながらそんなことを言い出す。チッ、嫌なことを思い出してしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「パチパチパチ。いやー、大したもんだ。本当にたった六人と一匹で、Aランク災害級魔獣ベヒモスを倒してしまうとは。これは、【魔王】様の言う通り面白くなってきたかな?」
あの日、鉱山の坑道の最下層のボス部屋でAランク災害級魔獣ベヒモスを討伐しても、ダンジョンコアである『水晶石』が置かれていた祭壇の前に立つ魔族は、変わらずそのままの位置で逃げもせずに嬉しそうに手を叩いていた。
「あ~でもこのままだと、私もダンジョンマスターとして討伐されてしまうのかも? それは困ったなぁ」
「何をゴチャゴチャ言ってんのよ? もうダンジョンコアは貰っちゃったから、あんたなんかどうでもいいんだけど。
五月蝿いこと言うなら、ダンジョンマスターもついでに倒しちゃうわよ?」
手についた埃をパンパンと払いながらも、どこか不機嫌そうに唇を尖らせて魔族の方に歩いて行くアリス。
「わぁ~っ、待った、待ったぁ。降参、降参だよ。別に君達に敵対するつもりは無いんだ。だから、勘弁してよ」
「何か、このノリってどこかで見たことありますね?」
その魔族の余りに飄々とした軽い口調にルリが小首を傾げるので、あ~っと思わず天井を仰いでしまう。
「ああ、そう言えばどことなく雰囲気が似てるか~。同じ魔族みたいだしぃ」
「あれ? それにしても、皆ってあんまり魔族を怖がったりしないんだねぇ? 普通は恐怖したり、少なくとも嫌悪するもんだけどねぇ~」
今度は魔族が首を捻るので、アリスがフッと視線を逸らせて遠くを見ながら小さくため息をついて嫌そうにつぶやく。
「あー、ちょっと【魔王】に知り合いがいてそいつがねぇ~」
「あれあれ? それって、もしかして右手の無い【魔王】様だったりする?」
さらに九十度まで首を傾けてしまっていた魔族がビックリ発言をするので、思わず聞き返してしまう。
「え? 高堂先輩をしってるのか?」
「あーやっぱり、【魔王】タカトー様の知り合いなのかぁ~。じゃあ君達、異世界召喚者だよね? あれ、でも余り髪が黒くないねぇ。まあ、いっかぁ」
「高堂先輩は元気にしてるのですか?」
ちょっとだけ懐かしそうにルリが、さっきからブツブツと独り言の多い魔族に訊ねてみると。
「え? ああ、【魔王】様は元気だよ? でも、あの余りに飄々とした何を考えているか分からない感じが肌に合わなくて、魔王城を飛び出てきちゃったから今はどうだか知らないけどねェ?」
うんうん、と頷きながらも魔族がおかしなことを言い出すもんで、アリスが突っ込みを入れてしまう。
「あんたがそれを言うな。まあ、同じようなキャラかぶり同士じゃ合わないのかもねぇ。ところで、あんたはここで何やってたのよ?」
「あ~、【魔王】様に貰ったダンジョンコアを使って、実験――みたいな? 危ないから終わるまで人が寄り付かないように、ベヒモスに守護させて放っておこうと思っていたんだけどぉ。まあ貰い物だから、別にいいんだけどね~」
ヘラヘラと笑いながら調子だけは良い魔族が、さらにおかしなことを言い出すので。
「なんつー、ハタ迷惑な奴。もう他人に迷惑をかけるようなことするんじゃないわよ?」
「ええ~、だって実験してるとどうしてもぉ――はい、分かりました。以後、気をつけます」
アリスにギロッと睨まれて、思わずホールドアップしてブンブンと首を横に振る残念魔族。
「あんたが連れて来たベヒモスに殺された冒険者だっているんだから、あんたのことは冒険者ギルドには報告しておくわよ。だからそんなアホ面してここら辺をウロウロしていると、討伐隊を派遣されることになるからね?」
