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ミスリルハーツ ~サーファー、異世界へ~  作者: 珠乃 響(ゆら)
第3章 冒険者ギルド編
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第3章27話 侯爵夫人


「それで、ギルドマスターがこんな所に(なん)の用よ?」


 ニースィア公爵主催の晩餐会が、どういう訳かお貴族様な騎士団員との決闘騒ぎになってしまっていた。

 その晩餐会の会場も(いま)だにザワザワとしている頃、ひょっこりと漆黒の霧から転移魔法で現れたのは冒険者ギルドのギルマスで元Sランク冒険者のダークエルフのリアーヌだ。

 しかしこれまでの冒険者ギルドの不始末もあってか、アリスが警戒心を()き出しにする。ああ、まださっきの模擬戦の時の余韻のせいか、紅蓮の魔力が薄く漏れている。


「んん? ああ、私も一応(いちおう)ここの冒険者ギルドのギルドマスターだからな、招待状ぐらいは(もら)っているんだよ」


「うえ~ん、私もいますよ~。忘れないでくださいぃ~」


 ギルマスの腰にしがみ付いているのは、冒険者ギルドの(ただ)の受付嬢のはずの猫人族ニーナだ。

 シルバーがかったブルーの被毛(ひもう)をした猫のロシアンブルーのようにも見えるが、あれは本当はもっと別の何かのような気がする。

 (あふ)れる警戒心を隠そうともしないで、不機嫌そうにアリスがさらに(にら)みつける。あ~、こりゃ相当怒ってるな。


「あっそ。で、先日確かに騎士団との合同演習へ参加の指名依頼は断ったわよね?」


「ああ、確かに断られたな。あの副ギルドマスターの馬鹿(バカ)者の所為(せい)でな。まあ、それはもういいんだ。いや、よくはないが。今は――これは何をやっているんだ?」


 ギルマスは目の前の庭を見回すと、飛び散っている血痕と屋敷の壁の大穴を見て(まゆ)をしかめる。すると、また豪快に笑いながら、顔見知りらしいイケメン騎士団長が割り込んで来る。


「あっははは。実は挨拶代(あいさつが)わりに、彼らと騎士団で模擬戦を行っていたところでな」


(ナニ)ぃ、また見逃したのか? こらニーナ、お前がグズグズしていた所為(せい)で、またこいつらの戦闘を見逃してしまったじゃないか」


「えー、前のはリアーヌ様がダークエルフの里に行ってたからじゃないですかぁ~」


「それは、そうなんだが。ああ、そうだお前達が捕まえてくれたBランク冒険者の中にいたダークエルフの女だが、同郷のよしみで里まで一度連れて帰ったんだがな。

 どうも里でも鼻つまみ者だったようで、親からも見放されていた。

 里の長老からも好きにして良いと言われたのでね、ちょうどいいから私の専属奴隷として【従属の首輪】をつけて冒険者ギルドで預かることにしたんだ」


「ふーん。で、それがどうしたのよ。私達にはもう関係無いわよね?」


「ああ、そうでも無いんだ。あいつは()せても()れてもBランクの実力は持ち合わせている。まあ、お前達にはコテンパンにされたようだがな。

 それで奴を実戦投入する前に、使い物になるか合同演習でトライアルしてみることにしたんだ。けど、如何(いかん)せんこニースィアの冒険者ギルドで、あいつとまともにやり合える奴がいない。

