第3章47話 鉱山の犯罪奴隷達
「ええ、公爵領の方から話しはうかがっていますな。もちろん、ここ公爵領鉱山役所の職員宿泊施設のご利用も可能です。ただ、下働きなどはほとんどが犯罪奴隷がしておりますので、そこだけはご了承ください。
まあ、犯罪奴隷と言っても【従属の首輪】を付けていますので何も危険なことはありませんがね」
鉱山に公爵領から派遣されているその殆どが下級貴族らしいのだが、彼ら監督官達がいる役所と犯罪奴隷がいる刑務所が一緒くたになったような連結施設になっているらしく、その全てが洞窟内で繋がっているんだそうだ。
岩山の金属扉を開けて鉱山役所に入るとすぐに受付で案内されて、自らデルヴァンクール伯爵と自己紹介したこの少し融通が利かなさそうな、ここで一番偉い監督責任者が目の前に立っている。
そうして、爵位の無い公爵令嬢や平民相手にも見下すことなく普通に会話ができている王国では珍しいお貴族様から、そんな一連の説明をされていた。
それにしても、事前にミラレイア第一王女――というか、実務を仕切っている侍女筆頭のクラリス経由で話が通っていたようで。帰りにはおみあげを買って帰って、ちゃんとお礼を言わないとな。
想像以上にキチンとお姫様な仕事をしているようで、ここにいない彼女達が凄く近くに感じてしまって自然と笑みが零れるのだった。
そんな訳で意外とすんなりと割り当てられた職員宿泊施設に入ると、紅い瞳をキラキラさせたルリが嬉しそうに声を上げる。
「すごぉ~い、洞窟の中のホテルですか? 窓は無いけど刳り抜いた剥き出しの洞穴に間接照明が何か凄いオシャレですぅ」
「わ~い、秘密の隠れ家みたいでしゅ~」
「ニャア~」
おお、小さなコロンだけでなく、聖獣ルーも気に入ったようでフヨフヨと空中を泳ぎながら室内探検を始めたようだ。
「この鉱山の中だと魔力を持った鉱石が所々にあって、周囲の魔力がよく見通せないわ」
「え? フィ、それって大丈夫なのか?」
「まあ、全然見えない訳じゃないから平気でしょ?」
「そうか、ならいいけど」
妖精のフィが空中に浮かんだまま腕組みをして難しい顔をしているが、地下迷宮と違って索敵が少し難しくなるようだ。
「クロセくん、やっぱり洞窟の中だと水回りが厳しいみたいで、簡易なトイレだけでお風呂もシャワーも無い」
「ええーっ、お風呂に入れないのぉ?」
室内を見渡していたユウナがまずは的確で冷静な状況判断をしているが、それが日本人のアリスはお気に召さないようだ。
まあ、たまたまだろうが俺達には隣り合った大きめのツインベッドの四部屋を、貸してくれているのでやりようはある。
「じゃあ、ちょっと――待って、ね。っとこれで錬成して、どう? 隣り合った四部屋を小さな内扉でつないで一番奥の部屋を簡易のバスルームにしてトイレも別に内壁で仕切って――ああ、水の【魔石】と【分解】を付与した【魔石】で下水処理もできるようにしておいて、後で撤去して復元もできるからこんなもんで良いか」
「ハクロー、話が長い」
ぐすん、まだそんなに長く無いと思うし、お風呂が無くてブー垂れてたのはアリスじゃないかよ。
「う……という訳で、一番こっちの部屋にアリスとユウナ、次に依頼主のレティシアを真ん中で守るようにして、三番目がいつも通りにルリとコロンにフィとルーに俺ということでい」
「ああっ! そ、それではハクロー様のお部屋が狭くなってしまいますので、真ん中の部屋の壁と取っ払って繋いでベッドを四つ並べてしまいましょう」
とか言いながら、今度はレティシアが俺の言葉を遮るようにして、とんでもないリフォーム工事プランを出して来る。
「え? いや、だってお貴族様のレティシアがどこの馬の骨とも分からない男と同じ部屋というのはやっぱり不味いんじゃないかと思」
「ハクロー様、一昨日の晩から私はハクロー様と同じベッドで寝ておりますから、今さらそのようなことを言われましても~」