「ええー! 流石にAランク冒険者を寄越されると面倒臭いことになるから、もう行くことにするよぉ。じゃあ、またねぇ~」
そう言って魔族は闇魔法で黒い霧を出したかと思うと、あっという間も無く転移して掻き消えてしまっていた。
「あっ、こら待ちなさいっ! って、あ~ぁ。行っちゃったぁ~」
その驚くべき転移速度に捕まえようとした手が空振ってしまい悔しそうにしているアリスに、ルリが人差し指を唇に当ててポツンとつぶやく。
「アリスちゃん、逃がしたら冒険者ギルドのギルマスさんに怒られるんじゃ?」
「あ……ヤベぇ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
まあ、あんな変テコな魔族は放っておくとして。
「あ~、そう言えば頼まれていた犯罪奴隷のダークエルフの女に向こうで会ったぞ。ちょうど、一緒に犯罪奴隷に堕ちたインプ族のチェーリアが護送されて鉱山に来てたから――あれ? そう言えば、あいつチェーリアとは口利いてなかったような気がするけど。気のせいか? まあ、いいか。
こっちにどういう報告を上げているかは知らないけど、特に俺達の迷惑になるようなことだけは無かったから安心して良いと思うぞ?」
そう言えば、忘れる前に報告だけはしておかないと、と思い立ったのだが。ギルマスもそう言えばと、だが不思議そうな顔を見せて口を開く。
「ああ、そうか。ありがとう。迷惑をかけていないなら、いいんだ。報告は上がっているから大丈夫なんだが――なあハクロー、お前、あいつに何かしたのか? えらい、嫌われてるようだったが」
「え? いや、だってほとんど口も利いていないし――嫌われる覚えが無いんだが? いや、別に好かれようとは思っていなかったから、そもそも気にもしていなかったんだが」
元々、あいつが犯罪奴隷に堕ちる原因になったのは俺達なんだから、嫌われていて当然なんだが――それは逆恨みというものじゃないのか? だって、そもそもが殺しに来たのはあっちなんだし。
「まあ、あいつもあれで使い物になるようだから、よかったんだが。あんまりにも蛇蝎のごとく嫌われているのも、どうかと思ってな」
「いや、俺には関係無いさ。二度と会うことも無いだろうからな」
肩を竦めながらも不思議そうにするギルマスに、俺も首を振って気にしないことにする、のだが。
「(あ~、あれって義手をあげたから?)」
「(ええ、インプ族のチェーリアさんにだけあげたからでしょうねぇ)」
「(ハク様、きらわれたでしゅか?)」
「(フィは、ハクローはちっとも悪く無いと思うわよ?)」
「ニャア~?」
「(はあ~。いくらスキルを持っているとはいえ、ヘタレのクロセくんに複雑な女心を【解析】しろと言う方が無理)」
何かみんながコショコショとヒソヒソ話を始めてしまう。みんなの視線からは俺が責められているようなんだが――何故だ、解せん。
「いや、またすぐに会うことになると思うぞ? だって、ギルマスであるこの私の奴隷なんだからな。むしろ、何で会わないでいられると思うのか、そっちの方が不思議だぞ? ていうか、今も闇魔法でこの会話を聞いてると思うぞ?」
「わっ、本気かよ……。まあ、こっちから口を利かなきゃ関係無いか?」
さらに可愛く首を傾げて可哀想な子を見る目を向けて来るギルマスに、思わず眉を寄せてしまう。そうだな、一言だけは言っておくか?
「あ~、俺のことを嫌おうとどうしようが勝手だが、次に余計なことをしやがったら――特に知り合いにちょっとでも逆恨みで何かしたら、問答無用でブチ殺すからな?」
「ああ、構わないさ。そこまでは面倒見切れないし、そんなことすれば【従属の首輪】で即死だろうからな」
片方の肩だけを器用にヒョコッと上げてからそんなことを言うギルマスは、そもそも何故あんな奴を引き取ったんだろうか?
