第3章55話 レティシアの涙のわけ
設定に問題があったようで、お見苦しい改行があり申し訳ありませんでした。
「これで良かったのでしょうか――いえ、何でもありません」
Aランク災害級魔獣ベヒモスの討伐から帰還した翌日の午前中は、その報告を兼ねてレティシアがニースィア領主である公爵と面談をすることになっていた。
いつもの朝練を終えてから少し遅めの朝食を取った後、レティシアがリビングのベランダに出て海風を受けながら、雲ひとつ無い青空を見上げている。
討伐が成功したことで、後は公爵の計画通りに貴族派をこのニースィア領から一掃すれば作戦完了だ。
そうなれば当然のように、貴族派の代表であるクライトマン侯爵夫妻――レティシアの両親はその責任を取らされるわけで、一人娘としては忸怩たる思いもあるのだろう。
しかし、今回の貴族派の政変闘争には、最悪なことに冒険者ギルドが巻き込まれていて、激怒した元Sランク冒険者のギルドマスターがその張本人を許すはずも無く、何よりあのネコ耳受付嬢のニーナがギルマスに敵対した奴を唯で済ませるわけが無かった。
つまり、現時点で既に――いや、ギルドが派遣した冒険者達だけを無駄死になせた時点で貴族派の侯爵家はとっくに詰んでいる訳で、後は落としどころをどうするかだけになっていた。
しかし、そもそも国王の正妃の実家であるニースィア公爵領を貴族派に派閥転覆してしまおうなんて、よっぽどの天才策士が考えたことか、それとも唯の馬鹿の思い付きかのどっちかだと思うんだが。
それもこれも、王都で国王派の求心力が急激に低下しているためで、今も各地で反国王派である貴族派の台頭を許す結果となっているようだった。
とどのつまりは夢のような異世界からの【勇者】召喚で打倒帝国を目論んだ愚かな国王は、結局のところそれ以前に自らの王国国内を二分して傾国させてしまっただけということだ。
「そうだなぁ、……レティシアは間違って無いと思うぞ。これで少なくとも今日の公爵との交渉しだいでは、最悪でも両親の命だけは助けられるんだろうからさ?」
「はい……ハクロー様。ありがとうございます。これも全て皆様のご協力のおかげです」
リビングからベランダにいるこちらを静かに見つめているみんなに、深々と頭を下げてしまう侯爵令嬢のレティシア。
だから、そのシャランと下がった綺麗なシャンパンゴールドの長髪をゆっくりと撫でながら。
「そういう訳だから、がんばれ。今日の交渉で何としても、レティシアの大切な両親の命を助けてやるんだ。いいな?」
「はい……はいっ!」
これ以上は無い程にどこまでも澄んだ晴天の下、いつまでも下げた頭を細い肩を震わせて上げる様子のないレティシアの、その足元に水滴がポタポタと零れてベランダに染みを作る。
まだ、わずか15才の少女だ。レティシアは賢い娘だから頭では理解しても――感情が許しはしないのだろう。
ここニースィアの政局を読み違えて公爵に殲滅される貴族派から、侯爵家を守り両親だけを助け出そうとするなんてことは、まだ中学三年生の歳にしかならない彼女には重すぎる決断に違いないのだから。
だから、俺達が付き添っていく。護衛として傍らに立ち続ける。いつものように毅然と前を向けるよう。わずかでもその心が安らぐようにと。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「わきゃ~っ、ニコラったら可愛いですぅ!」
午前中の公爵との会談を終えた俺達はその足で、ニースィア外壁傍のセレーネの孤児院がある【砂の城】に来ていた。
ちょうど昼食の時間ということもあって、戦う【料理人】のコロンと侍女クラリスの調理を小さなエマがお手伝いしている。
さらには、まだ孤児院に来て数日しか経っていない小さなコレットとジーナの少女二人も、今ではだいぶ元気になったようで娼婦のエンデと一緒に両手いっぱいのカトラリーをテーブルに並べる手伝いをしてくれている。