 そこで、合同演習とは別にあのダークエルフの女の監視と警戒を頼みたい。これは、奴を倒したお前達にしかできないことだ」


 熱弁を振るうギルマスの横で唯の受付嬢のニーナがネコ耳をピクピクさせながら、うんうんと頷いているのが地味にムカつく。どうせ、こいつの差し(がね)に決まっている。


「それで、その合同演習の指名依頼を受けることで、どんなメリットが私達にあるのよ?」


「え? め、メリット? そ、それは、Bランクのライセンスは()らないっていってたし……ねぇ? ニーナ……ニーナってば……」


 紅と蒼のオッドアイを細めて(にら)むアリスの眼光にたじろいで、ギルマスが腰にしがみ付いたままの(ただ)の受付嬢のはずのネコ娘に助けを求める。


「はうぁ~、リアーヌ様ぁ~……はっ? ああ、メリットですね? メリット、メリットっと、そうだ。

 皆さんがこの間、入手されたレアアイテムの『竜玉』ですが加工できなくて困っていませんか? 実は腕のいい鍛冶屋を知ってるんですよねぇ~。

 え、自分で探すって? これが、気難しいドワーフでしてねぇ~。一見(いちげん)さんになんか、決して(くち)も聞かないという頑固者(がんこもの)でしてぇ。

 冒険者ギルドとしては、指名依頼を達成(クリア)できるぐらい優秀なパティーには、この鍛冶屋を紹介することはやぶさかではないのですがぁ……チラッ、チラッ」


 (なん)でそんなにチラチラこっちを見るんだ。しかも、今考えましたみたいな感じで言ったって、裏があるようにしか見えないだろうに。


「おお! 何と、『竜玉』とな? ではでは、貴殿達はドラゴンを倒したと言うことか! して、それは何処(いずこ)のド・ラ・ゴ・ンか?」


「あー、確か上級地下迷宮(ダンジョン)の『灼熱の火竜(ファイヤードラゴン)』だったですよね? しかも、Cランク冒険者のパーティーメンバー五人だけで。あ、おまけの三人が何もしなかったのは、知ってますからねぇ」


「あの、火竜かっ! いやあ、彼奴(きゃつ)には儂も苦労した、うっかり、尻に火傷を負ってしまって。あぁ、見るかの?」


「「見んわ!」」


 騎士団長のおっさんとネコ耳のニーナがデカい声でドラゴン、ドラゴン言うもんだから、周りから視線が集まって来てるじゃないかよ。


「わっははは、成程(なるほど)ドラゴンスレイヤーならば、騎士団三人が瞬殺されても納得というものだわな」


 いや、騎士団長のおっさん。あの三馬鹿(さんバカ)は死んで無いからな。


「わっははは、そんな大したことありませんよぉ~」


 んで、どうしてお前がそんなに偉そうなんだよ、ネコ耳ニーナ。しかもシルバーがかったブルーなしっぽが自慢げにピンと立って、左右にフリフリしているのが無性にムカつくんだが。




「こちらが、火竜を倒したというCランク冒険者か?」


 その時、後方から声をかけてくる貴族の中年女性が一人(ひとり)。他の貴族連中が会場でも遠巻きにしているこの状況で勇気があるな。いや、空気が読めないだけか。

 しかし、これまた知った顔だったのかイケメン騎士団長がまたデカい声で答える。


「ああ、これはクライトマン侯爵夫人ではないですか。どうされましたかな?」


「ええ、実は我が家の不詳(ふしょう)の主人がご迷惑をおかけしているとお聞きしまして。ご挨拶に」


 そう言って貴族らしいといえば貴族らしい笑顔を、おそらくは美人だろうその顔に貼り付けて俺達を睥睨(へいげい)してみせる。

 だが、そんな安っぽい威厳(いげん)なんかに()びへつらう奴がいる訳もなく、絶賛不機嫌中のアリスはそちらを振り返ることも無くギルマスに別れを告げる。


「話しはそれだけなら、わざわざ来た甲斐は無かったわね。それじゃ、私達はミラの護衛に戻るわよ」


「ああ、仕方ないな。合同演習のことは考えておいてくれ。詳しくはニーナに聞けば分かるようになっている」


「うふふ~、リアーヌ様。この私に(まか)せてくださいぃ~。不詳(ふしょう)このニーナめが見事に言葉(たく)みに(だま)して――げふんげふん、指名依頼を受けさせてご覧に入れますぅ」


 こら残念ネコ耳ニーナ、今ハッキリと(だま)すって言ってなかったか?


