第3章33話 男のつき合い
「何よ、あんたまだいたの?」
今日は商人ギルド、魔術師ギルドに闇ギルドと、大都市ニースィアじゅうをドサ回りをしていた。
その帰りに、シスター・フランから神聖皇国への護衛の指名依頼が来ているか、確認するついでに冒険者ギルドに立ち寄ったのだ。
すると会いたくも無い副ギルマスがわざわざ奥から出て来て、ネコ耳受付嬢のニーナの横に立って嫌らしい笑みを浮かべながらニヤニヤし始める。
アリスが不機嫌そうに、イラついた態度を隠そうともしない。
そう言えば確かに、こいつのマスオさん侯爵の嫌らしい顔を見ているだけで、無性にムカついてくるんだが何故だ?
「うくっ、相変わらず口の利き方を知らん奴だな。私のように、騎士団の副団長の兼務していると引継ぎにも時間がかかってだな。いや、そんなことよりも。
ふふん、ところで何やら結局のところ教会でも揉めてしまって、魔術師ギルドからも目を付けられているらしいな。何だったら、この高貴な血の侯爵である私が、ありがたくも話をつけてやっても良いのだぞ?」
おぉ~、アリスさんがニヤァ~と超絶に悪い笑顔をして、ヒラヒラと手を振り始めてしまいましたよ。
「ああ、教会は回復魔法と治療魔法のお布施の金額を元に戻すことになったわよ。昨日のことだけど、知らなかったのぉ? ププッ。
それから、魔術師ギルドにはニースィア公爵領の財務官達が今朝から立入監査に入ってるから、あのギルマスはもう終わってるんじゃないのぉ? プププッ。
それに、私達の事業は社会福祉法人として王都で登録されることになってるから、あんたみたいな地方の木っ端貴族の世話になんかならなくても、結構毛だらけ猫灰だらけよ。プーッ、クスクス」
「な、何ぃ? それは一体どういうことだ!」
絶好調にご機嫌なアリスの言葉の全てが自分の予想していた回答ではなかったようで、残念貴族の副ギルマスがビックリして慌てふためく。
するとその目の前でシッシと手を振って見せるニーナが、これまた絶好調に嬉しそうな笑みを浮かべてロシアンブルーのネコ耳をピクピクさせている。
「はいはい、副ギルマスはいつも情報が遅いんですよ。時代遅れの情報遅れは冒険者としても、みっともない恥ですからとっとと引っ込んでいてくださいね~?。クスクスクス~」
「なっ、貴様っ。そ、そんな、まさか、う、うう……」
あれ? いきなりしょんぼりして俯いたまま、背中を丸めて部屋に戻って行ってしまったぞ。もしかして、これを機会に俺達を貴族派側に取り込むつもりだったのか?
まだ、諦めていなかったのかよ。ありゃ~、家に帰ったらあの鬼嫁の侯爵夫人に叱られるんじゃないか?
「それでは、皆様に神聖教会の修道女であるシスター・フランチェスカさんから、神聖皇国の聖都への護衛の指名依頼が来ていますので確認くださいね。
出発は神聖皇国、というよりは神聖教会側の準備の都合で、十日後を予定していて全体で移動を含めて約二週間から三週間程度の工程を予定されているようです」
「了解よ。ああ、それから地下迷宮の内部で薬品を造るとすると、どこになるか分かる?」
「え? 地下迷宮で製薬ですか? そうですねぇ、人が来ると駄目だろうから、未踏破地下迷宮で――しかも、薬の素材となる草木系魔物が生息している所というと。ここと~、後はここでしょうか?」
珍しくネコ耳をピンとさせて受付嬢としての仕事をしているニーナに、アリスが無理難題を吹っ掛けるが、あっさりと答えて来る冒険者ギルドの影の支配者さん。
やっぱり、このネコ娘はかなり有能だ。ただし、ギルマスのリアーヌが絡まなければ、という条件付きになってしまう所が残念なのだが。
「ありがと。どうも闇ギルドの四凶王とかいうのが、今回の回復薬の価格高騰の一件に関わっているらしくてねぇ。しかも一人は魔族らしいから、見かけたら教えてね」