それで昼食の時間に合わせるように、ちょうどミルクのタイミングだった0才児のニコラくんに、哺乳瓶で粉ミルクを飲ませてあげているのだが。
「わ、私にもちょっとだけ代わってください~」
「つ、次、私もミルクあげたいですぅ~」
「……じぃ~」
いの一番にじゃんけんで勝って、乳飲み子のニコラを抱っこしてミルクをあげているのはお貴族様のご令嬢であるレティシアなのだが。
それを取り囲んで覗き込んでいる子供好きなルリはともかく、お姫様なミラまでがはいは~いと手を上げていて――その横では無表情なユウナまでもが無言でそっと手を上げているのが、まあ微笑ましいちゃあ微笑ましい光景な訳で。
それよりも、その後ろでそわそわと手を上げようかどうしようか迷ってもじもじしている、アリス! 微笑ましいというよりも、怖いんだがっ。
「おいおい、本気で頼むから赤ちゃんの取り合いなんて真似するんじゃないぞ?」
実は俺だけは一度、王族別荘のプチ離宮に転移魔法で飛んで、堕胎手術から体力が回復したらしい【勇者】平河の元奴隷だった侍女見習いのパメラを連れて来ていた。
で、戻ってみればこの有様だったと言う訳だ。
「ふふふ、本当に赤ちゃん――ニコラ様は可愛いですね? 取り合ってしまう気持ちも分かります。それにエマ様も、コレット様もジーナ様もとっても可愛いです」
あれからまだ一週間も経ってはいないのだが、もうすっかり元気に歩き回ることができるまでに回復している様子のパメラは、相好を崩して優しい笑顔で乳飲み子であるニコラを抱いてミルクをあげているレティシアを見つめていた。
心配していた赤ん坊への拒否反応も無いようで――本当に良かった、これならもしかしたら将来的に再び自分の赤ちゃんを――いや、今はまだ。
不用意な台詞が出そうになるのを危うく堪えながらも、できるだけさり気無く優しい口調になるように気をつけて声をかける。
「良ければパメラさんも、赤ん坊のニコラを抱いてみてあげてくださいね?」
「え? わ、私は――ど、奴隷の身ですし。それに……、自分の子をこの手で殺した私に、……いまさら赤ちゃんを抱く資格など……」
悲しい決意でお腹の子供を亡くした母親のパメラは俯いてしまって、後半は俺にだけ聞こえるぐらいの小さな声でつぶやく。耳の調子がまだ十分でないセレーネには、届いていないようで――それは良かったのだが。
それでも、それが聞こえていたわけでは無いのだろうに、何故か目聡くこちらにやって来た小さなエマが、不思議そうな顔をして俯いたままのパメラの手をその小さな紅葉のような手で握る。
「え……?」
「お姉さん、お腹痛いの? お薬ならエマが持ってるよ?」
まだ背の小さなエマが、俯いたパメラの顔を下から覗き込むように見上げる。
「だ、大丈夫、よ?」
「そう? あれ? お姉さん、お母さんと同じにおいがするね? そうだ、ちょっと来て」
そう言うと、エマがパメラの手を引いてニコラのところへ連れて行く。
「え……、え?」
「レティシアお姉ちゃん、ちょっとだけニコラをこのお姉ちゃんに抱かせてあげてもいい?」
そんなことを言って、ビックリしておののくパメラに乳飲み子のニコラの首をささえるようにして抱かせてしまう。
すると、ニコラはオロオロするパメラのシャツの間に手を突っ込むと、彼女の豊かな胸にむしゃぶりつく。さらにビックリしたパメラは困ったように、そしてどこまでも哀しそうにしてつぶやく。
「ごめんなさいね、お乳はまだ出ないのよ」
しかし、乳飲み子のニコラは諦めることなく、とうとうパメラのシャツの隙間から乳首をくわえると、チュッチュッと音を立てて吸い始める。
「――ごめんなさい、お乳は出ないのよ、ごめんなさい――う、ううう……」
誰に謝っているのか、パメラは自分の乳首に必死に吸い付くニコラを抱きしめたまま嗚咽を漏らし始める。
