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ミスリルハーツ ~サーファー、異世界へ~  作者: 珠乃 響(ゆら)
第3章 冒険者ギルド編
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第3章48話 犯罪奴隷サラ


「はい、こ(やつ)めの罪状確認は取れました。全くもって私の監督不行き届きで申し開きもありません。

 この馬鹿(バカ)は裁判のためにニースィア公爵領に一度送還しますが、まあ確実にここに戻って来ることになるでしょうな。しかもその時は、さぞや素敵な首輪を付けていることでしょう。

 そして、いくらフレデリック第一王子殿下が私に知らせずに勝手にやったこととは言え、私にも(なん)らかの沙汰(さた)があることは(まぬが)れないでしょうな」


 忌々(いまいま)()に床に転がるエロ下級貴族で男爵の監督主任の下種野郎(ゲスヤロー)(にら)みつけているのは、俺達が最初に挨拶をしたこの鉱山の役所の監督責任者で上級貴族の伯爵さん。


 どうも同じく上級貴族の侯爵家ご令嬢のレティシアによると、この伯爵は鉱山採掘というこの公爵領の重大事業の取りまとめを(まか)されるぐらい実直で真面目な人格者として有名な人物らしい。


「お詫びと言っては(なん)ですが、医務室に入院させている問題の犯罪奴隷の女は、レティシア殿がここにいる間はお身の周りのお世話をさせるということで、一先(ひとま)ずは坑道作業から引きあげていただいて結構です」


「ご理解感謝いたします」


 深く頭を下げるレティシアに(あわ)てて手を振る、年下の令嬢に対してもお固い態度の伯爵さんは。


「いいえ、こちらこそ。ミラレイア第一王女姫殿下の親書を持って来られた貴女(あなた)の要望を無下(むげ)にできるはずもありません。

 それについでと言っては(なん)ですが、この大馬鹿(おおバカ)が横流ししていたレア鉱石の流通ルートの洗い出しもできましたので。まあ、そのお礼とでも思っていただければ」


「助かります。お言葉に甘えてあの犯罪奴隷の女性には(わたくし)達の食事を作らせることにいたしますので、調理厨房への立ち入りを許可いただきたいのですが?」


「ええ、それは構いませんが。あの犯罪奴隷の女は確か元は貴族令嬢だったはずですが、料理など作れるのですかな?」


 怪訝(けげん)な顔をする伯爵に、レティシアが悪戯(いたずら)っぽく微笑みながら、後ろに黙って一人(ひとり)立つTシャツに短パン姿で黒サングラスをかけた護衛の男に振り向いて見せる。


「はい、それは全く問題ありませんわ」




◆◇◆◇◆◇◆◇ 




「くっ、サラも結構(ケッコー)(バスト)大きかったのねっ! はっ、やっぱりこう()まれたからなのかっ? そうなのかっ?」


 洞窟宿泊施設(ホテル)一室(いっしつ)に突然姿を現した特注バスルームの、大きな浴槽(バスタブ)に犯罪奴隷のサラも一緒にみんなで(つか)かって。


 アリスは(くや)しそうに自分のささやかな胸を両手で(おお)い――わずか手のひらだけで隠してしまえるのを再確認してしまうと、魂の叫びとなった慟哭(どうこく)の後半は誰にも聞こえないつぶやきとなって消えていく。


 そのサラはルリとコロンに頭のてっぺんから足の先までピカピカに洗われて、さっきまで茶色くクスんでバサバサだった長髪も綺麗な金髪がサラサラとしていて、傷だらけで薄汚れていた肌もツルツルの真っ白になっていた。


 大きな声が出せないようにとあのエロ下級貴族に殴り(つぶ)されていた(のど)も、中級回復薬を飲んで治療回復されてきていて以前の(すず)やかな良く通る声で小さくつぶやく。


「私は……うっ、そんな……あっ、それよりも……くっ、私は……んっ、どうして……うんっ、こんなところで」


 小さなコロンがお湯に浮かぶ豊かな胸にかぶりつくように抱きつくので、自然と()れてしまう声を(なん)とか(こら)えながらもサラが(たず)ねるのだが、隣に座ったルリはお風呂に肩まで()かって弛緩(しかん)した声でぽわぽわと答える。