「え? それは私でも知りませんでしたよ。了解です。そいつらの行方については、こちらでも注視するようにします。何か分かったらご連絡するようにしますね」
「頼むわよ。どうやら力だけじゃなくて、悪知恵も働く奴等みたいだからあなた達も注意してね」
はあ~、アリスのことだから自分の方から、例の闇ギルドの四凶王とやらのいるらしい地下迷宮に突っ込んでいくんだろうなぁ。とか、半分諦めながらボーッと考えていると。
「よおっ、なにボケッとしてんだよ?」
「ん? ああ、アベルか」
後ろから肩を叩かれたので振り向くと、赤髪のイケメン冒険者なアベルがいつもの爽やかな笑顔で立っていた。
「あはは、アベル。お前と違って、みんなは中級地下迷宮攻略で疲れているんだよ?」
「わはは、違ぇーねぇ。ああ、俺も早く中級地下迷宮に行きたいぜぇ」
その後ろからは、金髪イケメンなエルフのカミーユと筋肉マッチョな獅子人族のレオンが笑いながらやって来た。
「うっせーよ、明後日のCランク昇級試験に合格さえすれば俺達だって、晴れて中級冒険者だ!」
「おお~。いよいよかぁ、頑張れよ。装備の準備はいいのか?」
相変わらず仲のいい三人だ。一度はレイドを組んだこともあるので、昇級試験に合格できるかちょっと心配になって聞いてみたのだが、余計な心配だったようだ。
男前なアベルは、ポンと背中の大剣を叩いてみせる。
「ああ、これから鍛冶屋に行って武器の手入れをしてもらうとこなんだ」
「へえ~。それなら、俺もついて行っていいか? 剣が一本折れちゃってさ。予備を作っておきたかったんだ」
ついこの前、直刀【カタナ】をジャイアントミスリルゴーレムに、ポッキリ折られて残り三本になっていたので、気にはなっていたんだ。
「おお、いいぜぇ。その鍛冶屋のオヤジ、いい腕してっから紹介してやるよ」
「それじゃ、みんなで行くとしますか?」
ガタイの良いレオンがぶっとい腕を俺の首に回してきて、がっはははと笑う。カミーユはエルフ耳にかかった金髪をサラッと払いながら、扉に向かってもう歩き始めている。
「ちょ、ちょっと待って――悪い、俺、鍛冶屋に行って来るから、みんなは先に」
「はい、ハクローくんの後をついて行きますから大丈夫ですよ」
「コロンはハク様と手つないでくぅ~」
「フィも一緒に行く~」
「ニャア~」
「クロセくんが行くなら私達も一緒よね」
「ハクローを一人にできる訳無いでしょ?」
「クロセ様は放っとくと、すぐにどっか行っちゃいますからねぇ」
「はい、姫様。どうせそこら辺で昼食を取るつもりでしたから、屋台で何か買って食べながら行くとしますか?」
どうやら、みんなもついて来ることになったらしい。わざわざ付き合わせたようで悪かったかな。
第一王女付き侍女筆頭のクラリスも、すっかりお姫様なミラに立ち食いさせることが抵抗なくなったようだ。
あと、受付カウンターの向こうでネコ耳の受付嬢ニーナがニヤニヤしているのが、何だかスゲームカつくのは何故だ?
◆◇◆◇◆◇◆◇
所狭しと剣や槍が並べられた鍛冶屋の店内では、半ばから折れた直刀【カタナ】を持ったハクローが、アベルとレオンとカミーユにまで囲まれて、小柄で筋肉質な見たまんまドワーフの髭親父と、あーでも無いこーでも無いとワイワイ盛り上がっている。
そんな普段とは違った笑顔を見せるハクローを、店の外からジェラートアイスを片手に紅い瞳を穏やかに細めて、ルリが静かに遠くから覗き見ていた。
「ふふふ。何だかハクローくんがああやって、男の子同士で笑っているのを見るのは新鮮ですね?」
「そうですね、うふふ。いつもはあんな風に、屈託なく笑うことがありませんからねぇ」
切れ長の翠瞳を細めてミラが、頷くように微笑む。わずかに眉を下げたクラリスも、優しく笑みを返す。