考えるのが面倒臭くなってもう帰るかと席を立とうとしたところで、ギルマスから思い出したように驚愕の情報が開示されることになる。
「ああ、そう言えばもうひとつだけ気になったことがあった。今回の貴族派の背後には帝国がいた可能性がある――というか、確定情報だな。
間諜をしていた張本人は始末したが、当然のように他にも間諜はいるんだからお前達も気をつけてくことに越したことは無いはずだ。なんせ、奴等の計画を頓挫させた最大の立役者はお前達なんだからな」
「うわー、また帝国が絡んで来てるっての? あの残念【勇者】三人組、サッサと帝国を片付けてくれないかしら?」
覿面、嫌な顔をして投げやりな態度になってしまうアリス。しかし、俺はギョッとして真っ先にレティシアの顔色をを窺うが、彼女は特に顔色を変えることもなく静かに苦笑する。
「うふふ、ハクロー様ったら心配性なんですから。私は大丈夫ですよ? 帝国が貴族派の背後にいて、国を二分させて王国の国力低下を模索していることは周知の事実です。
今回はたまたまその口車に、愚かな私の両親をはじめ貴族派の連中が踊らされた、ただそれだけのことです」
「そ、そうか――レティシアが気にしていないなら、それでいいんだ。せっかく、侯爵位も国王に了解が取れて後は手続きを進めるだけなんだから、この大事な時期に余計なことにかかずり合っている場合じゃないからな。
ただ、何かあればすぐに俺達を呼ぶんだぞ、いいな?」
落ち着いた口調で淡々と話すレティシアの様子に少しだけホッとしながらも、ちょっとの間だけこのニースィアを離れるぐらいのことで余計な心配をしていると笑われてしまいそうだ。
「クスクス、ハクロー様。それこそちゃんと侯爵位を授与していただかなければ、これから貴族としてやっていくことなど到底できませんわ。つまりは、ハクロー様にご心配をおかけしている場合ではないということです」
ちょっと心外ですとばかりに、ツーンと澄まし顔でソッポを向いてしまうレティシアに思わず苦笑してしまう。
「ああ、済まない。やはり余計な心配だったか。悪かったな、じゃあ絶対に無理なんかしないで頑張るんだぞ?」
「ふふふ、分かっております。大丈夫ですよ、ハクロー様」
ちょっと怒らせてしまったのか、ソッポを向いたままこっちを向いてくれないレティシアのアクアマリンの瞳には気のせいかわずかに光るものが見えたような気がしたんだが。
「(あ~。あれはハクロー、分かって無いわよ)」
「(そうですね、ヘタレなハクローくんらしいです)」
「(ハク様、ダメでしゅか?)」
「(フィもあれはダメだと思うわ)」
「ニャア~(フルフル)」
「(ああ~、クロセくんったらしょうがない。あれは後で叱ってあげないと)」
何かみんながまたコショコショとヒソヒソ話をしているので、あれは絶対にタイミング的にも俺の悪口だろうと思い当たり、少しだけ凹んでしまう。
「リアーヌ様、こいつら私達の前で堂々とイチャイチャし始めましたよ?」
何故かブスッとしたネコ耳受付嬢のニーナが不貞腐れたようにつぶやくと、ギルマスまでが小さく爆裂の呪文を唸るように叫ぶ。
「そうだな。爆ぜロッ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「わーい、ハクローさんったら私のこと忘れてなかったんですね? よかったです~。最近、全然顔を見なかったので忘れられてしまったのかと」
久しぶりに見るその強大で豊満な爆乳という最強武装を惜しげもなく揺らしながら、クネクネと科を作っているのは修道女のぽんこつフランだ。
神聖教会の神廟にあるニースィア支部に、明日からの神聖皇国への護衛依頼について詳細確認に来ているのだが。
そこで案内された応接室では、久しぶりに会ったシスター・フランが絶好調に調子に乗っていた。
「いやぁ~、レティシアの指名依頼で鉱山まで出かけていたから、すっかりお前のことなんか忘れてしまっていたよ。はっははは」
「ぎゃあ~~! ルリ様~、ハクローさんがまたいぢめます~っ」
大袈裟に泣き真似を始めたかと思うとまたルリに抱きつくへっぽこフランに、思わずイラっとして――懲りないこいつをどうやって泣かしてやろうか考えていると。
「あーっ、ハクローさんがまた悪い顔をして、私をいぢめようとしています! 助けて下さい~、ルリ様ぁ。しくしく」
「こ、こいつ。顔が悪くて悪かったな。お前に言われると、何故か無性にムカつくんだが。本気で泣かしたろうか?」
嘘泣きを始めるぽんこつフランに頭に来てしまい、実力行使に出ようとしていると。
「ぎゃあ――っ! ルリ様~、助けて下さい~」
「はいはい、ハクローくんはフランちゃんを虐めたりはしませんから大丈夫ですよ? ハクローくんが悪い顔付きをしているのは、いつものことですから心配しなくても――あっ」
うぅ……ルリさんが虐める。
「あははっ、そのヘタれぶりも相変わらずな糞野郎だな。いい加減、ルリ様の傍から消えていなくなっちまえよ」
また出たよ、ショタな少年アキラ。はあ~、さっきの話に出たダークエルフの女もそうだが、何でこうも関係無い奴等からこうも嫌われてるんだろうか?
