第3章50話 Aランク災害級魔獣ベヒモス
「次の十字路をそのまま直進っ、正面ゼロ、右に三匹、左に二匹っ」
まだゆっくりとしか歩けないユウナはやむなく『車椅子』に座ってもらって、レティシアがついて来れるギリギリの速度で、地下迷宮化しつつある坑道を擦れ違いざまに魔物を薙ぎ倒しながら一直線に驀進して行く。
魔物の死体も放置し、【魔石】も拾うことすらしない。とにかく最短距離の最短時間での最下層への到達だけを目指して遮二無二ひた走る。
「私は右の二匹を!」
「じゃあ、ルリとコロンと私で左の三匹!」
「はいっ、わかった」
「りょーかいでしゅ」
俺の叫ぶ【ソナー(探査)】の結果を聞いて、まず『車椅子』のユウナが標的を選ぶと、アリスが残りの担当を配分する。
そして、その十字路に足を踏み入れた瞬間、四丁の魔法自動拳銃P226に取り付けられたレーザーサイトの紅い光が宙を舞ったかと思うと、轟音と共に火を噴き薄暗い坑道の中をマズルフラッシュが明るく照らしてくっきりと影を作り、俺達の走る音を聞きつけて接近して来たらしいハイコボルトの頭を全て吹き飛ばす。
俺はそれを一瞥すると、減速することなくそのまま十字路を駆け抜け、みんながそれに続く。
この高い機動力と高速移動を可能としているのは、ユウナの『車椅子』を波魔法で浮かせているとはいえ、なんと片手で軽々と押している【身体強化】スキルを駆使した身長が30cmほどの妖精のフィだ。
「はぁはぁはぁ、皆様の殲滅力は尋常ではありませんね……」
他のみんなは静かに周囲の気配を窺っている中で、一人膝に手をついて肩で息をしながらも、嘆息することを禁じ得ない様子のレティシア。
それを聞き流すように右手を上げると、そのままアリスに視線を合わせて坑道の先を指差す。
「見つけた。そのひとつ先にデカい部屋――たぶん未完成のボス部屋がある。中央にいる大きなのが間違いなくベヒモスだな。奥には祭壇らしいものもあるから、ここが最下層だろう」
「分かったわ、ハクロー。【遠見の魔眼】――ああ、祭壇には『水晶石』があるわね。うわっ、デカいわよ、これ。
それに、こいつがベヒモスね。高い状態異常耐性を持ってないと、あっという間に持ってかれるわよ」
手のひらで右目を塞いで、蒼い左目に【遠見の魔眼】の照準線を浮かべながら、そんなことをつぶやくアリス。
予想はしていたが最悪の部類ではあるものの、まだ本当の最悪にはなっていないようだ。何故ならまだ、転移魔法が使えるのが分かるからだ。
ということは、地下迷宮は完成していないということになる。
幸いなことにダンジョンマスターらしき気配も感じられないということは、今なら地下迷宮化する前にダンジョンコアを頂いてしまえば勝ちということだ。
ただし、その場合はベヒモスも討伐する必要がある。下手にここを守護する理由を失くしてしまうと、鉱山の外に出て暴れ出さないとも限らない。
「それじゃ、予定通りこのまま転移魔法で鉱山役所まで一時撤退する。そこでレティシアを残したら、装備を整えてからこのポイントまで再び転移して討伐だ」
「はい、分かりました。ハクローくん」
「りょーかいでしゅ。ハク様」
「フィも分かったわ」
「ニャア~」
「了解、クロセくん」
そう応えると、ユウナがチャキッとレーザーサイト付き魔法自動拳銃P226を坑道の天井に向けてデコッキングさせて、他のみんなもそれに倣う。
「え? え? きゃあっ!」
目の前に突然グニャリと現れた空間の歪に驚いて、思わず声を上げてしまうレティシア。
「ああ、すまない。レティシアは見るの初めてだったか? 転移魔法を使ったから、通り抜けてくれ」
と言い終わらないうちに、もうどんどん行ってしまうアリス達に慌てて後をついて行くレティシアお嬢様。
「わわっ、私も行きますから。置いて行かないでください~」
「ははっ、置いて行くわけないだろ? いつも俺が最後だよ」
そう言って、全員が転移し終わったのを確認してから自分も転移魔法陣をくぐる。
転移魔法のMP消費量は行ったことの無い知らない場所だとその消費がべらぼうな物となるが、マーキングを付けてある場所でも距離と人数の掛け算――というよりは質量だろうか、に比例して多くなっていくようだった。
なお、【収納】に入っている無機物の質量には関係しないようなので助かっている。なんせ、俺の【時空収納】には山のようなミスリルの延べ棒が入っているからな。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それはまた、参りましたな。災害級魔獣ベヒモスが現れただけでもこれまで無かったことだと言うのに、選りにも選ってこの鉱山がまさか地下迷宮化し始めているとは。