ポッと頬を染めてクネクネとしながらそんなことを言うもんだから、みんなのジトッとした視線が刺さって痛いので本気で止めてください。
「へいへい、分かりましたよ。繋げばいいんでしょ繋げば」
「どうせ繋ぐんなら、三部屋全部ぶち抜いてベッドを六個並べれば広いわよ。そうすれば、ユウナも一緒に寝れるしぃ、イッシッシッ~」
「はあ? アリス、お前何言って――って、あれ? だって、あれ……あれれ?」
みんなが黙って、静かにこちらを睨んでいて。
肝心のユウナも何を言うわけでも無く、アメジストのような紫の瞳をジッとこちらに向けて無表情のままなので。
はあ~、これで何か言うと、また何時かのように余計なことを考え始めるんだろうから。
「わ、分かったよ。三部屋を全部繋ぎますよ、部屋もベッドも」
そう両手を上げて降参すると、無表情だったユウナがわずかに嬉しそうに頬を緩めて見せる。
そういえば、これまでユウナとは同じ部屋で寝たことが一度も無かったかも。ああ、勿論アリスもね。
◆◇◆◇◆◇◆◇
部屋の前に案内されていた食堂で割烹着のおばちゃんが夕食まではまだ少し時間があると言っていたで、テディベアぬいぐるみのビーチェと一緒に馬小屋の様子を見るついでに、明日から潜ることになる鉱山の入り口から、ちょっとだけ中の様子を散歩がてら見に来ていた。
「へえ~、流石に鉱山の坑道の中は結構複雑で、しかも奥の方は相当深くなっているようねぇ」
アリスがふんふんと腕組みをしながら難しい顔をしているので、ちょっと聞いてみる。
「地下迷宮と、どう違うんだ?」
「そりゃ、基本的に階層ごとや小部屋ごとにしか魔物が襲ってこない地下迷宮と違って、坑道はほぼ全部が繋がっているから一斉にまとめて襲いかかってこられると、文字通り魔獣暴走と変わらなくなるわね。
ただ、地下迷宮のようにリスポーンしたりは無いけだろうど、逆にダンジョンコアを殺すこともできないし、魔物の死体は残ってしまって剥ぎ取りしないといけないし、何より目標であるベヒモスはラスボスのように最下層でじっとしていてはくれないでしょうねェ」
アメリカンな仕草で両手を肩の高さまで上げると、ヤレヤレと大袈裟に首を振るアリスの向こうに、ツルハシを持ったり荷車を押したりしている採掘作業員らしき人影が何人か見え隠れしているのだが――あそこに見えるのは。
「ああ、こんな浅い坑道でも結構な人数で掘削しているんだな。あれ? この反応は――知ってる人? いやそれよりも、警報が――」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「けっ、お貴族様の視察かよ。しかも女連れとは結構なご身分だぜ――って、いい女ばっかじゃねーかよ! くそっ、ふざけやがって。俺達がこんな穴倉で鉱石掘ってやってるから、キラキラと宝石をつけてられるってのによ。やってられねぇぜ、てめぇじゃまだっ!」
貴族令嬢を先頭に鉱山を視察に来たらしい集団の少し先の坑道で、公爵領から派遣されて来ている下級貴族の監督役人の一人が悪態をついて、近くにいた【従属の首輪】を付けた犯罪奴隷の老人を蹴り飛ばす。
鉱石を積んだ荷車ごとひっくり返って動かなくなった老人など見向きもせずに、貴族のご令嬢に付き添っている美少女達を欲情に塗れた下種な視線で舐め回すように視姦すると。
「チッ、くそっ。あいつを犯ってスッキリとスっかっ!」
そう言い捨てると持ち場を離れて、奥にいた鉱石の入った重そうなズタ袋を肩から下げた、【従属の首輪】を付けてボサボサの長髪の小柄な犯罪奴隷の二の腕を引っ張るようにして、さらに奥の脇道の小さな細い坑道へと消えて行ってしまう。
下級貴族の役人が姿を消すと、ようやく周囲にいた犯罪奴隷の男達が倒れた老人に近寄って来て、抱き起すと足に繋がれた鎖を引き摺るようにして外へと連れ出そうとする。
