第3章25話 公爵家の晩餐会
今日はいよいよミラレイア第一王女が、このニースィア領を治める公爵を訪問する予定の日となっていた――のだが。
「本当に申し訳ありません。急遽、私の母も来ることになったらしく、断ることができませんでした」
どうやら、ニースィア公爵家はミラレイア第一王女の母親の実家だったらしい。良い機会だからと挨拶だけではなく、あらかじめ聞いていなかった晩餐会にも強引に招待されてしまったようだ。
すかさず白いハンカチを取り出し目元を拭うフリをするクラリスが、わざとらしくつぶやく。
「どうも、ハクロー様を姫様の許嫁と噂する貴族達もいるらしく……母上様から手紙で困っていると言われてしまっては断る訳にもいかず」
「そりゃあ、王族別荘に得体の知れない男が一人居候してりゃ。まあ、当たり前よねぇ?」
フンフンと分かった風な顔をして頷くアリスを横目で睨んで、ボソッとつぶやいてやる。
「何呑気なこと言ってんだよ。異世界召喚者である【聖女】アリスと【勇者】ルリにも見合い話を持ってくるつもりらしいぞ?」
「「ええー!」」
「強大な戦力となるお二人を、この王国にしっかりと繋ぎ止めておきたいと思う、王侯貴族は多いのでしょう」
「はい、姫様。男ができりゃ、女なんてチョロいもんですからねぇ。おーっほほほ~」
ミラとクラリスの語る裏事情に物凄く嫌そうな顔をする二人だが、ふとアリスが思い出したように俺の胸を人差し指でつつく。
「ああ、それからミラに迷惑がかかるから、ハクローも今回だけはちゃんとした服を着るのよ、いいわね?」
「えー、肩が凝るから嫌だなぁー」
「文句言わないの」
「だぁってぇー」
「だってじゃない」
「パス」
「却下」
「おぉう……」
間髪入れず逃げる間も与えてくれないアリスさんが、今日は何故かとても厳しいです。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぎゃー、眩しい! ルリ様、なんと神々しい。ギガかわゆス、はぁはぁ」
ニースィア公爵家の長い歴史を刻み込んだ大きな御屋敷で、体育館ぐらいはありそうな晩餐会の会場。
バレッタ留めでシニヨンにアップにした白髪に、シルクホワイト色のシンプルなワンピースのドレス姿のルリが佇んでいた。
その前に跪く、みずいろの修道服を着たぽんこつフランが危ないことこの上ない。
肝心のミラと侍女クラリスはというと、晩餐会の前に初老の公爵との面会は終了していた。特にこれと言った話も無いアッサリとしたものだったが、何故か護衛に付いた俺達を訝し気にジロジロと見ていた。
今は上座に近い傍の壁際で、護衛のためポツンと立っている。
純白のベルラインのミニスカートに白いレースのガーター付きオーバーニーソックスと白のハイヒールを履いた、アリスがやって来てため息をつく。
「あたしは三度目だから大丈夫だけど、やっぱりルリ達が心配よねぇ……」
「私は一番おねーちゃんだから、大丈夫で……え? ……ええ?」
ふふん、とふっくらと豊かになってきている胸を張ろうとして、あっ、という間に通勤ラッシュに巻き込まれるように、長身の王子様風イケメン五人に、囲まれて見えなくなってしまうルリさん。
ああ、白フリルのリスト丈グローブが、ピョコピョコと高い人垣の向こうに見え隠れしています。
「なんと美しい瞳と髪なんだろう」
「是非とも一曲ご一緒に」
「お名前を教えていただけないでしょうか」
「今度私の別荘にご招待を」
「私と庭にでも出ませんか」