状況は最悪を考えて、役所の職員には万が一に備えさせます。そうですな、犯罪奴隷達も含めて退避準備に入らせるようにしておきますかな。ああ、後は近隣の村とニースィアの公爵様と――それから合同演習部隊の連中にも一応連絡を入れておくとするか」
公爵領鉱山役所に転移魔法で戻ると、すぐさま侯爵令嬢のレティシアから監督責任者に緊急で面会を求めて経緯報告をしていた。
「デルヴァンクール伯爵様、よろしくお願いします。私もここに残って、お借りしている奴隷のサラと一緒に退却準備のお手伝いをしたいと考えています」
「おお、それは助かりますな。こちらこそ、よろしくお願いしたい」
監督責任者としては状況判断までが固くしかも的確なようなので、公爵から財政的な重要拠点である鉱山を任せられているだけはあると言うことなのだろう。
思ったより短時間でアッサリと話はついたので、アリスが笑顔で手をヒラヒラと振る。
「それじゃ、レティシア。私達は行くわね」
「いいか、護衛がいなくなるんだから絶対に無理をするんじゃないぞ? 分かったな? サラのことも頼むんだから、絶対に一人で無茶なことだけはするんじゃないぞ?」
俺がレティシアの細い両肩に手をやって、何度も確認するように言い含めていると。
「あ~、ハクローくんがいつもの過保護なことを言い始めました」
「ハク様、しんぱいしょ~?」
「フィもちょっと心配かも~?」
「ニャア~?」
「クロセくんの用意した魔道具もあるし、防壁魔法もあるのだから、いざとなれば転移して戻ってくればいいし」
ルリ達がそろって呆れたように、ため息をつきながら首を振るのを横目で見ながら、レティシアは困ったように苦笑しながらも、その細い指をそっと俺の両頬に添えるように触れさせると。
「あ、うふふ……。ハクロー様、私は大丈夫ですよ。絶対に無謀なことはしないと誓います。ですから、あなたもご無事でお帰り下さいね。約束ですよ?」
そんなことを言いながら、美しい宝石のようなアクアマリンの瞳を潤ませて、爪先立ちになって祈るように下から覗き込むようにしてくるので。
「ゴホンッ、ゴホン! ンッ、ンンッ~~!」
「ハクローも馬鹿ねェ。何、死亡フラグなんか立ててんのよ?」
「わあ~、ハク様。ふらぐ? ふらぐでしゅか?」
「フィもフラグ食べたい~」
「ニャア~」
「あ~……、フィちゃん。それはフライだと思いますよ」
真っ先にルリが大きな咳をし始めてしまうと、みんながさらに呆れたように夕食の話を始めてしまう。今晩はフライ定食か?
「おや? これはこれは、その少年はレティシア嬢の……そうかそうか。はっはっはっ、若いと言うのは良い物ですなぁ。やっはっはっ」
監督責任者の伯爵様も、何故か俺の肩をバンバンと叩いて大笑いを始めてしまう。痛い、痛いって。おっさん、手のひらまで固いんだな。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃ、事前の打ち合わせ通りに往くわよっ。作戦開始!」
紅と蒼のオッドアイを細めてニヤっと口角を上げたアリスの号令と共に、転移魔法で鉱山坑道の最下層まで戻っていた俺達は、サッカー場よりも遥かに広い部屋へと飛び込む。
すると、それに気づいたAランク災害級魔獣のベヒモスが、ギロッと一抱えもありそうな大きな目で睨みつけてくる。
「ぎゃおおおおおおっ!」
そして、頭の先からしっぽの先まで30mぐらいはありそうな小山のような全長を震わせて、耳をつんざくような大きな叫び声を上げる。
同時に、身体中から紫色をした霧のような物を漂わせ始めて、バカッと人間を軽く一飲みできそうな大きな口を開く。
「ブレスッ、来るわよ! ルリっ、多重魔術精霊結界! ハクローは、GO!」
「はいっ、精霊さん達っ、お願い!」
「【チューブ(転移)】っ!」
アリスの指示で、ルリが周囲に高位六精霊を顕現させて、瞬時に魔術結界を完成させる。俺はそれをすり抜けるように、一気に一番奥にある祭壇の上に置かれた『水晶石』目がけて転移する。
次の瞬間、青白い光と共に紫の霧を伴ったブレスがベヒモスの巨大な口から発射されると、爆音を撒き散らしながらルリの多重掛けされた魔術結界と精霊結界に直撃して抗うように火花を上げる。
しかし、ルリと高位六精霊の作り出す多重魔術精霊結界を貫通することはできずに、ドーム状に展開された結界内を除いて、辺り一面は紫色をした溶解液をぶちまけられたように地面も壁も天井の岩もその全てが侵食されてしまっていた。
「【猛毒】、【失明】、【溶解】、【麻痺】、【威圧】、【幻覚】、【防御低下】、【速度低下】、他にも何でもありの上位状態異常のオンパレードよっ! 【女神アルティミスの加護】で全ての状態異常が無効化されているはずだけど、絶対に結界の外にはでないでねっ!