そこへ後ろから、坑道の入り口から貴族令嬢と共にやった来たらしいTシャツに短パンの男が、回復薬の瓶をどこから取り出したのか片手に持って声をかけてくる。
「おい、この奥は何だ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇
ギシッギシッギシッと子砂利の軋む音と共に、くぐもった女の苦しそうな擦れ声が狭く細い坑道の中を反響する。
「げへへっ、逃げるんじゃねぇよ! ほらよっ、テメエのような売女は後ろから這いつくばって、黙って俺に犯られてりゃいーんだってヨ!」
さっき老人を蹴り飛ばした下級貴族の監督役人がズボンを下ろして、【従属の首輪】を付けた女に後ろからの押し倒すようにのしかかって、まるで猿のように懸命に腰を振っていた。
土埃と泥に汚れた女の両脚には足首に金属の輪と鎖が繋がれていて、ボロボロの布切れのような服を捲り上げられて剥き出しになった下半身にはあちこち痣と傷だらけだ。
「ひひひっ、犯罪者のクソ淫売の癖に良い身体しやがってっ、どうだっ、いいかっ、いいだろぉっ!」
後ろから女の長く薄汚れて茶色くなった長髪を引っ掴むと地面に押し付けるようにして、繰り返し貧相な下半身を振り続ける下級貴族の監督役人の冴えない男。
そのすぐ後ろに、いつの間に現れたのか音も無くフッと男の影が立つ――と、その背後から股間を力一杯蹴り上げると。
「ぐっ、ぎゃああああ!」
グシャっという音と共に、引き潰されたカエルのようなダミ声を上げて下級貴族の監督役人は壁までスッ飛んで行ってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁはぁはぁ、て、テメエふざけやがって――何やってやがんだっ、殺すぞぉっゴラアッ!」
間違いだと不味いので【隠蔽】スキルも使って気配を消して走って来た勢いそのままに、思いっ切り股間を蹴り上げてやったから、さっきのゆで卵を落としたような音と共に糞野郎のタマは潰されて暫くは起き上がって来れないはずだ。
「大丈夫かっ、サラッ! ああ、クソっ全身傷だらけじゃないか! 待ってろ今、回復薬をかけてやるから」
捲れていたボロ布を下ろしてやって、抱き上げて【解析】するとやっぱり【勇者】平河の専属奴隷の一人だった元没落貴族令嬢のサラだった。
確か牢屋に入れられたアホ平河の脱獄を手伝ったとかで逮捕されていたはずだが――いや、そんなことよりも、今は全身に打撲と骨折に裂傷は下半身を中心に肛門にまであって、何とか意識だけは微かにあるようだが。
【時空収納】から取り出したありったけの中級回復薬を惜しげも無くサラの全身にまんべんなく振りかけてから、その一本を半開きの口からそっと飲ませてやる。
綺麗な顔だったのに、殴られたのだろう瞼も頬もドス黒く腫れ上がっていて、遠くからパッと見だけではサラだとは分からなかったぐらいだ。
「傷は少しづつ塞がって来ているからな。ああっ、でもこんなに汚れていちゃ感染症にかかっちまうぞ!」
それにあの下種野郎の汚い体液で、あの綺麗に着飾って澄ましていたサラが汚されているのが我慢ならなかった。
【波乗り(重力)】で発生させた浅い温水の上にサラを寝かせて、ボティ―シャンプーを取り出して身体を洗おうとしていると。
ボカッ
「あいたっ!」
俺の帰りが遅かったからだろう、後ろから【神速】で追いかけて来たアリスに、思いっきり勢いもそのままに拳骨で殴られた。
「ハクロー、あんたが女の子の服を脱がしてどうすんのよ! ってそれ、サラじゃないのよっ」
「あの下種野郎がやったのかぁっ!」
一緒に飛んできていた、いつも飄々としている妖精のフィが――友達を強姦されて殺されたことのある彼女が、珍しく激昂した声で振り返って射殺すように壁の方を睨みつける。