「ん~久しぶりに会ったので~一緒(いっしょ)にお風呂に入って~お料理して~あ、サラさん【料理】スキル持ってるから~お料理教室で~ごはん食べて~パジャマパーティーして~でェ、寝るぅ~?」


「……え?」


 その言葉の意味が分からず不安そうにするサラの、その豊満な胸にピッタリと抱きついたままの小さなコロンが嬉しそうにニッコリと見上げる。


「この戦う【料理人】のコロンがお料理を教えてあげましゅ」

「フィは味見してあげるぅ~」

「ニャア~」


 まだ、よく状況が()み込めていないのか不思議そうな顔をしているサラに、ため息をつきながら無表情のままでヤレヤレとユウナがつぶやく。


「はあ~、この()達の話を真面目(マジメ)に聞いては駄目(ダメ)。あなたはあらゆる意味で危険な坑道から連れ出されて、この鉱山役所施設内で私達専用の侍女(メイド)として働くことになる。

 まずは弱った体調を戻すことを優先するけど、ゆっくりと可能な範囲で【料理】スキルの向上と合わせてコロンのマル秘メニューを覚えてもらう」


「……え……うっ、それは……あっ、どうゆう」


「いずれ私達はこの地を去る。その時、貴女(あなた)は高い【料理】スキルと多くの異世界マル秘メニューを知る、ここで唯一無二(ゆいいつむに)の料理人となる――つまり、二度と危険な坑道に入ることは無い」


 【予言者】たるユウナが、目を見張って固まるサラの青い瞳を(のぞ)き込むようにして、あり得なかったはずのその未来を告げる。


「……え? ……ええ? ……でも……私は……皆様に……(ひど)いことを……」


「それは、これからの貴女(あなた)がここで返していくもの。ニースィアからわずか二日の距離だから、私達も時々はあなたの作る料理を食べにここに来ることもあるだろう。だから――」


 見開いた青い瞳からボロボロと大粒の涙を(こぼ)しながら、回復薬でひび割れの消えたかさぶたの残る唇を震わせるサラに、わずか3才のユウナがその進むべき未来を指し示す。


「――だから、がんばれ。もう、だいじょうぶだから。だから、がんばれ」


「うっ…………」


 とうとう、両手で顔を(おお)って(うつむ)いてしまうサラの、両腕に挟まれて盛り上がった胸にペタッと引っ付くようにして小さなコロンが抱きついたままで、小さくつぶやく。


「がんば。サラ、がんば」


 そして、震えるサラの肩に乗った妖精のフィがポンポンと金髪の頭を()でる。


「ほら、小娘。フィも応援するから、だから頑張れ」


 フヨフヨと空中を泳いでサラの金髪の頭の上に乗った、聖獣のルーがその肉球でペタペタと(はた)く。


「ニャア~」


 すると、後ろからルリがそっとサラの全身を包み込むようにして抱きしめると、慈母の優しさを込めて耳元で(ささ)く。


「大丈夫ですよ。もう大丈夫です。ですから、がんばれ。がんばれ」


 そうして最後に手を伸ばして、サラの()せ細った手で(おお)われた彼女の(ほほ)にそっと細い指先で触れると、アリスが【聖女】の言霊(ことだま)を告げる。


「もう、大丈夫よ。だから、頑張りなさい。私達が助けてあげるから、頑張りなさい」


 ここにいる誰もが、これ以上は無いという最果(さいは)てのどん底まで()ちたサラに、(あきら)めるな頑張れと言う。(あきら)めることは許さないと、頑張ることを決して(おこた)るなとそそのかす。


「うっ、ううっ、あっ、わああああああぁ~~~~~」


 黒い金属の【従属の首輪】を首から下げて、その重みに耐え切れずに背中を丸めて絶叫するように、この世にいるはずの女神に助けを求めて慟哭(どうこく)するように、まるで小さな子供のように唯々(ただただ)わんわんと泣き続けるサラ。