その時、大きな純白の翼を持つセレーネの身体がわずかに薄く光を放つと、小さなエマがパメラの頬を伝う涙をそっと拭って、天使に代わりその言霊を伝える。
「大丈夫、お乳はもう出ているよ」
「――え? あ、――あああ、――あああああ~~~っ!」
コクコクという音と共にニコラは、わずか妊娠三ヵ月のパメラのお乳を飲んでいた。そして、そんなニコラを胸に抱き締めたままパメラは慟哭を上げるように泣き崩れてしまう。
その場にいた誰もが、その有り得ない奇跡の光景に言葉も無く唖然としてしまう。この世界の魔法が奇跡の体現であるならば、これこそがその――――するとその時、ほんのりとした笑い声が聞こえて来る。
「うふふふ、ニコラも数日見ない間に大きくなったでしょう? 今が一番育ちざかりですからねぇ。ようやく首も少しだけ座って来たようですし」
嬉しそうにエメラルドグリーンの瞳を細めているのは、見違えるまでに元気になった――かつては【月の女神】と呼ばれていたセレーネだ。
痩せ細って骨と皮だけだった身体も少しだけふっくらとしてきていて、失明同然だった視力もだいぶ戻って来ているようで、ほとんど聞こえていなかった聴覚も良くなってきていて、視線を合わせて話しができるぐらいまでは回復して来ているので本当に良かった。
勿論、感染症で爛れて剥がれ落ちていた皮膚もすっかり元通りで、真っ白な玉の肌は艶々として、サラサラとして綺麗な正統派ブロンドに相俟って、そのまんま女神様の御姿と言って良い程で――いや、本気で女神様だったんだが。
だからだろうか、赤ちゃんを産むことができなかった悲しいパメラの母乳が出るような、まるでそのままの奇跡のようなことが起きるのは。
そして今の子供達に囲まれたセレーネの姿は文字通り聖母のようで――そこには慈母の愛が惜しみなく注がれていて、つい随分と前に亡くした俺の母親を思い出してしまっていた。
それを誤魔化すように、少しだけ早口で身振り手振りを加えて話しかける。
「セレーネさん、乳飲み子のニコラの首が座ったのなら抱っこ紐が使えるようになると思うので、いくつか置いて行きますね? ああ勿論、実際に抱っこしての調整は俺がしますから安心してください」
「はい、ハクローさん。いつもありがとうございます。沢山ご用意いただいている粉ミルクも、とても助かっています。本当なら私のお乳が出れば良いのですが、中々そうもいきませんので」
少しだけ寂しそうに眉を下げて自分の豊満な爆乳を手でユサユサと揺らすセレーネに、健康な男子高校生にもなって思わず後光を帯びた母親のようなお乳に飛びついてしまいそうです。
だから困ったように苦笑しながらも、この言葉を彼女に捧げるのだ。
「近々、神聖皇国に行く予定があるので、俺よりも何倍も超位回復魔法に詳しい神聖皇国の【聖女】に治療方法を聞いて来るつもりです。
でも、せっかくなんでセレーネさんも一緒に行かれますか? 実際に診てもらった方が症状が分かって、治療方法も詳しく聞けるかもしれないし」
「……そうですね、ここの孤児院もありますので。お誘いは嬉しいのですが、長い間ここを離れる訳には」
こっちが恐縮してしまう程、本当に申し訳なさそうに、そして残念そうに小首を傾げて哀しい微笑みを見せるセレーネに。
「そうですか……それでは、ここだけの話ですが俺は超長距離の転移魔法が使えるので、向こうに着いたら迎えに来ますよ。そうすれば、セレーネさんは行き帰りの時間は無しで行って帰ってこれますからね」
「まあ、凄い。うふふ、ハクローさんはそんなに凄い高位の魔術師さんだったのですね?」
口元を手で隠して上品にコロコロと嬉しそうに笑いながら、茶目っ気のある愛嬌を振り撒くそんなセレーネに、ついつい頑張ってしまう気にさせられてしまう。
「ははは。いや、おれは唯のサーファーで、とても魔術師なんかじゃないですよ」
