第3章34話 俺のモン
「それでは、今日は中級地下迷宮『樹木の森』へ挑戦されるのですね?
この地下迷宮はまだ出来たばかりなので中級とされてはいますが、未踏破であることには変わりありませんので、くれぐれもご注意されますよう」
今朝は通常営業に戻って、冒険者ギルドに来ていた。しばらくぶりとなる地下迷宮へ向けて、いつも通りネコ耳受付嬢のニーナに話しを聞いている。
すると、アリスが不思議そうな顔をして顎に手を当てて見せる。
「四凶王がいそうな地下迷宮がここと、もう一ヶ所は上級なんだから仕方無いわ。でも未踏破でも中級なのよね?」
「はい。通常は脅威度が測れない未踏破地下迷宮は一先ず上級に指定して、不用意にランクの低い冒険者の突入による被害を抑えるようにしています。
しかし、この地下迷宮はごく最近に出来たこともあるのですが、出没する魔物が植物系のみで特にトロントに特化していることから、戦力さえ充実させれば突破は不可能では無いだろうと判断されて、中級認定されています。
ただ、やはり未踏破であることに変わりはなく、何があるか分かりませんので十分に注意くださいね」
「了解よ。それじゃあ、行って来るわね」
「はい、お気をつけて。そうだ、神聖教会からの護衛の指名依頼は受付処理しておきましたので、詳細については修道女のフランチェスカさんと相談しておいてくださいね」
「ああ、それなら今から寄って」
「お前達か、騎士団との合同演習の指名依頼を断った臆病者と言うのは?」
ネコ耳受付嬢のニーナとアリスが話しをしているというのに、背の高い偉丈夫が後ろから割り込んで来た。
「んあ?」
アリスが紅と蒼のオッドアイを細くして睨むようにして振り向くが、ロシアンブルーのネコ耳をピクピクさせたニーナは何でもないことのようにニコニコと笑顔で答える。
「あら、ダライアスさん。今はアリスさん達の受付をしていますので、ご用があるのでしたら後にしていただけますか?」
「用があるのはこの腰抜け共に、だ。地下迷宮が近くある訳でも無い、レベルの低い王都なんかでCランクになったぐらいで思い上がりおって。貴様らには」
「ねぇ、ニーナ。この暑苦しいのは何?」
「ああ、そちらはBランクの上級冒険者で、竜人族のダライアスさんと言ってですね。まあ、アリスさん達がすっぽかしたお陰で、代わりに人類最強の種族と名高い竜人族の彼が、騎士団との合同演習で冒険者側の代表を務めることになった訳で」
青色の短髪のから短い二本の角を出した偉丈夫を無視して、アリスがネコ耳ニーナに訊ねる。
竜人族って言えば、前に初級地下迷宮で襲って来たBランク冒険者にもいたけど、特に最強とか無敵とかって感じでもなかったけどなぁ。
「き、貴様っ! 俺の話を聞かんかぁ!」
「あ~、そ。それじゃ、ガンバッテね。私達は暇じゃないんで、行くわ。じゃあね」
そう言って、アリスは手をヒラヒラ振りながらとっととギルド会館を出ていってしまった。
「なっ! 貴様ぁ! 話を聞けェ!」
当然、最強の種族と言われているだけあってプライドが高そうな竜人族の偉丈夫が、顔を真っ赤にして怒鳴り散らすことになる。
「あはは~、アリスさんもちょっとは話ぐらい聞いてくれてもいいのにぃ~」
受付嬢のニーナもネコ耳をへにょんとさせて苦笑いをするしかない。
そのアリスの後を、はあ~とため息をつきながら、ゆかいな仲間たちと一緒にゾロゾロと追うように出ていくことにする。でもやっぱり、四凶王を探すことになるのね。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「シスター・フランチェスカの聖都への護衛じゃが、神聖協会からの指名依頼を引き受けてくれたことに感謝するぞ。