「はい、姫様。クロセ様はいつもどこか周囲に気を張っているようで。探査魔法を常時起動させ続けているのですから、止むを得ないのかもしれませんが。
それでもやはりこれを見てしまうと。どうしても普段は無理をなされているのだと、気付かされてしまいますね」
すると『車椅子』に座ったユウナが、少しだけ哀しそうに紫の瞳を細めながらつぶやく。
「クロセくんは優しい、から。いつも私達のことを心配してくれて防壁魔法を張り続けているから、常に気を抜くことができない」
「ハク様のことは、今度はコロンが守るのでしゅ」
「フィも、……ね」
お子様な二人もかつてハクローに助けられた時のことを思い出したのか、瞳に憂いを湛えて店内を見つめる。
そんな中唯一人黙ったまま、楽しそうに笑うハクローのその決して大きくない背中を見つめるアリスは、少しだけさくらんぼのような唇を尖らせる。
何もパーティーに男のメンバーを入れないという不文律がある訳では無いのだ。
ただ、単にこれまで周りには碌な男がいなかったのと、現在は男性に対してややもすると恐怖を感じてしまうであろうユウナがいる。
いやユウナだけでなく、ルリもコロンもそしてあのいつも飄々としている妖精のフィでさえ、一度は下種な男の愚劣な欲望と暴力に曝された経験を持つ。
だが、それとは背反するように、関係者の人数が増えて来るにつれて、パーティーメンバーで唯一の男性であるハクローの負担が増加していることもまた事実だった。
だからといって、誰でもいいから男手を入れれば良いという物でも無い。
このメンバーには特殊な事情を抱えた少女が多い。
仮にハクローが平河衛士のようなハーレムを構成するような性格だった場合、早晩パーティーは空中分解していただろうことは明らかだった。
そのくらい、実は微妙なバランスの上に成り立っているのが、現在の状況だ。
だからという訳では無いが、おそらくはこの世界で始めて気を許して笑い合うことができた同年代の男友達であるアベル達三人には、是が非でもハクローと仲良くしてもらいたいものだと仲間の誰もが期待を込めて願うのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「もういいの?」
アベル達と馬鹿笑いをしながら俺が鍛冶屋の店から出てくると、ちょっと声をつまらせたアリスに声をかけられる。
「ああ、王都では肝っ玉ドワーフ母さんの店以外では軒並み断られたから、心配していたけど。良かった。時間はかかるだろうけど作ってくれるってさ。
アリスのその神話級【剣杖】も【不壊】が付いているけど、一度メンテに出せば見てくれるかもしれないぞ?」
「そうね、考えておくわ」
そう言って笑うアリスは、何だかいつも以上に無性なまでに優しい笑顔を見せるのだった。
「それじゃあ、コロンちゃんの【魔法シリーズ】もメンテナンスできるんでしょうか?」
「おおー」
「フィもそう思うわ」
「ニャア~」
「地下迷宮のドロップ装備はメンテできない物もあるから、確認が必要」
「それでは、私の針とはさみも!」
「はい、姫様。でも、メンテできない場合もあるのでまずは聞いてみないことには」
そんなことを言いながら姦しく、ゾロゾロとみんなもジェラートアイスを片手に集まって来る。
そう言えばと無駄にイケメンなアベルが、俺の胸を指差して突く。
「大体、ハクロー。お前の格好からして、やっぱおかしいんだよ。何でCランク冒険者がいつまでも、Tシャツと短パンにサンダル履きなんだよ?」
「ん?」
何だよ~。俺のお気に入りの日本から持って来た、自慢のマリンブルーのロゴ入りTシャツにアーバン迷彩のサーフパンツと、お気に入りのレインボーカラーのビーサンだぞ? 何か文句でもあんのか?