各自、発砲自由! 発射っ!」
予想通りなアリスの【鑑定】結果に驚くことなく、スカートを翻すとレーザーサイト付き魔法自動拳銃P226を太腿のホルスターから抜き去り、ルリとコロンにアリスが紅い光で照準を付けてトリガーを引き絞ると爆音が洞窟じゅうに鳴り響く。
同時に、最後尾からひと際大きな爆発音が轟くと紫色をした濃い霧を切裂くように、『車椅子』に座ったままユウナの構えた魔法アサルトライフルSG550スナイパーから発射された細長い5.6mm弾がブレス発射後の硬直したベヒモスの眼球めがけて着弾する。
しかし、流石はAランク災害級魔獣ということか、魔法防壁を貫通することができずに――しかし、瞼を閉じさせることには成功する。
「よしっ、このまま視界を奪う! ルリは精霊にお願いして、念のために進路の状態異常を解除しながら距離を取ってゆっくりと移動開始!」
「はいっ、精霊さん達おねがいしますっ」
立て続けにレーザーサイト付き魔法自動拳銃P226から連射される、魔力付与された9x19mmパラベラム弾。
そしてフルオートでしかも100m近い距離を正確に眼球の一点めがけてピンポイントで着弾し続ける、魔法アサルトライフルSG550スナイパーから発射された同じく魔力付与された5.6mm弾の弾幕が、ベヒモスの左右の瞼の前の魔法防壁を火花を上げながら削り始める。
そして、ユウナはフルオートで20発打ち終わると、空になった弾倉をひっくり返してジャングルスタイルで連結された新弾倉に差し替えると、氷魔法で急速冷却された銃身を焼け付かせる限界まで、続けざまにフルオートで5.6mm弾の弾幕を同じ右の瞼の魔法防壁の同じ場所に着弾させ続ける。
その間に、最奥の祭壇まで転移していた俺は、まだ完全にダンジョンコア化し切っていない『水晶石』に手を伸ばす――と。
「ほお、面白い。転移魔法だが、ちょっと変わっているな。単純な空間魔法ではないのか、合成? いや複合魔法?」
いつの間にか、祭壇の横には黒いフードを深く被った人間が立っていた。
スタッと祭壇の上に降り立つと、片膝をついて『水晶石』に右手を伸ばした姿勢のままで、左手をだらんと下におろす。
左の腰にはいつものように直刀【カタナ】が二本ぶら下っている。
「魔族がこんな所に何のようだ?」
「ほおっ、この私が魔族だと断言するのか? これは益々面白い。ああ、念のため【認識阻害】と【偽装】に【隠蔽】まで使っているのに何故、と聞いてもいいのかね?」
瑠璃色の瞳を細くして睨みつけると、いいものを見つけたとばかりに心底嬉しそうに笑いながら、不自然なほど自然に問いかけてくる魔族の男。
「【魔王】に知り合いがいるんでね。それより、質問に答えたんだから、お前も俺の質問にも答えろ」
「え? ああ、すまないね。興味が湧いた事になると、どうも視野が狭くなる癖があっていけないな。
ここへ来た用だったね? その特大『水晶石』を使って、地下迷宮創造をしているところさ。初めてだからか思った以上に時間がかかってしまってね、そこにいるベヒモスには闇魔法で【暗示】と【使役】の状態異常にしてここの守護をさせていたのだけど――あ~ぁ、あれでもAランクの災害級魔獣のはずなんだけどねぇ。
たった、六人と一匹で――討伐しちゃうのかい?」
そう言ってベヒモスの方を見やると、とうとう魔法防壁を打ち破られて、外皮としては決して厚くないだろう右目の瞼を撃ち抜かれてしまって、残りの左目まで撃たれては敵わないとブレス後の硬直が解けて闇雲に暴れ始めていた。