 その反響(こだま)する泣き声の中で、それでも優しく寄り添ってくれる者達がそこにはいた。




◆◇◆◇◆◇◆◇ 




「そうですか。ハクロー様達と一緒に異世界から召喚されて来た【勇者】の奴隷で、その()()に捨てられた元貴族の令嬢だったのですか」


 隣りのバスルームから壁越しに、おそらくはサラだろう泣き声が聞こえてくる。そんな内扉だけで(へだ)てられた宿泊部屋(ベッドルーム)で、レティシアが自嘲気味(じちょうぎみ)に小さくつぶやく。


「うふふ、――ああ、彼女を笑っている訳では無いのですよ? ただ、(わたくし)も今回の作戦を成功させることができずに我が侯爵家が取り(つぶ)しになれば、明日は彼女と同じ運命をたどっているかもしれません」


「レティシアには俺達がいる。だから大丈夫だ、そんな余計な心配はするな」


 (かな)しい運命に翻弄(ほんろう)される元貴族令嬢のサラの人生に重ねるものでもあったのか、長い睫毛(まつげ)()せてしまうレティシアを(はげ)ますように、安心させるようにとつぶやく。


「ふふふ、大丈夫ですよ。不安はありますが、心配はしておりません。ただ、そうですね。万が(いち)にも失敗して(わたくし)が侯爵家の借金の(カタ)に奴隷として売られるようなことがあれば、ハクロー様――」

 

 上級貴族の侯爵家といえど所詮(しょせん)は領地を持たない法衣貴族の年金生活者に変わりはない。今回の領主である公爵に楯突(たてつ)く貴族派側の政変(クーデター)の結果次第では、貴族派筆頭の侯爵家には膨大な借金しか後には残らないことになるだろう。

 政争とはいえ、戦争には金がかかるのだ。


 ベッドの上でしな()れかかるように、豊かな双丘ごと柔らかな身体を(あず)けてきて耳元で(ささや)くレティシアは、それでも今にも泣きそうな顔をしていて。


「――その時は、この(わたくし)をあなた様だけの奴隷とするために買ってくださいますか?」


 そんなことを甘い吐息(といき)と共に(くち)にする。


 だから、おでこをコツンとぶつけてから、クスクスと苦笑しながらもようやく自分を面と向かって(だま)くらかす。


「いいや、その前にお前を(さら)ってしまうよ。一時(いっとき)たりとも奴隷なんかにはしないから、だから安心しろ」


「……っ」


 息を()むように綺麗なアクアマリンの瞳を見開いたレティシアは、ゆっくりとその瞳を細くすると困ったように今度は自分からおでこを付けてきて、それから嬉しそうに微笑みかけてくる。


「……そ、それは。私の中の乙女が困ってしまいましたねぇ」




◆◇◆◇◆◇◆◇




 それから食堂のおばちゃんに監督責任者の伯爵に了解を取っていることを説明すると話しが通っていたようで、調理厨房に入って戦う【料理人】コロンのお料理教室の開幕となった。


 なんせ第一王女専属の侍女筆頭クラリスの直々に仕込まれたコロンである、しかもいくつかの異世界料理レシピとそれに加えて錬成された数々の異世界調味料を駆使して作られた料理が美味(うま)くない訳が無く。

 いつの間にか食堂のおばちゃんも他の内勤の職員達も一緒になって――調理を手伝わずにひたすら食べているのだが。


 そして食べきれない(ほど)大量の料理を作り、最後には食堂に来ていた外勤の役所職員達にもおすそ分けをして。

 ()めのデザートを食べ始める頃には、少しフラつきながらも楽しそうに笑顔を浮かべたサラの【料理】スキルは既にレベル2にアップしていたのだった。


 するとそれに気がついたらしい、ルリがサラの手を持ってパンッと手のひらを合わせて打ち鳴らす。


「あっ、もうサラさんの【料理】スキル上がってますよ!」

「おお~、コロンのときよりもずっと早いでしゅ」

「フィは美味しかった~」

「ニャア~」


 小さなコロンと妖精のフィが同じように、ビックリして上げたままになっているサラの手のひらに、パン、パンと手を合わせると、聖獣のルーがふよふよと空中を歩いてペタと肉球を押し付ける。