俺が眉間に皺を寄せていると、同じく涼し気なイケメンのカミーユが笑いながら、ポンポンと俺の肩を叩く。
「ああ~。違うって、ハクロー。アベルも、それじゃ分かんないって。
いいかい、ハクロー。Cランクになったってことは、それなりに危険な相手にもぶつかるだろ? その時に思わぬ怪我をしないとも限らないじゃないか。
でも防護装備を付けていれば、掠り傷で済むかもしれない。特に女の子なら、尚更だと思うよ?」
「おおー……成程。神話級の装備をしているアリスはともかく、他のみんなの装備はアクセサリーで強化していて、防壁魔法があるからあまり気にしてなかったけど。本当に、唯の服だからなぁ。この機会に何か考えるか?」
「おい、ハクロー。そんなことは良いから、ちょっとこっち来い」
「ん、なんだ?」
珍しく真面目な顔をして、うんうんと唸っているというのに、実はイケメンなレオンがでかいガタイを屈めて肩にぶっとい腕を回して来て、こしょこしょと小声でひそひそ話を始める。
「(この後、昇格試験に向けた景気付けに行くぞ!)」
「(どこへ?)」
「(景気付けと言えば、アソコに決まってるだろ!)」
「(アソコ?)」
「(アソコと言えば、ナニをするとこに決まってるだろ!)」
「(ナニって何?)」
「(ナニと言えば、お姉ちゃんに決まってるだろ!)」
「(あ~、キャバクラ――いや、娼館かぁ。まだ日も高いのに、アベルとカミーユも行くのか?)」
「(ゴホンゴホン、まあ~、何だ。しょうがねェなぁ、付き合ってやるかぁ?)」
「(あはは、アベルは相変わらずだねぇ。俺みたいに、普通に堂々と行けばいいのに?)」
「(チャラい、カミーユと一緒にすんじゃねぇよ!)」
「(なあ、ハクローも行くだろ?)」
「それよりお前達、後ろ後ろ」
じぃ~~~~っと、ルリ達女性陣から白い目で見られていることに、やっと気がつくヤンチャな野郎三人組。
「「「あ……」」」
実はレベルだけでなく隠しパラメータも軒並み高い数値を叩き出している彼女達には、全てが筒抜けで隠し事などできるはずも無い。
ザザッと音がするほど、後ろに飛び退って、アベルとレオンにカミーユが寄せ合う。気持ち、額に脂汗が浮かんでいるのは、決して気のせいなどでは無いはずだ。
「そ、それじゃ、俺達はこの辺で」
「じゃ、じゃあな、ハクロー」
「また今度な、今度~」
シタッと敬礼するように手を上げると、ドップラーシフトを残しながら凄い勢いで走り去っていく仲良し三人組。
「じぃ~~~~っ、ハクローくん?」
「あの~、クロセ様? わ、私は……別に気にしたりは、う……ぐすん」
「姫様、ここは堪えて」
「ハク様ぁ?」
「フィは知らなぁ~い」
「ニャア~?」
「はあ~、別に娼館ぐらいでそんなに目くじらを立てなくても」
実際のところ、ユウナの言う通りなのだ。
俺は【女神アルティミスの加護】で全ての状態異常を無効化できるはずだから、性病にかかる心配すらないのだし、何も気にする必要はない。
しかし、ここにいる女性達にとって、特にルリの感情はそれを許しはしないことも、決して間違いでは無いのだろう。
むしろこの中にあっては、この異世界で当然であるべきユウナの考え方の方が達観し過ぎているとも言えるのか。
「はぁ~。まあ、行きたいなら、別の日に見つからないように行きなさい」
小さなため息をつきながらも、話の分かるフリぐらいはできるアリスだったりする――のだが。
「……っ! ハクローくん!」
ぴょ~ん、とまだそれほど跳躍はできないはずのルリが、胸元まで飛んで来て俺のTシャツの襟首を掴むと鼻先を寄せて来て唸り出す。
「う~、うう~、ううう~~~~」
そんなにくっつくと、ポフッとすっかり豊かになった柔らかな膨らみが当たってるし、凄くいい匂いがしてしまって。
でも、ああ、見えないはずの白く長いウサ耳がへにょんと途中で折れてしまって。こんな顔をさせるつもりは無かったんだが。
「あはは、好きでも無い相手に汗水垂らして、ましてや高い金まで払って、そんなことをしたいとは俺は思わないよ?」
少し屈んでルリの腰に両手を回して抱えると、そのまま空に向かって抱き上げながらそんなことを言い出してみる。
「う……」
「「「「「「……え?」」」」」」
「ニャア?」
そして抱き上げたルリを、綺麗な青空を背景に下から見上げる。瑠璃色の瞳を細めると、できるだけ優しくなるように――でも、あんまり上手くいかずに、わずかに照れるように笑う。
「そうだな。どうしようも無くなって、困ることがあったら相談するよ」
「っ! うううううううううぅ~~~~」
俺の視線より高く抱き上げられた、まだまだ羽のように軽いルリが、その柔らかい小さな両手を握ると、ポカポカと俺の肩を叩き始める。
そうして見上げた俺の顔には、彼女の紅い瞳から溢れた大粒の涙が、パタパタと滴となって止めどなく落ちてきていた。
ああ、泣かせてしまったか。しまったなぁ。
また男友達と娼館に行くこともできないヘタレだとか笑われるんだろうし、いい年した男子高校生としてはたぶん十分にキモイんだろうとも思いつくけど。
まあ、そんなことはどうでもいいかぁ、とも思うのだった。
だってルリを泣かせるぐらいなら、ヘタレでキモくて笑われるぐらいで丁度いいさ。