しかし、ボス部屋に入った瞬間から妖精フィの【魅了】と【睡眠】に【淫夢】に加えて【幻影】のスキル合成で、五感だけでなく第六感に【気配】や【探査】スキルまでもが狂わされている中で、目を瞑っていては彼女達を見つけられるはずもない。
「んで、どうするんだ?」
「ん? どうするとは? ああ、その特大『水晶石』は貰い物でね。せっかく貰ったからには使ってみようかと思っただけで、別に惜しいことは無いから拾った君の物ってことで良いよ?」
黒フードの魔族は肩を竦めて見せると何でも無いこともように首を振るので、伸ばしたままの右手をポンっと特大『水晶石』に触れて【時空収納】に仕舞ってしまう。
「じゃあ、これは貰っておくぞ。それで後はベヒモスは討伐するとして、お前はダンジョンマスターってことで倒せばいいのか?」
「ははは、私を倒すのか? う~ん、それは困るな。今は他の地下迷宮でやってる途中のものもあるから、あっちは投げ出す訳にはいかないんだ。
それにしても、私を倒せるほどの力を持っているようには見えないが――もしかして、【隠蔽】と【偽装】の両方を持っているのか? 成程、それなら私と同等ということにもなるか」
独り言が多い黒フードの魔族は、いつまで待ってもブツブツ言ってそうなので、まずは先に目先の障害を片付けることにする。
「お前の話は俺と同じくらい長そうだから、ちょっと待ってろ。先にちゃっちゃと討伐してくるから、話は後だ」
そう言って、ベヒモスの大きな頭の直上に転移すると坑道の天井から自然落下しながら、撃ち抜かれて視界の悪い右側からその紫の血が溢れる右目に狙いを定めて、【AMW(ノイズ)】と一緒に【HANABI(爆裂)】を連続起動して発射する。
左目も守るために瞑って、傷ついた右目を庇うように顔を振っていたので、無防備な右目の穴にしこたま爆裂魔法をぶち込まれて、耳や鼻や口から紫の鮮血を撒き散らしながら堪らず咆哮を上げる。
そこへ狙っていたように、大きく開けられた口めがけてアリスの超位氷魔法【ゼロ・ケルヴィン】が炸裂する。
バキィン、という氷結音がして【AMW(ノイズ)】でジャミングされたために魔法防御もできずに、素で口内を絶対零度に持って行かれて、絶叫することもさせてもらえず口を開けたままでのたうち回るベヒモス。
とうとう左目を閉じている場合ではないと気がついたのか、残された左目からも紫の血を流しながらも、辺りを見回す。
しかし、【ドライスーツ(防壁)】と妖精フィの【幻影】スキルで身体だけでなく魔術結界ごと迷彩化されているアリス達を見つけられるはずも無い。
そして、当然のように頭上から落下中の俺を視認すると30m程もある巨体ごと突進して来た。
すぐさま転移魔法でベヒモスの背後に飛ぶと、今度はサーフボードを取り出して【波乗り(重力)】で空中に降り立つ。
鉱山全体を揺るがすような、地震と勘違いしてしまいそうな轟音を上げて壁に激突したベヒモスは、振り向くと凍り付いた口から紫に濁った血を吐きながらも【自然回復】スキルで治癒しているようで、息もできるようになり始めていて――しかし、それは悪手だ。
完全に無防備のままこちらを睨みつけてしまったベヒモスの眼球が無くなって大穴が開いた右目をめがけて、最初に着弾したのはユウナの魔法アサルトライフルSG550スナイパーからフルオートで発射された、ピンポイントで狙いすました魔力最大充填の5.6mm弾の弾幕20発だった。
ついに眼底を撃ち抜いたところに続けて、止めとばかりにアリスの超位氷魔法【ゼロ・ケルヴィン】が脳に到達するまで突き刺さる。
こうしてAランクで災害級魔獣とまで呼ばれたベヒモスは、叫び声を上げることも出来ずに脳みそをシャリシャリの絶対零度までシャーベットにされて完全に絶命してしまったのだった。