歯の浮くような台詞を口にするチャラ系イケメンに、メガネをかけた文化部系イケメン、学級委員長風イケメンと金持ちお坊ちゃん系イケメン、さらにはチョイ悪系イケメンの五人が我先にとルリに猛アタックを始める。
やはりこの異世界は、イケメン率が異常に高い気がする。
「う? うう? うーうーっ!」
「泣きそうな顔してるけど、助けに行かなくていいの?」
取り囲まれて涙目になっているルリを心配そうに見ているアリスが呆れたように、でも黙って見ている俺を意外だとでも言うようにつぶやく。
「ルリに万が一にも触れようとすれば、電撃で無理だし、すぐ俺には分かる。……それに」
その時突然、晩餐会の会場に白く輝く光が溢れて、透明な少女の姿をした高位六精霊が顕現する。
「「「「「おおっ!」」」」」
白い革紐で縛ったヒールレスのサンダルをペタンと履いたルリの、周囲を守護するように中空を舞う高位六精霊に驚いた人垣が、蜘蛛の子を散らすように5m程の距離を取る。
「ほらな、ルリの鉄壁なプライベートスペースを侵食できる奴なんか、この世界にはそうそういないのさ」
「はぁ~、それもそうねェ」
ため息をつきながら肩を竦めるアリスと一緒に苦笑していると、その隙にルリがコソコソと帰って来て俺の後ろに隠れてしまう。
「イケメン怖ぁいぃ~」
「饅頭は?」
「怖くない~、えへへ」
背中からチョコンと顔を覗かせると、ニコッと向日葵のような笑顔を向けて来るルリさんは、見えない白く長いウサ耳を斜めに可愛く傾けていた。
「それにしても、ユウナのあの【スルー】スキルは凄いわねぇ」
「ああ、この前狙撃手に必要だろうと教えたばかりの、【隠蔽】スキルを習得して早速使ってるからなぁ」
アリスが指差す先には、澄ました顔のユウナがすぐ傍のテーブルに用意されている椅子に座っていた。だから、新しい彼女のスキルを自慢してやるのだ。
「私は【スルー】なんてスキルは持ってない」
ちょっと心外だとでも言うように、ユウナが白磁器のような白い肌の頬をプクッと膨らませる。最近になって、だいぶ肌の色艶が戻ってきているようで、よかった。
今日のユウナは薄いウィステリア色をしたシンプルなワンピースを着て、プラチナブロンドをお団子にふんわりまとめてアップしているので、黙って座っているとどこかの深層の令嬢のようだ。
確かに今も、言い寄って来る貴族の子弟らしいイケメン達からの言葉を黙って躱し続けている。その技量には感嘆させられるものすらある。流石は【賢者の石】持ちということか。
いつも、揉め事に発展してしまうアリスには、是非とも見習ってもらいたいものだ。
ジロッ。
うっ、イカンイカン。アリスさんも、そんな怖い顔して俺を睨んでいると、お貴族様のイケメン方がビビッてしまいますよ。
「それにしてもハクロー、あんた結局またそんな格好で……はぁ~あ」
「なんだよ、ちゃんとネクタイ絞めてるだろ?」
大きく肩を落とすアリスの目の前で、首からぶら下げた布紐をブラブラさせて見せる。
そう、護衛任務である以上はTPOに配慮したその場に適切な装いに身を包むのも、SPとしての立派な仕事だったりするのだ、ふんす。
そういう今日の俺は、地味目の深海色の無地Tシャツに、目立たないよう街の背景に隠れるアーバン迷彩のサーフパンツの短パンを履いて、極め付けは首から黒地に「Mithril☆Hearts」とシルバー文字の入ったネクタイを絞めているのだ!
この完璧なフル装備に何か文句でもあるのか、とばかりにキラ~ンと黒サングラスを光らせる今日のSP仕様な俺。どやぁ。
「だあ~~~~から、ネクタイ絞めりゃいいってもんじゃ、ないでしょうがぁ!」
なんだと! 立派な社会人になると誰もがネクタイを締めるのではないのか?