「ハクロー様、そんな超長距離を転移しますとえむぴーというのが足りなくなってしまうのでは?」
俺も一緒に苦笑していると、ニコラのミルクをパメラに代わったレティシアがやって来て、この前の坑道からの転移を思い出したのか心配そうに声をかけてくる。
「ああ、ちょっと考えていることがあるんだけど、まあそれを含めても魔力はギリギリ一往復だけで空っぽになるだろうなぁ」
「まあ、そこまでしていただく訳には。私はハクローさんのおかげでこんなに元気になりましたから、もう大丈夫ですよ?」
ああ、本当に温かく包み込むような優しい笑顔を見せる人だ。そんなことは決して無いのに、諦め切れるはずが無いのに、哀しくて悲しくてしょうがないはずなのに――そんなに、どこまでも美しい顔で笑うんですね。
「俺こそ大丈夫ですよ。半日もあれば全回復するし、その間は無防備になるかもしれないけど、みんなの魔法防壁をちゃんと維持するぐらいは残しておきますよ。だから、安心して任せてくださいね?」
「もう、そうやって何時でも誰にでも安請け合いして――ハクロー様は、本当しょうがないですね」
そんな話を聞いていたレティシアまでが俺のTシャツの裾を引っ張ったまま、哀しい顔をしてしまう。
今朝の公爵との交渉は、元々が公爵側が用意していた計画にこっちが乗っかったようなものでもあるので、すんなりと呆れるほどスムーズに済んだ。済んでしまった。
既に公爵側のシナリオは完成しているということだ。俺達が何もしなくても、明日の夕方には計画は実行に移されることになる。
だから、俺達はできることを、できる範囲で精一杯やるしかないんだ。決して取り返しがつかないようなことにならないように。
「うふふふ、仲がよろしいのですね? ちょっと、羨ましいわ。ハクローさんは私にはどうしても丁寧な喋り方になってしまうようで、少しだけ距離を取られているようで哀しいのよねぇ」
「えー、俺はそんなつもりは無いんだが」
「え? あ、私はそんな――――そんなことは、決してありませんよ? こうしていられるのも、実のところ依頼が本当に完了する明日まで限定なんです。ふふふ、明日までだけなんですよ。だから、そんなことはありませんよ?」
ほややんとした何気ないセレーネの言葉に、何故か酷く哀しい――まるで、今にも泣きそうな顔をしてしまうレティシア。
ギョッとして思わず、彼女の真っ白な柔らかい頬に手をやってそっと触れてしまう。何故なら、その綺麗な宝石のようなアクアマリンの瞳からツッーと一筋の涙が零れてしまっていたから。
「どうした、何かまた変なことを言ったか? ああ、すまない。ちょっと、俺は考え無しなところがあるから、もしかしたらレティシアが嫌がることを言ったかもしれない。
本当、ごめん。ああ、泣かないで――ほら、ああ、どうしよう」
そうしていたら、Tシャツを掴んだまま俺を見上げるようにしてレティシアが、ぽろぽろと大粒の涙を止めどなく流し始めてしまい――両手でしっとりと温かい頬を挟み込むようにして優しく触れても、その涙は止まることはなく。
とうとう、声も出さずに子供のようにわんわんと泣き始めてしまう。ビックリして慌ててしまったので、彼女の小さなシャンパンゴールドの頭をそのまま胸の中に抱きしめてよしよしと撫でる。ゆっくりと優しく撫でる。
声も無く泣くレティシアに気がついたみんなが、どうしたことかと振り返るがかける言葉も無く黙って見つめるだけで――そうしていると、小さなエマが優しくレティシアの背中をさすりさすりと擦り始めて。
「大丈夫だよ、ハクローおにーちゃんが全部やってくれるよ。だから、おにーちゃんに任せておけば大丈夫なんだよ?」
すると、
「わあああああああぁ~~~」
ようやく大声をあげて、俺の胸にしがみ付くようにして泣き始めるレティシア。だから、そっと優しくなるようにその小さな細い身体を胸に包み込むように抱き締めて、頭も背中も繰り返し繰り返しなでなでと撫で続けるのだった。