「ちょっと待ちなさい。話は終わってなくってよ」


「がっははは、それでは次回は儂とも是非一手(ぜひいって)、手合わせを!」


 何処(どこ)の誰だか知らない侯爵夫人が偉そうに(あご)をしゃくり上げるが、デカい声で騎士団長のおっさんが(かぶ)せてしまう。

 既にミラの方に歩き始めているアリスは、後ろ手にヒラヒラと手を振ってため息と共に吐き捨てる。


「はぁ~、そんな機会は永遠に来ないわ」


「ちょっと待ちなさいと言っているでしょう! オーギュスト、(なん)とかしなさい!」


 完全に無視され続けたことに切れたのか、侯爵夫人は後ろに控えていた男にどうにかするように指示するのだが。


「ひ、久しぶり、だな。あ、き、貴様達、ま、待て、は、話が……は、話……」


「こいつ、誰よ?」


「俺は知らないぞ?」

「ハクローくん、私もです」

「コロンも知らない~」

「フィも~」

「ニャア~」


 ようやく振り向いて(いぶか)()に聞いて来るアリスに、みんなが(そろ)って首をフルフルと振る。


「たぶん……副ギルドマスター」


 流石(さすが)は【賢者の石】を持つユウナさん、誰からも忘れられていた副ギルマスの顔を覚えていたとは。


「包帯が取れたら、誰か分からなかったわよ。それで、何よ?」


「わ、私の、つ、妻が、は、話を……は、話……」


 どうしたことか、さっきからオドオドと(うつむ)いて(ども)ったままブツブツと小さな声でつぶやいている。いつもの高飛車な態度は影を(ひそ)めてしまって、見る影も無い。

 明らかに不審なその様子に、アリスが眉を寄せて胡散臭(うさんくさ)そうな顔をする。


「あんた、どうしたのよ。てか、誰よあんた?」


「ああ、ハクローくん。もしかして、マスオさんだから?」

「あ~、あれが(うわさ)雷婆(カミナリババア)かぁ」

「ハク様、マスっておいしい?」

「フィもマスを食べたい~」

「ニャア~」

「はあ~。クロセくんもみんなも、全部聞こえてるわよ」


 もう既に真面目に相手する気の全く無い俺達は、ワイワイと漫才を始めてしまう。

 すると、顔を赤くしたり青くしたりしている副ギルマスの後ろから侯爵夫人が一歩(いっぽ)前に進み出て、手にした扇子(せんす)でパンッと副ギルマスの肩を叩いてどける。

 その扇子(せんす)で口元を隠しながら、オホホ~と上から目線で笑い出す。


「あなた達が持っている『竜玉』を渡しなさい」


「ニーナ、後は任せていいのよね? 『竜玉』のことを漏らしたのはあんたでしょ?」


「えー、アリスさん~。ちょっとそれは、流石(さすが)に~。そうだ、合同演習に参加してくれるなら、考えてもいいですよぉ~」


 アリスが面倒(メンド)クサイことは冒険者ギルドに丸投げしようとするが、腹黒(はらぐろ)なネコ耳ニーナがそんなことを許す(はず)もない。


「ちょっとそこの(むすめ)、聞いているのですか?」


「あ~? うっさいわね、オ・バ・サ・ン。そんなに『竜玉』が欲しいんなら、そこのあんたの出来損ないの旦那に取りに行かせれば良いでしょ? 