はっ! そういえば、最近はクールビズとか言って、確かネクタイをしないでも会社に出勤できるのだった! がーん。
「あれ? あれあれ? ハクローさんが黒グラサンの奥から血の涙を流しながら、両手を床に着いてしまいましたよ?」
さっきからケータリングの饅頭をほおばっているルリが、心配そうに覗き込んで来る。呆れたようにアリスは、手をヒラヒラさせて見せる。
「はあ~。それはもういいのよ、ほっといてあげなさい」
これでも息苦しいのを我慢してんだぞぉ。がっくし、今日はもう立ち直れないかもしれない。ぐすん。
あ、まずい。こんなことをしているから、姉貴達六人からキモいと言われるんだ。がんばらねば。
視線を上げると、ちょっと離れた所にいたコロンに声をかけてくる男がいた。するとその、どじょう髭の中年男が暑苦しい顔をして、俺を指差して偉そうに能書きを垂れ始める。
「そこの銀狐の獣人は、お前の奴隷か? 喜べ。私が貰って可愛がってやるとしよう、感謝しろよ。わっははは」
「はぁ~、何だ唯の馬鹿か。フィ、頼む」
こっちはズンドコ鬱になってるんだ、アホな事言ってんと二度と陽の目を見れないようにしてやるぞ。
「はーい(【魅了】、【睡眠】、【淫夢】、【幻影】っと)、モグモグ」
コロンのすぐ傍で、口一杯に料理を頬張っていたフィが、しょーがねーな仕事すっかぁと虹色の四枚の羽をはばたかせる。
すると、トロンと半眼になったどじょう髭の貴族中年男は、すぐ横に集まって歓談していたお貴族様の奥方達に向かって、突然大声で叫び始める。
顔には聖獣ルーに爪で引っ掻かれたらしい赤い線が縦に何本もあったりする。いつのまに。
「そこの厚化粧の婆ア共はキモイんだよぉ~。小さい女の子がいーんだよぉ! あの幼気で純真な花の蕾が」
ギョッとした奥様方達に呼ばれてやって来た騎士達に、どじょう髭の馬鹿貴族は両腕を極められてしまう。それでも魂の叫びとばかりに、大声で「ロリコン万歳! 婆アは逝らねぇ!」とカミングアウトしながら連れて行かれてしまった。
一連の騒ぎにビックリして、俺の所まで飛んで帰って来たコロンの白銀色をした綺麗な髪と狐耳を、できるだけ優しくなるように撫でてやる。
聖獣ルーもいつの間にか、トコトコと歩いて帰って来ている。
今日のコロンはいつもの黒ゴスロリのエプロンドレスではなく、可愛いチェリーピンクのちょっとミニなワンピースを着ていた。まるで、どこかのお嬢様と見違えるようだ。
白銀のしっぽをフリフリとさせながら、すらりと伸びた長い脚にはチェリーレッドと白のボーダーのニーソを履いていて、とてもよく似合っている。
一見すると、絶対に奴隷になんか見間違われない筈なんだが――やっぱり、これか?
「ん~、逆に絡まれる原因になるようなら、そろそろ首のチョーカー外すか?」
「い、嫌でしゅ!」
ちょっと考え込むようにして聞いてみたのだが、ギョッとしたコロンは金色を瞳を見開くと耐えるように、ボロボロと涙を零し始めてしまう。
「うわっ! 悪い、悪かった。取リ上げたりしないって」
「あー! ハクロー、コロンを泣かしたなぁー」
「ニャア~、ニャア~、ニャア~」
ポカポカと小さな手で妖精のフィに、そして聖獣ルーには漆黒のしっぽでペチペチと弁慶の泣き所を叩かれながら、必死でコロンを宥め賺すことになってしまった。
はあ~、言い方を間違えたみたいだ。大切な娘を泣かして、何をやっているんだ俺は。
現在ミラは上座のテーブルに着いて、ニースィア地方を代表する公爵達を含めた重鎮連中と歓談しているので、そのすぐ傍の壁際で静かに――ちょっと、しょんぼりしながらボ~ッと立っていた。
「き、貴様ぁっ!」
すると入口の方から、騎士鎧を着た背の高い短髪の金髪のイケメンがやって来た。腰に下げたレイピアに手をかけて、今にも抜刀しそうな勢いだ。こんな所で、選りにも選って騒ぎ出すとは。
「(何だこの常識知らずは?)」