その視線の先には、壁際に蹴り飛ばされて倒れていたが逃げようとして身体を起こそうとしている、下半身を丸出しにした役人らしき男がいた。
「ひいいいっ! 貴様らぁ、俺は公爵領の貴族で監督主任のぎゃああああああっ!」
「五月蝿い黙れ」
アリスが紅と蒼のオッドアイを細めると次の瞬間、ピンポイントで公爵領貴族の監督主任とやらは丸出しの股間を上位火魔法【ヘルフレイム】で消し炭にされていた。
その頭上にはいつの間にか妖精のフィが浮遊しながら、何やらブツブツとつぶやいている。
あ~、あれはスキル合成の地獄の白昼夢か――間違いなく心的外傷確定の最凶技だが目が覚めても元の人格が残っているといいな、ご愁傷様。
そして振り向いたアリスが、眉間に皺を寄せながら、すまなそうに小さな声でつぶやく。
「ハクロー、身体を拭くのは後で良いわ、先にシーツで覆ってやって頂戴」
「あ、……ああ。そうだな、ルリ達には――特にユウナには見せられないな」
「ええ、――お願いよ」
「分かった」
すぐさま【時空収納】から取り出した洗いたてのシーツで、中級回復薬で徐々に治療回復していく途中のまだ傷が残る身体を覆い隠して抱き上げる。
と、その丁度のタイミングでパタパタと走って来る足音が聞こえて来る。おっとヤバかった、本気で先頭はルリだ。
「はぁはぁ~、やっと追いつきました~。あれ? 焦げ臭い――あぁ~、アリスちゃんったら。また消し炭にしたんですね?」
「ふいぃ~、コロンも追いついたでしゅ~」
「ニャア~」
「ありがとね、コロン」
「はぁはぁはぁ~、み、皆様、走るのが、やっぱり、速い、です、ねぇ~」
まだゆっくりとしか歩くことができないユウナを支えたコロン達もようやく追いついて来て、最後にレティシアが息を切らしながらフラフラと顔を見せる。
ルリ達は全て終わった後なのかと気の抜けたような顔をするが、次の瞬間。
「サラさん!」
「ホントでしゅ!」
「ニャア~?」
俺がシーツに包んで抱いているのが誰か分かったらしく、ルリとコロンが驚きの声を上げる。
サラに会ったことの無いユウナとレティシアはそれでもこの状況が決して良いものではないことだけは分かったようで、心配そうに薄目と口をわずかに開けた少女を見やる。
「……あ……う……」
回復薬を使ったとはいっても酷い怪我をしていたサラはまだ視点が定まらないようで、状況がつかめていないのか怯るようにフルフルと震えてしまっていて――だから。
「もう大丈夫だぞ、怪我も治してあるからな。嫌な奴はアリスが消し炭にしたから、ほらお前もアリスが強いのよく知ってるだろ? だから、もう大丈夫だ。
ああ、今からお風呂に入るんだけど、お前も入るだろ? ちょっとだけ汚れたみたいだから、キレイキレイしような?
おっとその前に、お腹空いて無いか? 久しぶりの再会を祝して、とっておきの特製手作りチョコブラウニーだぞぉ。ほら、ちょっとづつな――そうか、おいしいか? それは、よかったな」
サラを横にしてシーツごとお姫様抱っこしたまま中空からお菓子を出し、食べ易く小さくしてからカサカサにひび割れて半開きの口にそっと入れてやると、ようやく嬉しそうに青い瞳を細くしてポロポロと涙を零し始めてしまう。
ああ、しまった。また、何か言い方を失敗したみたいだ。
「わ、悪い、ああ、もう大丈夫だから、だから、泣くな、な? ほ~ら、ほら、もう大丈夫だから、な?」
そう言いながら、胸に抱いた――異常なほど体重が軽いサラを赤ん坊を揺らすように、ゆらゆらと揺すってやりながら坑道の外へと歩き出す。
すると、みんなもホッとしたように黙ってその後ろをついて歩き始めるのだった。
後ろからは、妖精のフィが見かけによらない馬鹿力で、うんうんと悪夢にうなされている下級貴族の監督主任を足に括りつけた『釣り糸(タングステン合金ワイヤー)』で、頭をゴンゴンと音をさせながら引き摺ってついて来ていた。