別に人気者になりたいとか面倒臭いことを思ったりしないけど、だからといって無闇矢鱈と誰彼構わず嫌われる俺というのも、人としてどうなんだろう。
本気でウザくって――もう、放っといてくんないかなぁ~。
「アキラくん、ハクローくんにそんなこと言わないでください。こう見えても、ハクローくんはメンタルが豆腐なんですから。メッですよ?」
おお、ルリが見えない白く長いウサ耳をピンとさせて人差し指までピンと立てながら怒っていて、何だかとっても可愛いぞ。
ん~、そう言えば、周りを見回してもショタコンっていないなぁ。クラリスなんか好きそうなのに、変なの。
そんなどうでも良いことを考えていると、ショタっ子なアキラくんはルリを口説き始めてしまい。
「ルリ様、こんな奴の傍にいるのは止めて俺の所に」
「五月蝿いわね。明日からの神聖皇国への遠征にも、ついて来れない雑魚キャラの癖に。ふざけたこと言ってると、今この瞬間に出入禁止にしてやるわよ」
紅と蒼のオッドアイを細めてジロリとアリスが睨みつけるのだが、アキラ少年はそれでも諦めることなく。
「くっ、べ、別にいーじゃねぇかよぉ! 本当のことだろっ」
するとスラリとソファから立ち上がり俺の隣りに立ったユウナが、薄紫の魔力を纏って睨みつける。
「貴様、それ以上余計な事を言うようなら、壊滅してくれてやった他の『黒の十字架』の連中と同じようにしてやろうか?」
「うっ、だ、だって、だってルリ様にはこいつは必要なくって」
ユウナが自分が信仰している女神と瓜二つであることは知らないはずだが、さっきまでの威勢はどこかへ行ってしまって。
でも、それでもぶつくさと言い訳っぽい何かを口にするので、今度は妖精のフィがショタなアキラの頭上に腕組みをして浮遊すると。
「小僧、どうしても死にたいらしいな? チョイチョイっと……ふんっ、もうよいだろう。ハクロー、帰ろー?」
「……え? ひぃいいいいい!」
妖精フィが口の中でブツブツ呪文をつぶやくと、応接室の窓際にいたショタな少年アキラは突然、悲鳴を上げて部屋の隅に丸くなって座り込むとシクシク泣き出し始める。
あ~、最近のフィのスキル合成で繰り出される白昼夢の発動までの時間が極端に短くなってきていて、まさに神業のようだ。
しかし、殲滅されてしまったけどショタなアキラ少年が所属していた『黒の十字架』って神聖皇国の特殊魔術部隊じゃなかったのか? 幻術耐力すらも無くって、任務は大丈夫だったんだろうか?
「あ~、アキラくんが大変なことにぃ」
「はぁ~、これでもう今日はついて来ないでしょう? さあ、セレーネの所に行くわよ」
白髪の頭を抱えてルリがオロオロするが、アリスはため息をついてサッサと帰ろうと部屋を出て行ってしまう。
それを追うように、それまで黙って見ていたレティシアが小さな声でアリスに訊ねる。
「あ、あの~、あの少年はいったい?」
「え? あ~、レティシアは初めてだったっけか? 前にね、あの糞餓鬼がルリに告白ってねェ。その時に、ハクローが俺のに手ぇだすんじゃねぇーって……ね?」
「え?」
パタッ、と廊下の途中でその歩みを止めてしまうレティシアは――ふと、振り返ってこちらを見る。その綺麗なアクアマリンの瞳にはやはり哀しみの色しか見ることができなくて。
まったく、アリスの奴め。余計な事をバラしてくれているけど、自慢じゃないが俺も最近では異常な程の隠しパラメータ上昇でそれぐらい聞こえてしまっているんだぞ。
「しょうがないなぁ。フラン、そのアホを誰か他の修道女に言って回収してもらってくれ」
「え? ええー! 嫌ですよ、こんなアホは放っときゃそのうち気絶でもして静かになりますって~」
ショタっ子には全然興味無いのか、それともルリを困らせるアホが我慢ならないのか、珍しく辛辣な言葉を吐き捨てるシスター・フラン。
「まあ、後は任せたから。明日の朝には迎えに来るんで、ちゃんと寝坊しないで起きてるんだぞ?」
「え? う……お、起きてますよぉ~。たぶん、大丈夫ですよぉ~」
急に視線を彷徨わせ始めるぽんこつフランに、もう一度ため息をついて。
「起きて来なかったら置いて行くからな?」
「ええー! 私の護衛依頼なのに、護衛対象の私を置いてかないでくださいよぉ~」
あ、もう碧眼に涙を溜めてしまう泣き虫フラン。
「あ~、もう泣くなって。ちゃんと起きていればいいんだから、寝坊するなよ?」
「うぅ~、わがりまじだぁ~」