まだわずか15才の女の子が、午前中の公爵との交渉で両親のことが心配になっただけ――では決して無いんだろうことぐらいは、いくら鈍感な俺にも分るつもりだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでですね、私ども商業ギルドとしても本意では無いのですが、お貴族様から是非にと言われてしまえば、一度はお伺いしてご意向だけでもお聞きしない訳にはいかないのですよ。
どうか誤解しないでいただきたいのですが、商業ギルドとしてはあなた達【ミスリル☆ハーツ】の方々と事を構えるつもりは更々無いということです」
あれから暫くの間、レティシアが泣き止むのを待ってから昼食を取って――流石に小さな子供の前でわんわんと大泣きしたのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしたレティシアと共に王族別荘のプチ離宮に帰って来たのだが。
前に回復薬の販売の一件で会ったことのある、商業ギルドの職員が俺達を待っていた。
一緒に帰って来たパメラも今はもう落ち着いたようで、他の侍女見習いの女性に連れられて部屋で休んでもらっている。本人の気持ちが落ち着いて、その気があるならニコラの世話を頼みたいのと、将来的には孤児院の職員として働いてくれると嬉しいのだが。
真夜中のミルクの当番とか、時々は交代で泊まり込みもしてくれる人が確実に必要になるだろうし。
「はあ~。ようは貴族派の連中が私達の持っている『竜玉』とミスリル延べ棒の山を寄こせ、とそう言ってる訳ね?」
手のひらをピロンとひっくり返して見せるアリスに、高そうなハンカチで必死に額から流れ落ちる冷や汗をひたすら拭きながら、ずり落ちそうなメガネを繰り返し上げるちょっと小太りの商業ギルド職員さんは、正直に全てを話すつもりのようで。
「はいっ、全くその通りでございます! 何でも、それで上級武器と防具類を量産装備して合同演習の妨げとなっているAランク災害級魔獣ベヒモスを討伐するつもりのようでした」
そんな、貴族連中よりも騎士団員よりも遥かに紳士的な態度に、やはり悪人ではない相手には引き篭もりの悪癖が出たのか、ちょっと及び腰になりながらもアリスが応える。
「ごめんなさいね。あれは使い道が決まっているのよ。だから商業ギルドに売ることはできないわ。
それから、せっかく正直に教えてくれたのにこのまま帰すのは申し訳ないから、ちょっとだけ独り言をつぶやくわね?
明日の午後には合同演習部隊がニースィアに戻って来るわ。そうしたら、公爵の屋敷で夕方から祝賀会が開かれることになるでしょう。だから、あなたも――分かるわね?」
「そ、それは――――わ、分かりました。大変貴重な情報をありがとうございました。私ども商業ギルドといたしましては、ここニースィア公爵領の領主様に楯突くつもりは毛頭ございませんので、今後ともご贔屓にしていただければ幸いです。
ああ、それでは私どもからも――今回、この件を商業ギルドに持ち込んで来たのは皆様が以前、公爵様の御屋敷で決闘された騎士団員のお貴族様ご三家になります。まずはそのことだけでも、ご注意いただけますればよろしいかと」
急にメガネの奥の目付きが険しくなってしまった商業ギルド職員が、いつの間にか冷や汗がピッタリと止まって揉み手をしながらニヤァ~と悪そうな顔で笑っているので、アリスが苦笑して礼を言う。
「ふふふ、ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えて精々注意させていただくとするわね」
「ほほほ、アリス様もお人が悪い」
すると思いっきり悪人顔になった商業ギルド職員に、同じく悪人顔をしたアリスが言ってしまう。
「ふぉふぉふぉ。越後屋、お主も悪よのぉ~」
「へ?」