ところで、昨日の一件で壊滅させられた、神聖教会の特殊魔術部隊『黒の十字架』についてなんじゃがのぉ」
地下迷宮へ向かう道すがら、ついでにシスター・フランに指名依頼を受注の確認のために、神聖教会の神廟に訪れていた。
目ざとく初老の女性枢機卿に見つかって「良いところへ来た」と拉致られてしまい、今は二階の枢機卿の執務室で茶などしばいていたりする。
「やり過ぎたとは思ってないわよ。ルリが張った魔術結界を、悪意を持って突破しようとしたんだし。しかもあろうことか家の中にいた唯の一般人を人質にして、私達を殺そうとしていたんだから。
逆に、殺されても文句は無いはずよ」
「うむ。全くその通りじゃ。返り討ちにあって動けない馬鹿共は、話だけ聞いたらサッサと本国に送還のうえで収監してしまって治療にあたらせるとして。……なんじゃが」
何だが奥歯に物が挟まったような物言いを続ける老婆の枢機卿に、いい加減アリスがこらえ切れずにため息をつく。
「それで、さっきからその変な間は何なのよ?」
「うん……実はな、ほれ姿を見せい」
老婆の枢機卿が少し皺が寄った手をパンパンと叩くと、重厚な木製の執務机のすぐ横にスタッっと跪いて黒い修道服を着た――少女が出現した。
「うわっと、何よこの娘は?」
「あ、いや、その子は」
「僕は男だぁ!」
キッと顔を上げた少女――いや、少年は黒髪をショートボブにして青い瞳でこちらを睨んでいた。
いや、見間違えたのは悪いと思うが、それにしても女の子のような可愛らしい見た目だ。これはクラリスが好きそうな、ショタという奴だったりするのか?
膝を床に着いているので、黒の修道服の背中に見覚えがある漆黒の十字架の刺繍。たった今、話に出たばかりの『黒の十字架』の生き残りで間違いないだろう。
「静かにせんかい! このまま簀巻きにして、本国に送り返してやるぞい?」
「はっ、失礼しました!」
老婆の枢機卿の怒鳴り声で、ガバッと跪いたまま頭を下げてしまった。そんな少年をもう一度見てから、小さなため息をついてアリスが訊ねる。
「で、この『黒の十字架』の少年がどうしたのよ? まさか、仇討ちでもしたいなんて言うんじゃ無いでしょうね?」
「ああ、違う違うんじゃ。こやつが」
「ルリ様ぁ!」
「きゃっ」
いきなりソファに座るルリの足元に飛びついて、そのブーツに口を付けようとしやがった。その寸前で、ショタの首筋には直刀【カタナ】の片刃がピタリと付けられている。
「ジロッ」
「わ、悪かった。これ、貴様も謝らんかい!」
首に直刀【カタナ】を当てたまま、こちらを睨みつけて来るショタを、初老の女性枢機卿が激怒して叱り飛ばす。
「あ~、ビックリしたぁ。ハクローくん、もうだいじょうぶですから。ありがとうございます」
えへへ~、と笑いながら俺に向かって、ピラピラと両手を振って見せるルリ。
【ドライスーツ(防壁)】は使用者――この場合、ルリが能動的に解除しようと考えない限りは、意識的にも無意識的にも解除されることなく自動防御し続ける。
今はこれをルリの意思で解除したようで、ショタの指先が彼女のブーツに触れていた。
渋い顔をしながらも、直刀【カタナ】をショタの首筋から離すと、スチャッと納刀して【時空収納】へと消し去る。
取り繕うように、初老の女性枢機卿が説明を始める。