「(さあ、でも第一王女と公爵の前で騒ぎを起こすぐらいだから、唯の馬鹿でしょ?)」
アホの相手をして騒ぎを大きくするとミラレイア第一王女に迷惑がかかってしまうので、アリスと小声でこしょこしょと話をしていると。
「き、聞こえているぞ! この無礼者め!」
「あれ、おかしいわね? アホの癖に耳だけは良いようだわ」
「ほら、お貴族様って悪口とかそうゆう卑屈なことが好きそうだから、【盗み聞き】スキルとか持ってそうじゃん?」
聞こえているなら内緒話をする必要も無いので、堂々とアリスと笑い話を始める。
「き、き、貴様らぁっ! 侮辱しおって、もう許さんぞぉ!」
「どうした! あ、貴様達はっ」
「何だ、騒がしいぞ。あ、お前達はこの間の!」
公爵主催の晩餐会であることを忘れてしまったように騒ぎ出すイケメン騎士くんに、仲間らしい二人の騎士達が集まって来る。
ああ、騒ぎが大きくなる一方じゃないか。だからと言って、持ち場である護衛対象のミラの傍を離れる訳にもいかないし。
はあ~、面倒クサイことにならなきゃいいけど。
あまりに貴様、貴様と五月蝿いので、アリスは念のために聞いてみることにしたようだ。
「あんた達、誰よ?」
「き、貴様ぁ! 忘れたとは言わさんぞぉ!」
「そうだぁ、つい先日のことじゃないかぁ!」
「我らがこれだけハッキリと覚えているというのにぃ!」
どうもニースィアに着いてから、この街で会ったことがあると言っているらしい。
「誰よ?」
「知らない」
「私も」
「コロンも知らないでしゅ」
「フィも~」
「ニャア~」
ほら、誰も知らないって言ってるぞ? すると、すぐ傍の椅子に座っていたユウナがTシャツをツンツンと引っ張って小声で囁く。
「クロセくん、ほら。Cランク昇級試験でアイーダに一撃で伸されて、あっという間に退場した……」
「「「「「お?」」」」」
「ニャア~?」
ポンッと手を叩くと、アリスは大きな声で晩餐会の会場中に響くほどの良く通る声を発する。
「ああ! この前の冒険者ギルドのCランク昇級試験で手も足も出ないで、一瞬で塵のように地べたに這いつくばってた。あの~、あのぉ~、誰だっけ?」
「えーと、立ち絵も無い雑魚キャラだから聞いて無いような?」
「モブキャラなんで名前は無かったかも」
「コロンも知らないでしゅ」
「フィも~」
「ニャア~」
ほら、誰も知らないって言ってるぞ? すると、ユウナが俺のTシャツを掴んだままで、今度はこの会場の全員に聞こえるようにつぶやく。
「最初から高慢そうにしていたから、試合前に名乗ることも試験官に礼をすることもしない、常識知らずのお坊ちゃまだったわよ」
「「「「「あ?」」」」」
「ニャア~?」
もう一度ポンッと手を叩くと、アリスがまた大きな声で――これはもうワザとだな。
「ああ! 試合前に目上のBランク冒険者に礼をすることもできない、マナー知らずで恥知らずだった残念騎士団員?
何か偉そうだったのは口だけで、弱っちかったけど……あんた達だったのねぇ」
「き、貴様らぁ! 聞いておればぁ!」
「許さんぞぉ!」
「無礼討ちにしてくれる!」
第一王女と公爵のいる真ん前で、激昂して剣を抜こうとする果てしない馬鹿騎士三人。
「何事だ、この騒ぎは! 貴様ら、ここを何処だと思っている?」
騒ぎを聞いてズカズカと大股に歩いてきたのは、豪華な騎士鎧を着たマッチョなこれまたイケメンだった。本当に、この会場のイケメン率が無駄に高い気がするなぁ。
「こ、これは騎士団長! しかし、こいつらが」
「高貴な我々に無礼な口を利くので」
「貴族として、また騎士として許すわけには」
口々に言い訳を始める残念騎士三人組に、話しを聞いていた騎士団長がこちらに向き直って顎を、フンと上げる。
「どうやら、冒険者のようだが。貴様らこいつらが言っていることは本当か? いや、それはもうどうでも良い。貴様らは何者だ?」