「あ、ありがとう。みんなのおかげ、です」


 そんな風に照れるように長い睫毛(まつげ)()せるサラの様子を見ていたアリスが、同じように手をパンッと合わせる。


「手持ちで一番(いちばん)いい中級回復薬は使い切っちゃったけど、私の【ハイヒール】にルリの高位精霊達の回復魔法の重ね掛けで、さっきよりはだいぶ体調も回復しているようだし」


「でも、基礎体力が戻った訳では無いから、急な無理は禁物。これからゆっくりとリハビリしながら、体力を付けて行けばいい」


 そう無表情のまま、静かに声をかける椅子に座ったままのユウナも手のひらを差し出すと、サラはわざわざやって来てそっと手を合わせる。


「はい、ありがとうございます。これから頑張ります」


「まあ、これからベヒモス討伐までは(しばら)くお世話になりますのでよろしくお願いしますね」


 侯爵令嬢のレティシアまでもが手を合わせようと上げかけるが、あたり前のようにサラが綺麗なカーテシーで深々と(こうべ)()れるので、そのまま苦笑しながら上げかけた手で頭をポリポリと()くしかなかった。


 そんな風にみんなに激励されている、今はルリの予備の生成(きな)り色のワンピースを借りて着ているサラは、顔の()れや(あざ)もだいぶ引いて綺麗な金髪を横に()んで流していて、身体のあちこちにあった怪我(ケガ)や傷も()き出しの白い手足にはもう見当たらないぐらいまでには回復しているようだ。


 それでも、ここ数ヶ月は特に(ロク)でも無い(クソ)みたいな男達に(ひど)い目にあって来たのだろうからと、わざと少し離れて遠くからサラの様子を見ていると――わずかに震える手を(おさ)えるように自分の身体を抱いたまま、何故(なぜ)か俺の前へと進み出て来るので。


「無理をしなくていいから、それよりこれを」


 そう言ってサラの前に(ひざまず)くと、さっきの坑道では裸足(はだし)で金属の輪と鎖に(つな)がれていたがそれも無くなっていて、細く長い脚に予備の白い革紐サンダルを履いた足首にミスリルのアンクレットを付ける。


「これは【魔力制御】、【身体強化】、【防御上昇】、【自動回復】、【状態異常耐性】が付与された魔道具だから、いつも身に付けているんだぞ。フィ、認識阻害を頼む」


 鉱山で働くサラには職場特有の鉱山性ガスなどの危険があるので、【加速】ではなく【状態異常耐性】を付与した特別仕様になっている。


「うん、ん~ほいっと。できたわよ、これで何も足首には付いていないように見えるでしょ?」


「ああ、フィありがとうな」


「あ……ありがとうございました。この御恩は一生忘れません。必ず、必ずや……」


 (かが)んでいた俺の頭の上から涙が(しずく)となって()って来るので、(しばら)くは動くことができずに(ただ)黙って静かに待っているしかなかった。

 困ったように苦笑するしかないまま、席に戻ったのはだいぶ時間が経ってからだった。




 まあ(なん)にしても、やはり【ルリの友達】の守護たるやおそるべしと言うことか。それにしても、あのサラがルリの友達――ねぇ。


 そんなことをボンヤリ考えながら、ふと嬉しそうに見えない白く長いウサ耳をフリフリと揺らしながら、ほっぺに赤い丸をはっつけてデザートの特製プリンアラモードをツツいているルリを見つめていると。

 こちらをその紅い瞳でとらえて優しく細めてから、ニコォ~と向日葵(ひまわり)のような笑顔を向けてくる。


 このままの勢いで行くと、何時(いつ)の日かルリの友達百人というのもあながち不可能では無い気もしてきたりして。


 なぜなら、わずか三ヵ月と少しの間だけでもルリの友達は軽く十人を超えて二十人に(せま)ろうとしていたのだ。


 まあ、そのほとんどが王都を出てからというのだから、本当に最初の一ヵ月は綱渡りの紙一重だったのは間違いがないだろう。


 ともかくも、かつての世界で病室に()もって(あと)は死ぬのを待つしかなかった白髪(しろかみ)の少女は、この異世界で多くの友達に囲まれて嬉しそうに満面の笑顔で、コロン特製の巨大なプリンアラモードを幸せそうに切り崩しているのだった。


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