「あ~、ビックリさせてすまんねぇ。そいつは昨日の襲撃の時にもおったんじゃ。最後尾で撤退しようとして、ルリ様の魔術結界に引っかかったらしくてのぉ。結局、悪夢で意識を刈り取られたんじゃ。
『黒の十字架』では最年少の――まあ、それなりの使い手らしい、んじゃが」
「ルリ様、紹介にあずかりました神聖皇国の特殊魔術部隊、『黒の十字架』所属のアキラと申します。
お慕いしておりますっ!」
「え?」
案の定、碌でもないことを叫びながら、アキラが座ったままのルリの膝に手を伸ばしてくる。
再び【抜刀術】からの刀背打を繰り出して、ルリに触れる前に直刀【カタナ】で叩き落しておく。
「ギロッ、ボカッ、あいたっ」
「何やっとんじゃい! このアホたれがぁー!」
討ち落とされた手を擦りながら、俺を射殺すように睨みつけて来るショタ。その後頭部に、老婆な枢機卿が投げつけた分厚い福音書が物凄い音をたてて激突する。
「あはは~。昔、ちょっと攫われそうになったことがあるので。私に不用意に触れようとすると、ハクローくんに斬られてしまいますから気をつけてくださいね?」
「それは俺ンだ。勝手に触んじゃネェ」
乾いた笑い声を漏らしなが、ルリが両手をパタパタと振る。その横に立って、直刀【カタナ】の刃をショタの首筋に当てたまま、俺は光彩の消えた瑠璃色の瞳を細めて本能だけでつぶやいていた。
「え?」
キョトンとした表情で、ルリが紅い瞳を丸くして振り返り見上げて来る。
「はあ~、ハクロー。あんたねぇ」
「ハク様、かっちょい~」
「フィもかっちょい~」
「ニャア~」
「あ~、少年も一度下がりなよ。せっかく昨日は無傷で助かっんだろうから、ね?」
呆れたようなアリスに、コロンとフィは目をキラキラさせていて、あくびをしている聖獣ルーはまあ、いいか。ユウナは相変わらず冷静に、状況判断をしているようだ。
「好きですっ!」
すると、首に直刀【カタナ】の刃を当てたまま、再びショタが魂の叫びを上げやがる。が、今度は残念なことに手は出さなかった。
チッ、斬り損ねたじゃねーか。運のいい奴め。
「ええっ?」
ビックリしてさっきの言葉が告白であったことを、ルリがようやく理解したようだ。アタフタとショタと俺の顔を見比べてから、周りのみんなにキョロキョロと助けを求めるように視線を投げかける。
俺はというと、ピクッとわずかに動いた直刀【カタナ】を持ったまま、石化したように固まってしまっていた。
勿論、ショタが変な動きをすれば、即、首が飛ぶようには自動制御で待機中ではあるが。
「え、ええ~? いやぁ~、でもぉ~、ほらぁ~、私まだ良くあなたこと知らないしィ~?」
「付き合ってください!」
「うええ~っ!」
「一生大事にしますから、結婚してください!」
「ぎゃあ~~っ! ハクローくん助けてください~」
怒涛の連続攻撃に、とうとう見えない白マル尻尾を巻いて、雪ウサギのルリさんが俺の背中に隠れるように逃げて来る。可愛い白く長いウサ耳までが、へにょんと折りたたまれて垂れてしまっていた。
「あ~ぁ、ハクローがプルプル震え出したじゃないのよぉ」
「ハク様~、がんばぁ~」
「フィもがんば~」
「ニャア~」
「はあ~。クロセくんも男の子でしょ? しっかりしなさい」
情けないものでも見るようなアリスの視線に、コロンとフィに聖獣ルーの応援はともかく。いつも冷静な無表情のユウナの、厳しいツッコミが耳に痛い。
「はっ!」
いかんいかん、危うくルリを連れて異世界に転移魔法でトリップするところだったぞ。もはや自分でも、何言ってんのか分かんなくなっている?