 ああ、Bランクの上級冒険者で侯爵な名前だけの副ギルドマスターだけど、Dランク冒険者に手も足もでないヘタレだから無理なのかしらねぇ~?」


 キンキン(ごえ)(わめ)く侯爵夫人に、とうとうアリスの堪忍袋(かんにんぶくろ)()が切れたらしい。完全に戦闘モードだ。


「なっ! 下賤(げせん)な平民の分際(ぶんざい)で、侯爵夫人の私になんて(くち)を!」


「ねぇ、副ギルマス。このオバサン、さっきの私達が馬鹿(バカ)騎士三人を()したとこ見てないの?」


「キィー! こっちを向いて話を聞きなさい!」


「つ、妻は、い、いつも、遅れて、来る、ので、み、見て、ない」


「はぁ~、貴族の最高位の侯爵だから、重役出勤ってことね。あんたと同じように、半殺しにして良いの?」


「だ、駄目! だ……駄目だ」


 驚いたことに今までオドオドと(うつむ)いていた副ギルマスが、ガバッと顔を上げて泣きそうな顔を向けて来る。


「ウッキー! 頭に来ましたわ! 覚悟しなさい!」


「はあ~、あんなの(かば)う気が知れないわ。……ハクロー」


「ああ」


 次の瞬間、彼女にだけ軽く【威圧】する。

 すると(ただ)の一般人である侯爵夫人は、ビクッと固まったかと思うと、真っ青な顔をして(ひざ)をガクガクと震えさせ始めてしまう。


「そんなに大事なら、粗相(そそう)する前に連れて帰った方がいいわよ」


「か、かん、感謝……す、る」


 そう言って副ギルマスはわずかに頭を下げると、手にした扇子(せんす)をカタカタと言わせている侯爵夫人の肩を支えて、ゆっくりと扉の方に向かって去って行った。

 そんな一見(いっけん)すると寄り添う仲の良い夫婦に見えなくもない光景に、アリスが小首(こくび)(かし)げながら、ボソッとつぶやく。


「あんなんだけど、意外と仲はいいのかしら?」


「うふふ、クライトマン侯爵のところは副ギルマス――旦那さんが奥様にベタ惚れだからねぇ。婿入りしたのも奥様と結婚したいが一心(いっしん)で、周囲の反対を押し切っての大恋愛だったらしいですよぉ~。

 ま、アリスさんはまだ若いですから、理解できないかもしれませんねぇ。ほほほ~」


 いつの間にかすぐ横に立っていたネコ耳のニーナが、悪そうな顔をしてニヤニヤと笑っている。


「あんた、まだいたの? (みょう)に詳しいじゃないのよ」


「そりゃあ、冒険者ギルド内のことですからねぇ~。ギルドの情報ならこの私に何でも聞いてください~。(なん)なら、リアーヌ様のスリーサイズでも教えましょうか?」


 ふと、あの真っ赤なチャイナドレスに包まれたギルマスのダイナマイツなセクシーボティを思い出したのか、物凄(ものすご)く嫌そうな顔をしたアリスが可愛いらしい赤い舌を、ペロッと出す。


「いらないわよ、そんなもん」


「そうですかぁ、残念です」


 何故(なぜ)か受付嬢のニーナがガックリと項垂(うなだ)れて、自慢のネコ耳もペタンとさせてしまう。

 ところで痛い、痛い、痛いですルリさん。また脇をつねったりして、どうしたんですか今日は? 

 あ、突然、今日着ているシルクホワイト色のワンピースのスカートの(すそ)()まんで、ヒラヒラとさせ始めた。


「……ん~、んん~、んんん~~!」


「ん? ああっ! ふふふ、はいはい。よく似合っていますよ。今回は護衛の仕事だったから、シンプルなワンピースにしたけど。

 次に仕事じゃなくて晩餐会とかの公式な場に出席する機会があるようなら、ルリに良く似合う素敵なドレスでも用意することにしましょうかね?」


 白雪(しらゆき)のような肌の(ほほ)(ふく)らませて(うな)るルリの、今日はバレッタで留めたシニヨンの白髪(しろかみ)を、思わずクスクス笑いながらゆっくりと()でる。なでりこ、なでりこ。


「んん? えへへへ~~」


 するとご機嫌をなおしてくれたのか、両腕を俺の腕に回して(つか)まってくる。

 すっかり女性っぽく丸みを帯びてきた柔らかい身体をピッタリと付けてくるルリが、嬉しそうに紅い瞳を細めて幸せそうな笑顔を(こぼ)していた。


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