「人に名前を聞くなら、自分から名乗りなさいよ。騎士団長のあんたがそんなだから、部下の三下が常識知らずなんじゃないの?」
端から俺達の話は聞く気が無いらしい騎士団長は、それでも上座にいる公爵の手前、問答無用とは行かないようで渋々名乗りを上げる。
「ぐっ、成程。口先だけは達者なようだな。私はニースィア騎士団団長のジャン=ポール・ド・ケルグエ伯爵だ」
「【賢者】で【聖女】のアリスよ。あんた、ここの警護責任者なのに、私のこと知らないなんて仕事してないんじゃないの?」
「ほう……貴殿が。それならば、さっきの物言いも納得がいく。そうだな、このまま遺恨が残るのは、双方にとって良くは無い。ここは、剣で白黒つけるということで如何でしょうか?」
そう言って、上座に座る初老のニースィア公爵に胸に手を当て伺いを立てる。
あ、話し合いがどうでも良いのは、最初から剣で話し合うつもりだったと言うことね。でも、今までにいなかった、戦闘狂の臭いがするのは気のせいだといいんだけど。
「ふん。良い余興じゃ。やって見せよ」
「は」
「断る」
ニヤニヤした笑いを浮かべた公爵に、慇懃に礼をする騎士団長を遮って、アリスが台詞を被せていた。
「「は?」」
まさか断られるとは思っていなかったのか、ギョッとして口をあんぐりと開けたまま固まる公爵と騎士団長に、アリスがフンッと鼻で笑い飛ばす。
「断ると言ったのよ。何で私達がそこの三下の相手をしなきゃならないのよ」
「貴様ぁ!」
「言わせておけばぁ!」
「許さんっ!」
「お前達は静かにしていろ。ふん、成程な。どうすれば、相手をすると言うのだ? 確か貴様らはミラレイア第一王女殿下の護衛だったな?」
騎士団長は激昂して抜刀しようとする馬鹿貴族三人組を黙らせると、公爵と同じく上座に座るミラに視線を向ける。
あ、こいつ、どうやっても剣で話をつけるつもりだな。
「なっ! こんな者共が姫殿下の護衛?」
「この下賤な奴等が姫殿下のお側にいるなど!」
「こんな下郎共は姫殿下の護衛に相応しくありませんぞ!」
ああ、騎士団長に良いように煽られて、馬鹿丸出しの騎士団三人組がさらに騒ぎ出す。
「ピクッ」
あ、ミラの綺麗な笑顔がヒクついていますが……あれ? そういえば、いつも止める役の侍女筆頭クラリスが傍にいないぞ。
でも、ちゃんと忘れずに王侯貴族の化けの皮を被って、サラッと笑って誤魔化そうとするが。
「そうだそうだ、こんな品性の欠片も無い」
「どうせ、王都で胡麻でも摺って擦り寄ったに違いない」
「姫殿下はこいつらに、特にこの冴えない男に騙されているのだ!」
ぷちん。
「あ」
何かが切れる音が聞こえたその時、綺麗なプロポーションをくっきりと浮かび上がらせた、ボルドーピンクのマーメイドラインのドレスを身に付けたミラが、スッと立ち上がる。
そして背筋を伸ばして美しいその胸を張ると、騎士団三馬鹿トリオを睨み見つけた。
「私の護衛に、今何と言いましたか? もう一度、申してみよ」
「……え?」
「……いや」
「……それは」
王家の威圧にビビッて急にしおらしくなった三馬鹿に、ガッカリした様子のイケメン騎士団長が、ミラに向かって胸に手を当てながら跪くとニヤッと笑う。
「ミラレイア第一王女姫殿下の護衛に対するご無礼、誠に申し訳ありません。つきましてはこの三人の騎士の性根を叩き直すためにも、模擬戦をとり行う許可をいただきたく。
できれば私も参加させていただき――げふんげふん、いえ何でもありません」
あ~、こいつ――戦闘狂、確定だな。嫌なキャラ設定だなぁ~。
王国第一王女として澄まし顔のミラはしばらく目を瞑っていたが、その切れ長の翠瞳を開くと。
「……お願いできますか?」
スラッと形の良い顎を引きながら、俺達に向かってそう聞いてきたので。
「「「「御意」」」」
俺達も胸に手を当てて、わずかに十度だけ前に身体を傾けて答えるのだった。