「ところで、用件はまさかこのショタが告白るのを黙って見てろってことじゃ無いわよね?」
このままでは埒が明かないと思いついたのか、アリスが当然のように突っ込む。
「はぁっ! いかんいかん、つい若い頃を思い出しておったわい」
「おい」
しかし流石は年の功といったところなのか、この期に及んで初老の女性枢機卿がボケをかましてくる。
その高等テクニックに、アリスが再度突っ込み直すしかなくなっていた。
「いやぁ、すまんすまん。実は『黒の十字架』で残った唯一の戦力が、こ奴でな。お主たちの護衛を本人が申し出おったのじゃが……ちょっと、これはどうしたもんかのぉ」
残存戦力として『黒の十字架』のショタを使いたかったらしい老婆の枢機卿も、これにはちょっと困ったようだ。
ここで無駄に元気に手を上げるぽんこつフランが、また碌でも無いことを言い出す。
「はいは~い。もしかしてこの子、私と同じ女神様の使徒ではありませんか?」
【解析】で視ると、ああ、本当にショタ――アキラの職業の、しかもファーストジョブに【女神の使徒】があった。そしておそらくは従来からの職業である【暗殺者】は、セカンドジョブとなってる。
これは確かに、修道女のシスター・フランの時と同じだ。
「この自分が寝ても覚めても屋根裏から密かに、ルリ様の護衛を務めて見せま」
「そんなの駄目に決まってるじゃないですかっ! 屋根裏は禁止っ! お風呂もトイレも禁止ですっ!」
「ええ~、それではルリ様の護衛が」
「それが嫌なら、護衛は要りません!」
ギョッとしたルリが、ぎゃあぎゃあとショタの攻撃を迎撃していくが、老獪な女性枢機卿がその間隙をついて話をまとめてしまう。
「おお、この馬鹿を引き受けてくれるか? 助かったのぉ」
「あ……」
あ~ぁ、なし崩し的にぽんこつフランの時の二の舞のような気がしてきた。
「はあ~。シスター・フランのときにも言ったけど、教会の仕事をキチンとするのが条件よ。それから、ルリの生活を侵害するようなら、本国に強制送還してもらうからね」
「はい! わっかりました」
嫌々なんだろうが、アリスがこの場をまとめにかかる。が、このショタは本当に分かってんだろうか?
とかボンヤリと考えていると、アキラ少年があからさまに敵意を込めて俺を睨んでくる。
「ギロリ」
「こいつ分かってないようだから、小便チビらせてやろうか?」
思わずイラッと来て、じわぁ~っと強度を調整しながら【威圧】をかけてやろうとする。
ポカッ
「あいた」
久しぶりに、アリスの拳で頭を後ろからド突かれてしまう。
「はあ~、ハクロー。あんたも、そんな子供相手に本気になってんじゃないわよ。
今の状況の半分は、あんたの責任でもあるんだからね? 自分でも分かってんでしょ?」
「う……」
ちくせう、どうしてこうなった?
しょうがないわねぇ、とアリスがアキラ少年に向かってシッシと手を振りながら、ぽんこつフランに向かって顎をしゃくる。
「とにかく、アキラはしばらくはフランと一緒にいて、私達のことを教えてもらってなさい」
「はい! よろしくお願いします、フラン先輩」
「ふふん、それではルリ様の素晴らしさを一晩かけて語って聞かせてしんぜようではないかぁ!」
「おおー!」
急に生き生きして拳を高々とかざして気炎をあげるぽんこつフランに、後輩となったアキラが目をキラキラとさせて祈りだした。
これは――このペアは、逆効果な気がするんですが?
嫌な予感しかせず苦虫を噛み潰したような渋い顔をしていると、ちょいちょいとTシャツがうしろから引っ張られる。
振り向くと、Tシャツの裾を掴んだままルリが、爪先立ちで背伸びをして来た。
反射的に少し屈んで耳を傾けると、甘い彼女の吐息が俺の耳にかかってきて、こんなことをつぶやくのだった。
「えへへ~。私ってハクローくんのなんですか?」